これから始まるのは、一つの未来。 祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。 平穏と言える日々は存在しない。 ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。 今宵語るのはその第零話。 始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。 「それでは、良い夜を」 |
スラップスティック・デイズ 第零話。もしくは誕生でも可。 作:滑稽 |
黒い影が夜を舞う。 手に長剣を携え、全身には西洋的な甲冑を身に纏った、まだ若い男。 異様な速さ、そして高さ。 甲冑をつけているとは思えないほど、その動きは機敏で、かつ軽い。 追っているのは、怪物。 人に取りついて、その夢と心を食らう人外の化生、光狩。 その光狩を狩る者、火者。 青年の肩書きだ。 「…これ以上追いかけるのも時間の無駄だな」 嘲るでも余裕を見せるでもない、真剣な呟き。 「終わらせるか」 青年の姿が掻き消え、次の刹那には光狩憑きの眼前に現れた。 「ギッ!?」 「じゃあな」 一閃。 圧倒的な鋭さと圧力を秘めたその剣撃に、光狩は為す術もなく、塵となって消えた。 「よし」 空を包む蒼い光が消え、同時に剣と鎧も消える。 残ったのは長身の青年と、首からぶら下がっている銀色の飾りだけ。 火の護章。 青年の身を包んだ鎧も、剣も、そこから現出したものだ。 「終わったみたいだな、亮」 背後からかけられる声に、振り向く。 気配の薄さに昔はよく驚かされたものだが、今ではもう慣れた。 「ああ」 長い髪の、長身の、鋭い目つきの、美女。 そんな形容詞が普通は浮かぶのだろうが、彼にとってはもう一つ。 「お疲れ様」 最愛の、という言葉がつく。 「いずみさん達の方は?」 「終わったそうだ」 「そうか」 渡されたタオルで顔の汗を拭く。 ふう、と溜めていた息を吐く。 「しかし…変わったものだな」 「ん?」 「ナイト・オブ・ナイト…ふぃふすえでぃしょん…だったか?」 「ああ…」 最初は凄まじい威力を秘めただけの、普通の西洋剣だったのだが。 いつだったか脚甲が現れるようになり。 次第に手甲、胸装鎧、全身鎧、兜と増え、今に至る。 護章から要素石を着脱出来なくなってしまったのも、この辺りに理由があるのかも知れない。 「お前に無茶をさせないと誓ったからな」 もうすぐ四年になるだろうか。 洸夜と呼ばれる光狩の起こした事件。それを解決し、最愛の女性たる祁答院マコトと心を通わせた。 以来マコトは大津名付きの火者となり、亮と半ば同棲のような生活を続けている。 無論、同棲ではない。家は隣同士であるし、もう一人、とても大事な家族が居る。 「…兄ちゃん…お姉ちゃん…ちょぉ…速すぎるわ…」 来た。 祁答院キララ。 戸籍ではマコトの義理の妹だが、三人には血よりも濃い絆がしっかりと結ばれている。 少々濃すぎるようにも言われているが。 「まだまだだな、キララ」 「そない言うたかて…、世界最強と比べられたら…叶んわ…」 「…亮には追いつけなくてもいいが、私には追いつけなくては困るぞ」 洸夜との一件以降、亮は世界最強の火者の一人として、里や世界中の火者から注目を浴びていた。 「アカンて…。ウチは訓練始めてからまだ四年も経ってないねんで…?」 「亮はたった一年で既に私を超えていた。お前も能力は無いかもしれないが、そろそろ百瀬から勝ちを奪えるようにはならんとな」 「むう…」 同じ能力を持たない者であり、ほぼ同じキャリアの百瀬壮一青年にも、敗戦続きのキララである。 「せやな、モモの犬コロには勝たなアカン!!」 「…何か、新開さんに挑んでた頃のモモを思い出したぜ」 「…確かに、似ているな」 ちなみに、当時壮一が先輩たる新開健人に向けていた挑戦精神は、今ではそのままマコトへ向けられている。 とまれ、熱血するキララを、二人は優しい眼差しで眺めていた。 四年の歳月は、色々なものを変えた。 亮達同年代の三人は、こぞって同じ大学へと進学し。 天文部黄金世代最後の一年、三輪坂真言美と百瀬壮一のカップルもまた、その頃には亮達の大学にやはり一個下の後輩として入学して来た。 一つ上の火倉いずみは、教職を取って桜水台学園に古文教師として就職。 キララもまた桜水台学園に進学し、天文部の一員として先輩達火者の活動を手伝うようになった。 亮個人は高校在学中に書いた作品『夜の守手』が賞を獲得し、大学生ながら作家としての一歩を踏み出している。 火者としての生活がメインである為、中堅の幅を超える事は出来ていないが、固定読者も付き、前途は中々有望だ。 「なあ、マコト」 九月。高校生の夏休みは終わってしまったが、大学生にとってはまだまだ長期休暇の最中である。 そんなある日。 亮はキララが学校に向かったのを見計らって、真剣な顔でマコトに話しかけた。 「どうした?亮」 「実は前々から考えていたんだがな」 「…?」 懐から小さな箱を取り出す。 「火者を引退してくれないか?」 「前も言ったと思うが、私は火者を辞める訳にはいかない。キララと私の生活費の問題もあるしな」 「それは親父達からの仕送りと俺の印税とで何とかなる筈だろ?」 「…其処までお前に負担をかけたくない」 「…これを、見てくれないか?」 箱をマコトに見せ、開ける。 「指輪?」 「羽村マコトに…なってくれないか?」 直球勝負だ。 「亮…」 「どうかな?」 「否と言うと…思うか」 きゅ、と胸元にすがりつき、体を震わせるマコトの背を優しく撫でながら亮は。 「マコト…愛している」 「…私もだ」 「幸せになろうな…」 この一週間後、二人は目出度く入籍した。 それからほぼ一年後。 「では、行ってくる」 「ああ。元気な子を頼むな」 「無論だ」 卒業を控えたこの年、マコトは妊娠した。 火者としての役目を退き、殆ど専業主婦の状態だった彼女。 この日新しい命を産み出そうとしている。 そして、その横では。 「アイタタタタ…、うー、痛いよ壮一君…」 「だ、大丈夫か真言美。心配するな?きっと産まれてくるさ」 「うん、頑張るね。イタタタタ」 「だ、大丈夫か?」 出来てしまったので慌てて入籍した百瀬夫妻が、偶然にも同じ日程で出産を迎えたのである。 二人がそれぞれ分娩室に入り、取り残された亮と壮一。 「なあ、先輩」 「どうした?」 「先輩は心配じゃねえのか?俺はもう気が気じゃなくてよ…」 「そうか?俺は全然心配していないよ」 「何でだよ」 「ここの医師を信頼しているし、マコトがこんな事で負けるような女じゃない事は誰より判っているさ。…何より」 「…何より?」 「俺とマコトの子だからな。生半な事じゃ動じないさ」 「はは…、強いよ、先輩は」 吹っ切れた表情の壮一。 「そうだよな。俺がアイツを信じなくちゃ…な」 にっ、と笑い合う二人の父親。 二つの産声が聞こえてきたのは、それから一時間ほど経ってからだった。 それは、偶然の事だった。 彼女が下界に住む遠い子孫の事を観察していたのは、とても久しぶりで。 その日、その時。 青い火の一族の青年に、子供が産まれたのだ。 「おぉ…この稚児が…妾の遠い孫なのだな」 裏界へと渡った折、産み落とした二人の子供。 だが彼女が最初に彼らを見たのは、彼らがある程度成長してから。 そして封印が為されて後は、時を選ばなければ下界の事を観察出来なくなっていた。 「妾の孫…遠い孫…」 既に目が離せなくなっている。 これ程までに愛らしかったのか。 これ程までに儚いものなのか。 『この子たちには幸せになって欲しいな』 「おぉ…火群の子よ…」 晶球に映る、『青い火』の青年。 『…そうだな。光狩などとは無縁な生活を送る事が出来るなら…』 今度はその妻だ。 「そうか…。裏界の夢とはもう関わりたくないのだな?」 『その為にも…俺達はこの子の幸せを護ろう』 「妾も祈ろう…。この子の命在る限り、祝福を与えよう」 昼間を彼ら両親が護るなら、彼女が祝福を与えるのはもう一つの時間。 『それで亮…この子の名前は?』 「む…」 『ああ。羽村シンだ。どうかな?』 「シン…か。良いぞ。良い名じゃ」 『うん。いい名前だな。…シン…父上に負けない、強い男に育つんだぞ』 「そうじゃ…遠い祖母も、蒼い月からお前を見守っておるぞ」 彼女は人知れず微笑んでいた。 「遠い孫よ…妾から送る、最大級の祝福じゃ」 そっと水晶球から離れ、両手を組む。 「シンよ…良い夜を」 その夜。世界を蒼く清らかな光が包んだ。 続く 後書き どうも、滑稽です。 夜〜の第二世代作品について、書いてみたかったのが最初の動機なのですが。 亮とマコトが結ばれるシナリオにしたのは、純粋に好きだからです。亮×マコトが。 基本的には最初にも書いた通り、ドタバタを目指していますが、今回は明らかに違いますね。 今後にご期待ください。 それでは、また。 |
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