これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第一話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」





スラップスティック・デイズ
第一話。もしくは入学でも可。


作:滑稽










「…ここが親父とお袋の母校かぁ」
私立桜水台学園高校。
最近大学も出来、エスカレーター式になった事で入学者は大幅に増え。
彼がここに入学出来たのも、成績よりもスポーツによる特待生待遇によるものだ。
「シンー」
「真言葉(ことは)」
背後からかけられた声に、彼―羽村シンは振り向いた。
「なーに感傷に浸ってるのよ」
「うっせ。親父とお袋が出会った場所だぜ?思う所はあるさ」
羽村亮、羽村マコト夫妻。
シンにとっては共に尊敬する両親であり、同時に未だ超えられない壁でもある。
そして今話しかけてきた少女。
名を百瀬真言葉と言う。
両親の後輩にして戦友の娘。
同じ日、同じ時間、同じ病院で産まれた心底の腐れ縁。
「大体何でお前までここに通うかね?」
「アンタと一緒よ。アタシにだってここは両親の出会いの場所だもの」
「へぇ…お前にもそんな感傷があったんだなぁ」
「まあね、戦闘馬鹿とは違ってアタシって教養の塊だし?」
「…教養?お前の?どこが?」
「そりゃあ頭の天辺から爪先まで!!匂い立つような気品と!!清楚さが溢れ出しているじゃないの」
腐れ縁故のツッコミ所は満載なのだが、取り敢えず。
「…気品ってよりは猫被りだろ、お前の場合」
「アンタねぇ…」
いまいち否定出来ないのか、真言葉は視線を逸らせた。
「ま、いいわ。初日からアンタに付き合ってトラブルに巻き込まれるつもりは無いのよ。それじゃね」
「あ、おい」
勝手に会話を終わらせ、軽く手を振って校舎へ向かう幼馴染。
「…何だってんだよ」
疑問符を浮かべるが、答えるべき少女は既に校舎の中に居る。
少々不完全燃焼だな、と考えつつ、自分も校舎へ向かう。
と。
「シンーーーーーーーーーーー!!」
右側面に、圧力。
声の主も判っている。
圧力が寸前に迫った刹那、一足、後方に跳ぶ。
「流星パーンチ!!」
凄まじい勢いで、右から左へ飛び去って行く女性。
「相変わらずだなぁ」
飛び蹴りの型から上手に着地し、くるりと反転。
「流石やなあ、シン」
にっ、と屈託の無い笑みを浮かべる金髪の美女。
「キララ叔母さんもお元気そうで」
「お・ば・さ・ん、やて…?」
「お袋の妹ならそうでしょ?いつまでもキララ姉ちゃんって言うのもね」
「あう…せやな…お前さんだけはそれで通るねんな」
何故だか涙を流すキララ。
「…それはそうと。どうしたの?いきなり」
「ん?油断しとる今やったら久々に一本取れるかなー、て」
「…そりゃないよ」
呆れる。
祁答院キララ。
桜水台学園体育教師にて、同空手部の若き顧問である。
大学時代に打ちたてた最強伝説は健在で、未だに引く手は多すぎるほどあるらしい。
「さてと…。ほら、もう行きや」
「引きとめたのは誰だ、っての」
ぶつぶつ呟きながら校舎へ向かう。
と、背後で。
「ホノオーーーーッ!!」
「むっ!!キララ先生!?…今度こそ!!」
「キララ流星パーンチ!!」
「おぶううううううっ!!」
パッコーーーーーーーン!!
小気味いい音が響いた。
「元気な中年だねえ」
そんな言葉を彼女に言えるのも、彼だけだったりする。


「祁答院先生」
「はい?」
「貴方の甥の…羽村君でしたか」
「あ、はい」
入学式直前の職員室。
キララとは違う格闘系の部活の顧問が、彼女に声をかけた。
「空手部と剣道部の掛け持ちと言う条件で特待生になられたようですが…」
「はい、その通りですよ」
「掛け持ちで特待生と言うのも珍しいのではないでしょうか?」
「…そうですね。特殊かもしれません」
「それ程の逸材ですか?」
この教師はキララが学生だった頃には空手部の顧問として辣腕を振るっていた男だ。
キララの就職と同時に彼女を空手部新任の顧問に推した彼だからこそ、彼女が絶賛するその甥の技術が気にかかるらしい。
「そうですね…。今の所百三十戦七十勝です」
「ほぅ…祁答院先生から勝ちを奪える程ですか。それは確かに逸材ですな」
高校時代、彼女の才幹にいち早く着目し、その天才振りを見続けた彼ゆえの評価。
だが、キララの言葉の意味は違った。
「…うち、五十七連敗中ですわ」
「な!?」
「最初に試合、という形で組み手を行ったのが十歳の時です。それからの勝ちを数えるのも大人げ無いとは思いますが…」
「まさか…」
「彼が中学に上がって以降は一度として勝ちを拾えた例がありません」
「何と…」
「ウチも大概そう言われましたけどな。本物の天才、ちゅう言葉はあの子の為にあるようなもんです」
にっこりと、自分の事の様に微笑むキララ。
「アレを前例とか規則とかで縛るのは、罪悪なんやと…先生もすぐ判りますわ」


入学式は恙無く終わった。
簡単なレクリエーションも終わり、ここから先は怒涛の部活勧誘が数日に渡って繰り広げられるのだ。
本来なら数日後にちゃんとした勧誘の日取りが用意されているのだが、気の早い部は既に勧誘活動に精を出している。
そして気の早い部は事の外多いらしく、校門付近は既に幾つかの部活が活動を開始していた。
が、シンには全く関係のない話で。
「空手部から行くか、剣道部から行くか…」
むしろ気を回すのはそちらの方だった。
「取り敢えず武道場の方に顔を出せば角は立たないかな…」
校舎裏を歩きながら、そんな事を呟いていたところに。
「いや!!ちょ…止めてください!!」
いたく不穏当な声が聞こえた。
「いいじゃねぇか。先輩だってこんなトコロで勧誘してたって事は俺達の事を誘ってたって事だろう?」
「違います!や、放して…!!」
「ち…。大人しくしろよ!!」
「きゃっ!」
柄の悪い男子生徒が、どうやら女子生徒に絡んでいるらしい。
「おい、そっち押さえろ!!」
「おっけー」
「やぁ!やめて!!いや…!」
事態は既にかなり深刻なようだ。
(ま、近くを通った誼だよな)
と、勝手に理論武装をして。
シンは音も無く背後から忍び寄ると、隙だらけで背を向けている男の首筋を打った。
「がっ…」
男が倒れた事で、少女を組み敷こうとしている二人と、被害者の少女がシンに気づく。
「何だてめ…べっ!」
掴みかかってきた相手を一撃で黙らせ、最後の一人に冷たい目を向ける。
「て、ってめぇ…、ちょっとばかし強えからって舐めやがって」
取り出したのはナイフ。
「で?」
だが、シンには通じない。
「た、ただの脅しだと思うなよ」
「思わないさ。だから―」
と、無造作に歩み寄ったシンの―
「ごふっ…!?」
「殺法・穿(うがち)」
右親指の先が、次の瞬間には男の喉笛にわずかにだが埋まっていた。
「ナイフを動かそうとしたらこのまま抉る」
「えごっ…」
「これ以上突き込まれたくなかったら…失せろ」
言いながら少しだけ指先に力を込める。
「ひ…ひいいっ!!」
男は腰を抜かして尻餅をつき、這いずる様に逃げて行った。
「ったく…仲間を見捨てて逃げるなんざ、ロクなもんじゃないな…」
ぶつくさとぼやきながら、安心してかへたり込んでる少女と目を合わせる。
「大丈夫?」
怖がらせないように、極力優しく微笑む。
「あ、はい。有難う御座います」
「立てる?」
手を貸す。それに掴まって立ち上がる少女に、一応聞いてみる。。
「アンタ…先輩か?」
「え?…ええ、二年です」
「ふーん。全く、美人が一人っきりでこんな所を歩いているからこんな目に遭うんだぜ?もう少し気をつけろよな」
「…あぅ」
視線を逸らす先輩。どうやら結局怖がらせてしまったらしい。
「むぅ…やはり怖かったか?…いかんなあ、これでも『ふれんどりぃ』で通ってるつもりなんだが」
「…あ、あの」
「まあ怖がらせてしまった事は申し訳ない。もう会う事もないだろうが、取り敢えず今後は気をつけるように」
怖がらせてしまったのならばもう何をやっても逆効果だ。
大人しく立ち去る事にして、ふっと背を向ける。
「あ、あのっ!!」
「ぐぇ」
きゅ、と。
制服の後ろ襟首を掴まれて、シンは情けない声を上げた。
「ほ、ホントに有難う御座いました!!それで、その…部活とかは…」
「ん?あぁ…、勧誘に来てたんだ?」
「はい」
「ふむふむ、成る程。確かにこんな美人に勧誘受けたらくらっと来るよね」
「び、美人…ですか」
顔を赤く染める先輩。
「おう」
「そ…それで、部活は!!」
「剣道部と空手部。掛け持ちでね」
「あ、そうなんですか…」
一瞬にしてひどく落胆した様子の先輩。
「にしても…こんな所で勧誘をするなんて、先輩何部の人さ」
こんな所にいたら先程のような品性の下劣な相手にからまれるのだ。
「え?あ、あの…天文部」
「は!?」
意外である。
取り敢えず格闘系の部活だろうと踏んでいたシンだ。
少なくとも天文部とか文科系の部であれば表門の辺りで勧誘活動をしていて当然だと思うのだが。
「ふ…ん、まあいいや。取り敢えず武道場の方へ行こう。その間に話を聞くよ」
とにかく、このままここに先輩を置いておく訳にもいくまい。
「あ、はい」
シンは彼女を連れ立って歩き出した。

「何やぁ?シン!入学早々もぉ女の子にコナかけとんのか!?」
武道場―格闘系の部活の一部が持ち回りでここと体育館を使い分けるのだとかで、今日は空手部と剣道部の日だったらしい。
シンの気がかりは杞憂だったという事になる。
武道場に入ったシンを迎えたのは、叔母の頓狂な発言だった。
「あのねぇ…」
最早反論する気も失せて、肩を落とすシン。
「お?何や、美麗やんか」
「あ、キララ先生。こんにちは」
「…あれ?知り合い?」
「うん。キララ先生は天文部の副顧問をしてらっしゃるから…」
「嘘ぉ!?」
「何が嘘やねん」
「叔母さんがそんな文科系な部活に関わっているだなんて!!」
「ほほぅ?」
笑顔のキララ。だが、微妙に眉間がひくついているのが判る。
「大体叔母さんがそんな頭を使うような部活に似合う訳が―」
「殺法…」
瞬時に、背筋に感じる冷たい感覚。
「御影!!」
一瞬にしてキララの姿が掻き消え、背後に強い踏み込みの音を聞く。
「甘いって」
その時には既にシンはそちらを向いており、突き出された拳を優しくいなす。
「殺法・流水」
いなしながらその腕にこちらの腕も絡め、キララの勢いをこちらの動きに利用する。
くん、とキララの体が宙を舞い―
「あだぁっ!!」
道場の床に強かに叩きつけられた。
「これで五十八連勝…かな?」
「つつつ…、くそぉ…挑発に乗せられてもうたわ」
「乗る方が悪いよ」
言い合いながらも、二人はにこやかである。
キララは軽い動きでで立ち上がると、
「おーい!!空手部も剣道部もちゅうもーく!!」
大声を発した。
「コイツが今年話題の剣道部と空手部掛け持ち特待生、期待のエース羽村シンや!これでこれから三年間全国大会は約束されたも同然やで!!」
「叔母さん、そー言った敵を作る紹介は止めてくれないかな」
「あん?ええてええて。少しはコイツらにも危機感与えとかんとアカンからな」
「羽村?」
これは右に佇む先輩の言。
「そ。羽村シンって言うんだ。先輩は?」
「あ、私は―」
と。
「「「「待てええええええええええい!!」」」」」
空手部の部員の数人が、大きな声を上げた。
「…何だ?」
声を上げた者達がシンの目の前まで走って来る。
その数四人。
「?」
疑問符を浮かべるシンの前で、彼らは一様に胸を張ってがなりたてた。
「「「「我々は祁答院キララ親衛隊である!!」」」」
「親衛隊?そんなん居たの?」
「へへん。ウチはここでは人気あるねんで」
「で?その親衛隊さんが何の用さ」
「我等が麗しきキララ先生への早朝からの度重なる侮辱!先生が許されても我々が許さん!!」
「侮辱?」
いやむしろ、キララの事を登校時から見てたのだろうかが気になるのだが。
「然り!先生の年齢を揶揄する数々の発言!!覚えが無いとは言わせぬぞ!!」
「あ?年齢を揶揄?何のこっちゃ」
「先程も言っていただろうが!キララ先生をオバサンオバサンと…。先生はオバサンと呼ばれるのが最も嫌いなのだぞ!!」
「キララ流星パーーーーーーーーーーンチ!!」
ドガァァァァァァァァァッ!!
「へふうううううううっ!?」
「オバサンオバサン煩いわボケェ!!」
「あー…成る程」
漸く得心する。
「要するに俺がキララ叔母さんを『叔母さん』と呼ぶ事が問題な訳だな?」
「せやな」
「な、何故ですか先生!!何故そやつが先生を『オバサン』呼ばわりしても先生は許されるのですか!?」
「…うるぁ!!」
バゴ!!
「おぶ!!」
「オバサン呼ぶな言うとるやろが!!」
「だ…だから何故…」
鼻血を垂らしながらも、しつこく食い下がる生徒。
「あー、だから…な?ニュアンスの違いだ」
「ニュアンス?」
「俺と祁答院キララ先生は叔母と甥の関係な訳。判る?」
「…何?」
「キララ先生の姉君様が俺のお袋様。OK?」
「…キララ先生?」
「せや。ウチの甥っ子」
「「「「…」」」」
しばしの熟考。そして。
「「「「これは失礼した」」」」
先程から気にはなっていたのだが、全く同じタイミングで発言している。
「あ、ああ…。気にしないでくれ」
「「「「そうか、キララ先生の御身内だったか。ならばその呼称も頷けるというものだ」」」」
「…まあ紛らわしいみたいだしな。これからは『キララ先生』と呼ぶ事にするさ」
「「「「うむ」」」」
こうまで重なると少々怖い。
「「「「それでだな」」」」
「ん?」
「「「「お近づきの印にだな」」」」
「おう」
「「「「キララ先生の私物などをくれたりするととても嬉しいのだが!!!!」」」」
「…」
空気が、固まった。
一分、二分。
関係の無い筈の剣道部の面々ですら、固まってしまっている。
「あ…」
最初に再起動したのは、やはりシンで。
「「「「あ?」」」」
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドゴ!バキ!グシャ!バグァ!!
「へぶ!」「おぐ!」「はぎゃ!」「ひぎぇ!!」
矯激な突っ込みが、四人を吹き飛ばす。
「「「「な、何をするんだ!?」」」」
そして四人組が吹き飛ばされた先には、一人の羅刹が。
「んまあ…お近づきの印ってのは普通催促するモンじゃねぇだろ、とか色々突っ込み所はあるんだけどよ」
「…ふふふふふふふふ」
「「「「あの…ちょっと?」」」」
「まあ俺からはこれくらいで済ましておくよ」
「「「「取り敢えず…助けてくれないか?」」」」
「ヤだ、無理、却下」
「ええ度胸しとるやんか四人とも?…その度胸を試合でも見せて欲しいんやけどな?顧問としては」
「「「「あ、あの、キララ先生…」」」」
「…生きて帰れよー」
無責任な一言。だが、其処には万感の思いがこもっていたりする。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…」


第二話。もしくは挑戦でも可。
               に続く










後書き
どうも、滑稽です。
夜が来る!次世代編の第一話です。
入学初日のお話ですが、都合前後編となってしまいました。
シン君は子供の頃から両親―亮とマコトの二人―から手ほどきを受けているので、一種異様な程に強いキャラになってしまっています。
いや、単に滑稽が個人的に強い主人公を好きなだけなのですが。
これからシン君や彼を取り巻く周りのドタバタを書いていく事になりますが、楽しんで頂ければ嬉しいです。
それでは、また。






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