これから始まるのは、一つの未来。 祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。 平穏と言える日々は存在しない。 ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。 今宵語るのはその第四話。 始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。 「それでは、良い夜を」 |
スラップスティック・デイズ 第四話。もしくは敵視でも可。 作:滑稽 |
「…へぇ、やっぱり二人の子ねぇ。やるじゃない?」 大津名オフィス街にある、とあるビル。 『七荻探偵事務所』と呼ばれるこの建物は、大津名では恐らく知らぬ者は居ない程有名な探偵社である。 そこの所長である七荻鏡花は、現在嬉々として親友との雑談に興じていた。 「キララも言っていたんでしょう?あの子と真言葉が居れば三年間は天文部は安泰よ」 彼女の親友もそうだが、彼女の美貌に翳りは見えない。 今年で三十八になる筈なのに、端から見ればまだ二十代後半でも通じるだろう。 「え?そりゃね、真言葉は私の直弟子よ?信頼するって」 幼い頃から師として(色々と)鍛え上げてきた後輩の娘だ。信頼もしたくなる。 独身の彼女からすれば、真言葉は自分の娘のようなものだ。 「ええ。それじゃその部長君は退学処分?うん、うん…あらぁ…全治半年!?それは凄いわね…」 小さく息をつく。と。ドアがノックされた。 『所長?お客様がお見えです』 「…あ、ごめん。客が来たわ。それじゃまたネ…と、そうそう」 不意に雑談の緩んだ表情を真面目なものへと変え、告げる。 「『あの件』は目下急速に進攻中よ。今年来年には法文化される筈だから…、いい?施行された日に一気に動くわよ?」 言葉を切り、拳を握る。そして― 「アイツを納得させるには、それくらいはしないとね?」 彼女はニヤリと笑みを浮かべた。 「うむ…シンはとても健やかに育っておるようじゃな」 女王は晴れやかな表情で、今日も下界の(と言うよりシンの)観察に余念がない。 「やはり男子たる者、強く在らねばいかん。シンよ…、父である亮をも凌ぐ男になるのじゃぞ」 聞こえずとも、告げる。にこやかに祈りを捧げると、彼女は後ろを向いた。 「さて…」 と、そこに侍するのは一人の男。 「判っておるな?」 「はい」 眼鏡をかけ、ジャケットを羽織った青年。 「妾が裏界と下界との扉を閉じた事によって、下に残った者達は『アクイ』として等しく意思を持つに至った」 「は」 「アレらはヒトの世界を吸っても力が増さぬので少々焦っておる」 そこで晴れやかだった顔から一転、苦渋に満ちた苦い顔になった。 「…アレらは我が遠き孫、羽村シンの命に目をつけおった」 千年振りに彼女が実感した希望。それを奪おうとしているのだ。許してはおけない。 「ヌシは洸夜の一件でシンの両親らと面識があったのじゃな?」 「はい」 「アレらはシンが死ねば、妾が再び扉を開こうと思うておる。故に命ずる。ヌシは下界に降りて、我が孫を護るのじゃ」 「御意」 「任せたぞ…サカキよ」 その日、一人の男が再び大津名の土を踏んだ。 憎しみが、あった。 棄てられた、捨てられた、否定された。 憤りが、あった。 悲しみと、哀しみと、絶望と。 彼らは見放されたのだ。 母に。 夜の女王に。 戻る事能わず、呼び降ろす事も出来ない。 彼らは理由を探った。 羽村シン。 女王の人としての系譜。 それこそが、彼女の希望。 ならばそれが潰えれば、彼女は再び下界に絶望する。 もしかしたら彼を案じて降りてくるかもしれない。 終わらない夜を、彼の為に用意するかもしれない。 それが彼らの帰結。 母が例え彼らをこれ以上憎んだとしても。 本懐を遂げた後に彼らが、降臨した母に殺されたとしても。 彼らはそうすると決意した。 かつて光狩と呼ばれた彼らは、今はこう呼ばれている。 『アクイ』と。 「ったく…厄日だったよ今日は」 夕方。いつも通り家での食事。 居るのはいつも通り、父と母と叔母と自分と、そして― 「何言ってるのよ。アンタにやられた連中の方が思いっきり厄日でしょーが」 やかましいのが一人。 「そうか…シンも天文部に入るのか」 感慨深そうにしているのは、彼の父、亮。 にこやかな笑みを絶やさぬ、物腰の柔らかい良い父親であるが、シンはまだ一度とて剣で彼に勝った事がない。 手合わせする毎に差が広がっていく感じさえする。 「ふむ…星川の娘か。成る程…美人だろうな」 「そりゃそや。ウチのシンもええオトコやけど、あれには霞むわなぁ」 母マコトとその妹キララ。 叔母の方はとうに超えた。だが、母にはまだ勝てていない。 父ほど差を感じる事もなく、むしろ徐々に近づいていると思えるのが救いか。 この二人の存在が、彼に才能による驕りを抱かせることを封じたのだと言っていい。 そう言う意味では、シンにとって二人とも偉大な親なのである。 「そうよ!シン!アンタどう星川先輩を篭絡した訳!?」 「人聞きの悪い…」 「へぇ…?」 「せやせや!武道場に彼女同伴で来たって、結構驚いたんやで」 「だーかーらー」 「真言葉ちゃんが居るのに、浮気は感心しないな、シン」 「…」 絶句する、亮、キララ、真言葉、そして、シン。 「ちょ、ちょっとマコト小母さん!」 「む?何か変な事を言ったか?」 「私達は別に付き合ってる訳じゃないですってば!!」 「…そうだったのか?」 無言で頷くシン。真言葉も真っ赤だが、自分の顔も熱い。 「そうか。ならシン。星川の娘の方を嫁にするのか?」 「母さん…。だから違うんだってば」 「む、ならば弄んで捨てるというのか?私はお前をそんな風に育てた覚えは」 「だから!その発想から離れてくれよ!!」 顔を真っ赤にして怒鳴る。 が、マコトは動じない。 「私は十七の時には父さんと心を通じていた」 「え?」 「お前もそろそろ嫁を見据えて女性と付き合ってもいい頃だろう」 「ああもう…」 取り敢えず話が通じない事は判った。 出た食事を全部胃の中に掻き込み、 「ご馳走様」 シンはダイニングを後にした。 これ以上からかわれるのは勘弁して欲しかったのだ。 シンが去った後、キララは爆笑していた。 「あのバケモンじみた天才も、こーなっちゃ形無しやね」 「まあ人を傷つけたそうだしな。これくらいはいい薬だろう」 同意する亮。 「だけどな、真言葉。気ぃつけなアカンで?」 「え?」 「ええか?シンはにーちゃんとお姉ちゃんから、いい所をそっくり受け継いどる。それはもう見事なくらいや。それはアイツをずっと見てきたアンタが一番知っとる筈やな?」 「…はい」 「その中に…、な。にーちゃんの持ってる中で一つだけ厄介なモンが受け継がれてしもうたねん」 「ある部分?」 「あの子は天然の女たらしや。自覚がない分更にまずい」 「は!?」 これは亮である。その横ではマコトが頷きながら、 「確かにな…、それは認める」 「ほらな?お姉ちゃんやてにいちゃんに篭絡されてもうた一人や。他にも鏡花の姉ちゃんや嬢の姉ちゃんやて未だ虎視眈々と兄ちゃんを狙うて独身通しとるやろ?」 「異議あり」 「却下や。せやから気ぃつけた方がええよ?少なくとももう美麗は参ってしまっとると思うでな」 「嘘…」 「颯爽と自分を助けてくれた男や。最初っから第一印象は最良やろな。それに加えてあの腕っ節に驕らない人柄。どや?マイナス面挙げてみ?」 「あう…」 「あんま意地張って出遅れると、横から掻っ攫われるで?」 「はい…善処します」 と、真言葉はふらふらと立ち上がった。 「それじゃ、ご馳走さまでした。失礼します、小父さん、小母さん」 「ああ、またおいで」 「…はい」 ふらふらと出て行く真言葉。 それを戸外まで見届け。 亮は戻り様キララに鋭い視線を向けた。 「お前なあ」 「まあまあにいちゃん。楽しみやんか、シンを誰が手に入れるか。昔のにいちゃんを見とるようやで?」 「やっぱり楽しむつもりか…」 呆れる亮。だがまあ、あまり強くも言えないのだが。 「それにしても…俺は女たらしだったのか…?」 むしろそっちの認識の方がショックの亮だった。 さて、所変わって星川邸。 ここもまた、似たような事で盛り上がっていた。 「へえ、シンに会ったのかい」 「うん!」 ひどく嬉しそうな美麗。 「まあ彼ならパパも推薦しよう。どこの馬の骨とかよりも、数段信頼できる男だからね、彼は」 「や、やだパパったら…、まだ早いわよそんなの。助けてもらっただけで、そんな…」 「ふふ…、そうかい?」 それにつられた翼もまた、とても幸せそうな笑みを浮かべる。 彼女には幸せを掴んで欲しい。 自分のように、そして自分の妻のように。 キッチンで食事の片付けをしている妻の方に優しい目を向けながら、翼は優しく、だが真面目に切り出した。 「でも…、シンを落とすのはかなり大変だよ?」 「そんなパパ落とすだなんて…って、え?」 「シンには強力な幼馴染が居るからねえ」 「真言葉…さん?」 「あれ?会ったのかい?」 「うん。彼女も天文部なの」 「そうかい…。それじゃ大変だね、今から動き出さないと取られちゃうよ?」 「…でも…」 「好きになったら動かなきゃ。まずはお弁当でも作って行こうか。昨日のお礼、って言えば喜んでくれるよ」 「うん、頑張る!」 「…しかし、罪作りな家系だね、亮の所も」 初めて見る娘の熱血ぶりに、翼は嬉しいながらも苦笑を浮かべた。 そして、ここにももう一人。 「どうしたんだ縁?改まって」 「…勝ちたい相手が出来ました」 先祖伝来の剣術道場。 練習生達が帰宅した後、縁は師である父に乞うた。 「ほう…、強いのか?」 「はい。今年の新入生ですが…それはもう」 「新入生!?おい縁、最近まで中学生だった奴に負けたのか!?弛んでいる証拠だろ?」 「克己兄さんは黙ってて」 茶化す次兄を、意志の籠った視線で射抜く縁。 「どれくらい強い」 「…私が軽々とあしらわれました」 「ほう?」 「そして…竹刀で面金を切り落とす腕の持ち主です」 「はぁ!?無理だろ、そんなの!?」 頓狂な声を上げる次兄。父は唐突にそちらを向くと、 「お前はしばらく黙っていろ」 次兄をじろりと睨みつけた。 萎縮する次兄。 「…それで、その少年の名前は?」 「羽村シンと」 「羽村…?」 心当たりがあるらしく、むう、と小さく唸る。 「…厳しい道のりになるぞ。おそらく、今の一真でも勝てるかどうか」 「嘘だろ?十五やそこらのガキがか!?」 「彼を知っているのですか?」 この道場の門下では最も父に近い腕を持つ長兄と同等以上の評価をする父。 縁の至極最もな問いに、だが父は首を振った。 「いや、その少年は知らない。ただ…羽村と言う名には心当たりがある」 「心当たり?」 「羽村亮という方に、十年ほど前に一度だけ試合って頂いた事があるのだ」 「え?」 「へぇ…それで、戦果は?」 「…面一本。それで昏倒させられてな」 「負けたの!?」 「勝負にすらならなかったよ。私より十は年下だと言うのにな」 「でもよ、親父。羽村なんて名前、大会とかで聞いた事ないぜ?」 「…大会などで実力をひけらかすのが嫌いなのだそうだ。私も知り合いの道場でお会いした時に試合をして頂いたに過ぎん」 す、と父が自分の眉間を撫でる。 今でも、彼以上の腕を持った剣士に会った事はないのだと言う。 「一度でも彼が表舞台に立てば、出続ける限り日本一を取り続けるだろうさ」 「…親父にそこまで絶賛させるかよ」 「まあその後も何度かお会いしているが、最初の一回以降は試合もしておらんよ。これ以上恥を晒したくないのでね」 「それじゃ、羽村君は―」 「十中八九、私の知って居る羽村氏のご子息だろう。若くしてそれ程の腕を持つ少年…。超えるのは容易ではないぞ」 受ける事も。 見切る事も。 反応する事すら出来ずに。 面金は斬られた。 屈辱だった。その後情けで一本を譲られたのも、また。 「勝ちます、必ず」 「…一度試合をしてみたいな、その親子とも」 「良く言った、二人とも」 石動家の目標が、打倒羽村に向けられた瞬間であった。 第五話。もしくは開戦でも可。 に続く 後書き どうも、滑稽です。 今回は色々な人間(一部人間以外も含む)が色々な相手に敵意を向けている様子を書きました。 さて、上手く表現出来ているでしょうか。 取り敢えず今回の主役は影の薄かった女性陣です。嗚呼、シン君が殆ど出てこない。 次からはもっとドタバタに出来るかな…、と思います。 それでは、次回の作品でお会いしましょう。 |
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