竜園30万Hit記念
         逆リクエストSS

  その想いは遠く断たれ。


                               
滑稽




昨日は今年最悪の日だった。
新開さんはおかしくなるし、キララも光狩に捕まっていたって言うし。
新開さんは行方不明だし、キララも未だに目を覚まさない。
朝方の祁答院の苦い顔が、意識の隅にこびりついて離れない。
だけど、それよりも。
昨日あれだけ新開さんに殴られたと言うのに、全然痛みが残っていない。
今回もいずみさんに無理させちゃったんだ、って事だ。
あの日、いずみさんの背負っているモノを少しでも肩代わりしたい。
そう言ったのに、まるで紙みたいに虚しい言葉になっちまってる。
まだまだ俺は未熟だって事か…。
…いずみさん、大丈夫かな。


…朝まで考え続けて、決めた。
直接関係ない人までが、私達の知り合いだってだけで、光狩との争いに巻き込まれた。
いつか来るかもしれない、って覚悟はしていたけど。
こんなに心が痛くなるとは思わなかった。
マコトの悔しそうな、哀しそうな顔が…、新開君のあの形相が、頭から離れない。
…これからする事。これは私の傲慢。
きっとみんなは許してくれないと思う。
でも、私はもう…仲間を傷つけられるのは嫌。
…嫌だよ…。


昼休みになった。
いずみさんの様子を見に行ったけど、居ない。
食事でもしに行っているのかもしれない。
もしかしたら部室で休んでいるのかも。
…行こうかと思ったけど、やめた。
もし疲れて寝ちゃってたりしたら、無闇に起こしちゃ可哀想だしな。
取り敢えず部活の時に会って話をしよう。
さて…授業の準備…と。


ごめんね…鏡花ちゃん。
最後の最後に怒らせちゃったね。
「親友なら頼ってよ」か。
鏡花ちゃん…泣いてた。
…ううん。私は泣いちゃ駄目。決めたんだもの。
ごめんね、鏡花ちゃん。
私も鏡花ちゃんの事、親友だと思ってる。
だからこれ以上巻き込めないの。
美里さんは必ず連れて帰るから…。
だから…さよなら。
「次は…星川くんね」


授業が終わった。
急いで部室に行かなきゃ。
いずみさんの様子が気になる。
部室に向かう途中、見知った顔を見かけた。
…あれ、モモ?
「おーい、モモー!」
「あん…何だオマエ?」
「なに、こんなところでうろうろしてるんだ。今からミーティングだろ?」
「はぁ?何ワケのわからないコト言ってやがる」
あれ?
「ワケわからないって…お前なに言って…」
「ウゼェな!キレねえウチに早くどっかに消えやがれ!」
ひゅん、って…ナイフ!?
「うわぁっ!!」
何だ!?
取り敢えず、逃げよう!

しっかし…いきなりナイフなんか出すからびっくりしたぜ。
アイツ、ナイフは使わないって、いずみさんと約束したんじゃなかったのか?


…駄目だ。
勇気が出ないよ。
朝早くに犬の散歩中の百瀬くんの。
登校途中の三輪坂さんの。
昼休みに鏡花ちゃんと星川くんの記憶を消して。
残っているのは、亮くんだけ。
でも、何でだろう。
私の横をそ知らぬ顔で通り過ぎる亮くん。
少しでも想像するだけで。
私の事を何も覚えていない亮くん。
少しでも考えちゃうだけで。
寒気がする。
嫌。嫌だよ。
亮くんともうお話出来ないのも。
亮くんが私と一緒に居て傷つくのも。
どっちも嫌だよ…。


「こんちはー」
「あ、亮くん」
あれ?いずみさんだけか。珍しいな。鏡花の奴は大抵俺より先に来てるのに。
「あれ?まだ誰も来てないのかい?」
「う、うん」
「そう言えばさっき百瀬に会ったけど…」
「百瀬くん?」
何かいずみさんの様子が変だ。
やっぱり昨日の無理が祟って風邪でもひいたんじゃないだろうな…。
「大丈夫かよ。風邪でもひいてるんじゃないのかい?」
「だ、だいじょうぶ」
…本当かな。
「ねえ亮くん…、いまから公園に行かない?」
…いずみさんからのお誘いは嬉しいけど。
「え、だって…、今からミーティングじゃないのかよ」
「言うの忘れてたけど、明日に延期したの。だから今日は…、他の人、来ないんだ」
「なんだ、そりゃ百瀬だって来るわきゃないよな」
「ゴメンね。連絡遅れて…」
「いいさ。そういう事なら付き合うぜ、公園」
やっぱり疲れてるみたいだしな。
これでいい気分転換になってくれたらいい。


公園についた。
駄目だ…。決心したのに、駄目。
…亮くんの顔を、まっすぐ見られないよ。
「うわ…キレイだね…」
亮くんから目をそらして、噴水の前まで行く。
さもそれをしたかったかのように、泉の中に指をくぐらせる。
「冷たい…」
誤魔化してる。
亮くんと目を合わせられない私。
亮くんを騙している私。
亮くんを好きで好きで溜まらない私。
「そりゃそうさ。もうすぐ冬になるんだぜ?」
「冬かぁ…。ここで一緒に戦った時は、まだ春だったのにね」
もう一度、誤魔化す。今度は思い出をだしにして。
「懐かしいな…。いずみさんに呼び出されて…、この公園で初めて光狩と戦ったんだっけ」
亮くんもあの頃を思い出してるんだ。
同じ思い出を共有出来ている事にほんの少しの暖かさと、そしてそれを奪う事への後ろめたさと哀しさが浮かぶ。
「あの時はまだ武器も能力も使いこなせなくて…、俺、役に立たなかったろ?」
「そんなこと思わなかったよ。一生懸命怖いのガマンして戦ってくれて…すごく嬉しかった」
「そんなかしこまらなくても…」
まだ、言えない。だから、少しづつ近づいて行かなきゃ。
「私も、ずっと怖かった…」
今なら…少し。ほんの少しだけ…弱音をはいても、いいよね。
「今だから言うけど…私、戦い始めたときに、実戦の経験なんてなかったの」
「え…」
「武器の扱いも…術だってやり方知ってただけで、ぶっつけ本番。凍夜で光狩と向かい合う度に、本当は怖くて泣きだしそうだった」
駄目だ。
「でも鏡花ちゃんも新開君もみんな…私を信じてくれてたから…。弱音はいてられないなって…がんばらなきゃって…思って…」
涙が溢れてきそうだ。
「一人でこっそり術や、武器の扱いの訓練したり」
これから言わなきゃいけない事を考えるだけで。
「能力とおなじで、ぼろが出ないように取り繕っていただけ…」
「いずみさん…」
「みんなが一緒に戦ってくれて…、本当に心強かった」
…言わなきゃ。
「でも…もう、いいから」
「いずみさん?」
唇が、乾く。
「もう誰もまきこまないから―」
言いたくない。でも言わなきゃいけない。
沈黙が重苦しい。
「いずみさん、なに言ってるんだ?」
顔を上げなきゃ。
お別れくらいは、ちゃんと目を見て言わなきゃ。
きっと一生後悔するけど。でも、亮くんの顔を焼きつけておけたら、きっと耐えられる筈だから。
「あ…」
涙が…止まらない。
泣かない、って、決めたのに。
笑わなきゃ。せめて…亮くんが、安心出来るように。
「いずみさん…」
「私…一人で戦うから…」
言いたくない。だけどもう止めちゃいけない。
「今夜から…誰にも頼らないで一人で…」
「な…」
体が私の邪魔をする。
涙が言葉をせき止めようとしてるし、口の中はからからに乾いてる。
「なに言ってるんだ、いずみさん!一人で戦うなんてそんなバカなこと…ムチャだ!」
亮くんが驚いている。
「だいたいそんな事言って他のヤツが納得するわけが…」
気づかれちゃった…かな。
「あ…」
ごくり。亮くんが息を呑む音が聞こえた。
「消したんだな…」
かすれた声。
「いずみさん…百瀬の記憶を消したんだな…」
答えられない。でも、分かっちゃうよね。
「今日で…キミの戦いはおしまい…」
亮くんが私を見てる。
「もう無理して怖い目に会わなくてもいいの」
とても哀しい目で。
「光狩も火者の事も忘れて…夜はベッドでぐっすり眠りについて…」
これは、私からの最後のお願い。
「目がさめたら朝ゴハン食べて…学校に行って…そんな穏やかな普通の生活を送って…」
心の中で、二つの思いが鬩ぎ合う。
亮くんを離したくない心。亮くんが傷つくのを恐れる心。
「いずみさん…。これも作戦なんだろ?敵をあざむくためのさ…」
「…っ」
頷きたい。
「なあ…俺にだけこっそりホントのこと教えてくれよ」
離れて欲しくない。
「なあ…」
でも、亮くんが私のために傷ついたら、死んじゃったら。
私もう、生きていけない。
「もう、いやなの…」
知らず、言葉が先に出ていた。
「私のせいで、私の大切な人たちが傷つくのは…」
だから…判って。
「私…弱いから…そんなみんなの姿見ながら戦えない…」
「いずみさん…」
亮くんが近寄ってくる。
駄目。ここで亮くんを受け入れちゃ駄目。
「あ…」
術を、始める。
ごめんね。
心の中で、何度も謝る。
亮くんに、そして、亮くんを好きな自分に。
「やめてくれ…」
亮くんの懇願。それが、私の心に重く圧し掛かる。
「やめてくれよ…俺…忘れたくないよ…」
亮くんも涙を流してくれている。
「いずみさんも…いずみさんと過ごした思い出も…ぜんぶ、忘れたくないんだよ…」
私だって…忘れて欲しくないよ。
でも、そうじゃないと。
私の事を忘れてもいいから、無事に生きていて欲しいから。
私が何を護りたいのか、誰の為に戦うのか、ずっとずっと…忘れなくて済むように。
「わたし…」
声が詰まる。その先が言えない。言いたくない。
「…ぐ…」
一緒に来て欲しい。一緒に居て、戦って、微笑んで、抱き締めて欲しい。
「私…短い間だったけれど、みんなと一緒に過ごせて楽しかった」
でも…
「キミと一緒に過ごせて幸せだった」
これは私の…
「キミのことが…大好きだった」
最後の我侭。
亮くんの顔が歪む。
「いずみさん…」
その声が、私の決意を揺らがせる。
「俺…いずみさんのことが…」
亮くんの手が、私の頬に伸びてくる。
ああ。
撫でて欲しい。触れて欲しい。引き寄せたい。頬擦りしたい。
でも、ここで甘えたら、全てが台無し。
だから、その手を遮る。
「俺…」
わかってるよ。心が繋がっているって、思うもの。
嬉しいよ。哀しいけど…とても哀しいけど…でも、本当に嬉しいよ。
「だめだよ…その先を聞いたら私、動けなくなっちゃうから…」
「俺…強くなるから…もっと強くなって…いずみさんに悲しい思いなんかさせないから…」
ああ、なじってくれたら、責めてくれたら、どんなにか楽なのに―。
「だからさ…」
悲しい目。でも、私を責める気持ちなんて、少しもない目。
「いずみさん…」
「ごめんね…」
これは本当に、最後の執着。
唇を重ねて。
ああ、亮くんも泣いてくれている。
ごめんね。キミの想い、裏切っちゃったね。
でも…私はキミの事、ずっと大好きだから。
二度と報われないとしても、キミの事、ずっと大好きでいるから。
だから…虫がいいけど。
許して、亮くん。
そして―
「ありがとう―」


「さよなら」
しらないおんなのこのこえがきこえた。




―壊れた窓から覗く摩天楼。墓石みたいだねと誰かが言う。
―思えば生きてる証って、誰から貰えるんだろうね?

「ああ、この場所で女の子が一人ぼっちで泣いてる夢さ」
「俺、しばらくその子のコト見ているんだけど、そのうちたまらなくなって手を伸ばすんだよ」
「で、その子も俺に気づいて手を伸ばすんだけど」
「あと少しで届くってところで、その子はふっと闇の中に消えちまうんだ」
「それで、夢と同じ場所で待ってれば、いつか会えるんじゃないかって思ってね」
「そういや、少しだけアンタに似て――」

―繰り返す、諦めの日々の中。誰よりも君を求める訳が。
―打算じゃなくて、愛と言う本能だって、信じさせて。

「ゴメン、冗談さ。ホントは顔なんかおぼえちゃいないんだ」
「…会えないのかな?」
「泣くほど…辛いかな?」
「俺、たぶんその子のこと好きなんだよ」
「だから会いたくて待ってたんだけど…」
「好きな子を悲しませちゃ…良くないよな」
「帰るよ。もうここには来ない」

―僕達を柔らかく包む、終わらないこの夜から目を逸らさずに。
―青ざめた光遮って、偽りに満ちている、時の流れ止めよう…


「―さよなら」
それは本当の、心からの想いと、それと相反する、別離の言葉。

「いずみさん!!」
この言葉が再び彼の口から紡ぎ出される日は、まだ、遠い―


 










後書き
どうも、滑稽です。
まずは竜園さん、30万Hitのお祝いを、と言う事で、竜庭さんからのリクエスト「最初で最後のさよなら」滑稽リライトバージョンです。
書いてみての感想は…やはり、「悲しい系は書くのが疲れる」という事でしょうか。
結局「戻って来た日常」も噛ませて、更には締めに「続く」とも「終わる」とも書けないようなヘタレっぷりですが、ご容赦下さい。
主題歌の歌詞を入れたのは、何となくこのシーンに一番しっくり来る。そんなイメージが前々からあったからです。
さて、如何でしたでしょうか。

それでは、また、次回の作品でお会いしましょう。






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