これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第五話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第五話。もしくは開戦でも可。


                               
滑稽




「は、ははは羽村君ですか!?」
「あー、はい。そうだけど。何か?」
二日目。
「あ、あのあの、陸上部なんだけれど…」
登校したシンを待っていたのは、空手部、剣道部を除く全ての運動系部活からの勧誘の嵐だった。
学校でもトップ10に入る美少女と評判の陸上部マネージャーの勧誘を皮切りに、黒山の人だかりがシンに向かって殺到したのである。
特に凄かったのが格闘技系の部活である。
「き、君本当に新開ホノオをノックアウトしたのかい!?」
「あの難攻不落の浮沈要塞を!!」
「是非我がボクシング部へ!!」
「いやいや、柔道部へ!!」
「掛け持ちでも構わないから!!」
「えーと…」
如何にシンと言えど、悪意を持たない彼らを無碍に押し退ける事は出来ない。
困っていると。
「やっかましーーーーーーーーーーーーーーー!!」
校舎から一人の教師が出てきた。
「あ、キララ先生」
十戒の如く、割れる人波。ざわめきもぱっと納まり、皆が目の前の体育教師に注目している。
「朝っぱらから何を騒いでるねん!!」
「あ、いやその…羽村君を勧誘しようと…」
「大体な、羽村シンは剣道部と空手部と天文部の掛け持ちが決定しとる!他の部への入部は決してないで」
「そんなぁ…」
「それになぁ…」
と、その瞳に怪しい輝きを湛え。
「?」
「ウチの毎朝の楽しみを奪うんやないっ!!」
言い様シンに向かって駆け出すキララ。
「いっくでーーーーーーーーーー!!」
顔面辺りに、圧力。
「キララ流星―」
「てい」
ぐんっ、ぽい。
「ちょぉ待ちやぁぁぁぁぁぁ…」
どさり。
間合いに入って力を溜め込む一瞬を見計らって、一気に踏み込む。
拳と足。どちらが突き出されるよりも先にその片足を引っ掴む。
慌てて拳を突き出そうとする体の動きに合わせて力をいなし、投擲。
「毎日やるんか、こんな事」
呆れ声のシンだが、観衆はそれどころではない。
「すっげぇ…あのキララ先生が投げられたよ…」
「これは…是非欲しいよなぁ」
ぼそぼそと囁き合う彼らを無視して、シンは校舎へ向かう。
「あ、羽村君!ちょっとちょっと!!」
「はい?」
首だけを振り向かせる。
「試合に出るだけでもいいから、僕達の部に籍だけ置いてくれないか?」
「いやぁ…面倒なんで、これ以上は止めときます」
「…むぅ、そうか。ならば仕方ない」
残念そうに肩を落とす大部分の生徒達。だが。
「まぁまぁ、そんな事言わないでさぁ!!」
シンの拒否も聞かずに無遠慮に尚も言い募ってくる者達も居た。
「…聞こえませんでしたか?俺はやらない、って言ってるんですよ」
「まぁそう粋がらないでさぁ。空手なんかより数段強くなれるし、何よりモテるよ?」
その軽薄な一言に、シンは溜め息をついて足を速めた。
「…あほらし」
「あ、ちょっと!!」
制止の声も聞かない。
もう直ぐホームルームも始まる事だし。
何より、強さの意味も判らない連中にとやかく言われたくは無かったからだ。

彼女はまだ結論を出せないでいた。
自分から見て羽村シンとはどういった存在なのか。
兄弟のようなモノなのか、それとも一人の男なのか。
ふと、師匠と崇める七荻鏡花が言っていた台詞を思い出す。
『…アンタも大変ね。近すぎるいい男ってのは、見極めが難しいのよ』
あの時は何を言っているのやら、と思ったものだが。
結局は師の卓見通り、自分はシンへの想いがどういうモノか測りかねている。
「ふぅ…」
どうすればいいのやら。
シンの事は嫌いではない。どちらかと聞かれれば、むしろ好きだ。
だが、付き合うとか付き合わないとか、そう言った方向に意識が向かないのも事実だ。
幼馴染。こんな言葉と立ち位置がこれ程困るものだとは思わなかった。
まだ暫く、結論は出そうにない。

「あら美麗。今日はご機嫌ね?」
「ふふ…判るー?」
満面の笑みを浮かべる、美麗。
「どーしたの?好きな人でも出来た?」
冗談めかした問いに、
「うん!!」
即答。
「…」
静寂。
そして。
間。
更に。
間。
「…あれ?」
そして―
「「「「「「「「「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!????」」」」」」」」」
教室中の生徒が同時に驚嘆の声を上げた。
「み、み、美麗アンタそそそれホント!?」
「うん。本当だけど?」
「この学年?」
「いいえ?」
「上級生?」
「違うの」
「まさか新入生?」
「うん…」
頬を赤らめる美麗。
「「「「「バ・カ・なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」」」」」
教室中の男子(一部女子含む)が血涙を流して悲鳴を上げる。
「…あれ?」
「…どーせアンタの事だから、こいつらが喚いている理由とかも判らないんでしょうねぇ…」
「うん。どうかしたのかな?」
「…まぁいいわ。お幸せにって言っておくわ」
「有難う…?」
「学校一の美少女、篭絡さるる、かぁ…。いい題材なんだけど、友人をネタにするのも気が引けるのよねぇ…」
新聞部の副部長である友人の嘆息にも、美麗は首を傾げるだけだった。


昼休み。
「さて…食堂は…っと」
うろ覚えの記憶を頼りに、食堂の方へ足を向けるシン。
二階への階段にさしかかった時。
頭上から声をかけられた。
「羽村君!!」
「…ん?」
見上げると、そこには。
「あ、美麗さん。こんちはー」
「こんにちは♪」
満面の笑みを浮かべる美麗に、思わず赤面する。
…綺麗だ。
「羽村君もこれからお昼?」
とたとたと降りてくる、彼女。
頷くと、更に質問が。
「食堂?」
「ああ。そうだけど」
「良かったー」
「え?」
会話の意図が読めない。
「あのね、昨日のお礼に、お弁当作ってきたの。…食べてくれる?」
「べ、弁当!?」
こんな事初めての経験だ。
「食べてもらえない…かな?」
「い、いや…こんなの初めての事で…」
「そう?羽村君ってカッコイイから、普段からそういう事ってあると思ってた」
「そんな馬鹿な」
「それじゃ、食べてもらえる?」
「も、勿論!!」

中庭。
中央にある、大きな木の生えた芝生。そこに二人、腰を降ろす。
「さ、食べて」
「はいはい…っと…おぉ!!」
大振りの弁当箱の中に詰まっていた弁当は、シンにとっては何よりのご馳走で。
「おや…これは?」
「擦った山芋を軽く油で揚げたの。どうかな?」
「ん…美味いね。不思議な食感だなぁ…」
「羽村君好きな食べ物って何かな?次の時に作ってくるよ♪」
「俺は何でも好きだよ?…ただ、強いて言うなら…」
「強いて言うなら?」
「焼肉系統だね。この辺りでは食えないけど、親父と山に籠った時に狩って食った猪は美味かったなぁ…」
「ふむふむ…猪の焼肉…と」
なにやらメモを取っている美麗。
「あ、別に構わないよ?そんな気を使ってもらわなくて。充分美味しいし」
「うん…。でもね?作ってあげたいの。…駄目かな?」
「あ、いやいやいや…駄目なんてそんな…」

さて、所は少々変わるが。
一階、1−D教室。
窓際の席に座ってぼぉっとしていた真言葉は、ふと視界に『ある少年』の姿を認めて目を見開いた。
「シ…シンッ!?…と、後…あ、あれはッ!!」
シンの連れ。その顔を見た刹那、真言葉は椅子を蹴って走り出した。
後に残されたのは、彼女と一緒に食事をしていた中学時代からの旧友と、その他、教室で食事をしていた生徒達の、
―今の何?
と言う表情だけだった。

「ふぅ…美味しかったよ。ご馳走様」
「いえいえ、お粗末様です」
そのやり取りが余程嬉しいのか、満面の笑みを崩さない美麗。
名前通りのその美麗な彼女に、見惚れる事しばし。
その二人だけの世界を破ったのは。
「シンッッ!!」
「…あれ、真言葉?」
「なぁにをしているのかなぁ…?シン君はぁ」
「ん?美麗さんが昨日のお礼にってんで弁当作ってくれた、って言うからよ。遠慮なく頂いた所さ」
「少しは遠慮しなさいよ!!」
「あら?お礼だもの。別に気にしなくてもいいわよ?」
「で、でも…」
「ふむ…確かに一度助けた、って程度で何度も弁当を作ってもらうのは気が引けるな」
「でしょ!?」
「いいのに…」
悲しそうな美麗と、胸を張る真言葉。
二人の視線が絡み合った刹那、火花が散ったのは、生憎なのか幸運なのか、シンには気付かれなかった。
「大体弁当くらい私が作ってくるわよ!!」
「え?お前がぁ?」
「…そろそろ料理の修業も始めなきゃ、って思っていたからねぇ。丁度いいじゃない。アンタなら腹に入れば何でも一緒でしょ?」
「毒味役かよ、ひでえな」
「ふん、させてもらえるだけでも有難いと思いなさいな」
会話内容は良くないが、二人とも苦笑混じりの笑顔だ。
と。それを悔しげに眺めていた美麗が、俯いてぽそりと呟いた。
「でも…次は焼肉入りの弁当を持ってくるって約束しちゃったし…」
「う」
と、シンの勢いが寸断される。
「それに…、どんなレシピにしようかとか…もう考え始めてたのに…」
心底悲しそうな美麗。
彼女にそんな顔をされて、平然と出来る程シンもまだ擦れてはいなかった。
「だ、大丈夫さ美麗さん。次の弁当はもう約束した事だからな」
「…本当?」
「ほ、ほんとだってば!!」
「うん。じゃ、楽しみにしててね?」
と、再び満面の笑み。
「お、おう。楽しみにしてるぜ…」
シンは、二人の美少女の間で、頭を抱えてそう答えた。


「久しぶりだね、サカキさん」
星川貿易本社ビル。
かつて戦った男が現れたと翼から聞いた亮達は、取るものも取り敢えず急いでそこへと向かった。
「お久しぶりです」
「裏界に去ったのではなかったのか」
「ええ。去っていたのですが…、今回女王から役目を頂きまして」
「役目?」
「はい。女王の意に背く光狩『アクイ』の駆逐を」
「アクイ?」
「はい。女王はこの世界と裏界との扉を閉ざされました。それを不服とする者達が、再び扉を開き、女王をこちらに招こうとしているのです」
「それがアクイか…」
「で、彼らの目的って言うのは何なんだい?」
「それはですね…」
と、亮と、それに寄り添うように立つマコトの方を見て、
「裏界の扉を開く鍵。女王の希望である少年、羽村シンの命を奪う事です」
そう告げた。


「あれ?石動さんは?」
武道場。流石に天文部に顔を出すのに気がひけたシンは、今日は剣道部に顔を出す事にした。
「…しばらく休むって。昨日の試合がショックだったみたいね」
女子部の主将が、困ったような表情で教えてくれた。
「ショック?」
「手抜きをされた、って怒ってたわよ?」
…バレていたか。
まあ少々勝負を急ぎすぎたのかもしれない。
「あの子の家は古い道場だからねぇ。今頃家でみっちり鍛えられてるんじゃないかな」
今度は男子部の部長だ。
昨日の立会いは、過程や結果はともかく、多くの部員を魅了したらしい。
思いの外皆の視線が好意的だ。
「困ったねぇ」
特段困った様子もなく、呟く。
「まあ強い新入生は大歓迎よ。頑張ってねー」
「おぉ、羽村君!!」
男子部の区画に行くと、部員がシンを取り囲んだ。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそだ羽村君!!俺は部長の夏木、こっちが副部長の五十嵐だ。君の剣の技術と心得、我々にも教えてくれ」
「はい」
「よーし!!では、始めるぞ!!」
部長の一喝で、部員たちが慌しく動き出す。
「防具は要らないのかな?」
「いやいや、大会ではそんな事言えないでしょう?」
「成る程」
笑い出すシンと、部長。
取り敢えず羽村シンの剣道部員としての本格的なスタートは、至ってまともなものだった。


「シンが…鍵?」
「ご子息の誕生を遠く裏界から見て居られたのです。女王は」
「ほう」
「そして感じられた母性のままに、彼に祝福を与えられました」
「それで光狩を裏界とやらに閉じ込めた…と」
「その通りです。…が、扉を閉じると言う事は、同時にこちら側の光狩をも締め出す事になります」
「…確かに」
「彼らはそれによって自分たちが見捨てられたのだと理解しました。ですから再び扉を開き、あまつさえ女王が降臨するようにと、画策しているのです」
「成る程な…。最近光狩の数がめっきり減ったと思ったら、そういう訳か」
これはホノオの父親、新開健人のものだ。
「で、私たちが巻き込まれる前に事情説明しておこう、って思った訳ね」
「そうです。貴方がたに直接関係のある事ですから、隠し立てするべきではないと」
「…有難うサカキさん。アンタがそれを教えてくれたなら、俺たちも色々と対策を立てられる、ってものさ」
「それで…サカキ」
マコトの問い。
「そのアクイとやらは…強いのか?」
「はい。全てではありませんが、中にはコウヤと同等の力を備えた者も居るかと」
「シンを鍛えた甲斐があったな」
嬉しそうなマコト。
「ふん。子供達の手を患わせる必要などあるまい」
血気に逸る健人。
「そうはいかないさ。これから先の戦いは彼らのモノだよ?僕達はあくまで助力じゃないとね」
とは翼。
「亮君、二十年ぶりの大きな戦いだけど、頑張ろうね」
いずみが微笑み、それを見たマコトが組んでいる手に力を込める。
「ま、ロートルの冷や水、って言われない程度にはな」
亮は苦笑しながら、そう締めた。


それは、執念か、怨念か。
彼は、アクイとして再びこの夜に生を受けた。
敗北者、もしくは復讐者。その名を与えられた男の目的はただ一つ。
彼の魂を焼き潰した女を。
女の最も大事な者達の前で汚し尽くし、絶望を感じさせたまま、殺す事。
彼が復活できたのは、その利害がアクイと一致したからに過ぎない。
「待ってろやマコトちゃぁん…?てめぇ一人で幸せになろうったって、そうは逝かねぇんだぜ…?」
三度目の正直。
その言葉を胸に、復活した卑劣漢。その名をハイジ。
だが、彼は知らない。
二度ある事は、三度ある、という言葉を。


第六話。もしくは初戦でも可。
              に続く










後書き
どうも、滑稽です。
少々間を置いての第五話となってしまいましたが、如何でしたでしょうか?
取り敢えず現在美麗が二馬身ほど先行している、って感じでしょうか。
そして復活した彼。
…や、まあSSでは甘さ全開ハッピーエンド志向の滑稽の前ではまず間違いなくぽっと出の哀れキャラになるのは間違いないところなのですが。
それでは、次回の作品でお会いしましょう。






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