これから始まるのは、一つの未来。 祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。 平穏と言える日々は存在しない。 ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。 今宵語るのはその第六話。 始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。 「それでは、良い夜を」 スラップスティック・デイズ 第六話。もしくは初戦でも可。 滑稽 帰り道。走らせている車の中で、亮は神妙な顔をしていた。 「…本当に復帰するのか?俺としてはお前をこれ以上火者に関わらせたくないんだが」 「そう心配しないで。シンや貴方との未来を紡ぐ為なら、私は幾らでも強くなれます」 「そうか、期待してるぜ」 そう言って微笑む。 「アクイ…か」 「え?」 何時頃からか、二人きりだと愛する妻は淑やかになった。 子供の前でさえ、照れてそういった口調はしないのだが。 彼女の本当の姿を独占しているようで、照れくさいながらも気分はいい。 「いえ…、恐らく光狩と関わるのもこれが最後なのだと思うと」 「感傷か?」 「…そうですね。キララと出会うまでの私は、光狩を消す事だけを目的に生きていましたから…。感慨は、あります」 「もう直ぐ終わる。俺達が本当に俺達の為に生きられるようになるよ」 「ええ」 車が停まる。ゆっくりと右折し、我が家の駐車場へ。 「シンに話さないとな」 「…ああ」 既に我が家の明かりは灯っていた。 「…で?その話を信じろと」 呆れ声の、シン。 流石に突拍子も無さ過ぎる。 だがまあ、両親の浮世離れした強さを考えると、それも判らないでもない。 「ほら」 と、手渡された十字型のアクセサリ。 「これがその『護章』ってやつか」 「そうだ。お前のその感覚も、俺と同じ『重ね』と呼ばれるものさ」 「ふむ…」 少なくとも、嘘や冗談の類では無いらしい。 とは言え、そうそう信じられるものでもない。 「んじゃ…今夜実際に見に行くか?」 「え?」 「俺達はお前が危なくなるまで手は出さん。護章から得物を出して、相手を倒すまで、お前一人でやって見せろ」 「…は!?」 「父さんだって実戦から入ったそうだからな。お前も大丈夫だろう」 「まあ、いいけどよ」 「なら天文部で教えてもらうのを待つか?俺達はそれでも構わないのだがな?」 ふと、真言葉と美麗の顔が脳裏に浮かぶ。 「いや、今夜行くよ」 「そうか」 心なしか嬉しそうな二人。 少々気が重いのだが、そうも言えまい。 「火者…ね」 両親の背負っているものと、二人を強く結びつけるものとが、何となく理解できたシンだった。 「ただいまー…って、美麗?」 「あ、パパ」 帰ってきた翼は、母と二人で料理に勤しむ美麗に、軽い驚きを覚えていた。 「珍しいね。料理の練習かい?」 「うん!ママより美味しいのを作れるようになるから、楽しみにしててね」 親の自分から見ても、美麗は才能豊かだ。努力が似合わない、と言ってもいい。 事実、家では勉強などしていないのに学年トップ10を堅守しているし、手先が器用で家事なら何でも普通に出来る。 それなのに、今は額に汗して母の技術を盗もうとしている。 理由を考えてみる。 …と言っても、一つだけしか思い浮かばなかったが。 「…シンかな?」 ぴくり。 手が止まった。 「成る程。真言葉ちゃんと何かあったね?」 くるりと、顔をこちらに向ける。 「…真言葉ちゃんには負けられないわ」 「燃えてるねぇ。いい事だよ」 「一度会ってみたいわねぇ…、その羽村君って子に」 「…ママにも上げないからね」 頬を膨らませて母親を睨む愛娘に、苦笑を返すしかない両親。 「さ、ママ教えて!真言葉ちゃんのお弁当なんて見向きもさせないような美味しいものを作ってみせるんだから!!」 燃える方向性が親としては少々寂しい方向なのだが。 それでも娘が何かに情熱を傾けるのは嬉しかった。 「母さん…。教えて欲しい事があるの」 壮一と真言美が帰ってくると、入り口の所で娘が正座して待っていた。 「ど、ど、どーしたの真言葉!!」 「…を」 「え?」 ひどく真剣な顔の娘に、何事かと思う。 火者としての活動についてそろそろ説明を受けている筈だから、戦い方を教えて欲しいとでも言うのだろうか。 …などと、真言美が考えて居ると。 「料理を!料理を教えて!!」 「……は?」 見当違いの娘の発言に、固まる二人。 「…ふむ料理か。…シンにでも作ってやるのか?」 何の気なしの壮一の言葉に、真っ赤になって固まる真言葉。 「な、な…ナニイッテルノヨオトウサン!!ソンナワケナイジャナイノヨ!!」 「棒読みじゃ説得力ないぞー」 「あら、そうなの?良かったじゃない」 追従する真言美。 「ううう…」 更に赤く。 「まぁ、いい機会じゃねえか。ただの幼馴染から恋人同士になったんだろ?」 「ま、まままだ恋人同士なんかじゃないわよ!!」 「あん?」 「…あんなヤツに、シンを渡す訳にいかないだけよ」 「あー、成る程」 にやりと笑う壮一。 「な、何よとーさん」 「ライバル出現で焦ったな?」 ぎくり。 身動ぎする娘の様子に、くっくっと笑いをかみ殺して。 「ま、頑張りな」 さっさと奥に引っ込んでしまった。 「…と言う訳で、お願いね、母さん!」 「…判ったわ!!そーいう事なら任せなさい!」 気を取り直して、熱血する母と娘。 …結構な似た者親子である。 夜中。 大津名市街に現れた、三つの影。 黒一色だが軽装の亮。 黒いロングコートを纏ったマコト。 そして、普段の格好のままのシン。 要するに家族なのだが、その格好を見てそうだと連想出来る人は少ないだろう。 まあ、両親が年齢と比べて度が過ぎて若々しいのも理由なのだろうが。 アクイ。 シンを狙っているのであれば、必ず現れる。 取り敢えずそれがどんな相手なのか確認して、それから対策を講じる。 それが亮達の目論見である。 と。 空が蒼く輝いた。 「な、何だ!?」 「凍夜だ」 「ほら、護章を出してみろ」 「あ、ああ」 言われるままに、護章を取り出す。 「手をかざしてみろ」 と、そこから現れたのは、布製のメリケンサックのようなものと、一本の直刀。 「これは…?」 「武器だ。それが一番お前に合っている武器だと判断されたのさ」 「ふーん…」 現象に驚きながらも、平静を装って武器を持ってみる。 左手に布帯を付け、右手に刀を持つ。 まるで自分の体の一部のように、手に馴染むその感触に驚く。 「いいね…こいつは」 「そうか?」 「ああ」 「さて、それじゃ探す…までもないようだな」 「え?」 顔を上げたシンが見たもの。それは― 巨大な人間の顔や。 動く髑髏。 昔話に出てくる妖怪みたいなモノなど。 とにかく、質の悪い冗談みたいな怪物達だった。 「親父、一つ聞いておくけどよ」 「ん?」 「これは冗談とか夢とかじゃ…ねぇんだよな?」 「ああ。これがアクイだ。…信じろ。んでついでに…勝ってこい」 「…おうよ」 現実は現実だと受け入れ、小さく息を吐く事で強引に納得させる。 そして。 あとは勝つのみ。 無造作に、一番近くのアクイに斬りかかる。 斬りつけた感触が、直接伝わる。 そして。 斬られたアクイが燃え上がった。 「うぉ!?」 傷口から青白い炎を発し、そのまま燃え尽きて消えるアクイ。 「凄ぇな…」 それを皮切りに、襲いかかってくるアクイの群れ。 「っ!」 髑髏が自分の骨を道具にして殴りかかってくる。 それを左手でいなした瞬間。 手の先から発生した強風が、髑髏を跳ね飛ばした。 「これは風…か」 試しに拳を突き出してみる。 と、発生した突風が遠くに居るアクイを強打する。 「おーけーおーけー」 少しづつ理解が深まっていく。 「よっしゃ!慣れさせてもらうぜ!?」 臆する事無く、アクイの群れに突っ込んで行くシン。 その顔には、我知れず笑みが浮かんでいた。 …何かが、見えた気がした。 「で?何時まで隠れて見物しているつもりだ?」 シンがアクイの群れと格闘している最中。 亮は背後に向かって声をかけた。 「ひひひ…」 振り向く。 現れたのは、二人の記憶に強烈に刻まれた、ある男。 「久しぶりだなぁ、マコトちゃん?い〜い感じに熟れてくれて、お兄さんは嬉しいぜぇ?俺の事、覚えているかい?」 「…そろそろ忘れそうだったというのにな」 「へっへっへ。物騒な得物はもう持っていないんだな?」 「その必要がないからさ」 「よぉ兄ちゃん。今度こそてめえの前でこの姉ちゃんをいたぶり尽くしてやるぜ」 「ったく…いつまで経っても下種は下種だな」 自らの護章を取り出し、手をかざす。 と。 亮の全身を闇が覆い、次の瞬間には。 青と黒の甲冑を纏い、一振りの長剣を持った存在がそこに立っていた。 ナイト・オブ・ナイト『ファイナルエディション』。 それが亮の武器である。 マントをたなびかせ、圧倒的な威圧感でハイジを見据えるその様は『夜の騎士』と言うに相応しい。 「なんだそりゃ?ナイト気取りかよ」 「気取りじゃないさ。ま、見れば判る」 「へっへっへ。俺様を昔の俺様だと思うなよっ!!」 ぞわり、と。 刺青が浮き立ち、そして呼び出されるのは四本のギター。 「さぁ!パーティーの始まり―」 「うるさい」 ざしゅ。 ハイジがそれを言い切る前に亮は剣を一閃し。 呼び出されたギターは一瞬で塵と化した。 「なっ…!!」 「それで、誰が昔の誰じゃないんだって?」 「くっ…!俺様は今やコウヤと同等の力を手に入れたんだ!その俺様が―」 「それじゃ大して強くないじゃねぇか」 ぞぶ。 刃が容赦なく、ハイジの脚を斬って落とす。 「うぎゃああああああああっ!!」 ちらりと背後を見るが、アクイとの初戦闘に夢中になっているシンはその様子に気付いていない。 「さて」 首を落とそうと、剣を振りかざす。 「ま、待て!俺が悪かった!今度こそ!今度こそ改心する!だから助けてくれぇ!!」 「…二十年前も、お前は同じ事を言ったな?」 「ひ、ひぃぃ!!あ、アンタは出来なかった筈だ!な、なぁ?アンタは優しい人間だろう!?俺を殺すなんて出来ないよなぁ!?」 「歳月は人を成長させるのさ。マコトを護る為だったら、いくらでも貴様を斬れる」 「…ちくしょ―」 しゅ。 首を落とされて、ハイジは塵となって消えた。 「…二度と蘇るな」 無表情でそれだけ告げると、亮は甲冑と剣を消した。 と、無言で抱き付いてくるマコト。 「…どうした?」 「…嬉しかった。とても」 「惚れ直したか?」 「…うん」 その背に両腕を回し、こちらもマコトを強く抱き締める。 唇を重ね、柔らかい感触を楽しむ。 その先に進もうとした彼らを止めたのは。 「もしもーし」 息子の呆れ声だった。 「ん?」 見ると、凍夜は終わっている。 「色惚け夫婦」 「ふ…、悔しかったらお前もこんな相手を早く見つけるんだぞ」 「悔しくないってば」 シンの溜め息。 その様子に苦笑しながらも、亮は。 マコトともう一度唇を重ねた。 第七話。もしくは執着でも可。 に続く 後書き どうも、滑稽です。 第七話、いかがでしたでしょう。 ええやっぱりいきなり出てきていきなり散ってくれました。 …いや、単に亮君の強さを明らかにしたかったのと、もう時代が違うんだぞと言う事を浮き彫りにしたかったのが出した理由だったりします。 瞬殺は予定でしたので、ハイジファンの方ごめんなさいです。 それでは、次の作品でお会いしましょう。 |
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