これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第七話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第七話。もしくは執着でも可。


                               
滑稽




シンが両親とともに初めてアクイと戦った翌日。
シンの雰囲気は大きく変わった。
両親の居る特殊な世界、そのスタートラインに自分も立った事が、一つの自信になったのかも知れない。
早朝。少し前までなら、両親と共に朝の鍛錬を始めていた時間。
今日からは部活の朝練に向けて、登校する為の起床時間となる。
…とは言え、朝練をするにも少々早すぎるのだが。
「おはよう」
「おう」
「…おはよう」
ひどく眠そうな両親。どうやら一睡もしていないらしい。
「…ほう」
眠そうだが、シンを見て微笑う亮。
「ん?」
「…いや、いい顔になったな」
「…そうかな」
「ああ。目標が出来た男の顔だ」
「…大して変わらないと思うけどな」
「まあ、頑張れ」
「…?」
変化とは、本人の自覚のない所にまず起きるものらしい。


―そして、そういった変化に最も敏感なのは、目ざとい親や、そして。
その人間に恋する者であったりする。
「おはよ、シン」
「おぅ、真言葉。…珍しいな?いつもならもっとゆっくりじゃないか」
「まぁね。アタシも一応吹奏楽部と掛け持ちしてるから、たまには朝練出ないとさ」
「何だ、俺と同じかよ。んじゃ、行こうぜ?」
小さく微笑むシンに、ぼっ、と顔を赤らめる真言葉。
「…?どうした、風邪か?」
「え、あ、そ、そそそんなことないわよ!?」
顔を両手で挟み、その熱を実感して慌てる。
「あんまり無理するなよ?」
「え、ええ、有難う」
「おうよ」
再びその笑顔を直視した時、真言葉は自分の背筋を何かが走りぬけるのを感じた。
もう一度笑って欲しい。
その微笑を独占したい。
抱きしめて欲しい。
誰にも渡したくない。
まるで塞き止めていたものが一気に流れ出すかのような、感情の奔流。
昨日まで持っていた感情が、美麗への単なる競争心に過ぎなかった事を。そして、自分の持ち物を誰かに取られるのが嫌だという、そんな子供じみた妬心でしかなかった事を理解する。
その背を見詰めて学校までの道を歩く間。真言葉はその背に縋りつきたい感情と、必死に戦い続けていた。
百瀬真言葉が、羽村シンに対し、明確な恋愛感情を抱いた瞬間である。


シン達が学校に着くと、朝練も始まっていないような早朝にも関わらず、何故かそこには数人の生徒が居た。
柄は良くないし、何処かで見たような記憶もある。どこだったか。
「あ、おい、来たぜ!?」
「マジか!?まだ全員揃ってないだろ!?」
「どっちにしたって教師が来てるんだからここじゃ手出し出来ねえだろうよ!?」
「どーすんだよ!?」
どうやら自分に用があるらしいが、その方向も決まっていないらしい。
ならば、決まったら話しかけてくる事だろう。
「んじゃ、真言葉。俺はこっちだから」
「う、うん。じゃあね」
「おう。んー…、やっぱり体が悪いんじゃねぇのかな」
真っ赤な顔で校舎の中へと走り去っていく真言葉を目で追いながら、首を傾げるシン。
少々心配になったが、本人が大丈夫だと言う以上、どうあっても大丈夫だと言い張るだろう。
取り敢えず、大丈夫じゃなくなった時の為に気を配っていてやればいい。
そう断じて、シンは武道場の方へ向かった。
と、ぞろぞろとついてくる気配。
背後を見やると、さっきの男達がついて来ている。
「アンタら…何?」
武道場前の広場。
そこで問うと、連中はシンを取り囲んだ。
「我々はぁ!!」
「「「「「「「「「「星川美麗親衛隊である!!!!!!!」」」」」」」」」」
「…またか」
思いっきりデジャヴだ。
何と言うか、そういったものに絡まれる運命でも背負っているのだろうか。
「貴様がぁ、我らの麗しき星川美麗様を誑かしたのは既に明白である!!」
リーダー格の少年。何処かで見た。
記憶を検索し、思い出す。
昨日、シンを部に勧誘しようとしつこく誘ってきた生徒だ。
しつこい。
「貴様が口だけの男である事は既に明白である!!」
口だけ。
ちょっと傷つく。
「これでも長年苦労してるんだけどなぁ…」
「貴様が祁答院先生と血縁である事も既に確認済みだ!大方口裏を合わせて自分の強さを演出しようとしたのだろうが、甘かったな!!」
「むぅ…キララ先生が聞いたら泣くぞ」
もしくは激怒するか。
まあ居ない事を感謝した方がいい。
「ここで痛めつけられたくないなら、とっとと土下座して美麗さんに手を出さないと誓うので!!」
「やなこった」
「貴様!!」
「口だけだの痛めつけるだのと色々好き勝手言ってくれやがったな?ちょーっと傷ついたぜ?」
ぎっ、と睨みつける。
「ひ…」
「はん!こいつは口だけだ、大した事はねぇ!この生意気なガキを…あん?」
と。突然人垣の向こう側が騒がしくなった。
「待て待て待てぇぇっ!!」
駆け込んで来る一つの影。
これもまたデジャヴだ。まあ誰だかも何となく判っている。
「貴様等、寄ってたかって一人をリンチしようだなどと…と、羽村?」
やはり。
「あー、副部長さん」
「新開だ。新開ホノオ」
「覚えておくよ」
「うむ。…お前なら大丈夫だな。あまり痛めつけるなよ」
「大丈夫だって」
「んじゃ、朝練には遅れるなよ」
「了解」
ひらひらと手を振り、人の輪を抜けていくホノオ。
「…んじゃ、気を取り直して」
これで最後であって欲しいと願うが。
「ま、二日くらいは病院で唸っていてくれ」
こきこきと、シンは肩を鳴らした。


武道場。
「おぉ、早かったな」
「ま、あの程度ならね」
武道場に居るのはホノオとシンの二人だけだ。
朝練の開始一時間も前だから、無理もないのだが。
「さて。それじゃ…この前のリベンジをさせてもらうかな」
「あのね。俺は自分の叔母を叔母さん、って呼んだだけなんだけどな」
「それは聞いた」
「んじゃいいじゃん」
「…それはいいんだがな。本気を出して俺は負けた。雪辱は晴らさんとな」
「…了解。そういう事なら受けて立つさ」
互いに、一礼して構える。
「それじゃ、始めますか」
いなす型と、防ぐ型。
タイプは違えど、二人はその一流である。
「らぁぁっ!!」
ホノオの拳が唸りを上げたのと同時。
二人の動きは静から動へ移り。
そして、音が止まなくなった。

結局、朝練が始まる時間まで、彼らは全く止まらずに打ち合いをし続けた。
部長の声でやっと終わらせたのだが、
「ぜぇ…はぁ…。シン。この決着は次の機会だ!!」
「はいはい。んじゃ、普通の朝練を始めるとしましょうか」
「…ぬ、ぬぅ」
息を切らすホノオと、汗はかいているものの平然としているシン。
…まだまだだな、というホノオの呟きは、入ってきた部員達の挨拶の中に消えた。

…ちなみに。
ダウンしている星川美麗親衛隊(自称)は、外の惨状に気付いたキララによって人知れず(文字通り)片付けられたらしい。
その際に聞こえた呟きに激怒した彼女が、彼らの傷の程度をもう二週間分ほど重くした、という話もあるが、これは余談である。


昼。
シンの教室に到達したのは、真言葉の方が先だった。
「シ、シン…」
「ん?どうした、真言葉」
柔らかい笑み。
シンの顔を見た、真言葉以下、多くの生徒の顔が赤く染まる。
「お弁当…作ってきたの。屋上、行こう?」
「お、おぅ」
いつもとは違う彼女の様子に、ちょっとだけ沸き立つものを感じた。

屋上には、彼らを含めて数人の生徒が居た。
「さ、食べましょ」
「おう」
何故だろう。雰囲気が違う。
適当な所を見つけ、二人並んで座る。
渡された弁当箱は大型で、優に二人分はあった。
「どれどれ…?お、美味そう」
形は決して美麗のものほど良くない。
だが、それを口に出して言うほど、シンは馬鹿ではなかった。
「んじゃ、頂きます」
口にすると、思ったとおりの味が広がる。
「…うん。やっぱりウチの味付けに近いな」
「そりゃ…、大抵夕食はアンタの家で食べさせてもらってるしね」
母である百瀬真言美に料理が出来ないわけではない。
単に、幼い頃から彼らは夕食はどちらかの家でとるのが普通になっており、それがいつしかシンの家に固まった、というだけに過ぎない。
母から料理の基礎を学んでも、味付けが羽村家のものに近くなってしまうのも無理からぬ事かもしれない。
十分ほどで、シンは弁当を食べ終えた。
「ご馳走さま。美味かったぜ」
「あ、ありがと」
「いやぁ、朝練でホノオさんと燃えちまってさぁ。腹減ってたから、この量も有難かったよ」
「そ、そう?」
赤面し、嬉しそうな真言葉。
「ありがとな」
「い…いいわよ別に。毒味、って言ったってあんまり滅多なモノは食べさせられないからね」
照れてそっぽを向く彼女のその様子に、シンは微笑する。
「…やっと普段の真言葉に戻ってきたな?」
「え?」
「いや、朝方からどうも調子が変だったからな、心配したんだぜ?」
「う…」
笑顔で見詰められた真言葉が、顔を真っ赤にして俯く。
「お、おい。大丈夫か?」
「だ、大丈夫。…だけど、ゴメン。アタシもう行くわね」
「あ、ああ…」
弁当箱をひったくる様に受け取ると、真言葉は真っ赤な顔で走り去って行った。
「…何か悪い事言ったかな?」
羽村シン。
父親から受け継いだ才能は微妙に不足していたらしい。
端的に言えば。
朴念仁なのだ。


その頃。
昼間のシン争奪戦の敗北者、星川美麗は。
「あーん、羽村君何処よぉ…?」
諦めもせずにシンを探し回っていた。


羽村宅。
亮は月末締め切りの作品の仕上げにかかりながら、珈琲を持ってきた妻に話しかけた。
「なぁ、マコト」
「はい?」
「シンは…化けるかもしれないな」
「当然でしょう?私達の子ですもの」
「そうかな」
「ええ。私達は大きな壁として、あの子を待っていてあげましょう」
「ロートル気取りで居たいんだけどねぇ」
「嘘ばっかり」
見透かされた様な気がして、一口珈琲をすする。
「実は貴方が一番あの子の成長を楽しみにしている癖に」
「そうだな」
苦味を感じながら一気に飲み干し、キーボードをタン、と強く叩く。
「よし、終わり」
「お疲れ様でした」
「さて。…んむ」
と、微笑むマコトの唇を奪う。
「ん、んん…」
すぐさまマコトも唇を開き、二人、舌を激しく絡めあう。
「…ぷぁ。マコト…」
唇を離し、舌を首筋に這わす。
「あ…あぁ…」
同時に、器用に服を脱がせていく。
否、マコトが脱がせ易い服を着ていると言った方がいいか。
作品が上がると、亮はどうにもマコトを抱きたくて仕方がなくなる。
作品を終わらせた安堵が、押さえていた性欲を一気に噴出させるのだろう。
とまれ、これは既に通例となっているのだが。
今日に限っては、昨夜の不快な再会がネックとなり、無性に亮はマコトを愛したくて仕方なくなってしまった。
それはマコトも同じだったようで。
昨夜亮は一睡もせずに中途の作品に没頭し、マコトもまた、何時亮が終わらせてもいいように、その間まんじりともせず書きあがるのを待っていた。
それが結実したのだ。
彼らがいつも以上に燃え上がるのも仕方あるまい。
マコトの体が熱く火照ってくる。
亮は耐え難い劣情を愛情との天秤で必死に押し殺しながら、告げた。
「済まない…」
「え?」
「今日の俺は…お前を気遣う余裕がないかもしれない…」
「…目茶苦茶にしてもいい。私を…感じて下さい」
それに力強く頷くと、亮はマコトを抱き上げた。
「ふぁ…」
愛妻の吐息が嬌声に変わり、そして―
「ひぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
弾けた。


「ぜぇ…ぜぇ…」
「なんつー…ハードな…」
「ほれ、頑張れ。これでもまだ序の口だぞ?」
山中。
走っているのは三人。
石動一真、克己、そして縁の兄妹である。
父壮真の課す特訓は、学校で課される部活の領域ではありえない程にハードだ。
否。
道場でも、これ程の特訓は課されなかった。
唯一、長兄の一真だけがこの特訓をしていた訳だ。
即ち、石動の剣を継ぐ為の修行なのだ。
曰く、山篭りによる心身の修練。
「これで…序の口かよ…。兄貴…、アンタどういう鍛錬してやがる…」
「普通だろ?羽村…とか言ったっけ?彼ならもっと凄い鍛錬をしているんだろうな」
「嘘…だろ…」
「俺だって面金を竹刀でなんて斬れないぞ?」
「そうだよなぁ…」
走りながらの会話でも、長兄には余裕が見てとれる。
「…何よ。私が言ったのが…出鱈目だとでも…言うの?」
「…まあな」
「…なら、立ち会ってみなさいよ。勝てる気…しないから」
「けっ…俺より弱いヤツが…偉そうに…」
「ふむ。俺も一度会ってみたくなったなぁ」
「兄貴も踊らされるなよ。そんな人外、居て溜まるか」
天才。どんな大会でもそうもてはやされた三人である。
それ故に一真は自らの名の重さを弁え。
それ故に克己は己を鍛える事の意味を忘れ。
それ故に縁は初めてライバルと呼べる存在を得たのだ。
そしてその目標は、父と同じく、羽村の名の下に集結する。
「待ってなさいよ羽村シン…。私は必ず、貴方に勝つ…!!」
明確な目標を持った者の成長は早い。
彼女はこれ以後、それまでとは比較にならないほどの成長を見せる事になる。


第八話。もしくは驚嘆でも可。
              に続く










後書き
ども、滑稽です。
今回は…題して縁ちゃん再登場編です。
&亮×マコト夫婦生活編(微エロ)とでも。
まあ彼らは夫婦ですし、昼間っから盛っても、何ら問題ないかと(マテ
実はここまで(と言っても中途半端ですが)エロ素を書いたのは、滑稽がSSを書き始めて初だったりします。
如何でしたか?やはり温すぎましたでしょうか?
…まあ、今回はこれで勘弁してください><
それでは、次の作品でお会いしましょう。






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