これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第八話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第八話。もしくは驚嘆でも可。


                               
滑稽




一週間が過ぎた。
シンは今日、初めて天文部に部員として顔を出す。
真言葉と美麗は、自分が関わると何故か仲が悪くなる。
だから暫く顔を出さなかったのだが、今朝方真言葉に、
「今日は必ず部活に出て、だってさ」
と言われたので、来ざるを得なくなってしまったのだ。
「あー、気が重い」
部室の扉をノックして、開ける。
ここに来るのも二度目だ。
「…来たね、羽村君」
「あ、この前の」
中に居たのは一人。キララが連れて来ていた先輩だ。確か真言葉を勧誘したとか。
「矢垣だ。あの腐れ部長が消えてくれたお陰で私が部長になる事となった」
中々辛辣な人らしい。
「あ、そうか…部長さん、クビにされたんだっけね」
「…あの男の横暴で部員が四名にまで減ってしまったからな。私のように義務として来ていたとか、美麗や新開のように特別な理由でもなければ、それこそ部としての存続すら無理だったよ」
義務という言葉がちょっと耳に残ったが、聞き流す。
「…今年は二人だけか」
「充分さ。少数でも精鋭であれば良いんだ。特に君の場合はご両親がサラブレッド…と、失礼。これは君に失礼だったかな?」
「いや、全く。壁は高い程越え甲斐があるのでね」
「…なるほど。優秀さはこういった所にまで現れるのか」
小さく笑う。
「改めて自己紹介しよう。天文部の部長、矢垣しのぶだ。能力は覚り。これから二年、君と部活を共にする身だ。よろしく頼む」
「羽村シン。能力は重ねと言うらしい。こっちもよろしくお願いする」
「うむ。…今夜、真言葉と君にも実戦に出てもらう。火倉先生曰く…、アクイ。そう呼ばれる光狩が相手だそうだ」
「真言葉は大丈夫か?実戦なんて初めてだろうに」
「一応護章から武器は出せるし、この前実地で光狩を相手にした訓練にも参加している。その点は大丈夫だ」
「そうか。…それで?俺は『活動』まで何をしていればいい?」
「…基本的に昼間は各自で鍛錬の予定となっている。空手部でも剣道部でも、鍛錬になるなら積極的に参加してもらって構わない」
「了解。それじゃ、俺はそっちに行く事にするよ」
「…いいのか?他の連中に挨拶しなくて」
「一応顔と名前は一致するし、何度か話もしてる。問題はないよ」
それだけ言って部室を後にする。
しのぶの口に、苦笑が浮かんでいたような気がしたが、無視した。
…無視しないとからかわれる。そんな確信があったからだ。


「けぇぇぇぇっ!!」
鋭くも、乾いた音が響く。
剣道部の活動は、言うほどの益にはならない。
最初に縁と交わしたような、魂を削る程の打ち合いが出来ないからだ。
成る程、彼女がどれほど手練だったのか、こうやってみるとよく判る。
部長でさえ、七割ほど手を抜いてやっと相手になると言ったところだ。
溜め息混じりに、打ち込む。
一回の打ち込み時間は三分。
相手の防ぐ動きを嘲笑うかのように、的確に打撃を当てていく。
笛の音。交代だ。
打たれるだけ打たれていた相手が、猛然と打ち込んでくる。
今度はその全てを捌き、防ぎ、当てさせない。
どんどん息が荒くなっていくのが判る。
笛が鳴った。
終わりを告げるように、シンは最後の一撃を避けて、その面を軽く打つ。
ぜぇぜぇと息を吐きながら開始線に戻っていく相手。
横一列。これが一人ずつずれて、次の相手に移るのだ。
次の相手となる部員が何事か聞いているが、荒く息を吐くだけで何も答えられない今の相手。
唯一手をふらふらと振って何かを否定したようだったが、何だったのだか。
「よし、次!!」
顧問の声。
小さく溜め息をついて、シンは次の相手に向かって行った。


夜半、天文部部室。
そこに居るのはしのぶをはじめ、ホノオ、美麗、真言葉、そしてシンと、顧問の二人。
「さて。取り敢えず今日から亜種光狩『アクイ』の討伐を行います」
とは、いずみ。
「アクイの戦闘能力が判断出来ませんので、ひとまず全員で行動する事になります。もし少人数でも対応出来るって判ったら、二手に別れる事になるので、そのつもりで」
頷く一同。
「それじゃ、護章を渡すね」
「あ、私持ってます」
「俺も」
「…え?あ、そっか。お父さん達に貰ったんだね?」
「はい」
「それなら大丈夫だね。さ、行こうか」

ぞろぞろと、七人並んで夜の街を歩く。
ある意味教師に補導される不良学生と見られなくもないが、天文部の活動で野外観測に行く途中だ、と言う事にはなっている。
「そういえば、さ」
シンはふと気になって問うた。
「真言葉の能力って何なんだ?」
「…あれ?言ってなかったっけ」
「おう」
「音霊って言うんだって」
「オトダマ?」
「音色に魂を乗せて魂を揺さぶる旋律を奏でる…んだって」
「へぇ…」
「三輪坂さ…真言葉さんのお母さんが言霊の使い手だったからね。それが違う形で受け継がれたんだと思うよ」
とはいずみ。
「成る程…」
と、そこでシンはじとっとした視線を感じて振り向いた。
そこには美麗が、今にも泣き出しそうな顔でシンを見詰めている。
「あ、あー…それで、美麗さんの能力って何かな?」
問うた途端、花咲くような笑顔になる美麗。
「私のはね、交心って言うの。イーちゃん!!」
と、美麗の肩に、空から一匹のイタチのような動物が降り立った。
「これが私のパートナー、飯綱のイーちゃん。宜しくね」
「イーちゃんか。よろしくな」
「キュイ♪」
手を差し出すと、すりすりと擦り寄ってくる。
「あは。イーちゃんも羽村君が気に入ったみたいだね」
「そうかい?嬉しいな」
「キュイ♪」
「普段は私の家でお留守番してるんだけどね。呼ぶと来てくれるの♪」
「成る程…」
こりこりと撫でてやると、とても嬉しそうに声を上げた。
「ホノオさんは…」
「おう、金剛力だ」
「金剛力ねぇ…ま、よく判るよ」
ここ数日何度も手を合わせたからこそ、その尋常ではないタフさと怪力はよく判る。
「で、シンはどうなのよ?」
「俺?俺は重ねって言うらしいぜ」
「あら、亮君と一緒なんだね?これは楽しみだなぁ」
いずみの言葉に皮肉は感じられない。つまり、本気で楽しみにしているのだ。
と、そんな言葉を聞き届けてか。
辺りが蒼い光に包まれた。
「…凍夜が始まったね」
「ほな各自、武器出す奴は武器出しや」
言われるままに、武器を出す。
直刀と布帯。
牙焦刃・颶風帯。
そう名付けた。
「真言葉…それ、バイオリンか?」
「ええ。イスターテって名前をつけたわ」
「いい音が出そうだな…」
「でしょ?」
と、脚に何かが擦り寄る感触。
見ると、先ほどより二回りほど大きくなったイーちゃんが、シンの脚に頭を擦り寄せていた。
「お…イーちゃんか」
「キュイ♪」
答えるイーちゃん。
「ほら、来たで」
「よっしゃ!!」
いきなり駆け出したのはホノオ。向かってくるアクイに向かって跳躍一閃、
「シンカイ・ドラマティック&ダイナミック・キィィィィック!!」
重力をも無視したドロップキックが、アクイを薙ぎ倒す。
「どうだぁっ!!」
「はぁ…」
溜め息をつくのは、しのぶ。引き絞った弓の弦を放す事無く戻し、聞いてくる。
「シンくん。あの体力馬鹿をどうにかする方法を考えてくれないか」
「無理」
即断する。が、しのぶの恨めしそうな目に負けて、自分なりの分析をする。
「…まあ取り敢えず前衛は俺とホノオさんだな。中衛は真言葉と美麗さん。後衛でしのぶさんがホノオさんの援護をすれば、大体なんとかなると思うけど」
「ふむ。…それが妥当だな」
教師達は口出ししない。普段から自分たちで分析、行動することの意味を知っているからだ。
「おっとぉ!!」
「どうしたのさ?」
慌てて駆け寄る。
「いや…向こうから群れがな」
見ると、ぞろぞろと歩いてくるアクイの群れ。
「…ふむ。んじゃ、ちょいと片付けてきますか」
「ぬぅ…って、何ぃ!?」
その数の多さに表情を硬くするのホノオとは対照的に、気負いなく呟くシン。
「真言葉ぁ!!」
「…え?何?」
「景気のいい曲一曲頼むぜぇ!!」
「…おっけー!気合入れて行きなさいよ!!」
飲まれていた真言葉がシンの言葉で我に帰り、普段の調子でバイオリンを構える。
「美麗さん、しのぶさん!!」
「はい!」
「…なんだ?」
「俺の取りこぼした奴の排除よろしく!!」
「…判ったわ!行くよ、イーちゃん!!」
「キュイィッ!!」
「了解だ!」
「ホノオさん!」
「む…」
「行くぜ!!」
「…そうだな、行くぞ!!」
二人並んで、アクイの群れに向かい、構える。
勇ましい、魂を底から揺さぶるような曲が響き出す。
「はぁぁっ!!」
飛び込んで来たアクイをいなし、その背を左手で強く打ち据える。
爆風がアクイの背を打ち砕き、一気に四散させる。
「次!!」
地を文字通り擦り上げながら下から上へ斬り上げる。
振り抜かれた場所に居たアクイが、一瞬で消し炭となって消える。
返す刃を上段に構え、一気に間合いを詰める。
「斬捨…一触!!」
神速の一刀が一気に対象を両断し、更に、颶風帯から打ち出した風の方向に向けて剣を突き出す。
「焔旋焼牙!!」
と、爆炎が渦となって風の軌道をなぞり、風に触れていた部分全てを焼き捨てる。
「…熱ちち…すげぇな」
ホノオが呆気に取られている間も、シンの動きは止まらない。
「うおっしゃああああ!」
体の芯が焼けるような昂揚。
シンは自分の中にある何かが燃え上がっているのを感じていた。


「…凄い」
「これが…羽村の血脈の力なんか…」
最もその様子を驚きながら見ていたのは、教師二人である。
「才能…って言葉、信じたくはなかったけど…」
「にいちゃんもお姉ちゃんも…なんつー化けモンに育てたんや…」
程なく。
ほぼ、シン一人の活躍で。
現れたアクイの群れは殲滅された。
「慢心なき天才…。シン君の成長が楽しみだわ」
「そやろ?」
だが二人とも、彼の才能を危険だとは思わなかった。
シンの父親である亮が、彼を良くない方向に導く事はないと、信じていたからだ。


第九話。もしくは再戦でも可。
               に続く










後書き
ども、滑稽です。
取り敢えず、初の天文部としての戦闘です。
新入部員のシンを中心に置くには、これくらい強くないと無理かな、というのが今回の作品のモチーフです。
彼が親の七光りではなく。親を超える程の輝きを湛える事を期待して頂ければ。
それでは、次の作品でお会いしましょう。






[Central]