これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第九話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第九話。もしくは再戦でも可。


                               
滑稽




五月半ば。
その日、桜水台学園剣道部に懐かしい顔が現れた。
「あら、縁!?久しぶり、元気だった!?」
「ただいま。悪かったわね、ずっと留守にしてて」
本来なら出席日数を気にしなければならないのだが、剣道推薦の彼女の場合、実家である道場での鍛錬を理由にすればどうにでもなる。
事実、顧問に話を通して合宿扱いになっている彼女は、テストさえ赤点にならなければ、進級はどうにかなるらしい。
「修行の方はもういいの?」
「…まだまだ中途半端です。学業の方も形にしておけ、って言われたので。兄達はまだ御山に居ますよ」
「そ、そうなの…」
不機嫌そうに唇を尖らせる縁に、部長も苦笑を返すのみだ。
「で」
そのまま剣呑な表情で、目を辺りに配る縁。
「羽村君は…どこです?」
「あ、今日は天文部。月一のミーティングなんだって」
「てんもんぶぅ!?」
「そ。ほら、ホノオさんもキララ先生も居ないでしょ?」
「…三つも掛け持ちしてるのね?彼は」
「ええ、まあ。そうなるわね」
と、縁の形相が歪んだ。
「…許せない」
「は!?」
「空手部と剣道部ならまだ判るわ…。自分を鍛えよう、って判るもの。でも天文部!?」
「ゆ…縁?」
「そう…。私が御山で地獄のような修練を積んでる間に、アイツは天文部なんかでだらだらやっていた、って訳ね!?」
唖然とする部長の前で縁はどんどんヒートアップする。
「今度こそ絶対にその鼻っ柱叩き折ってやるわ…!!」
憤怒の表情で呻く縁に、部長は冷えた目でこう告げた。
「ねえ縁。アンタ、何かさぁ…」
「はい!?」
「彼氏に浮気されて怒ってる彼女みたいだよ?」
途端。
「な、なななな…っ!!!!!!」
縁の顔が真紅に染まった。
先ほどまでの勢いも一気に消沈し、慌てふためいている。
「なななにを部長ッ!?」
「…縁ぃ、アンタさ、修行中ずっと何考えてた?」
「そ、それは…。は、羽村君に勝つ事を…」
「それだけ?」
「は…はい。」
「成る程。つまり、一ヶ月もの間、羽村君のことだけを考えていた訳だ」
「で、ででですからぶちょぉっ!!」
「…何さ」
「そ、そういう誤解を招く言い方は…」
真っ赤になって両手を振る少女。それをニヤリと微笑みながら、
「…今頃羽村君は星川さんと仲良くお話してるんだろうなぁ…」
その部長の言に、突然ガラリと形相を変える縁。
「何ですってぇ!?」
「…ほら、やっぱり」
「…え?あ、その…あうううううう…」
そして再び真っ赤になる。
「免疫ないわねー、縁」
「ぶちょぉぉぉぉぅ…」
「あー、もう判ったわよ。再戦希望なら天文部行ってくれば?ミーティングならどうせもうすぐ終わるでしょ」
「そうしますぅ…」
真っ赤な顔のまま出て行く彼女を見送り。
「あちゃー…。まさか核心突いちゃってるとはねぇ」
部長はそんな事を呟いていた。


「と、言う訳で。一ヶ月程全員で夜回りした結果を鑑みての、これからの編成だけど」
「「「「「はい」」」」」
「しのぶちゃんとホノオ君の所に一人、シン君の所に一人といった編成でこれからは組んで夜回りをする事になります」
「「えー!!」」
いずみの発言に、異議を唱えたのは二人。美麗と、真言葉である。
「あら、どうしたの?」
「何で羽村君に一人なんですか!?羽村君は新入生なんですよっ!!?」
「仕方ないやんか。…シン一人の戦闘能力がホノオとしのぶを合わせたよりも高いんやから」
頷くしのぶと悔しそうなホノオ。
「駄目ですよ!!そんな時間帯に二人っきりにしたらシンが襲われちゃうかもしれないじゃないですか!!」
「…何かニュアンスが違う気がするんだけど」
「まあ確かに年頃の男女を二人っきりで歩かせる、ってのも問題あるんやけどな」
「…でしょう?」
勝ち誇る真言葉。
「せやけど、どっちの親御さんも『それで構わん』って言うとるねんよ」
「あ・の・お・や・じ・かぁぁぁぁぁっ!!」
「パパ…。今回ばかりは逆効果…」
そして一様に嘆く二人の娘。
「それに、シン君からも言われたからね」
「「え?」」
瞬間、期待に目を光らせる二人。
だが―
「『二人は普段からあまり仲が良くないから、出来るだけ一緒にしないで上げた方がいいと思うんですけど』ちゅうてな」
それを引き継いだキララの言に、がっくりと肩を落とした。
「それで結局、どっちが俺と組むんですか?」
「そうねぇ…」
考え込むいずみ。
「取り敢えずまずは交互に試してみて、いい結果を残せた組の方に決めようや」
「…うん。そうだね」
そんな二人の会話に、闘志を燃やす真言葉と美麗。
「ふふふ…負けませんよ」
「こっちこそ」
今のところ、穏便ではあるようだが。

そんな流れでミーティングも終わり。
部室から出たシンを、一人の生徒が待っていた。
「あれ、石動さん」
「久しぶりね、羽村君」
にこりと笑う彼女の目が、シンのその背後を捉えて剣呑な光を帯びる。
「あら…」
その光を感じ取った二人が、やはり剣呑な目つきで縁を見る。
曰く、
「こいつもか」
と。
「…それで、どういった用なのさ?」
「再戦を…ね」
「再戦って…、石動さんが勝ったじゃないか」
「あれだけ手を抜かれて、それで勝ったとか言われても嬉しくないのよ。全然」
シンは小さく溜め息をついた。
「了解。んじゃ、やろうか?」
その言葉に小さく口許を歪め、
「少しは私も鍛え上げたのよ。理解して欲しいわね」
縁は歩き出した。
「場所は武道場で?」
「ええ。行きましょう」

武道場。
シンと縁を取り巻く、剣道部員+α。
「シン!気張りや!!」
「羽村君!頑張ってー!!」
天文部の面々、ついでに空手部の連中も居る。
「まったく、仕方ないなぁ…」
今回は二人、防具を着けていない。
縁がそれを望んだのだが。
「それじゃ、始める前に」
と、先だってシンが面金を斬り落とした面を持ち出させ、
「はっ!!」
竹刀で繰り出された突きが、面金を突き抜いた。
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
上がる、感嘆の声。
そんな中、シンは一人眉根を寄せた。
確かに面金を貫けるようになったのは凄い。だが、何か違和感が拭えない。
見えたのは一撃。だが、圧力を感じたのは多数。
「と言う訳で、破壊力は一緒。後は腕の勝負よ」
(…何故だ?見間違いか…感覚の異常か…?)
「自信たっぷりだねぇ」
とまれ、構える。
「それじゃ…行くわよ」
縁が構えた、刹那。
「ちっ!?」
右に大きく避ける。
一瞬では確認しきれない程の多数の圧力。
だが、見えたのは一突のみ。
「流石ね。…避けるなんて」
「…五段…いや、六段突きか」
避けてから受けていた圧迫の数を数えなおし、問う。
「…全部見切るとはね」
驚く縁。だが余裕は失わない。
「なら…これはどうっ!?」
先程より鋭く、感じる多数の圧。
これでやっと理解する。
彼女は一瞬の間に多数の手数を繰り出す事が出来るのだ。
「成る程…。手数を一瞬に集中する事で破壊力を増す…か」
感覚がおかしくなった訳ではなかった。
文字通り、目にも留まらないのだ。
「どうかしら。一応家族にもお墨付きをもらっているのよね」
「羨ましいね。うちの親は一度もそんなモノをくれた事がないぜ」
余裕の笑みを浮かべる縁に、苦笑で返す。
「さて…。ま、そろそろその鼻っ柱を叩き折らせてもらうかね」
「…何ですって?」
「その余裕面を、歪ませてみせよう。…でもいいぜ?」
「このっ…!!」
確信した勝利に、水を差されたようなものだ。
縁の顔が歪む。
「なら…今度こそ勝ってあげるっ!!」
竹刀を青眼に構え、意識を落ち着ける。
全身に感じる、無数の圧。
「斬術…」
その全てを等しく読み切り―
「刹刀連閃!!」
空気が軋む程の高速で、最初の一刀を弾く。
次いで、次の動作に移る迄の一瞬の「間」を衝く。
竹刀を弾き飛ばし、圧倒的な手数をこちらから打ち込む。
「あっ!!」
最後に、ゆっくりと小手を打ち。
「…これで、いいかね」
シンは竹刀を納めた。
「完敗…です」
そう言いながらも、彼女の顔は晴れやかだった。
互いに一礼。
「腕を上げたらまた試合ってくれるかしら?」
「喜んで」
険の取れた縁に残っていたのは、シンに対する敬意。
今はまだ、それだけだった。


その三日後。
剣道部にまた、懐かしい顔が現れた。
「よう」
「い…!いい石動先輩!?」
現れたのは縁の兄、克己。
先年までここの生徒だった彼は、現在桜水台大学の一回生をしている。
更に二つ上の兄、一真と比べて粗暴な彼は、兄の卒業後男子剣道部をほぼ私物化していた過去がある。
その為、あまり彼を歓迎する視線はない。
「ち…、歓迎されてねぇな」
「そ…そんな事は」
今も、一応の抑止力である縁が表を走りに行っている為、彼を止められる者は部員には居ない。
「まあいいさ。今日はお前達に用がある訳じゃねえ。妹を可愛がってくれた新入生が居るって聞いてよ。ちょっと見てみたくなったんだ」
「は…羽村君のことですか?」
「あ?そーいえばそんな名前だったっけ?…まあいいや。呼んでくれよ」
「は…はいっ!!」
部長が走って行くのは、空手部の区画。
「…あん?」
そこでは、空手着を身に付けたシンが、ホノオと組み手をしていた。
組み手を途中で止め、部長と話すシン。
暫く話してから、部長はシンを連れ立って戻って来た。
「…初めまして、先輩」
「ああ、初めまして。俺は石動克己。この間君に負けた縁の兄でね。…君に一つ手合わせをお願いしに来たんだ」
そう言って、克己はニヤリと微笑んだ。


第十話。もしくは事情でも可。
              に続く










後書き
どうも、滑稽です。
縁さん復帰&敗北編です。
今回のキーワードはまさしく「こいつもか」。
これに集約されていると言っても過言ではないでしょう。
取り敢えずSSDにおけるメインヒロイン三名が、これで出揃ったことになります。
さて、朴念仁をノックアウトするのは一体誰なのか。
では、次の作品でお会いしましょう。






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