これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第十話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第十話。もしくは事情でも可。


                               
滑稽




桜水台学園剣道部に、初めての全国優勝を齎した男、石動一真。
その弟である石動克己もまた、非凡な才を持つ少年であった。
だが。
兄と比較して、弟は余りに自分の才を鼻にかけすぎた。
全国大会にても、最初の大会―兄と一緒だった唯一の大会だったのだが―以外では全て圧倒的な強さで優勝をさらって行き。
結局、今の今まで彼は兄と父以外に負けた事がない。
だからだろうか。
彼は傲然かつ不遜ではあるが、それ故に自分の道場と父と兄を最強だと信じて止まなかった。
そして彼はそれを妹にも求める。
彼女が負けていいのは、やはり父と、彼ら兄二人にのみ。
直接告げた事はなかったが、彼はそれを妹にも求め、そして彼女も我知らずそれに応え続けていた。
しかし。
御山から降りてきた彼を待っていたのは、妹の敗北の報。
羽村シン。
妹よりも年下でありながら、妹を一蹴した少年。
父を破ったという男の倅。
許せなかった。
だからこそ、歓迎されないと判っていた剣道部に顔を出し、妹を負かした男を負かしてやろうと考えたのだ。
…が。


「兄さん!?」
武道場に戻って来た縁が最初に見たのは、シンに絡んでいる兄の姿だった。
「よう、縁か。まあ見てろ。今からこの生意気な餓鬼を打ちのめすからな」
「…えーと?」
何が何だか理解出来ない様子のシン。
「ちょっと!!止めてよ!羽村君に勝つのは私の目標なんだから!!」
「…許せねえんだ」
「え?」
「石動の剣が石動の剣以外に敗北するのは許せねえんだよ!!」
「ちょ…」
「…部長、竹刀を」
「は、羽村君!!」
縁の非難を無視して、シンは竹刀を受け取った。
「それじゃ、始めましょう」
「いい度胸してるじゃねえか」
破顔する克己。
こちらも竹刀を大上段に構え、睨みつけてくる。
「羽村君…」
「あのさ、石動さん」
「え?」
「…打ちのめしちゃっていい?」
「えっと…」
と、兄の方をちらりと見てから、
「頑張って」
と、頷いた。
「おっけ」
言い様、突き出された竹刀を避ける。
「ちっ」
「兄さん!!」
克己の不意打ちに怒鳴る縁。
「いいから」
微笑むシンの手が霞んだ。
「ぐぉっ!?」
右手首を斬り落とされそうな程痛打され、克己が唸る。
「一本」
「舐ァめる…なぁっ!!」
「こっちの台詞」
今度は左手。
竹刀を取り落とした克己の脳天を、小気味良い音をさせて打つシン。
「くっ…」
「勝負ありっ!!」
縁の一声。
「なっ!縁っ!!」
睨みつける克己の目にも、力はない。
「兄さんの負けよ!もういいでしょう!?」
「畜生…」
竹刀を取り落とす、克己。
「くそ…」
ふらりと立ち上がり、武道場を出て行く。
「…ちょっとやり過ぎたかな?」
「いい薬よ」
呆れた様子でふん、と大きく息をつく縁。
「…」
やはりやり過ぎたかもしれない。シンは密かにそう思った。


「石動さんを勧誘?」
「せや。嬢の姉ちゃんが言うには、あの娘も能力者の素養があるんやと」
その晩。
遊びに来ていたキララから、そんな事を告げられた。
「だ、だだだだ駄目ですよっ!!」
これは真言葉だ。
「何でだ?」
シンは、明らかに判っていない表情で問うている。
「…だ、だって剣道部から二人も掛け持ちなんてまずいですよ!!」
「空手部もシンとホノオが掛け持ちやけど?」
「あう…。…だ、だって空手部はキララ先生が顧問じゃないですか!!」
「大丈夫やて。剣道部の顧問からも了承得とるから」
一つだけ条件出されたけどな、と続ける。
「条件?」
「縁とシンが訓練する時間をしっかりと用意する事…やて」
「…は!?」
「あー、まあ当然だろうねえ」
掛け持ちは実力が低下しない範囲で訓練するであれば構わない。そう言っているのだ。
「ついでにシンと縁が男子部女子部の垣根を払って訓練出来る、そんな状況が欲しかったみたいやね」
シンと縁。空手部も含めればホノオも、その才能と能力は超高校級だ。
当然近しい実力の持ち主同士で訓練した方が実力は伸びる。
が。
シンとホノオは男子同士だから問題はないが、シンと縁は部内で男子部女子部という垣根がある。
これだけ特例を認めた上、これ以上シンを特別扱いするのも問題だ。
だからこそ、縁の掛け持ちを認め、その代わりに空いている時間に二人で剣の鍛錬をさせる事。
それが剣道部の顧問から出された条件だという。
「まあ、問題ないんじゃない?」
天文部の裏の顔にも、特に問題を生じる訳では無いし。
「おおありよ!!」
一人いきり立つのは真言葉。
「何で」
「何でって…」
判って欲しい本音。言えないもどかしさを前面に押し出しつつも、結局シンには判ってもらえず。
「んじゃ、明日にでも話してみますよ」
その言葉が止めとなり。
真言葉は大きく溜め息をついた。


「よう」
「…何だ?てめえ」
繁華街の裏側。
歩いていた彼に声をかけたのは、目深に帽子を被った一人の青年。
「君にさ、力を与えてあげようと思って」
「あ!?」
顔を歪める彼。
青年の馴れ馴れしい様子も、そのしたり顔も、怒りを呼び込むだけの物でしかない。
だが。
「てめえ…何者だ」
えもいわれぬプレッシャーが彼を襲う。
「何者でもいいさ。君に、君を負かした奴を殺せる力を上げようって言っているんだ」
「何をっ…!?」
喉を押さえられ、声を封じられる。
「かっ…」
ひどく細い手。だが、どうあっても外せない程その力は強い。
「さあ…知るといい」
「な…にを…」
「とても美しい…夢の世界をさ」
微笑む青年の、帽子の奥に見えたその瞳の色は、まるで。
光すら飲み込む闇のような―。


翌日。
どう声をかけようか迷っていたシンは、それより先に縁から声をかけられた。
「あ、羽村君」
「え?…あ、石動さん」
「あのさ、突然だけど…今日暇かな?」
「えっと…暇だけど、どうして?」
「き、昨日兄さんが迷惑をかけたから、お詫びをしたい、って父さんが…」
「そっか。うん、構わないよ」
その際に折を見て護章を渡せばいい。
光狩その他の話は、連中が現れた時にでもしなければ信じてもらえないだろうから。
「そう!?良かったぁ…」
安堵の息をつく彼女。
シンもまた、取り敢えず期せずして目的を果たせそうな事に安堵していた。

「『連ね』?」
「そう。一瞬で多数の手数を出せる能力ね」
「成る程。あの時感じた違和感はその所為か…」
「正直、よく避けたと思うわ」
天文部部室。
今回は石動縁のスカウトに関する会議だ。
「能力に目覚めたのか、隠していたのかは判らないけど…」
「どっちにしろ、前衛が二人じゃ少々心許ないのよね」
「シンとホノオさんと石動さんで前衛、星川さんと部長と私が後衛…か」
「まあ、石動さんが了承してくれたら、だけどな」
シンの言葉に、頷く一同。
「今回は護章を渡すだけ。彼女を危険に晒すのは本意ではないから、いきなり実戦に送り込むような真似はしないようにします」
「ああ」
「シン君も、決して光狩の事とかは話さないようにね」
「気をつけるよ」
と、時計を見て、
「んじゃ、待ち合わせの時間なので、俺は早退するよ」
シンは立ち上がった。
「しっかりやりや」
「おう」

シンが出て行った後、キララはニヤリと笑って真言葉と美麗の方を見た。
「大変やな?朴念仁に惚れてまうと」
「む…」
「ぐ…」
呻く二人。
「言えへんよなぁ?『嫉妬しとるから石動さんの勧誘は嫌』なんて♪」
「うう…」
「むぐぐ…」
「もう…悪趣味だよキララちゃん?」
「ふっふっふ…。未だ兄ちゃんを諦めてない嬢の姉ちゃんが言っても説得力薄いで?」
「ううっ!!」
矛先を向けられて焦るいずみ。
「二人とも、今の内に嬢の姉ちゃんにゴマ擦っといた方がええで?もしかしたら『義母さん』て呼ばされる事にもなりかねんからな♪」
「「「「ええっ!!?」」」」
「ちょ、キララちゃん!?」
「んっふっふ…」
含み笑いを漏らすキララに、いずみも反撃する。
「な、何よ!キララちゃんだって亮君を奪うんだ、って事ある毎に誘惑してた癖に!!」
「ふなっ!?ななな、なしてそれを!?」
「マコトから相談されたのよね!『妹が夫を誘惑して困る』って!!」
「何いいいいいいいっ!!!?」
これはホノオである。
キララに憧れている彼にしてみたら、これは看過出来ない領域だ。
「ホノオ君、聞きたい?キララの羽村亮篭絡大作戦(仮)の全詳細を…って、大丈夫よ?結局何一つ成功しなかったんだから」
「ふぬうううう!真言葉!美麗!羽村マコトと七荻鏡花、火倉いずみの間で未だに燃え続ける、羽村亮を巡る骨肉の争いの仔細、余す所なく伝えたる!参考にしいや!!」
「「「「…」」」」
ついていけない四名を他所に、キララといずみの暴露合戦は結局この日の下校時刻まで続いた。


石動流剣術道場。
大津名では由緒のある剣術道場の一つで、門下生は県内だけで百人を超える。
何と言っても師範の子供全員が高校生日本一を取っている流派なのだ。繁盛するのもまた当然ではある。
鬼より強い。現道場主の石動壮真はそう呼ばれる程の使い手であり、日本一の剣士として知られている。
そんな彼と、次の道場主となる長男の一真、そして連れてきた縁の三人と道場で向かいあいながらシンは、妙な居心地の良さを感じていた。
少なくとも、歓迎されている。そんな空気を感じた。
「初めまして、だね。私はここの道場主をしている、石動壮真だ」
「初めまして。羽村シンです」
「うちの子供達が大変な無礼をしたみたいで…済まないね」
「いえ。そんな事は」
だが、壮真の目の奥、何かを感じる。
敵意でもなく、害意でもないが、頭の奥で警鐘を鳴らすような、何か。
「いやいや…ご無礼ついでに私もちょっとな」
殺意も殺気も、それどころか予備動作すらなく、壮真が足元にあった木刀を掴み、電光の突きを打ち込んできたのだ。
「わっ…とぉ」
その一瞬を見極め、後方に逃げ跳ぶシン。
何も気にせずにそこに座っていたなら、動きを感じ取った瞬間にはもう突かれていただろう。
冷や汗が流れる。
「おお、流石は羽村氏のご子息だな」
「…父を、ご存知で?」
一連の動作に目を丸くする、一真と縁。
が、壮真はシンの問いには答えず、続けた。
「石動流奥義、無我の剣。成る程、それさえ手玉に取る法を君の父上は体得しておられると言う訳か」
「質が悪い…と言わせてもらいますよ」
「や、これは失礼した。君の実力を是非見せてもらいたくてね」
カラカラと豪快に笑う壮真に、毒気を抜かれる。
「君の父上とは一度試合って頂いた事があってね」
「負けましたか」
「その通り」
昔を懐かしむような表情で、
「生まれて初めて決定的に格の違いを知ってね。私にとっては自分を見つめ直すいい契機となったよ」
穏やかに言う。
彼の中でこれは怒りや悔しさを喚起するような思い出ではないらしい。
そして再び笑みを浮かべ、
「だが、恥ずかしながら子供達は敗北を知らなくてね。君には感謝しているよ」
そう締めた。
「取り敢えず今日はお詫びに食事と、出来れば長男の一真とも試合ってもらいたいと思ってね」
「あ、はい。それくらいならお安い御用です」
「それじゃ、まずは食事にしよう。来てくれたまえ」
「はい…と、そうだ」
立ち上がろうとして、ポケットの中の『本題』に気付く。
「ん…?」
「いする…縁さん」
名前で呼んだのには、他意はない。単に誰に向けての発言なのか、明確にしたかっただけで。
「これを」
と、ポケットから取り出した護章を渡す。
「こ、これは…?」
「あ、それはね…」
と、説明をしようとした刹那、
「プレゼントだな」
兄、一真の一言が挟まれた。
「ぷ、ぷれぜんと!?」
真っ赤になる縁。
…確かにプレゼントで間違ってないのだが。
「ふむ。君は縁と付き合いたかったのか」
「はぁっ!?」
予想外の言葉に、声を上げるシン。
「いやいや、隠さなくてもいい。親父の前で告白をしようというのも見上げた心意気だ。成る程、羽村君は胆力も並外れている」
「いや、あの…」
「まあどこぞの馬の骨では私もおいそれとは認めはせんが、君ならば何一つ問題はない。縁を幸せにしてやってくれ」
「あの、ちょ…」
「ごめん、羽村君。これは受け取れないわ」
「何?」
場が混乱しようとした中、縁の静かな断りの言葉に空気が一気に冷めた。
「そうか…。縁の好みという問題があったか」
「むう…、羽村君はかなり美形の域だと思うんだが、縁の好みとは違うのか?」
「え!?そうじゃなくて…、好みだけど、羽村君にはちゃんと相手が…」
「は!?」
今度はシンが驚く番である。
「な、俺はまだ誰とも付き合った事なんてないって!?」
「え…、そうなの?じゃあ星川さんは」
「ちょっとした縁で助けてあげただけで、それ以上じゃないから!!」
「じゃ、じゃあ、これって…」
と、ネックレスにした護章を見下ろす縁。
「え…?あ!!あの、その…!!!」
ふと、自分の説明が至ってなかったことを理解する。
これでは自分が彼女を本命として交際を申し込んでいるようにしか思われない。
「ふむ、やはりな」
「あー、そのぉ…」
最早弁明すら出来そうにない。
「どれどれ、ちょっと見せてくれ」
「あ、俺も」
「ちょっと、父さん、兄さん!?」
護章をひょいと取り上げる壮真。
取り返そうと縁が手を伸ばした、その時。
道場の扉が蹴破られた。
「誰だ!?…って、克己?」
そこに現れたのは次兄、克己。だがその顔はひどく歪み、荒く息をつく様はとても正気とは思えない。
手に持っているのは鞘に納まった日本刀。
(まさか…っ!?)
嫌な予感を覚え、自分の護章を取り出す。
「…俺は…強く…強くなったぁ…!!試させろ、試させろ親父ぃぃぃっ!!!!」
刹那、窓の外が青く染まり。
シンは克己の背後に、金色に輝く光狩を見た。
「あああああっ!!」
すらりと刀を抜き放ち、躊躇なく父に斬りかかる克己。
「くっ!?」
事態が飲み込めず、後ろに下がるのが精一杯の壮真。
「父さん!?」
父を庇うように押し倒す縁。父と妹を背に庇い、木刀を構える一真。
「く…っ!?な、何だ!?」
「え…って、何アレ!?」
護章と触れていた為か、縁と壮真には光狩が見えているらしい。
「大丈夫か二人とも…って、あれ!?」
そして一真には存在が希薄になった家族の姿が見えない。
「マジかよ…」
シンは内心頭を抱えた。
光狩はどうにかなる筈だ。…が、縁をこれほどピンポイントで巻き込む事態になるとは、どこまでも予想外の事態だ。
「こう言う場合はどうすればいいんだろうな、親父…」
溜まらず漏れた呟きが、克己の興味をこちらに向ける。
「羽村…?はぁむらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
「さぁて…、どうしようか」
取り敢えずここから取り繕うのは無理だよな、と。
シンは小さく溜め息をついた。


第十一話。もしくは参戦でも可。
               に続く。










後書き
どうも、滑稽です。
今回は思いの外難産でした。
取り敢えずもう一回続きます。それだけは確かです(泣)。
本当はここまで長くなる予定じゃなかったのですが…。
次回はあまり間をおかずに仕上げようと思います。
それでは、次の作品でお会いしましょう。






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