これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第十一話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第十一話。もしくは参戦でも可。


                               
滑稽




石動流剣術道場。
現在の道場主を含めて、日本に誇る剣士を数多く輩出しているここは、近所でも有名な名家だ。
彼らの剣への姿勢は凄まじいの一言に尽きる。鍛錬のあまりの苛烈さに辞めて行くものは後を断たないが、同時に入門者もまた増える一方である。
だが、それですらまだ甘い。ここの後を継ぐ石動家の者達は、皆同様にそれ以上の鍛錬を課されているのだから。
自然、そういった鍛錬は練習生の帰った夜になる事が多くなり。
結果、夜遅くになっても彼らが鍛錬を休む事は少なく、少々の音では近所の誰も騒ぐ事はなくなってしまった。
そして今回、それが仇となった。


「参ったね…」
ゆったりと距離を置きながら、シンはアクイに取り憑かれた克己を観察する。
色は全身悪趣味などぎつい金色。
克己の背から、巨大な二本の腕が上へと生えている。
間接は三つ。腕と言うには異様に過ぎるが。
更にその先にある掌からは金色の糸が降り、それが克己の全身に刺さっていた。
「マリオネットのつもりかよ…くそ」
ぼやきながら牙焦刃の方を床に置く。
流石に家族の前で斬りかかるような真似をする訳にはいかない。
まさか知り合いを目の前で斬られて喜ぶような特殊な趣味をしている訳はないだろうし、何より。
そんな人間にスカウトされたところでOKしてくれるとは思えない。
颶風帯のみでアクイを引き摺り出し、駆滅する。
それが今回のノルマだ。
「全くもって…面倒なノルマだこと」
無造作に叩きつけられる刀の一撃を避け、その左手を掴む。
「殺法…流水っ!!」
更にこちらを向こうとする動きをいなして、投げ飛ばす。
「ガハッ!?」
十メートルはあろうかという距離を舞う克己の体。
向こうの壁に叩きつけられて、落ちる。
「あのぉ…石動さん」
取り敢えず克己の動きには注意しながらも、視線を壮真の方に向ける。
「な、何かね…?」
「少々息子さんに怪我をさせてしまうかも知れませんが、良いですか?」
「あ、ああ、構わんが…これは一体」
「ルナシィです。ルナシィの…正体とでも言いましょうか」
「正体!?」
「ええ、ま、詳しい話は後ほど」
会話を切り上げて、向き直る。
そこには、刀を振り上げて駆け込んでくる克己の姿があった。
「襲ってきてるんで」
「あ、ああ」
「ふっ!」
鋭角的に突進し、懐に飛び込む。
これで刀は用を成さない。
指をナイフの様に尖らせて突き出す。
「殺法…穿!」
打つのは肩。まずは右、次いで左。
両肩が外れたのを確認して、離れる。
「がぁぁっ!?」
両腕の力が目に見えて抜ける克己。
それでも刀を落とさないのは流石と言うべきか。
だが、これでもう刀は振り回せない。
「さて、どうやって追い出すか…って、げっ!?」
シンの余裕も長くは続かなかった。
背中から生えているアクイの手から、また幾筋もの金糸が伸びてくる。
それが克己の両腕の肘、手首、指先へと刺さっていく。
「うぁぁっ!?」
ごきごきと嫌な音を立てながら、両腕が振り回される。
「ちっ…」
舌打ち。
「…無闇に克己さんを傷つけられないしな…」
どうやらアクイにとっては克己は宿主と言うより道具のようなものらしい。
このまま避けていても、肩口の怪我がますます酷くなる一方だ。
「ね、ねえ羽村君…」
「…何?」
「わ、私も手伝おうか…?」
縁の提案。だが、
「駄目だ」
シンは一蹴した。
「何で!?…私だって、少しくらいは―」
「戦闘技能についてじゃないんだ」
縁の言葉を遮り、続ける。
「斬れるの?…あれ、克己さんだよ?」
「…っ!!」
黙り込む、縁。
再び集中をアクイの方に向ける。
「あの糸を斬り捨てる…しかないか」
だが、背丈はシンの方がわずかに低い。その上から伸びている部分に有効な打撃を与えるには、飛ぶか背後に回るかしかない。
「ふっ!!」
「ぎゃはぁっ!?」
再びいなし、投げ飛ばす。が。
「けど…その為には刀が邪魔なんだよな…」
刀にもアクイの糸は効果を及ぼしているらしく、触れたシンの制服の袖が裂けていた。
「…肩を外しても刀は落とさない」
と、なると、方法は少ない。
「遠間から打ち据える…か」
颶風帯があれば、それも不可能ではない。
だが、投げ飛ばされても普通に立ち上がった事を考えると、生半な威力では役に立たないだろう。
「…まだモノにはしていないんだけどな」
す、と右足を後ろに下げ、腰を落とす。。
「殺法・烈障拳…」
颶風帯を右腕にしっかりと巻きつけ、
「終式…」
拳を大きく後ろへ。
全身の力を右拳に集えるように意識を向け、目は克己を睨みつける。
「『死鳳』!!」
突き出した拳の先から、凄まじい突風が噴出し、その中に。
「アギャアアアアアア!!」
透明な鳳の姿が、かすかに見えた。
吹き抜けた風の直撃を受けた克己が、声も立てず倒れる。
と、その背から。
「アギィィィィィ…」
呻きながら出てくるアクイ。
「…やっとツラぁ見せたな?」
足元に置いておいた牙焦刃を拾い上げ、歩み寄る。
「ギッ…!!」
「立派なのは腕だけ、か?」
指先から無数の糸を放つアクイ。
それを刀の一振りで文字通り焼き捨て、ゆっくりと間合いに入る。
「じゃあな」
ぞぶ、と切っ先をアクイの頭(らしきところ)に突き立てながら、シンはそう告げた。
内側から灼かれてもがくも、程なく燃え尽きて塵と化すアクイ。
「見ているだけでムカつく奴だったな」
と、空の色が戻っていく。
手に持った得物が消え、それが戦闘の終わりを告げる。
「…えーと」
取り敢えず状況から置き去った石動家の面々の方を向く。
「…説明、要りますよね?」
「「「当然」」」
シンは大きく溜め息をついた。


夜回り中だったいずみの元にシンから電話がかかってきたのは、その十分程後である。
「もしもし?シン君?」
『あ、いずみさん?あのさ、石動の道場って場所分かるかな?』
「分かるけど…どうしたの?道に迷った?」
『いや、そうじゃないんだけど、ちょっと来て欲しいんだ』
「ええ、分かったわ。すぐ行くから、ちょっと待ってて」
『ありがと』
と、電話が切れる。
首を傾げる。妙に慌しかったというか、何と言うか。とまれ、シンらしくない。
「シンのやつどないしたって?」
これはキララ。ちょうど天文部の夜回り中だった為、部員はシンを除いて全員が集まっている。
「んー、分からないんだけど、石動の道場へ来てくれって」
「道場?シンの奴、何か口滑らせたんかな…」
「どうだろ…」
「ま、まさかシンの奴…!!」
と、キララがとある考えに顔色を変えた時、
「え、シンがどうかしました?」
真言葉が耳聡くシンの名が出たのを聞きつけてこちらに歩いてきた。
「うん。シン君から電話があってね、石動さんの道場に来てくれ、って頼まれたんだ」
「シンの奴…まさか…」
ぶつぶつと呻くキララに視線を向ける。恐らく同じ事を思い浮かべたから。
「石動の奴に傷でも負わせたんちゃうやろな…」
「何ですってぇぇぇぇっ!?」
キララは克己とシンの一件を見ていたので、シンが克己に怪我をさせたのではないかと思って発言したのだが。
過剰に反応したのは真言葉。
「何エキサイトしとんねん」
「だ、だだだってキララ先生、シンが石動さんを傷モノにしたって…!!」
「なあっ!?」
その言葉に、近づいてくるのは美麗。
「ちょ、キララ先生、それホントですか!?」
「ちょ、ちょぉ待ちいや!せやったら見に行ってくりゃええやろが」
二人のあまりの勢いに、そう口走るキララ。
が。
「そうね!!ほら火倉先生!!」
「え?あ?は?」
「はやく!行きますよ!!」
「ね、ちょ、待って…きゃあああああ!!」
真言葉と美麗は本気になったらしい。それぞれいずみの右腕と左腕を掴み、凄い力で引っ張ってくる。
どうやらこの二人、ことシンに関わる時には異様な能力を発揮するらしい。
「…ごめんな、嬢の姉ちゃん」
そんなキララの呟きが聞こえたような気がした。


「…そんな話を信じろ、と言うのかい?」
シンの説明に、一真は―見えていなかったから当然だが―呆れ顔でこう問うてきた。
「まあ。…取り敢えず見えていた二人には、嘘や妄想じゃない、って理解して貰える筈ですけど」
と、縁の方を見ると、彼女はぶんぶんと頭を縦に振った。
「…俄かには信じられんが、私も見ている。間違いないだろう」
「へぇ…」
それでもなお信じられない様子の一真。
「縁さんには奴等と戦える能力があります。なので部の方にスカウトしようと思ったのですが…」
こめかみに指を当てて、溜め息をひとつ。
「まさかなし崩し的に巻き込む事になるとは思ってませんでしたよ」
「ふむ。…と言う事は、これはプレゼントのアクセサリではなく…」
「はい。奴等と戦う為の道具です」
「…君も、君の父上もそういった存在と戦っていたのだな」
「ええ。と言っても、俺の場合はつい最近ですが」
と、壮真はじっくりと何かを考えるような素振りを見せ。
「ふむ…。縁」
「はい」
「お前はどうしたい?このまま人として人の剣を極めんとするも良し。羽村君と共に歩み人を超えた剣の域に至るも良し。お前が決めなさい」
「私は…」
と。
「シンーーーーッ!!アンタ何て事してんのぉぉっ!!」
「シンくぅぅぅんっ!!誘惑に負けちゃ駄目ぇぇぇ!!」
勢いよく道場に飛び込んでくる二つの影。
いや、
「…二人とも、速過ぎるよぉ…」
もう一人。
「い、いずみさん!?ど、どうしたのさ!?」
「ひ…引き摺られて来たのぉ…」
「だ、大体何で真言葉と美麗が?」
「それは!!アンタが石動さんを傷物にしたとか聞いたからでしょうが!!」
「傷物…?」
「う、嘘だよねシン君?何かの間違いだよね?」
「えーと…傷物とはちょっとニュアンスが違うと思うんだが…」
と、倒れている克己の方を見やる。
自然、全員の目も、そちらに。
「…シン」
「何だよ?」
「アンタまさか…ホの人?」
「…その思考は削除しろ、お前は」
「大丈夫よシン。アンタのその倒錯した人間性、アタシが誠心誠意治してあげるから」
「…だからなぁ…」
頭を抱えるシンに、追い討ちをかける真言葉。
「大丈夫だって。アタシ趣味嗜好に偏見ないから。諸般の理由でアンタがそっちじゃ困るってだけだからさ」
「話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
シンの絶叫は向こう三軒両隣にまで響いたとか響かなかったとか。


「あ、あはは…何だ、そういうことだったの」
「お前な…」
盛大な勘違いをした真言葉に呆れ気味の視線を遣るシン。
「それでだな、羽村君」
「あ、はい」
「縁はまだ迷っているようだから、回答は後日で構わないかね?」
「あ…そうですね…いずみさん!!」
と、克己を癒している最中のいずみに問うと、
「…そうですね。構いませんけど、決して他言だけはしないで頂きたいんです」
困ったような笑顔で答えるいずみ。
「それは…確かに。まあこんな事を言った所で誰も信じはしないでしょうが」
と壮真が長男を見ると、彼は顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
「それでは、縁。しっかりと考えて―」
「やるわ」
父親が言い終わる前の即答。今までのやり取りの意味が微塵も無い。
「羽村君と、一緒に、じっっっっくりと、人を超えた剣ってものを、研鑽する事に、決めました」
いたく力が入っていると思ったら、彼女の視線の先にはシン。もっと言えばその両脇を占拠している真言葉、美麗の二人と睨みあっている。
「そ、そう?」
「あ、それで羽村君」
「え?」
「これから仲間になるんだし、私の事は縁、って呼んでいいからね♪」
「判ったよ、縁さん」
刹那、交錯する三つの視線の間で火花が散った。


これが(色んな意味で)彼女が天文部の活動に参戦するに至った顛末である。


第十一話。もしくは悲喜でも可。
               に続く










後書き
ども、滑稽です。
ちょっと微妙かな?と思わなくもないのですが、今回で縁嬢参戦編のお仕舞いです。
次回からはどうしようか…。嗚呼、何も考えてない!!
少しずつ投稿ペースが落ちてきています。
頑張って書かないといけませんね。
それでは、次の作品でお会いしましょう。






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