これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第十二話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第十二話。もしくは悲喜でも可。


                               
滑稽




「殺法…流水っと」
ぽい。
「どぁぁぁぁぁぁ!?」
力をいなされ、遠くまで投げ飛ばされるホノオ。
「はぁっ!!」
無数の突きが、目にも止まらぬ速さで死角から打ち込まれる。
「…ふっ!」
避けながらその軌道を読みきり、『重ね』た動きに従って木刀を軽く掴む。
「えっ!?」
そのまま木刀を上に跳ね上げ、浮いた縁の体を抱きとめるようにしながら―
とん、と。
首筋に手刀を当てた。
「…参りました」
そっとシンから離れて縁は頭を垂れ。
「だぁ…!これで何連敗だぁ!?」
向こうからふらふらしながらホノオが戻ってくる。
「凄いな…、二人がかりでも軽くあしらわれるか」
素直に驚嘆するのはしのぶ。
「ま、親父を相手にするよりは数段楽だからねぇ」
もうかれこれ二時間程組み手を続けている。
縁はおろか、タフな筈のホノオさえ疲れ切った顔をしているが。
シンはにこやかに告げた。
「さて、三十三本目、行ってみようか」
「「え!?」」

天文部部室。
そこには神妙な顔で顔をつき合わせている、二人の美少女。
当人らにしてみれば『天敵同士』。
百瀬真言葉と。
星川美麗である。
少なくとも普段は顔を合わせるたびに大小様々な競り合いを繰り広げる二人。
そんな彼女達を知る者にしてみれば、それは異様な光景であった。
とは言え、彼女達も何の理由もなくそんな真似をしている訳ではない。
彼女達が相争う唯一にして最大の要因。
たった一人の男の心を賭けての―賭けの対象たる男は全く存ぜぬのが報われないが―その対決も、新たなる因子、石動縁の登場によって局面が大きく揺らいだのである。
彼女達には、一つの懸念があった。
無論、外見ではない。
父親譲り吊り目がちの目をアクセントにした顔立ちに、背もそこそこ高くスレンダーなスタイルが売り(自称)の真言葉。
見た目以上に見事なスタイル、人形のような見事なバランスの目鼻立ちと、名前通り美点の塊とも言える美麗。
そして、純和風。腰まで届く烏の濡羽色とも言える純黒のつややかな髪と、それに合った美しさをその顔に湛える縁。
三人が三人とも違うタイプの美女だ。優劣などつけ難い。
それ故に、シンを羨み、妬む生徒の数が日増しに増えていくのだが。
とまれ、その内の二人が懸念すること。
それは、シンと言う人間の嗜好である。
彼は両親、主に母親の影響からか、武術の鍛錬を趣味にしている。
残念ながら真言葉も美麗も、彼の趣味に付き合えるだけの能力はない。
だが、縁にはそれがある。
自然、縁は彼女達より数段早くシンの心に潜り込む事が出来るのは間違いない筈だ。
それこそ、今までつけていた筈の差を一気に詰めてきてしまうほどに。
「…美麗さん。ここは一次休戦といきましょう」
「…そうね。彼女よりは貴女の方が組しやすいし」
がっちりと握手を―ただし左手で―交わす二人。
「ふふふふふ…」
「うふふふふ…」
一応笑っている彼女らの目は、だが全く相手を信用しているものではない。
そう。
彼女らにとっては目の前の休戦相手すらいざとなれば出し抜く相手なのだ。
今回は『あくまでも』非常時の緊急措置に過ぎないと言うことを、二人ともよく理解している。
共闘宣言をした記念すべき瞬間、という割にはあまりに殺伐な雰囲気だった。
…まあ言うまでもなく。
『いざとなったらコイツは裏切る!!自分もむしろ裏切るし!!』
と、二人の笑顔はそう如実に語っていたのだから。


「…ふむ。どうやら大将格の集結は終わったようですね…」
サカキは小さく息をついた。アクイが本格的にシンを殺そうと動き出す、その兆候が見てとれたからだ。
「これから忙しくなりますね…」
こんな時ばかりは、息子を年齢に不相応な程鍛え上げた羽村夫妻に感謝したかった。
少なくとも、四六時中彼が襲われない様にマークしておく必要がないのだから。
「…さて、私は私に出来る事をやりましょう」
うじゃうじゃと、こちらを襲おうと集まるかつての同胞。だが今は母たる者の意を汲まぬ敵の群れに過ぎない。
「多くの犠牲の上、安息の戻った夜に再び混沌を齎そうと言うのでしたら…」
呟いて砲台を呼び出す。
昔は四つしか展開出来なかった砲台も今では八つまで展開出来る。
「許す訳には行きません」
懐から取り出す二丁の拳銃。
「…標的は―」
瞬間、全ての砲身が火を吹いた。
「あなた達です」
凄まじい数の銃弾の嵐に、一瞬で孔だらけとなるアクイ達。
その残骸が青い塵となって消えた後、
「…さあ、姿を見せなさい」
サカキは虚空に声をかけた。
「なーんだ。ボクにも気付いていたんだね」
笑い声を上げながらふ、と現れたのは十歳程の少年。
「子供の姿を借りるか、アクイ…!!」
「気にしないでよ。これは自前だからね?」
無邪気な笑みを浮かべる少年。
「それにしても、中々の破壊力だねぇ。流石は『母様』直属のハンターだ」
「…」
歯を軋らせて少年を睨みつけるサカキ。
「くっくっく…、『夜訃羅』も中々に良い人選をするよね?ボクの姿が最も効果的に作用する相手を知り尽くしているよ」
「黙れ…!」
銃声一つ。難なくそれを避けた少年は、
「アレェ?何で一斉に撃たないのさ?もしかしてもう弾切れなのかなぁ?」
サカキを嘲笑う。
「ま、いいや。君は本気を出し切れないかもしれないけど、ボクは遠慮も躊躇もしないからね?」
ニタリ、と。薄気味の悪い笑みを貼り付け。
「簡単には死なないでね?」
少年はサカキに向かって走り出した。

一方、その頃。
「しかし…人間の業の深さってモノを実感するな」
「…そうだねぇ。ま、僕達の敵じゃないけどね」
健人と翼の二人もまた、別の場所で街中に溢れるアクイの掃討に足を向けていた。
シン達は今日は狭間での訓練だ。
自分たちの経験から言っても、その予定だけは外す訳にいかない。
だからこそその日だけは、一線を退いた彼らが街を護らなければならない。
「ぬうん!!」
人型のアクイ。その足を無造作に掴んで、振り回し、投げる。
それだけの動作で、ミサイルのような加速をつけたアクイは、他のアクイへの「武器」となってそれらを薙ぎ倒す。
「…また無節操に筋力が増えたかい?」
「まあな。筋力だけなら羽村にだって負けんさ」
「だけなら…ね。確かに」
と、二振りの細剣が舞う。
「亮は存在が反則だから」
「違いない」
苦笑する二人。
話す間にも二人の嵐のような攻撃は止まず、アクイは瞬く間に駆逐されていく。
「…へぇ?やるじゃない」
「けっ…、やっと真打の登場かい」
現れたのは妖艶な美女と、ゴリラ。
「あ、新開。お仲間が居るじゃないか」
「張っ倒すぞ」
「『俄餓愚』?アンタのお相手はあの筋肉のオッサンよ?ちゃんと殺したらご褒美を上げるわ」
「ホントウカ?」
「そうよ?三回でどう?」
「フホオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
叫ぶゴリラ。それが人語を解する事も意外だが、それ以上に。
「おぉ、膨れた」
体毛が針のように尖り、筋肉も倍ほどに肥大化する。
「コロス、コロシテヤルゾニンゲン!!」
「しょうがねぇなぁ…」
無造作に歩み寄る二人。
射程に入ったその余裕面に、健人は渾身の拳を叩きつけた。
「おるぁ!!」
ばぐん、と鈍い音。
「グバァ!?」
一撃で俄餓愚の膝が落ちた。
「ク…ナメルナァ!!」
だが間もなく俄餓愚は体を起こし。
「ガァッ!!」
健人を巨大な拳で打ち据えた。
「…で?」
が。
微動だにせず睨みつける健人。
「ったく…、少しくらい強くてタフだからってよ…」
凄まじい音が幾度となく響き渡る。
「俺達を甘く見たな!!」
健人は右拳を後ろに大きく引き、
「ナックル…バリスタァァァァァァッ!!」
ただ一直線に突き出した。
「ビ…媚濡裡…」
胸を拳で貫かれ、四散する俄餓愚。
それを見て、驚いた顔をする美女。
「…成る程、羽村亮だけが要注意、って訳じゃないのか…」
「そういう事さ」
「っ!?」
翼の手から放たれる二条の閃光。
それをすんでで避けた媚濡裡の背後を健人が捕える。
「しまった…!」
「やれ!ホシ!!」
「オッケー!」
「くう…!!」
と、突然その姿がかすれて消えた。
「ぬっ!?」
健人が慌てて腕を振るが、触れる事も出来なかった。
―まさかアイツを軽くあしらうとはねぇ…?
声だけが聞こえる。
「成る程…、僕達を測る為の捨石か」
―そう。…でもまさか、こうまでとてつもないとは思わなかったわ。
「ならば諦めるか?」
―そうはいかないね。羽村シンを殺す為には、アンタ達の存在は邪魔だから。
「…どうしてもシンを殺すのかい?」
―まあね。アタシ達の存在意義はそれしかないから。
「ならば俺達が貴様を殺す。覚えておけ」
―あぁ、怖い。ならアタシも…
と、二人の背後に突如出現し、
「アンタ達の魂をアタシのモノにしてやるよ」
そう言って消えた。


「ふ、ふふふ…容赦ないなぁ」
「くぅ…」
腹を無残に抉られているサカキ。だがその手に持つ銃からは硝煙が上がり、少年の眉間には弾痕が刻み付けられている。
「だけどね…、君がこの程度で死なないのと同じくらい、ボクもこの程度じゃ死なないよ?」
「くそ…」
と、突然少年が背を向けた。
「わー、なんでこんなに強いんだよこいつー」
そして吐かれる、抑揚の無い台詞。
「こんなの相手になんてしてられないよー」
そして、すたすた向こうへと歩き出す。
「な…何を…?」
疑問符を浮かべるサカキに、背を向けたまま殺気を叩きつける少年。
「中々楽しかったからねぇ…、今回は生かしておいてあげるよ」
手を抜いていたのだと、よく判る。
「今度は…殺します」
「グッド!!」
その少年の声は、何故だかとても大人びて聞こえた。


「…羽村シンは単体でもかなり強いね。タイマンで僕の特製を軽く叩き潰してしまったよ」
「…ほう?君の取って置きを?…それは少々厄介だな」
暗室。四方八方から声が矢継ぎ早に聞こえてくる。
だが、返すのはたった一人。
「奴の両親もそれ以上に強いぜ」
「アレは足止めが精一杯だ。それは元々判っていた事だから問題はない」
部屋の中央に座している、男。
「羽村の取り巻きも中々強いわねぇ」
「ふむ…。流石は乱月を阻止した者達と言うべきか」
「ハンターも中々優秀だね。ボクがトドメを刺せなかったよ」
「ふふ…。どうせ君の『病気』だろう?」
一通りの報告が済んで。
中央の男が身動ぎする気配。
「して…夜訃羅。次の策謀は出来たかね?」
「二度の…死で…更に…純化された…怨念を…使う…」
場所の特定出来ない、不思議な響きの声が部屋の中を巡る。
「ほう?しかしそれほど純化しては最早復活は望めないだろう」
「羽村…シン。奴に…怨念を…抱く…者が…在る…」
「…ふむ」
「『羽村への憎悪』…。二つの…怨念は…質が…よく…似ている」
「融合させようと言うのか?」
「然り…。名付けて…怨惨の…儀。されど…今は…時機に…非ず」
「何故だね?」
「…彼奴は…今…羽村の…手で…重傷を…負って…居る。快癒まで…待てば…より…深き…憎悪を…得られよう…」
「ならば我々は…」
「怨念の…更なる…純化を…」
「ふむ。では『死屍解』。その件は君に任せた」
男の問いかけに、
「応。芸術品を仕立てて見せるぜ」
また一つ、新たな声が応えた。


「…何でこうなったんだか…」
「仕方ないでしょう?シン君が決めたんだから」
「羽村君…貴方と一緒に行きたかった…」
めいめい身勝手な事を呟いている真言葉、美麗、縁の三人。
ここは火者の狭間。
彼女達が喚いているのは、シンがホノオやしのぶと共に狭間に潜ってしまった事への不満だ。
シンへの不満ではない。
何故なら―
「ったく。先輩達が食い下がりさえしなければ…」
「それはこっちの台詞。真言葉ちゃんは後輩なんだから、少しは遠慮してよね」
「新参者には少しくらい譲歩してくれても…」
「「却下!!」」
「むぅ…」
そう。
『誰がシンと一緒に潜るか』。
これが騒動の種だった。
部員は六人。
当然、狭間に潜るなら三人、三人の組み合わせだ。
別段それに括る事もないのだが、四人、二人は却下であり。
結局、どういう組み合わせにするかで意見が割れたのだ。
…主に彼女ら三人の主張で割れたのだが。
その結果、シンに決定権は委ねられ。
「仲悪いと困るから、三人で組んで親交を深めてね」
という言葉に、頷かざるを得なかったのである。
「…取り敢えず狩りましょうか」
「…そうね」
「決着は出てからという事で」
「いいですね」
凄まじく異様な空気を撒き散らしながら、三人の美少女は歩き出した。


第十三話。もしくは日常でも可。
               に続く










後書き
どうも、滑稽です。
今回の裏テーマは『出番の無いサブキャラに愛の手を』。
その分シンの出番が少なすぎですが…。
次回からはシンを中心に回り出します(予定。故に未定)。
それでは、次の作品でお会いしましょう。






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