これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第十三話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第十三話。もしくは日常でも可。


                               
滑稽




縁の朝もまた、早い。
朝もまだ暗いうちから起き出して、通学まで自宅の道場で鍛錬を続けている。
「ふぅ…」
大きく息をつき、ふっと虚空を見上げる。
彼女がこう言う時に想うのはただ一人、ライバルであり想い人でもあるシンの事なのだが…。
今回は違った。
「試験…もう直ぐなのよね…」
そう。時は六月頭。
桜水台学園高校もまた、中間テストの時期である。
特に、彼女の場合シンとの決着の為に一ヶ月以上休んでいた所為で、一ヶ月分全く知識が入っていない。
「どうしたらいいかしらね…」
言いながらも一心に木刀を振り続ける。
雑念を抱いたら木刀を一心に振って追い払え。
父から教え込まれた鉄則であるが。
残念ながら今は何の解決にもなっていなかった。


美麗は鼻歌混じりに弁当を作っている。
真言葉との『同盟』の為、一日おきに弁当を渡すという事にはなったが、そこはそれ。
愛しいシンに自分の料理を食べて欲しいという欲求は変わらず迸っている。
今朝も朝の五時から起き出して、冷蔵庫の中の豊富な食材と睨み合いをしていたのだ。
「よし、これで完成♪」
後は時間まで冷まして、包んでどちらかに寄らないように持って行くだけ。
時計を見ると、まだ六時半。少々どころか、かなり早い。
「さて、と。じゃあ時間まで試験勉強でもしようかな」
何事もそつなくこなす彼女に死角はない。
唯一あるとすれば…。
「はぁ…、このお弁当食べてシン君は何て言ってくれるかな…?」
ふと目に入った弁当箱を見た瞬間、垂れ下がる目尻。
「ふふ…うふふふふ…」
椅子に座ったままくねくねと体をくねらせる様は、それでも何故だか様になっている。
そう。唯一問題があるとすれば。
「あ、シン君駄目よこんな所でそんなぁ♪」
…このちょっとした妄想癖だろうか。


「あ、シン!おはよ」
「ん?ああ真言葉。おはよう」
シンが表に出ると、最近毎日真言葉が居る。
「今日も付き合うか?」
「うん!」
最近は学校までの距離を、二人のんびりと走っている。それでいて二日に一回は弁当を用意してくれると言うのだから、頭が下がる。
まあ、今日は違うのだが。
「真言葉」
「え…?」
「いつもありがとな」
「…!!」
途端、真言葉の顔が真っ赤に沸騰する。
「どうした?」
「な、なな何でもないわ!ほら、行きましょ!朝練遅刻するわよ!?」
「…いや、テスト一週間前だから朝練休みだし」
「あ!」
シンはトレーニングウェアのままだし、真言葉とて私服だ。
このまま学校へ行く訳ではない。
「…大丈夫か?お前最近変だぞ?」
と、顔を近付けると、
「だ、だだだいじょうぶだからそんな気にしないでよ!!あ!アタシ用思い出したから先に帰るね!!」
「あ、おい」
止める間もなく、軽い足音を響かせて来た道を帰っていく真言葉。
「…何なんだ」
シンはきょとんとした顔でそれを見送っていた。


昼。
基本的には屋上で天文部の六人は食事を取る事にしている。
理由の一つはシンだ。
彼が縁、真言葉、美麗ら三人と食事をするのは、それだけでやっかみの対象になる。
本人は生来の朴念仁のお陰か気にしないのだが、どこからともなく他の三人が美麗の件を聞きつけて、部長らに話したのがきっかけだ。
聞かれたくない部内の話も出来ると言う事で、意外とすんなりそれは採用された。
「お、今日は星川の弁当か」
「ん。美味しいよ」
その言葉に、ぽ、と顔を赤らめる美麗。
かすかに気配がキツくなる縁と真言葉。
「ふむ。石動は羽村に弁当を作ってやったりはしないのか?」
ぴく、と。
縁が身じろいだ。
「…羽村君。迷惑じゃ…ないかな?」
「ああ、迷惑なんて事はないけど…?」
「じゃあ明日から作ってくるね!!」
にっこりと笑う縁に、礼を告げるシン。
そして、ホノオに向けられる殺意に満ちた二つの視線。
「な、何だよ…」
「自業自得だ」
しのぶはにべもなく答えると、ふと縁の方を向いた。
「時に石動」
「はい?」
「君は学期初めに一ヶ月程休んでいたそうだが」
「あ、はい」
「テストの方は大丈夫なのかね?」
ぴしぴしぴし。
その言葉を聞いた内の、三名が固まった。
曰く―
シンと。
真言葉と。
縁だ。
「それが…その…」
「だろうな」
苦笑するしのぶ。
「まあ一年留年すればシンと同学年になる訳だけどな」
笑い話として、であろう。その発言は、
「…そうか!その手が!!」
えらくまともに受け取られていた。
「そうね…、今年留年すれば来年は羽村君と一緒…♪」
目が微妙に剣呑な光を湛えている。
「あ、いや今のはな…」
「大丈夫です!!両親もその為ならどんな手段を講じてもいいってお墨付きをもらってますから!!」
「えーと…」
もはや完全に暴走している。
「シン君はやっぱり勉強は苦手?」
そんな縁の様子をすっぱりと無視して、美麗がシンに話しかける。
「あぁ…っと、んー、まあ。どうも苦手だなぁ…」
「そっか。それじゃ私が教えてあげようか?」
「え、いいの!?」
「一応そこそこ成績はいいからね」
「うむ。私もホノオも世話になっている」
「そっか。それじゃお願いしようかな…」
「任せて!!」
とん、と胸を叩く美麗。
「んじゃアタシも」
「え?」
真言葉の言葉に虚を衝かれた形の美麗。
「アタシもちょっと成績がギリギリなんですよ、美麗先輩♪」
「そ、そう…」
「美麗さんに迷惑かけるなよ?」
「判ってるわよ」
シンの中でもそれは既に内定事項にあるらしい。
ふと見た真言葉の「抜け駆け禁止」と言わんばかりの眼光を受けて、美麗はがっくりと肩を落とした。
「それじゃ…頑張りましょうね」


「どぉぁぁぁぁっ!!」
「ふっ、はっ、やぁっ!!」
夜半。
両腕に布製のナックルガードを着けたシンとマコトが、一心不乱に打ち合っている。
動きには一切無駄がなく、互いに凄まじい手数だ。
最初の頃はマコトも逐一「違う」「そうだ」と評価する事が出来ていたが、今ではそんな余裕もなく、二人して一心に打ち合うようになっている。
最近まで勝っていたのも、経験に裏打ちされた「裏技」と運のようなものだ。
既に技量だけならシンはマコトと同等の域に到達している。
母親として、息子が自分を乗り越えて行ってくれる事は、嬉しくもあり、また寂しくもある。
だが今はそれどころではなく、目の前の息子は強い。
「ふっ…!」
虚を衝いて体を落とし、そのまま鞭の様に足をしならせ、シンの足首を狙う。
重ねの能力を持つシンや亮には完全には通じないが、それでも効果は見込める。
事実、ひっくり返されこそしなかったが、シンはバランスを崩してしまった。
「まだ甘いっ!!」
そこを捉えて、渾身の蹴りを打ち込む。が、しかし。
「…甘いのは、そっちだ!!」
次の瞬間には蹴り足を軸に、マコトがひっくり返されていた。
「くっ…!?」
起き上がろうとした眼前に、シンの拳が止められ。
「…初勝利、かな?」
「…ああ、そうだな。見事だ、シン」
ぐっ、と。
マコトは感慨深げにシンの拳を掴み。
ふっと目線を下げた。
「お、お袋?」
「…よく、頑張った…」
涙声。
だがシンは、きっと表情を締めた。
「まだだよ、お袋」
「…え?」
「まだ、一回しか勝ってない」
きょとんとした顔で、マコトが顔を上げる。
「…これがまぐれじゃない、って胸張って言えるまで、俺はお袋からそこまで喜んで貰う訳にはいかないよ」
しばし、無言。
が。
「…よく言った。確かにまだまだだ。この程度で私が満足していてはお前を父さんの居る高みへは近づかせてやれん、か」
目尻の涙を拭い、に、っと笑う。
「さあ来い。もう一手だ」
「応!!」
構える二人。
わずかの間も置かずに、また一心不乱に打ち合う。
この日の鍛錬は、結局明け方まで徹夜で続いた。


「…ふふ。シンも言うようになったもんだ」
シンとマコトの鍛錬を自分の書斎から眺めていた亮は、心底楽しそうに呟いた。
「にいちゃんもうかうかしてられんで?」
「…ま、そうでなくちゃ困る」
横合いからキララ。ノックもなく、気配を消して書斎に入ってくるのは今日に限った事ではない。今更驚く訳でもないし。
小さく溜め息をつくだけに止める。
「…でも、にいちゃんもお姉ちゃんもちょっと急ぎすぎなんと違う?」
「…連中の目的はシンを殺す事だ。そういう意味じゃ、俺達がコウヤと戦った時とはまた別さ。奴らはコウヤのように待ってはくれない」
亮とて、シンに負担をかけ過ぎていると思わなくもない。
元々光狩への切り札になり得るようには育てていた。だが、一番大事な部分は高校に上がり、光狩との戦闘が本格的に始まってから教えるつもりだったのだ。
アクイの存在が、シンを一気に育てなければならない事態を作ったと言っていい。
「…アイツには天文部の皆を護ってもらわなきゃならない。それが狙われている人間としての勤めだ」
「え…?せやかてしのぶもホノオもキャリアはシンよりあるんやで?」
「そう言えばお前は聞いていなかったんだな。…アクイの中にはコウヤと同等の力を持っているのが数人居る」
「…何やて?」
「取り敢えずコウヤを一人でも倒せるくらい強くなくちゃならない。難しいか、と思っていたが、見ている限りそんな事もないらしい」
「…さよか。せやったら仕方ないわな…」
キララが悔しげに眉根を寄せる。彼女もコウヤの被害者だ。嫌な記憶を思い出したのだろう。
故に、亮はキララから視線を外した。それは触れてはならない彼女の傷だし、自分にはそれを慰める資格はない。
「シンは恐ろしい程の速度で育っているよ。このままなら、俺を凌ぐのも時間の問題かもしれないな」
その心遣いが通じたのか、キララの声はすぐ元気なものに戻った。
「ま、それも親の本懐、ちうもんとちゃうかね」
「そうだな」
亮はふ、と空を見上げた。
「俺も…少しは手伝ってやらんとな」
「お?どんな心境の変化やの」
今度はちょうどマコトが勝った所だった。
シンもまだまだだな…と口許を緩めながら、答える。
「…星川達も襲われたらしい。俺達も任せっぱなしにはしておけんだろ」
ふと、コウヤと戦う少し前、自分達が無力感を感じたあの日の事を思い出す。
「後手後手に回って取り返しがつかなくなった、なんて事には、今度こそしない」
そう呟いた亮の顔つきは、まさしく最強の火者と呼ばれる男のものだった。


第十四話。もしくは試験でも可。
               に続く。









後書き
また間が開いてしまいました。滑稽です。
今回はシンを含めた天文部の彼らの日常編その一です。
天文部の活動を書き始めてから、日常のみ、というのはこれが唯一だった筈なので…。
次回は名前こそ違いますが、日常編その二です。
それでは、次の作品でお会いしましょう。






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