これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第十四話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」






  スラップスティック・デイズ
            第十四話。もしくは試験でも可。


                               
滑稽




「いい?シン君。ここはどうなると思う?」
「えーと…。ここがこうだから…こう…かな?」
「…そう!凄いね、とても飲み込みが早くて私も楽だわ」
にこにこと、微笑みながらシンに密着する程近くで勉強を教える美麗。
ここは星川邸のリビング。
シンの隣には当然の如く美麗が陣取り、二人とテーブルを挟んで真言葉が座っている。
「せ、先輩?これ…どうでしょう?」
額に青筋を浮かべながら、いい雰囲気になりそうになると牽制に質問をする真言葉。
「ん?…間違い」
にべもなく、笑顔―ただし目は全く笑ってないが―で断ずる美麗。
「どこが違うか判らないんですよぅ」
「ちゃんと調べてみて?そうしたら判ると思うわ」
「…そうですね。そうしてみます」
にこにこ。
笑顔の二人。だがその間では絶対零度の寒波が覆っている。
だが、シンに迷惑をかけまいとする為か、器用にシンに気付かれないようにしている。
器用と言うか、健気と言うか。
「美麗さん」
「ん?どうしたの?」
笑顔で睨み合う状態から、一瞬にして殺気も緊張も振りほどいて、慈愛に満ちた笑みを向ける美麗。
「ここなんだけどさ…」
「どれどれ…」
どう足掻いてもいい雰囲気が続くようだ。
「ほ・ら。ここは…ね?」
「…お、おぅ」
耳元で囁くように教える美麗。
シンも珍しく赤い顔をしている。
「ふふ…、そう。よく出来ました♪」
「あ、有難う」
初心なシン、というとてつもなく珍しいものを見てご満悦の美麗。
そんな様を見せるシンに驚きつつも、そんな様を他人に引き出されて悔しい真言葉。
ふと美麗が真言葉を見た。
ふふん♪
そんな擬音が聞こえてきそうな勝ち誇った笑みに。
真言葉は悔しがるしかなかった。
今後のリベンジを決意しながら。


「父さん」
「ん?」
夜。石動家。
縁はある一つの決意を持って家族に対していた。
常識的にも倫理的にも決して許されるべきではない考え。だが、出遅れた彼女がシンとの距離を縮めるには、大局的には最も有効な手段でもある。
「私が羽村君と添い遂げるのは、我が家の悲願…でしたよね」
「うむ。その為の手段は選ぶな」
同様に頷く一真と克己。
一真はともかく、克己も何故だか縁を応援してくれている。
「はい。…でしたら…」
と、父の耳に口を寄せる。同時に兄二人に母までが声が聞こえる方に顔を近付けた。
「ふむ…ふむ…構わん。そのくらいの事なら気にしなくていい」
「…!それでは…」
「うむ。お前の覚悟はしかと受け止めた。目標に向かって一心に精進するといい」
「はい!!」
感激からか、目尻に涙の粒が。
「それほど尽くすに足るお人が居るのは幸せな事ですよ?縁、しっかりと羽村さんの心を奪い取るのです」
「縁、必要ならいつでも手を貸そう」
「有難う…母さん、兄さん」
石動縁。
彼女の常識も状況も考えないその暴走癖は、どうやら家伝のものらしい。


「だぁぁぁぁ…、誰だテストなんて考えた奴はぁぁっ!?」
しのぶが書類を持って生徒会室から戻ってくると、ホノオが天文部の部室で吼えていた。
要点だけを纏められたノート―それだけでも結構な量があるのだが―を広げ、それでも頭を抱えている。
父親譲りとも言えるその筋肉な脳髄は、知的な要素はごく特殊な部分でしか働かないらしく。
「どうした、ホノオ」
「あ…矢垣か」
声をかけると、ホノオは胡乱な目を向けてくる。
「ふふ…教えてくれる美麗が居ないから大変だろ?」
「あー…。まあ後輩二人に教える、って言うなら俺も文句は言えねえよ」
だからと言って教えてやると言えないのが辛い所だ。
火者としての訓練漬けで学力が充分ではないのが、今更ながら恨めしい。
「美麗からしたらそれだけじゃあるまいよ」
「ん?」
本当に気付いていないらしい。
つくづく朴念仁な男だが、シンのそれを見るとまだ可愛く思える。
「まあキララ先生に嫌われないように頑張れ」
「おう!悪いな、心配させてしまった!!さぁ!!キララ先生にお褒め頂く為にも頑張るか!!」
まだこう言った感情を見せている限り、脈はあろうかと思えるからだ。
「本当に…女心の判らない奴だよ、お前は」
その呟きは、半ば暴走的に頑張るホノオの耳には入ってなかった。


「…それで、ここは?」
「ここはね…こっちを代入して…」
「ふむふむ…」
「やっぱりシン君凄いね。私が教える事なんてもう殆どないくらい」
「先生の教え方がいいんだよ。有難う、美麗さん」
「い、いいのよそんなぁ♪」
「く…次回は絶対アタシがあの場所に…」


「ふぉぉぉぉぉぉっ!!キララ先生ぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「…はぁ、元気だなぁ」
「し・の・ぶ?朴念仁な奴に惚れると難儀やなぁ?」
「な、なななななにをおお仰っておられるのですかキララ先生」
「ま。ええけどな。あんまり余裕こいてると真言葉みたいになるで?」
「そ、そそそそそそそんなそれは誤解ですよ私は誰も惚れてなんかまさかあああああ」
「くっくっく…。その体たらくで言うても説得力ないで?」
「キララ先生ぇぇ…」
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


「ん?シン。星川の娘に勉強を教えて貰っているのではなかったのか?」
「あ、うん。だから美麗さんには恥かかせられないだろ?その分出来る事をしないと」
「ふむ。なら鍛錬はテストが完了するまで休みだな」
「え、でもそんな―」
「心配するな。一週間やそこら休んだ程度で困るようなものでもないだろう?」
「ん、まあそうだけど…」
「ならば良かろう。終わってからその分頑張れ」
「…ああ」


「えーと…この表現の訳は…」
「…なぁ真言美。真言葉は一体どうしたんだ…?勉強なんて平均よりちょっと上さえ取っていればいい、って言ってただろうに」
「ほら、星川さんとこの美麗ちゃんがシン君に勉強を教えてあげてるんだって」
「あぁ、成る程」
「あー…頭痛い…。くっ!でも美麗先輩にこれ以上見せ付けられて堪るもんですか!!!」
「…なぁ、あんな動機でいいのか?」
「…い、いいんじゃない?」


多くの人間の、色々な思惑を乗せて試験の日程は近づいて。
桜水台学園一学期中間考査当日。

「さて…、自分の努力を信じようか」
「目指すはトップ…目指すはトップ…目指すは…」
「ふっふっふ…。今日の成績をキララ先生に捧げる!!」
「シン君達大丈夫かなぁ…」
「ま、赤点じゃなきゃいいわ」
「…うふふふふ…」

そして…。

「…有難う美麗さん。思いの外出来が良かった…」
強く拳を握るシン。
「あー!ここ違ってるぅ!!えーと…あーここもぉ!?」
自己採点で嘆く真言葉。
「ふっふっふ!数学Bの人事は尽くした!後は天命を待つのみ!!」
ベクトルのずれた暴走を続けるホノオ。
「よし!明日の教科は…っと」
いつもの如くいつものペースでテストをこなす美麗。
「ふわぁ…、水飲んでこよう」
眠気に抗って席を立つしのぶ。
「ふふ…うふふふふふ…」
何を考えているのか判らない縁。

初日のテストはこうして終わった。


二日目。三日目。
…以下略。


とにかく。
「あー、終わったぁ!!」
万感の想いのこもったシンのこの言葉が、今回のテストを何より象徴していたかも知れない。


テストが終わり、瞬く間に日は過ぎて。
各学年上位百人が張り出される日がやってきた。

「…シンー!!」
教室に駆け込んで来たのはキララ。席に座っているシンの前に仁王立ちになり、シンをギラギラした目付きで睨みつけてくる。
「な、なな何さキララ先生!?」
「シン!アンタ…怒らないし処分もせぇへんから何したか言うてみぃ!!」
「はぁ!?」
何の事だか。
「な、ん、で!入学した時には百位より下やったあんたが今回に限って十六位やねん!?真言葉かて十二位やし…」
「「「「「「「「「「「「「「「じゅ…十六ッ!?」」」」」」」」」」」」」」」
級友の―無論シンの武勇伝を良く知る連中だが―驚きもさるものだったが、一番驚いていたのはシンだった。
「んな馬鹿な…」
「言いや!アンタ何してん!?」
「何って…。美麗さんに勉強教えてもらって、美麗さんに恥をかかせたら悪いから、百位以内には入らないとって勉強しただけだけど」
「…美麗に?…そか…」
嘘はついていない。キララもそれが判ったのか、むうと一言唸ると出口へ。
「済まんかったな、シン。にいちゃんは決して成績のいい方やなかったからな、少々勘繰っただけやってん」
「いや、いいけど…」
「ほな部活でな。…山田先生、お騒がせしてすんませんでした」
「い、いえ。ご苦労さまです」
「はい。失礼いたします」
それだけ告げると、キララは『授業真っ最中の教室』から出て行った。
「…羽村。祁答院先生は一体何の御用だったんだろうな」
「…さぁ」
山田教諭はじめ、級友、そしてシンまでもが一様に首をかしげていた。


ちなみに、異様に燃えていた彼は。
「よぉぉっし!百位以内に入ったぁ!!この結果をキララ先生に…」
「…九十八位で何を捧げるんだ、お前は」
「む!では矢垣!お前はどうなんだ!!」
「七十五位。ちなみに美麗は七位だぞ」
その言葉に、ひどくうちのめされた様子のホノオ。
「ぐ…、だが羽村より上であれば―」
「さっきキララ先生が一年の教室に殴りこんだらしいぞ」
「む?」
「羽村が十六位だったのがとても意外だったそうだ」
「じゅ、十六位だと…!?」
「まあ、捧げるならせめて五十位を超えてからにするんだな」
「…くぅ!キララ先生…、これも俺に与えられた試練なのでしょうか」
「…取り敢えず頑張れ」
何だかんだで、いいコンビである。


第十五話。もしくは策謀でも可。
               に続く。










後書き
ども、久々に筆が(キーボード上を走る指が)進んだ滑稽です。
今回は取り敢えずテストネタです。
スラップスティック・デイズと名乗っている以上、切り離せないネタなので、書きました(安直とは言わないで…><)
次回も早いうちにお送りできればいいな、と考えていますが、その辺りはまあ…お察し下さいと言う事で。
それでは、次の作品でお会いしましょう。






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