取り敢えず、いずみさんは怒るととてもとても怖い。
俺に向かって本気で怒る事は今までに一度もなかったし、怒らせる積もりも毛頭ない。
だけど、女性ってのは本気で怒ると誰も彼も怖すぎる。
これはまあ、そんな話。






  或る夜の話
            暗い夜道にゃ気をつけろ


                               
滑稽




夏休み。俺といずみさんは映画館にやって来た。
無論目的は映画だ。
タイトルは「うにーく」。
鏡花が昔出ていたというアニメ「まるちっぽウニーク」の実写リメイク版だそうだ。
鏡花も当時のゲストキャストの一人として映画出演したのだとか。
今日はその初日。キャストの舞台挨拶に鏡花も出るらしく、招待されたのだ。
「楽しみだね、亮君」
「そうだな。俺は原作見たことないから、どんなものだか興味あるよ」
夏の日差しも厳しい中、二人腕を組んで歩く。
周囲の暑苦しそうな目が俺達を追うが、気にしない。
と。
「オイラにおまかせ、まるちっぽ♪」
「お、おい三輪坂…」
聞いた事のある声。体を捩じらせてそちらを向くと、案の定モモと、
「…えぇと」
その腕に体を寄せる、肩から上に妙な着ぐるみ―いや、これがウニークなんだろうーをかぶった少女。
…いや、真言美ちゃん。
間違いなく真言美ちゃんだ。直感で確信する。
別にモモと一緒に居るとか、モモが名前呼んでたとか、そんな事は関係なく。
取り敢えず二人は周囲から奇異の目で見られまくっている。
「み…三輪坂さん?」
勿論俺達も。
冷や汗を流して固まっているいずみさん。
その耳元に口を寄せ、小声で提案する。
「見つかる前に先に入ろう」
「そうだね」
0.2秒で決断して、歩き出す俺達。
「まるまるぽっちは男の誇り…って、あー、せんぱーい!」
(呼ぶな!!)
だが、ロックオンされてしまった以上最早逃げられない。二人溜め息をついて覚悟を決める。
「先輩たちも鏡花さんにご招待されたんですかぁ?」
「あー、まあね」
直視したくなくて視線を逸らすと、ふとモモと目が合った。
―何させてるんだよモモ…
―オレも止めたんだけどよ…
―俺達まで巻き込むなよ…
―いいじゃねえか。一蓮托生だぜ、センパイ
―…お前な
視線だけで会話を成立させながら、いずみさんの腕を引く。
「…まあ、いい加減中に入ろうぜ」
「そ、そうだね」
「おう、急ごうぜ」
「…ん?」
一人周囲の白い目に全く気付いていない真言美ちゃんを引き摺るように、俺達は映画館に入った。


お誂え向きに、真ん中辺りに席があった。
真言美ちゃんは着ぐるみを脱いでモモと二人で売店へ。
いずみさんはいそいそと持参していた飲み物を準備してくれて。
する事のない俺は何となくどんな観客が居るのか見回してみた。
「…おや?」
「どうしたの?亮君」
「いや…なんでこんな映画に、って年齢の人達が居るからさ」
「ふーん」
何でだろう。五十代も半ばを過ぎたオジさん方が結構多い。
到底アニメを見る人達には見えないんだが。
「うーん…」
「まあ、好きなのは良い事だよ」
「そうだなぁ…」
釈然としないが、まあいいや。
ただ、どんな内容のアニメなんだか余計判らなくなってしまったけど。
「はい、コーヒー」
「ん、ありがと」
「ポップコーン買ってきましたよー」
「あ、ありがとうね三輪坂さん、モモ君」
モモ達も戻ってきた。
…あとは始まるのを待つだけだ。


―これより、出演者による舞台挨拶が御座います―
そんなアナウンスがあったのは、入ってから三十分くらいしてからだった。
すると。
一人、また一人と立ち上がりだし、頭にはちまきをつけていく。
「え?え?」
「ほら先輩!部長も壮一君も、これ着けて!!」
いつの間にか真言美ちゃんもはちまきをつけて臨戦態勢に入っている。
「み、三輪坂!?」
ふと見ると、真言美ちゃんの隣、明らかに七十は越えているだろう爺さんが涙を流していた。
それだけで何故だか反論する気力が失せる。
「と、取り敢えず着けようか、亮君」
「あ、ああ…」
同意して、はちまきを巻く。
立ち上がるのと同時に、
―ウニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィクッ!?
なるアナウンスが入り、
「「「「「「「「ごごごぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」」」」
観客が吼えた。
「…うわあ」
むしろ俺といずみさんとモモ―吼えていない三人―の方が浮いている。
そして舞台に現れたのは、ウニークらしき着ぐるみが三体。
…どれがどれだかは判らんが。
『みんな!今日は来てくれてありがとー!」
「「「「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」」」」
…待て。
どこかのアイドルのライヴじゃないんだからさぁ…
『それじゃあ懐かしの一曲、いっってみよぉぉぉぉっ!!!」
「「「「「「「「うぅおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」」」」
始まる音楽も、公害のようなファンの声に何が何だか判らず。
放心状態の俺は、挨拶が終わって映画が始まるまでぼーっとしていた。

ファンの狂信も凄かったが、映画の内容もまた凄かった。
ややこし過ぎて説明すら出来ないが、どうやら「まるちっぽウニーク」というアニメは
「社会派サスペンス風ほのぼのホームアニメ」
のようだ。
…俺には結局よく判らなかったが。
「あぁ…ウニーク…」
「名作だ!やはりこれは稀代の名作だ!!」
とか叫んでいる客も居る辺り、一応いい作品みたいだ。


「だっはぁ…疲れたぁ…」
「そうだねぇ…。何か気疲れしちゃった」
「しかし姉ちゃんも不毛だよな」
「何で?」
「舞台挨拶って…着ぐるみでだろ?」
「…あぁ」
そう言えば見かけなかったものなぁ。
「でも鏡花さんはコモコモですから!」
「…そう言う問題か?」
俺だったら絶対嫌だが。
そんな会話をしながら映画館を出たところで、
「あ、亮、いずみ」
件の鏡花に会った。
「あぁ、鏡花、お疲れさん」
「サンクス。…で、どうだった?」
「何つーか、よ…」
口を濁すモモ。
「とっ…ても楽しかったです!!」
方向性が彼らと一緒な信者真言美ちゃん。
「…大盛況だったねぇ」
観点がずれているいずみさん。
「亮は?」
「…うーん…。カルト教団のセミナーに参加した錯覚を覚えたぜ」
「あはは。確かにそうかもね」
笑う鏡花。心なしかいずみさんが俺と組む腕に力を入れた。
「ん?大丈夫よいずみ。まだ奪う気なんてないからさ」
まだ…?
「気にしないの。ほら、バイト代入ったから、飲みにでも行きましょうよ」
「飲みにってお前…」
「ほら、固い事気にすんじゃないわよ。さ、行くぞー!!」
「おー!!」
「おい、三輪坂…」
「…ま、いっか。ほら、いこ?亮君」
「仕方ないなぁ…」


夜道を歩く俺達。
案の定、というか、酔っている女性陣。
無事なのはこれを見越していた俺とモモの二人だけ。
「ったく、思った通りだったな」
「…大変だな、センパイ」
「…お前もな、モモ」
繁華街から離れて、住宅地へ向かう道。
右と左、俺の腕にしがみつくいずみさんと鏡花。
モモには負ぶさってケタケタ笑う着ぐるみ真言美ちゃん。
いつの間にか全身ウニーク化している。
一体何処に隠し持っていたんだか。
星と月、そして真月の輝く下を五人でのんびり歩く。
と。向こうの角から十人ほど、柄の悪い男達が現れた。
こちらを見て、一様に目の色が変わる。
「なぁ、美人の姉ちゃん達よぉ、俺達と遊ばねえ?」
…やっぱり。
「あのー…」
代わりに断ろうとした俺を制して、いずみさんが口を開いた。
「美人?」
……嗚呼、論点が違う。
「そうそう。そんな冴えねえ奴等放っといてさあ」
「最っ高にキモチイイ事を教えてやるからよぉ」
下品な笑いを漏らす連中。
少々頭にきた。二人を離してちょっと物事の道理ってやつをご教授差し上げようと思った、その時。
俺が離すより先に二人が俺から離れた。
「…誰が冴えないのかな?」
…げ。
満面の笑顔のいずみさん。…だけど。
目が笑ってない。しかも額が青筋が。
「決まってんじゃん。そこのやろうよりよっぽど俺の方がイケてるべ?」
二人の行動が受諾だと思った男達は、格好つけてそう答える。
「ほら兄ちゃん、残念だったな。負け犬は痛い目に遭う前にとっとと―」
ばきゃ。
その男は最後まで言わせてはもらえなかった。
ずっと無言だった鏡花が、やはり無言のまま男の顎を蹴り上げたのだ。
おォ、脚線美。
…じゃなくて。
いずみさんはいずみさんで、
「私の亮君の方が、貴方達より数万倍格好いいんだけど」
にこにこと笑ったまま格好をつけていた男の胸倉を掴み上げ、目にも止まらぬ速度でビンタを往復させている。
…嗚呼。
「て、てめえらぁぁ!?」
声をかけてきたのは向こうなのに、というこっちの思いとは無関係に、襲ってくるチンピラ達。
「…チロ」
あ、鏡花が喋った。
「やっちゃいなさい!!」
「シャー!!」
…って、チロも酒入り…だよな?
「うぎゃああああああ!蛇?へびぃぃぃぃぃっ!?」
かぷかぷかぷ、と。
情け容赦ない噛み付きを披露するチロ。
…やっぱりチロも酔ってやがる。
「ねえ?誰が誰よりイケてるのかな?」
…げっ!?
いずみさん、まだやってたのか!?
「ねぇ?」
艶っぽい声で聞くいずみさんだが、既に自称イケてる奴は答えられる状態じゃない。
「い、いずみさん、もういいってば!!」
「あ、亮君」
ぽい、と捨てるように手を放して、俺に抱きついてくるいずみさん。
「ふふふー…亮くぅん…」
「あぁ!いずみぃ!?抜け駆けしてるー!!」
どかどかどかどか。
トドメとばかりに打ち倒した男を踏みつける鏡花。
「いいんですぅ、亮君はぁ、私の彼氏なんだからぁ」
「…むぅぅぅっ!!」
どごどごどごどごどごどごぐじゃ。
…止められない。
妖気すらまとってるあの鏡花は俺にも止めようがない。
「ちょ…キョーちゃん、コイツ等ヤバイって…」
「だ、だな。…わ、悪かったな、お、俺達帰るわ」
やっと危機を察したのか、背を向ける連中。
色々な意味でほっとした矢先。
「逃がしませんよぉ」
着ぐるみ…もといウニーク…もとい酔っ払い真言美ちゃんがぽい、と何かを投げた。
ビン…らしい。何か入ってる。蓋の代わりに、火のついた布だか紙だかが差し込まれて…って!
「ナパーム!」
ガシャン、ボォッ!!
「うわ!?」
「か、かか火炎瓶ッ!?」
ナパームぢゃねえだろ、と突っ込む暇もなく、どこからか取り出した大量の火炎瓶を惜しげもなく投げまくっている。
「ちょ、ちょっと待て!!お前それは拙いって!!」
「えー?大丈夫だよぉ。ウニークに火炎瓶は必須なんだもの」
「そういう問題じゃねぇって!?」
「それにこれはモモちゃんの部屋から持ってきたものだし♪」
「モモォォ…」
「いや、だってこれ光狩と戦う時によ…」
「管理を!ちゃんとしろ!」
「悪かったよぉ…」
俺は俺でいずみさんが抱きついてて動きが取れないし、鏡花は据わった目で哀れな生贄を踏みつけてるし、モモは真言美ちゃんが負ぶさったまま火炎瓶を投げつけるから対処に困っておたおたしてるし。
うむ。こんな時に出来る事はただ一つ。
「…ほら見ろモモ。月が綺麗だ」
「センパイまで現実から逃げてどぉするんだよぉぉっ!?」
済まんモモ。
これは先に諦めたモン勝ちだ。


結局。
強引に真言美ちゃんをモモに送らせて、俺はいずみさんを部屋まで運んだ。
鏡花?
…ふ。
奴なら大丈夫さ、きっと。
いや、殺人事件にさえなってなければ大丈夫…の筈。
多分。
恐らく。
…だったらいいなぁ…。
「ね、亮くぅん…」
おっと、忘れてた。
生還した方をちゃんと介抱しなくちゃな…って。
…何故裸ナノデスカいずみサン。
「亮くぅん♪」
「おわ!?」
タックルしてくるいずみさん。
そのまま俺に圧し掛かって、その目はばっちり欲情している。
「今日は私が亮君を襲っちゃおうかなー♪」
既に襲ってる癖に何を仰いますか。
…済まん鏡花。
お前の事はチロに任せた!!
「いずみさんっ!!」
「きゃあ♪」


「…という事があった訳だが」
次の日。
二日酔いで昨夜の事を何にも覚えてない女性陣に、俺の覚えている事を教えてやった。
無論、いずみさんが襲い掛かってきた所で説明は止めたけど。
「…道理で。今朝昨日の靴を見たら赤黒くてびっくりしたわよ」
「いや、それは知らん。お前がどんな洒落にならんトドメ刺したのかは興味も無いからな…」
「言うわね…アイタタ」
怒鳴ろうとして痛みに顔をしかめる鏡花。
一年は休みにした。流石に先輩のこんな狂態を見せる訳にはいかないし。
「先輩…、私は…」
「モモに聞いてくれ。俺は取り敢えず火炎瓶を投げ尽くした所でモモに任せたから判らないし」
「あうううう…」
真っ赤な顔で呻く真奈美ちゃん。何をされたんだか。
「ね、ねえ亮君?」
「何かな?」
いずみさんの方を見ると、いずみさんも真っ赤な顔で俯いていた。
まあ、自分から迫ったなんて言われたら恥ずかしいか。
「お…怒ってる?」
「…いいえ。ただしいずみさん半年禁酒」
「…はい。すいません…」
取り敢えず、教訓。
暗い夜道には気をつけよう。
…哀れな被害者が出ないように。


…ちなみに。
この後暫く、
金髪のサド蛇女と。
笑顔のビンタ魔女と。
火炎瓶リアルウニークの話が。
大津名市の都市伝説として実しやかに噂された。
でも、この噂が引き金になって、映画「ウニーク」は大津名でも屈指の大ヒット映画になったんだから、世の中判らない。


続く?










後書き
ども、滑稽です。
受信しました(爆)
久々の電波…だなぁ。
「或る夜の話」の続編でも書こうかと思って頭の中に浮かんだのがコレです。
いや、続編です。
続編ですとも。
取り敢えず、こんなノリでも続編読みたい、って奇特な方にこの作品を捧げます(マテ
それでは、次の作品でお会いしましょう。






[Central]