「もう壮一君なんて知らないから!!」
「それはこっちの台詞だ!!」
俺が部室に入った時、そんな怒声が耳を叩いた。






  或る夜の話
            夜中の決闘


                               
滑稽




「…何の騒ぎさ?」
「…あ、亮君」
居心地悪そうにしている、いずみさんと一年二人。
「羽村部長…止めてくださいよぉ」
「さっきからずーっとこの調子なんですよぉ…」
「あー、うん」
一年二人といずみさんから、すがるような視線を向けられる。
ま、そういうのは俺の役目だしな。
取り敢えず、怒鳴り合っている二人に話し掛ける。
「あー、おい。二人とも」
「え?あ、先輩!?」
「げ…、みんな来てたのかよ」
「鏡花が居ないけどな」
周囲など目に入っていなかった二人が、やっと我に返る。
申し訳なさそうに身を竦ませる真言美ちゃんと、バツが悪そうにそっぽを向くモモ。
「んで?喧嘩の原因は何なんだよ」
「えっと…それはそのぉ…」
「ちょっと、な…」
思いのほか歯切れが悪い。
「まあ、痴話喧嘩だから隠したいんだ、て事は大体判るんだけれども」
「ぐ…」
「あう…」
「理由を知られたくないなら他の場所でやって欲しいぞ?」
「す、済まねぇ…」
「済みません…」
「大体、鏡花がここに居たらいくら隠したって全部…」
と、何気なく見た窓の外。
満面の笑みを浮かべてこちらを見ている鏡花の姿が見えた。
「…モモ、真言美ちゃん」
「何だよ」
「何です?」
「…もう手遅れだわ」
二人の視線が俺のそれを追っていき、にこやかに手を振る鏡花を捉え。
そして揃ってがっくりと項垂れた。


「はろー」
律儀にドアから入って来た鏡花は、とてもとてもご機嫌だ。
悪戯を会心の出来で成功させたような顔で―いや、実際そうか―、勝ち誇っている。
「んで、鏡花。何でお前は外に居たのさ」
「ん?部室に入ろうとしたらさ、こー、壮一とマナちゃんの喧嘩する声が聞こえてきた訳よ。そのまま聞いていてもよかったんだけど、そんな様子を人に見られたら弁解に困るじゃない?だから外で聞いていた、って訳」
「嘘つけ」
「何がよ!?」
「どうせいずみさんに『喧嘩の理由を探るなんて駄目だよ』って言われるのが嫌でいち早く姿を隠したんだろうが」
「う…」
反論出来ない鏡花。やっぱりか。
まあいい。ここでの問題はそこじゃない。
「それで、二人とも。もう一回聞くぞ。喧嘩の理由は?」
「あう、そ、そのぉ…」
「だ、だからよぉ…」
「ちなみに」
更に言いよどむ二人に、申し訳ないがトドメを刺す。
「…十秒以内に答えなかった場合、鏡花監督、演出、主演による二人の心理描写公演が開始される訳だが」
「ふふん♪」
任せて、とばかりに胸を張る鏡花に、頬を引きつらせるモモ。
…その危険性を重々承知しているようだな。
「じゅーう」
「あ、あうあうあう…」
まだ迷っている真言美ちゃん。
「きゅー」
「わ、判った、喋る、喋るよ!!」
「よし」
とうとう折れたモモ。
鏡花主演公演だけは回避したいらしい。
当然だな。
俺も嫌だ。
と言うか、男としての尊厳に関わる。
「そこまで考える?」
「当然だろ。…で?」
鏡花の白い視線を軽く流して、二人に問い掛ける。
「じ、実は…」
と、真言美ちゃんの方を向くモモ。
意を決したらしい真言美ちゃんが、口を開く。
「壮一君が真言美、って呼んでくれないんですっ!!!!!」
「「「「は?」」」」
鏡花と当事者を除く全員が、そんな声を上げた。


「えーと、要するに、だ」
あまりの馬鹿らしさに頭を掻きながらも、取り敢えず聞いた内容を整理する。
「つまり真言美ちゃんは、モモが二人っきりの時しか自分を名前で呼んでくれない事が不満な訳だ?」
「はい」
「んでモモは、真言美ちゃんを人前で呼び捨てにするのは恥ずかしい、と」
「おう」
まあ何と言うか…。
「…これ以上ないくらいバカップルのバカップルらしい喧嘩原因だと思う訳だが…」
ため息をついてみる。
「大体壮一君がいけないんですよ!!私だって『モモちゃん』から『壮一君』って直してるのに、いつまでたっても三輪坂三輪坂って!」
「いいんだよ!盛り上がった時に使った方が効果的だって聞いたんだから!!」
「…ヨクの奴…」
結局の所馬鹿馬鹿しいのは変わらない訳で。
鏡花も同じように頭を抱えてうめいている。
そうか、星川の置き土産か。
「それにしたって程度って物があるでしょ!?もう付き合ってから何ヶ月経つと思ってるのよっ!!」
「…なぁ、鏡花、いずみさん。この場合は応用力のないモモの方が悪いのかな?」
「いやぁ、単に中途半端な事を教えてったヨクが悪いんじゃない?」
「でもそんなに名前で呼ばれる事に拘る必要があるのかな?」
こそこそと喧嘩の内容を分析する俺達。
と、いずみさんの言葉を聞きとがめた真言美ちゃんがこちらを向いた。
「部長!!部長はいつだって先輩から『いずみさん』って呼んで貰えているからいいんですよ!!」
うわ、矛先がこっちに。
「あ、えっと…ほ、ほら!!亮君の場合は最初っからそうだったし!!」
「それに壮一君だって部長の事は『いずみさん』って名前で呼ぶじゃないですかぁ!!私はそれが悔しくて悔しくて…」
「そうだな、それは良くないな、モモ」
「俺だって最初っから『いずみさん』だ!!」
…あ、薮蛇だったか?
「なら部長!それだったら先輩に「さん」付けじゃなくて名前で呼んで貰う所を思い浮かべてみてくださいよ!!」
「え?」
と、いずみさんがこちらを見る。
俺の顔をじーっと見つめながら、無言で何かを考えているそぶり。
「…ほら、ちょっと呼び捨てにしてみなさいよ」
横から小声で言ってくる鏡花。
ふむ。空想より実体験の方がいずみさんにも判り易いか。
よし。言うぞ…。
…ぬう、改まると照れるな。モモの気持ちが良く判るぜ。
とは言え後には引けない。
意を決して、口を開く。
「…い、いずみ?」
ぼん、と。
音を立てるほどいずみさんの顔が赤くなった。
既にギャラリーと化している一年二人がおぉ、と歓声を上げる。
「いい!いいね、三輪坂さん!!」
「そうですよね、部長!!」
あ、何か意気投合してるし。
「と言うわけで、悪いのは壮一に決定ね?」
「ちょ、ちょっと待てよ!!それなら先輩だって普段はいずみさんの事呼び捨てにしてないじゃねぇか!!」
げっ!?
俺まで巻き込むなよ、モモ!!
「それもそうね…」
ああ、考え込むな鏡花!!
お前が考えるとロクな事を思い浮かべないだろうがっ!!
「…ほほう?」
鏡花がこちらを見て、目を細めた。
あ、ヤバい…。
「そうよねぇ?大体私の事は『鏡花』って呼び捨てにするくせに、いずみの事はいつまで経っても『いずみさん』だもんねぇ?いずみ、アンタ大事にされてないんじゃない?」
「な、何ぃっ!?」
何て事を言い出しやがる鏡花ぁぁっ!?
「え、そ、そうなのかな…」
ああ、いずみさんも騙されないでくれぇぇっ!!
「そうよぉ。もしかしたらアンタを捨てて私に乗り換えようとするかもしれないわねぇ♪」
な…!?
そんな事を考える訳がないだろうが!!
「り、亮君?」
「そ、そんなのありえない!嘘だ、出任せだ、鏡花の冗談だ!!いずみさんもそんなの信じちゃ駄目だってば!!」
「それにしては妙に慌ててるじゃない?」
「鏡花も!!無闇にいずみさんの不安を煽るんじゃねぇよっ!!」
「また、『いずみさん』って言った…」
と、すごく悲しそうな表情で俺を見ているいずみさん。
「い、いずみさん!?こ、ここではそれは問題になってなかっただろ!?」
「亮君」
「は、はいっ?!」
いきなり真剣な顔で俺を見つめてくるいずみさん。
「『いずみ』」
「え?」
「だから、『いずみ』」
く…、ここでそう呼べ、と。
いつの間にか俺も当事者か。
鏡花の奴め…、面白そうに見てやがるな。
くっそ、一年達まで目を輝かせてやがる。
真言美ちゃんやモモとは正直目を合わせたくないな…。
ええい、仕方ない!!
立ち上がり、いずみさんを抱きしめる。
おぉぉ、と全員から歓声。
「いずみ…」
耳元にそっと囁く。
その瞬間、一気にいずみさんの体から力が抜ける。
そして、こちらの要求を優しく告げる。
「俺はいずみより年下だから礼儀としていずみさん、って呼んでるんだぜ…?」
「うん…」
「二人っきりの時はこれからはちゃんといずみ、って呼ぶようにするから…」
「うん…」
「…だからさ、普段はいずみさんでいいかな?」
「うん…」
くた、と体を預けてくるいずみさん。
「ありがと」
さて、いずみさんはこれで良し。
次は、と。
「と、言う訳で、壮一?」
俺の発言を封じて、鏡花が喋りだす。
「な、何だよ…?」
「亮はあーいう方法でいずみを納得させた訳だけど、アンタはどうなの?」
「ど、どうって…何だよ」
「にっぶいわねぇ。アンタ達が亮といずみのバカップルに負けないバカップルだって事をどうマナちゃんに証明するか、って事よ」
「そ、それは…」
判る。判るぜ、モモ。
彼女に請われて自分の意思でそうするならまだしも。
第三者から言われてやる事なんて、恥ずかしくて余計出来ないよな…。
「ふ…出来ないようね」
「壮一君…」
真言美ちゃんの非難の目。
判ってやって欲しいとは思うんだが、口に出したらまたややこしい事になる。
「う…ぬう…」
呻くモモ。
「そんなアンタに、このオネエサマが『抱き締めて囁く』以上の素晴らしい方法を教えてあげるわ!!」
「一応聞いておくが、それに俺達は巻き込まれないだろうな?」
一応、釘を刺した、が。
「…何で判ったの?」
…やっぱりか。


「決闘!?」
校舎裏の林。
夜中ともなれば、辺りには生徒は居ない。
天文部の縄張り。そう言ってもいいかもしれない。
んで。
俺とモモはそれぞれ背後にいずみさんと真言美ちゃんをかばう形で向かい合っていた。
距離はそれぞれの拳が届く程度。俺の方が腕が長いから、モモの腕の届く距離と言ってもいいか。
「…何でこんな事をしなきゃならないんだろうな?」
「…ホントにな」
ちなみにギャラリーは三人。
鏡花とその下僕二人。
「後輩って言ってやりなさいよ…」
「却下だ。大体何だお前のそれ」
と、実況、解説と書かれた席に座る鏡花と後輩達に告げてやる。
「いいじゃない。やっぱりこういうのは形から、ってね♪」
「やかましい」
一蹴しつつ、それでも流される自分に溜め息をつく。
「ルールは単純。一発ずつ互いに殴りあい、互いのパートナーの方に倒れこんだら負け。ハンデとして、亮は避けちゃ駄目だからね」
「あー、はいはい」
「それじゃ、先攻は壮一からね」
「はいはい」
「あ、百瀬先輩。本気でやった方がいいですよ?」
と言ってくるのは、解説席に座っている方の後輩。名前は浅見。
能力は「見抜き」と言い、見た相手の能力を数値化して見る事が出来るというものだ。
「…そりゃ、センパイ相手に手を抜くなんて出来ねぇさ」
と言いながら、強く踏み込んで腰を綺麗に捻ったストレートを打ち込んでくるモモ。
いつもの癖で避けてしまいそうになるが、何とか踏みとどまる。
ぶつかってくる衝撃。
「次は俺だな?」
言い様、こちらも拳を突き出す。
避けようとするモモの顔面を、それでもクリーンに打ち抜く。
「おぶっ!」
モモは軽く吹っ飛んで。
「きゃ!?そ、壮一君!!」
真言美ちゃんの方に倒れこんで動かなくなった。
「あっちゃぁ…やり過ぎた?」
これでもかなり手を抜いたつもりだったんだが。
「あー…。これじゃモモ君暫く目を覚ましそうにないね」
モモは完全に白目を剥いている。
「先輩!!」
凄まじい目で俺を睨んでくる真言美ちゃん。
いや、まあ俺が悪かったんだけれども。
「あぁ…やっぱりねぇ」
呟く浅見。だが、ここに居る全員が聞きとがめた。
「って、何がやっぱりなのよ」
「いや、ほらこれ」
と、何か書かれている紙を鏡花に手渡す。
「何よこれ…って!?」
愕然とした様子の鏡花。
「ちょ、亮!?」
「ん?」
「あ、アンタこの全ステータス983って正気!?」
「は?」
何の事やら。
「体力、器用さ、素早さ、精神!!壮一はどれを取ってもその半分にも満たないってのに!!」
「…知るか」
浅見の見た能力の数値を書き記したものらしい。
「しかも霊力1368!?アンタ一体どんな化け物よ」
「失敬な」
単に普通に鍛え上げただけなんだが。
「ま、取り敢えず…」
憐れみの視線でモモを見ていた鏡花が、
「雨降って地固まる、かな?」
「企画倒れ、つーんだ馬鹿者」
綺麗に纏めようとしやがったので即答で却下した。


ちなみに。
二日後。
「はい、壮一君。あーん」
「おう。んむんむ…。おう、美味いぜ真言美」
「…ありがと」
モモは真言美ちゃんの事を名前で呼ぶようになっていた。
どうやら俺との決闘が原因で考えを改めたらしい。
「センパイの一撃食らうより恥かいた方が楽だ」
…鏡花じゃないが。
これも雨降って地固まる、なんだろうか。













後書き
どうも、滑稽です。
ちょっと書くのに時間が取れなかったので、最後の方がちょっとだけ淡白かもしれないのですが。
ちなみに今回の亮君は、滑稽の夜が来る!の亮君のステータスを参考にしています。
…エキスパートモードのコウヤをソロで駆逐する怪物君です。
微妙に電波化しつつある「或る夜」シリーズですが、リクエスト次第ではまた書くかも知れませんので、「こういうノリが好きです!」って方は、ご一報くださいませ。
それでは、次の作品でお会いしましょう。






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