これから始まるのは、一つの未来。 祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。 平穏と言える日々は存在しない。 ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。 今宵語るのはその第十八話。 始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。 「それでは、良い夜を」 スラップスティック・デイズ 第十八話。もしくは波紋でも可。 滑稽 「…ふむ。そうか、形はどうあれ美麗は想いを遂げたんだねぇ」 少しだけ寂しそうだが、上機嫌な翼。 ロートルとは名ばかりの、最強クラスのローカル火者の溜まり場と化した星川貿易の一室。 早朝、と言うかまだ深夜三時。 美麗の身を案じて起きていたのは翼と壮一と真言美。 鏡花は既にサカキと別れてここに来ていた。マコト、キララの姉妹と一緒に今は隣室で眠っている。 「まあ、美麗が傷つかなくてよかった。君とシン君に感謝するよ」 先程自宅で愛妻にその件を余す事無く伝えた馬鹿親その一。 「いや、俺は殆ど何もしてないさ」 翼のすぐ側では元気になった飯綱が走り回っている。 「…ちょっと待て」 「そうですよぅ」 憮然とするのは一組の夫妻。馬鹿親その二と三である。 「あくまでそれは『治療』だろ!?それを取り上げて『想いを遂げた』もねぇだろうがよっ!?」 「そうですよぅ!!そんな騙まし討ちみたいな真似、真言葉が許しても私達が許しませんッ!!」 愛娘の気持ちをよく理解している三人だ。ここで一歩でも退く訳にはいかない。 「そうはいかない。形はどうあれ美麗と契ったのは事実!!ここは責任取って星川貿易の次期社長となってもらわなくては困る」 「そんな事は―」 「大体ねぇ―」 喧々囂々。 と、そんな状況を打破したのは、やはり亮だった。 「何にしろ、実際選ぶのはシンとあの娘達なんだよな」 「む…」 「そうだけどよぉ…」 「ま、シンの奴は俺よりマコトに似て真性の朴念仁だからな。まず間違いなく『治療』以上の考えはないだろ」 「う…」 「とにかく今は見守る事にしよう。問題はそっちよりアクイだ」 「…そうだねぇ」 「それでよ、居場所は判ったのかよ?」 「いや、どうもあそこはKidの寝床だっただけらしくてな…」 「ち、先輩のトコも収穫無しかよ…。こりゃ拙いんじゃねぇか?」 「そうだな…。どうしても後手後手になっちまう」 已む無い事とは言え、シンや美麗らの命がかかっているのだ。 先程までの明るい空気とは一転、やるせなさと無力感に、彼らは大きく息をついた。 それから数時間後。 シンは美麗を伴って星川邸へと戻って来た。 「美麗っ!!」 帰って来た娘を、しっかりと抱き締める瑞希。 「お帰り、シン」 「…ああ」 そこには、真言葉以下天文部の面々といずみが詰めていた。 「大体の事情は亮君から聞いてるわ、シン君」 「いずみ先生。済まないけど美麗さんの事は…」 「判ってるわ。そういう事までは言わないから」 「ありがと」 すれ違う時に、いずみと小声で会話を交わす。 「あー、疲れた。ってかいずみ先生。俺としては今日は家で一日寝ていたいんだけど…駄目かな?」 「…そうね。判ったわ。今日は公休扱いにしてあげるから、ゆっくりと休みなさい」 「有難う御座います…」 今度は全員に聴こえるように。 「お疲れ様、シン」 「んじゃ、そういう事で。美麗さんも今日はゆっくり休むんだよ」 真言葉が労りを込めて告げるのを背に、シンもまた帰ろうとする。 が。 「あ、シン」 呼び止められた一瞬、皆はそれが真言葉のものだと錯覚した。 「あ…え?」 当の真言葉でさえも、一瞬錯覚した程だ。 「何?美麗さん」 だが、現状唯一声の主以外で状況を理解していたシンが、その声の主の方に向く。 「それなら家に泊まっていったら?帰るのも億劫なくらい疲れてるでしょ?」 「んー、確かに魅力的なんだけどさ。親父とお袋に無事な姿を見せないとね」 苦笑して、シンは星川邸を辞した。 戸が閉まり、暫し。 「あ、私も寝るね。お休み、母さん」 「ええ、お休み」 動じていない母娘がそう言葉を交わすのと同時に。 「「「「はあああああああっ!?」」」」 いずみを除く全員が目を点にした。 暗がり。 「死屍解が滅ぶ、とはな…」 「ありえぬ…事では…なかった…」 アクイの盟主と、その仲間。 彼らは今、その内の一人の死を悼んでいた。 「少なくとも下策じゃあなかったと思うよ?あの場での乱入が予想外過ぎただけさ」 「だねぇ。AmazingなSkillを持ってるもんだ」 「夜訃羅よ。次の策は…現状を打開し得る傑策はあるか?」 「最早…羽村シンの…命を…奪うには…総力を…以って…奴の…仲間ごと…滅ぼすほか…術はない…」 「ふむ」 「向こうの総力にこっちの総力をぶつけるのか」 「否…。少数ずつに…勢力を…分散させ…その上で…一気に…叩く…」 「Why?それって『総力』とは言わないんじゃないの?」 「こちらも…また…全ての…勢力を…以って…連中の…足を…止めるのだ…。羽村シンの…救出に…向かう…事も…叶わぬ…程度…」 「成る程。その間に羽村シンを殺してしまえ、って事か」 「然り…。そして…その役は…覇吐…。我等が…盟主で…ある…貴方に…任せたい…」 「…判った。それでは各自準備を急ぐんだ。これに負ければ二度と蒼き夜は現れない」 「「「心に照りし蒼き月の為に」」」 一人、一人。暗がりから去って行く。 「…これで最後だ。羽村…シン」 盟主―覇吐の目には、明確な殺意が満ちていた。 「ど、どどどどどーゆー事ですかぁっ!?」 最初に爆発したのは真言葉だった。 時刻は放課後、天文部部室。 聞きたくて聞きたくて、それでも我慢していた事がここに来て一気に噴出した訳だが。 「え、えーと、あのね」 その迫力にあたふたするいずみ。 シンとした約束。それを加味して、どの程度まで彼らに説明するか必死に一日考えていたのだが、それが真言葉の圧力に一蹴されてしまったのだ。 「な・ん・な・ん・で・す・かっ!!」 怒気がオーラとなっている真言葉。 はっきり言って、怖すぎる。 傍観者となっているホノオとしのぶにも手出しは出来そうにない。 「いずみ先生。羽村君とどういった『御約束』を為されたか存じませんが、無事に帰られたかったら、余す事なく話された方が良いですよ?」 そして真言葉の背後には、にこにこと微笑む縁が。 「き、聴こえてた?もしかして」 「ええ。内容についてはよく判らなかったので、ここでしっかり説明して頂きたいなぁ、と」 にこにこにこにこ。 「…あ、あのね?二人とも落ち着こう?ね?」 半ば涙目で懇願するも、嫉妬に怒れる娘には通じない。 「お疲れさーん」 と、場の雰囲気を全く察しない声で、部室に入ってきたのはキララ。 「…お?嬢の姉ちゃん、どうしたん?」 「あ、キ、キララちゃーん」 救いを求めていずみがキララの方を見る。 「あん?何しとん…ってああ、シンと美麗が朝帰りした理由を問い詰められとるんか」 ぴくり。 その言葉に、縁と真言葉がキララの方へ向く。 「…キララ先生?それは一体どういう意味ですか?」 にこにこ。 「あぁもう、その怖い笑顔やめや。シンの奴が美麗の奴を一晩かけてじっくりしっぽりかっちりとっぷりと可愛がったんやとさ」 「「「「なっ!?」」」」 絶句。 「何や?そん話もしとらんかったんか?」 「キララちゃ〜ん…」 自分の努力はなんだったんだろう、と涙を流すいずみ。 (ごめんね、シン君…。で、でもっ!!) だがいずみは、決死の覚悟で軌道の修正を試みた。 「あ、でもねでもね?シン君はアクイの媚薬に侵されていた美麗ちゃんに緊急の治療行為として『そういう行為』に及んだだけらしいから…」 そしてそれは、残念ながら嫉妬に狂った約二名にとって最悪の形で火を注いだ。 「シィィィィィィィィィン〜〜〜…」 「ふ…ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…」 腹の底から呪詛を搾り出す真言葉と、含み笑いを止まる事無く続ける縁。 「…火倉せんせぇ…」 「は、はひ?」 「申し訳ありませんが、百瀬真言葉は本日早退します」 「へ?」 「早退します」 「あ、あの…」 「早退します」 「あ、じゃ、じゃあ手続きを…」 「早退します」 「あううぅ…」 諾以外の解答を全く認識しようとしない真言葉。 「あー、はいはい。許可したるからとっとと帰り」 「はい」 瞬く間に支度を整え、一応礼はして部室を出て行く真言葉。 ―シィィィィィィィィィン〜〜〜…。きりきり問い詰めてあげるから覚悟しなさい― 表から、そんな声が聞こえてきたが、誰もそれにツッコもうとはしなかった。 「…ご愁傷さま、シン」 唯一、ホノオが遠い目でそんな言葉を漏らした以外には。 「…あれ?石動はどうした?」 「あ、居ない」 そして、その間に縁もまた姿を消していたのだった。 第十九話。もしくは嫉妬でも可。 に続く。 後書き ども、滑稽です。 取り敢えずいい加減表題の『ドタバタ』をどうにかしよう、との考えから、そっちを優先してみたのですが、如何でしたでしょうか。 ボリュームが前話より少ないのはテストの所為です。 …テストの所為なんです。 それでは、次の作品でお会いしましょう。 |
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