ある日の放課後。
「えーん、鏡花ちゃーん!!」
すがり付いてくる親友。
「な、何よいずみ!?何かあったの!?」
涙を流す彼女の様に、ただごとではないだろう事態を予感する。
「亮君が…亮君がぁ…」
事実彼女の思考は千々に乱れており、読むことが出来ない。
「ど、どうしたのよ!?」
こちらも覚悟を決めて、聞く。
と。
「他の女の子に告白されたー!!」
一瞬、鏡花は目の前の女性が本当に短大生なのか疑わしくなってしまった。






  或る夜の話
            取り敢えず、お惚気。


                               
滑稽




「…で?」
何故か尋問口調の強化。もとい、鏡花。
「あのね…さっき部室に来る途中で、亮君が女の子に告白されてるの見かけたの…」
「どこで?」
「校舎裏」
「…何でそんなとこに先に寄ってるのよ」
「亮君の居場所なら判るもの」
「あ、そ…」
多分にと言うより完全に呆れ返って、鏡花は息をついた。
亮も亮とてこの年不相応に可愛らしい―外見ではなく―年上の彼女に夢中なのは言うまでもない。
付き合い始めて半年過ぎてまだこれだ。
それだけ隙間なくぴったりと重なった絆に一体誰人が踏み込めると言うのだろうか。
「ま、心配しなくてもいいんじゃない?」
「無責任だよ鏡花ちゃーん」
「私にどうしろ、ってーのよ」
「…亮君の為に色々スキルアップするの!!手伝って?」
「…何をよ」
頭が痛くなってくると同時に、そこはかとなく嫌な予感を感じた鏡花だった。


「先ずは、料理!!」
(まずったー!!)
声無き叫びを上げる鏡花。
否、いずみの料理は基本的に上手だ。
上手なのだ、が。
彼女の悪癖に、気合が入れば入るほどその料理の中の『辛』が増していくというものがある。
特にこのような場合。
彼氏絡みだとその傾向が幾何級数的に上昇するのだ。
亮のように愛の力で辛党適応出来るほど無茶な肉体組成をしていない鏡花にとって『味見役』とは、死刑宣告を受けた囚人並に絶望的な状況と言っていい。
こうなれば、やる事は一つ。
「ちょ、ちょっと待って、いずみ!!」
「なに?」
まったく邪気のないいずみの顔。
少なくとも断れる雰囲気ではない。
だが、まあそれは予測の範囲だ。
「味見役なら私一人がやるより、人数多い方がいいでしょ?」
「…そうだね」
「だから、ちょっと何人か呼びましょうよ!!」
「うん。あ、でも亮君には内緒ね?」
「わかってるわよ♪」
にこにこと笑いながら、鏡花が選んだ方策とは。
「あ、壮一ぃ?マナちゃんも一緒?ちょーど良かったわ」
リスク分散による、犠牲者の増加と被害の低減だった。


「うう…口の中がまだ辛いれふぅ…」
「い…いるみさん…。まら『辛』を上げらな…」
「こ、これが元部長の料理…」
「部長はこれに平然ろしれいるのか…オソロシイ…」
悶絶する部員一同。
「さ、次は何?」
何時の間にか『いずみの助手』役にちゃっかりと座り、加害者の方面に顔を連ねる鏡花である。
「いずみって基本的に一般の主婦レベルと同等以上の事は出来るのよね」
「うん」
「掃除も選択もある程度出来る…。となるとその方面でのスキルアップではアプローチが弱い訳よね」
「そうだね」
和気藹々。
だが、その真下では水を求めて苦しむ四人の被害者の姿が。
「となると…、あとは夜の生活かしら」
ビクン!!
刹那、鏡花のその言葉に反応する悶絶していた四人。
役二名―壮一と真言美―は、少なくとも戦慄を覚え、残りの二名―鏡花との付き合いが短い一年生二人―は、ともすれば鏡花といずみの百合が見られるのでは、などと不純な希望を胸に抱いたりした訳だが。
「どうすればいいのかな、鏡花ちゃん」
「うーん、私も教えられるほど経験豊富じゃないしねぇ…何よ二人とも、その落胆した目は」
目敏く。…いやこの場合は耳聡く、だろうか。
二人の様子ににやりと狩人の笑みを浮かべる鏡花。
「女の子の感じる所は同じ女の子の方がよく判る、って言うわよね?」
「そうなの?」
「ね?マナちゃん」
「そ、そうれふね!!」
慌てて首を縦に振る真言美。
「となると…、男の子の感じる所は男の子の方がよく判るものかしら?」
にっこりと、笑みを二人の一年生に向ける鏡花。
その意図する所を知り、真っ青になる一年生二人。
「貴方達、確か彼女居なかったわよねえ?」
ぶんぶんぶん。
そこから先を聞く訳にはいかず、とにかく横に首を振る二人。
「後輩二人の薔薇なシーンを見て亮が感じる所の勉強でもしましょうか?」
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶん。
動きが見えない程に首を振りまくる二人。
「ね、ねえ鏡花ちゃん?二人とも嫌がってるみたいだから、それはやめたほうがいいと思うの…」
「…そう?」
「うん。男の子同士なんてなんか…気持ち悪いし」
「…うーん、そうねぇ。この二人じゃどう見てもヤヲイって感じじゃないし」
それはそれで屈辱だったのか、だぁ、と涙を流す一年生二人。
「ま、これに懲りたら私達で不穏当な妄想しない事ね。亮に知れたらそれこそ死ぬわよ?」
笑いながらも冷たいその声に、二人は今度はぶんぶんと縦に首を振り回した。
「それで、どうするの鏡花ちゃん?」
「そうねぇ…。でもAVなんてリアリズムの欠片もないし…」
悩む鏡花の視線が、ふとある少女を捉えた。
「ね、どう思う?耳年増な真言美ちゃん」
「は、はひっ!?」
いきなり話を振られて驚愕―並の驚き方ではない―する真言美。
こういう時には早々に逃げるのが吉だと言うのに、残ってしまっていた不運、とでも言おうか。
「ねぇ?マナちゃん。いつもは壮一とどんなプレイをしてるのかな?お姉さん達にちょーっと教えてくれないかしら?」
「あ、ああああああああああああああのっ!!」
真っ赤になって慌てる真言美。
「なーによう。私達には教えられないとでも言うつもりぃ?」
「だ、だだだって恥ずかしいし…」
もじもじする真言美に、逃がさんとばかりに微笑む鏡花。
「言葉で言うのは恥ずかしいのね?」
「はい…」
「…じゃあ実演してくれる?」
「じつえ…ふええぇっ!?」
短時間で反応出来たのは立派だったが、時既に遅し。
逃げようとした真言美の首元を、鏡花がしっかりと掴んでいた。
「ひーん!!嫌ですよぅ、恥ずかしいぃ!!」
「ふーん、それなら…」
と、壮一の方を向いて、
「私が壮一をつまみ食いしちゃおうかなぁ♪」
「そ、それも駄目ですっ!!」
とは言え、このままではどちらも嫌がって先に進みそうにない。
「うーん、そうね…。ならほら男子!ここから出なさい!!」
「えー」
「ひどいっすよぉ…」
懲りずに不平を漏らすエロ後輩二人。
「…薔薇…」
が、その呟きを聞いた瞬間部室から掻き消えた。
どたばたと逃げ去る音。
「ふむ、壮一は残ったわね。偉い偉い」
「なあねーちゃん。勘弁してくれないか?」
「い・や」
「あーもー…」
「…ううううう…」
涙を流す二人の後輩。
「どうする?自分で脱ぐ?それとも私が脱がしてあげようか♪」
「「自分で脱ぎます…」」
その辺りの尊厳だけは死守した二人である。


「うう…」
「もうお嫁にいけない…」
服を着込みながら、涙を流す壮一と真言美。
「だいじょーぶよ、それくらい」
何の保障があってそんな言葉が出るのだろうか。
「とにかく、これを参考に亮に奉仕してみたらどう?」
「うん、ありがとう鏡花ちゃん!!」
と。
「うぃーす」
入って来たのは、亮。
「あ…」
「や、いずみさん。遅れて悪いね」
「あ、うん。…遅かったね」
「ああ、ちょっとな。後輩に呼び出されて」
と、手紙を取り出す。
「それは?」
「渡されたんだよね。言付けと一緒に」
「言付け?」
「それにしては遅かったじゃない?」
「ああ、いやちょっと事情があってね?」
「事情?」
「そ。ほら、モモ」
「え?…俺?」
「そうさ。覚悟して、受け取れよ?」
溜め息をつく亮。
「覚悟?」
「いいか?読むぞ」
「っておい!!」
「いや。聞いておいてもらった方がいい。絶対いい。間違いなくいい」
心なし青ざめた、普段より数段真面目な顔の亮に、壮一は言葉を失う。
「いいか?『拝啓、百瀬壮一さま。先日貴方に危ないところを助けていただいた者です。その切はどうも有難う御座いました』」
「ふむふむ。出だしは好調よね」
論評する鏡花。
「亮君じゃなかったのね…良かった」
「でも、それだとあの修行はなんだったのかしらね…」
「なんだったのかな?」
「…言わないでくれ。悲しくなる…」
本人ですらその一言である。
「おーい、ちゃんと聞けって。『…それ以来、私の頭からは貴方のお顔が離れず、今も目を閉じれば貴方の笑顔が…』」
「うわぁ…くっさい台詞ねぇ」
「鏡花ちゃん!!」
「ど、どどどどーしよー…」
一人慌てている真言美。
亮は淡々と読んで居たが、ふと、口調と表情を苦いものに変えた。
「『彼女の方が居られる事は存じています。ですが、その方に勝つ事が出来ると私も自負しております』」
「ど、どどどどどどーしたらいいんですか鏡花さーん!!」
「ああ、ほらほら大丈夫だってば。私がきっちり壮一を躾けて上げるから♪」
「わーん!!鏡花さーん!!」
泣きつく真言美。
が、次の瞬間。
「『それでは、良いお返事をお待ちしております。竜造寺真太郎』」
亮がそう締めた直後。
ぴた、と。
全ての時間がそこで止まった。
「…はい?」
「『それでは、良いお返事をお待ちしております。竜造寺真太郎』」
律儀に繰り返す亮。
「…それって…」
「ちなみに手紙を渡してくれたのは双子のお姉さんだそうだ。…ヨカッタナ」
「えーと…こういうの『さぶ』って言うの?」
「良くねぇぇっ!!ってか、言わねぇぇっ!!」
「あうう…壮一君が妙な道にぃぃ…」
「大丈夫よ、大丈夫。まだなんとかなるわ…」
泣き崩れる真言美、それを慰める鏡花。
「違うって言ってるだろうがぁぁぁっ!!」
吠える壮一の、しかしそれを見る目は比較的冷ややかなものだった。
「なぁんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


後日。
壮一はしっかりとお断りの返事を出したらしい。
「でもよぉ、行った先が全寮制の男子高でさ」
「おう」
「…その話を聞いてきたらしい自称俺のファンが群がってきてよぉ…」
「そ、そうか…」
微妙に哀愁を漂わせている壮一。
どうやらファンの『男の子』達からラヴレターを大量に仕入れて来てしまったらしい。
「…何と言うか…獲物なんだな、モモ」
「…なぁ、俺ってどうしたらいいと思う?」
「…だ、そうだがどう思う?自称恋愛の達人鏡花さんよ」
「知らないわよ!!」
嗚呼、世間の風は冷たい。





…ちなみに。
「それで、いずみ?」
「なぁに?鏡花ちゃん」
「亮のヤツに料理とか作ってあげたの?」
「う、うん…」
恥ずかしがるいずみ。
「何よ。訓練に付き合ったんだから教えなさいよ」
「うん、その…ね?」
「うんうん」
「料理は『いずみ、また料理が美味しくなったね』って♪」
「へ、へぇ…良かったじゃない。それで?」
「三輪坂さんのしてた事を真似して上げたら、『嬉しいよ、いずみぃぃっ!!』って♪」
「そ、そう。よかったじゃない…」
「うん!ありがとうね鏡花ちゃん!!」
「いーえー…。どういたしましてぇ…」
「あとでモモ君や三輪坂さんにもお礼言わなきゃあ」
「…それは止めといた方がいいと思うわ。…本気で泣くから、あの二人」
久々に本気で光狩にでも八つ当たりをしたくなった鏡花だった。


終?











後書き
最近SSを書いていなかったのでリハビリ…のつもりで書いたのですが、
…あれ?
いつのまにか意図していない方向に作品が…。
ま、まあこのシリーズは基本的に電波なので、気にしない方向で…。
では、次の作品でお会いしましょう。






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