「あ、あけましておめでとうございます。義父さん」
「ああ、うん。おめでとう」
深々と礼をする、二人。
「あらあら、お父さんも亮君も、そんなに緊張しないのよ」
「しかしな美里…」
「本当なら先にもっと義父さんと親睦を深めるべきだったとは思うのですが…」
「何よ!!アタシが悪いとでも言う気!?」
むくれる鏡花。
「…違うっての」
「どうだか」
その様子を見ながら、
「ふむ。今更だが、やはり羽村君は鏡花に信頼されているんだねぇ」
「え、あの…」
「ぱ、パパ?」
「これからも鏡花を宜しく頼むよ」
鏡花の父はにこやかにそう言ってくれた。




  三年目の元旦に

                               滑稽




「っはぁ…緊張したぁ」
「緊張しすぎよ、もう」
呆れ声の鏡花だが、
「それでもな。『義父さんに元旦の挨拶』ってな結構精神的に疲れるもんだぞ?」
「そういうものかしら」
亮の心底疲れた様子にその矛を収めた。
「取り敢えず挨拶も済ませたし、どこ行く?」
「そうねぇ…。まあ先ずは定番で攻めましょ?」
「おっけ。初詣だな」
「そうよ。こんな恰好してるんだもの。見せつけないとね」
鏡花の振袖姿は、確かに愛らしい。
「まったく…」
「何よ、嫉妬?」
だがその性根は女王様で性悪で策士で他人様の心を読んで…
「わ・る・かっ・た・わ・ね!?」
「いて、いてててて!!止せ、止せって鏡花!!」
「だ・れ・が・女王様で性悪で策士なのかしらぁ?」
「お前だ、お前!!こう言う行為に及んでいるのがその証拠だろう…いててててっ!!」
組んだ腕を周囲に見えないように渾身の力でつねり上げる鏡花。
「フンだ。誰のためにこんな煩わしい恰好してると思ってるのよ」
「俺の為だろ?」
それだったらもう少し旦那の事も考えて欲しいのだが。
「充分考えてあげてるでしょう?…まったく、我侭よねぇ」
「と言うかさ、いいのか?人妻が振袖」
「いいのよ。似合ってるでしょ?」
「…まあ、いいか」
今更何を言っても聞きゃしないだろう。
溜め息をつく亮だが、隠し事が出来ないし隠し事の心配をしなくていいというのは意外と気楽だと最近判った。
…浮気をするつもりなどない。ならば大して隠す事など出ないだろうから。


いつもは閑散とする穂群神社も、こんな時だけは異様な人出を記録する。
「全く、イベントに踊らされるのって哀れよねぇ」
憎まれ口を叩く鏡花だが、
「俺達も一応その一組な訳だが」
「うっさいわね」
「取り敢えず、裏道を通るか」
「…そうね。普段からここを愛用している私達にしか判らない道ってあるものね♪」
それはそれで、得をした気分になる。
裏道を通って境内に入り、さっと行列の隙間に体を割り込ませる。
「ふふん♪成功成功」
「だな」
早々に賽銭箱の前に辿り着き、財布を取り出す。
「んじゃ、五百円、と」
「しけてるわねぇ」
「んじゃあお前は幾ら出すんだよ」
「ふふん♪」
と、取り出したのは―
「二千円札で勝ち誇られてもなぁ」
「ふんだ。願い事に投資をケチケチしようってのが間違ってるのよ」
「ま、願い事に神頼みなんて柄じゃないしな」
「そんなの景気づけよ、景気づけ。判ってないんだから」
「…じゃあこの後にかかる諸々の代金ぜーんぶワリカンになるぞ」
「…悪かったわよ」
「貧乏学生に無茶言うな、って事だな」
「ええい、貧乏で勝ち誇るんじゃないわよ」
「言うな、頼むから」
とにかく、二人出した金をそれぞれ投げ込む。
願い事。それは。
「鏡花と楽しく人生を渡っていけますように」
と、隣で拝んでいた鏡花がぶっ、と噴出す。
「…っ!!な、なな何を口に出してるのよっ!?」
「だってお前『覚り』だからな。後で冷やかされるより先に自分で言った方が早い」
「誰かに聞かれたらどうするのよ!?」
「大丈夫だって、この喧騒だからな。それに聞かれて困るような事じゃない」
「も、もう…」
真っ赤な顔で、再度両手を合わせる鏡花。
「…鏡花は?」
「…あ、後で教えてあげるわよ」
「そうか」
何となくいい雰囲気で、二人喧騒の中を帰る。
今度はわざわざ裏道を使う気にはならなかった。


「あ、先輩」
神社を出ようとした辺り。二人に声をかけるカップルが居た。
「やあ真言美ちゃん、モモ。二人も初詣かい?」
「ああ」
和服の壮一と、鏡花と同じように振袖の真言美。
中々いい図だ。
「何か不思議な感じですよね。…普段は全然人の居ない神社なのに」
「はは」
「アナタ達はこれから?」
「ああ。姉ちゃん達は帰りか?」
「そうよ」
「ところでよ、センパイ」
ふと、壮一が亮に顔を寄せてきた。
「ん?」
喧騒の中、辛うじて聞き取れる程度の小声。
「…いいホテル、知らないか?」
「…元旦からお前な…」
「…いや、センパイだってそうだろ!?」
「…ちょっと待て。それは考えてない」
「…いや、普通萌えるだろ。彼女の振袖姿」
「…フェチだったのか、お前」
「…で、どうなんだ?」
「…いや、俺は一人暮らしだからなぁ」
「一人暮らし?…え、だって先輩達…」
「うちの両親に『大学を卒業して就職するまでは、同居は認められない』って言われたのよ。ま、学生結婚したツケかしらね」
それが入籍の時に出された鏡花の両親からの最大の譲歩だった。
「…あ、そうだったな…。じゃあよ、先輩。今日は姉ちゃんとホテルでしっぽりしてよ。俺達に一晩部屋貸し―」
「何考えてるのよアンタはぁっ!!」
そのまま交渉に入ろうとした壮一の後頭部を、思いっきり張り倒す鏡花。
「いって…ぇ!!」
頭を押さえて呻く壮一。
「元旦の朝一からサカってるんじゃないわよっ!!」
がるるるる、と。
そんな擬音が聞こえそうな程に唸る鏡花。
「マナちゃん!アナタからも何か言ってやりなさい!!」
「え?えー、と。あの、ね壮一君」
少々迷いながら、真言美が告げた。
「…ほら、きっと今日は鏡花さんと先輩が部屋を使うんじゃないかな?」
「あ、そっか」
「「ちっがぁぁぁぁっ!!」」
同時にそう叫ぶ。
そして。
「…マナちゃん?ちょーっとだけお話があるの。一緒に来てくれるかなぁ?」
「え!?」
「…なあ、モモ。俺のど・こ・がンな助平なのか、みっちりと教えてくれないか?」
「い!?」
亮と鏡花はそれぞれの後輩―と言うか弟子―を捕えてまるっきり逆方向へ歩き出した。
「亮?十分後にまたここで」
「おう。十分後だな?」
「じゅっぷん…」
「…なあ、センパイ。俺が悪か―」
「遠慮するな。新開さんの代わりにはちょっと役不足だけど…」
きりきりきり、と襟首を少しずつ締め上げながら、
「どつき合って友情を深める新開さん気質に実は憧れてたんだ、俺」
と、にっこり笑う亮。
「嘘だぁぁぁっ!!」
「そーいちくーん!!」
「まなみーっ!!」
「ああ、はいはい。悲劇のヒロイン気取らないの」
きゅ。
「近所迷惑だからよ、あんま叫ぶな」
ごぎ。
「「…」」
沈黙した二人を引き連れて、大津名最強のカップルが去る。
残されたのは、ギャラリー…ではなく、居合わせただけの参拝客。
「…」
彼等は蒼白な顔で亮達を見送るしか出来なかった。
ちなみに。
その様子を眺めていた参拝客の実に九割が『今年一年の平穏な生活』を願ったと言う。


「よ」
「早かったじゃない」
「いやー、モモの物分りが思いの外良くてな」
「あら、亮も?」
二人、先ほどの様子とは打って変わって晴れやかな笑みを浮かべる。
「しかしまあ…」
「なんだかねぇ…」
言わんとしている事は同じ。
即ち、
「こんな日でも、普段と変わらないな、俺達」
「そうね。…でも、それがいいんじゃない?」
「そうだな」
腕を絡ませてくる鏡花。
「ね、どこ行く?」
「そうだな…。俺達の定番、って言ったらやっぱあそこだろ?」
「…そうね」
息を合わせるでもなく、言葉が被る。
「「牛丼、買物、部屋でのんびり」」
くっく、と喉を鳴らせつつ、歩く。
「ま、元旦に買物ってのも無理があるけどな」
「そうね。一旦家に戻らなきゃいけないし」
「そうだな。これを機に義父さんと親睦深めないと」
「そうそう。頑張りなさいよ?」
「はいよ」
と、ふと気付く。
「ところでよ」
「なに?」
「さっきの願い事って何だったんだ?」
「!!!!!」
途端、真っ赤になる鏡花。
「な、内緒…」
「えー」
「い、いいじゃないの!!女は自分のオトコにでも隠さなきゃいけないことってあるんだからね!?」
「…はいはい」
「むう…。何か悔しいわね」
そう言い合いながら歩く二人の後姿は、評するのも野暮な程幸せそうで―






「そういえばさ、亮」
七荻宅。厳密には鏡花の部屋。
炬燵に二人、ぬくぬくと蜜柑など食べている。
「しゃー♪」
初詣に留守番だったチロは、炬燵の上でメロンパンを食んでいる。
「んー?」
「結局部屋はどうしたの?」
「貸した」
「あれ?そうなの?」
「流石に土下座までされるとな…」
「…土下座って、まあ…」
「今頃俺の部屋でサカってるんだろうなぁ…」
そうぼやく亮に、くすくすと笑う。
「やっぱりアナタも振袖姿に萌えるクチ?」
「いや、そうでもないよ」
と、甘酸っぱい蜜柑を噛み締めながら、じっと鏡花を見詰める。
「な、なによ…?」
「最初が『ああ』だとな…」
「ああ?…って!!」
その言わんとしている事に気付いて、一気に顔を真っ赤にする。
「な?だからまあ、今更といえば今更なのさ」
「…もう」
気恥ずかしくなってか、顔を背ける鏡花。
「ま、何にしろ」
ずず、と置いてある茶を啜って口の中の違和感を押し流し。
「?」
「今年もよろしく」
「ん。…よろしく」
穏やかに微笑んで。
二人は静かに肩を寄せ合った。



四年目の…
      に続く










後書き
どうも、滑稽です。
今回はのんびりほのぼの編…かな。
なんか後輩カップルが色惚けと化しているような気がしますが、それはまあ一種の御約束という事で。
では、次の作品でお会いしましょう






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