たとえそれが、偽善と欺瞞に満ちた一言だったとしても。 俺はそう、言いたかった。 ただ一言のサヨナラも。 滑稽 鏡花の姉、美里さんは今入院している。 身体的な衰弱と記憶の齟齬が激しい為、とかなんとか言っていたが、俺にはよく判らない。 ともあれ。 いずみさんにとっても美里さんは『義姉』になるかもしれなかった人だ。 だからいずみさんも時々様子を見に行っている。 それについて行く俺も、一応美里さんとは顔見知りくらいの関係にはなった。 そんなある日。 俺は一人の少年に出会った。 「何見てるの?」 それを見ていたのは、ただ何となくだった。 庭先で車椅子を自力で押して進む少年の姿。 ゴムボールをコンクリートの壁に向かって投げて遊んでいる。 「ああ、いずみさん。あの子をね」 横からかけられた声に、振り向きもせず答える。 「…あの子…ああ、車椅子の?」 「そう」 「ああ、敦人君ね」 横から教えてくれたのは、美里さん。 「病気で下半身が動かないんだって。それでここにずっと入院しているんだけど―」 「そうかぁ…」 と。 少年の投げたボールがコントロールを失ってこちらに飛んで来た。 「あ」 落ちる直前でそれをキャッチし、持って行ってやる。 「はいよ」 「有難う!!」 元気に挨拶をしてくれる敦人君。 「よし、それじゃ俺とキャッチボールしようか」 「本当!?」 「ああ。俺の名前は亮だ。君は?」 自己紹介は本人の口から。 「僕はね、山野敦人って言うんだよ!!」 「敦人君かぁ。よろしくな」 「うん!!」 そして視線をいずみさん達の方へ向け、 「いずみさん!俺この子とちょっと遊んでるよ!?」 「わかったー!」 手を振った。 それから一ヶ月ほど経って。 美里さんの病院で原因不明の衰弱が噂になりだした。 前日までは元気だった患者が、突然異様に衰弱して危篤状態になる。 医療現場ではそれほど珍しい事例ではない為、当初は病院側も大して気には留めていなかったらしい。 それが数日のスパンで何度となく起きるようになって、やっと病院側も、また入院患者の家族も妙だと思うようになった。 当初は病院の医療ミスだと見られ、事実病院の側もそれを前提に調査を進めていた。 だが。 明日退院を控えていた患者が投薬もないのに衰弱した姿で発見されたのを皮切りに、医療ミス以外の要因が囁かれるようになったのだと言う。 無論そのような噂を認めてしまえばこの病院は経営が成り立たなくなる。 その為、病院側は事実をひた隠しにしているらしい。 だがそんな事情を美里さんから、つまり鏡花から聞き及び。 俺達は、光狩の仕業だと断定した。 「あ、亮にいちゃーん!!」 今日の名目と実際の目的の半分は見舞いだが、残りの半分は光狩の調査だ。 だから珍しくいずみさんだけではなく鏡花も一緒。 病院の敷地に入ると、今日も今日とて壁相手にボールを投げていた敦人が、俺を見止めて声をかけてきた。 「おう、敦人。元気にしてるか?」 「うん!」 敦人と会うのももう何度目だろう。 俺を「亮にいちゃん」と呼んで慕ってくれる。 「あ、敦人君。こんにちは」 「こんにちはー、いずみ姉ちゃん!!」 元気に笑顔で挨拶する敦人の顔が、鏡花を見止めて固まった。 「げっ…!!」 「こんにちは、敦人」 「ひっ!!」 逃げようとする敦人の眼前に顔を突きつけると、 「あら。『げっ』て何かしら?」 額に青筋を貼り付けて、むにむにと敦人の頬を揉む鏡花。 「ひゃ、ひゃめれよ…!」 「ふふん♪何でこの麗しい鏡花サマに会って『げっ』なのか、ちゃんと教えてくれるまで止めないわよ?」 スパン!! 「あいたっ!!」 「止めんか」 手近にあった雑誌を丸めて、鏡花の後頭部をひっぱたく。 「いったいわね!?何するのよっ!!」 「コドモを虐めるもんじゃねぇ」 「ぐ…。だってコイツ、アタシを見て『げっ』なんて言うのよ?」 「そういう真似をするから嫌がられるんだと思うが」 「むー」 不満たらたらの鏡花。 「後でまた遊ぼうな」 「うん!!またキャッチボールしようよー」 「おう、いいぜ。だけど先ずは俺の用事を済ませてからにさせてくれな?」 「うん!」 「それじゃ、また後でなー」 ぶんぶんと手を振る敦人に軽く手を振り返して、俺達は美里さんの病室に向かった。 「あら、鏡花。…こんにちは、羽村君、いずみさん」 「どうも、美里さん」 ベッドから身を起こす美里さん。 「元気?姉さん」 「うん…。ちょっとだけ、疲れてるかな」 「そう…」 不安げな鏡花。 「何か変わった事でもあったんですか?」 さりげなく聞く、いずみさん。 「うーん、どうかしら。私は特に変わった事はしてないんだけど…」 「そうですかぁ…」 考え込む俺達。 「亮にいちゃーん」 と、病室の外から声が。 「あら。敦人君ね」 「我慢出来なくなったな、あいつ」 苦笑しながら呟くと、 「行ってくれば?亮」 「え、でもよ」 「いいんじゃないかしら?ね、美里さん」 「ええ。敦人君と遊んで来てあげてくれる?」 いずみさんと美里さんがそう言ってくれるなら問題はない。 「じゃ、行ってくるよ」 俺は美里さんに一礼して、病室を出た。 「ねえ亮にいちゃん」 「んー?どうした?」 いつも通りキャッチボールをしていると、 「鏡花ねーちゃんといずみ姉ちゃんと、どっちがにーちゃんの彼女?」 「ブッ!!」 突然妙な事を聞いてくる敦人。 取り敢えず、隠しておく間柄でもないので、答える。 「い、一応いずみさんが彼女なんだが」 「あ、やっぱりそうなんだ」 それに続けて、ボソリと呟く敦人。 「ん?」 「え、いやいや何でもないよ!!」 聞こえたのは確かに「良かった」。 とすると、つまりは。 「あ、お前もしかして、鏡花に…」 「ち、ちちち違うってば!!僕は鏡花ねーちゃんの事なんか別に好きじゃ―」 「へぇ、そうか。好きなのか」 「ち、ちちちちちちち違う違う違うよぉ!?」 「はいよ。んじゃそういう事にしておこうか」 「違うって言うのに!もう!!」 ぽい、と投げられたボールは、力んだ所為か妙な方向に飛んでしまう。 「あ」 「ごめん、にいちゃん!!」 「いいよ。取ってくる」 ボールを追って、走る。 と、そこを通りがかった三十代半ば頃ほどの女性が、ボールを拾ってくれた。 「どうぞ」 「あ、どうも」 「いつも敦人がお世話になっております」 「え?」 「初めまして。敦人の母です」 そういえば敦人のご家族とは初めて会う。 「ああ、どうも。羽村と言います」 お辞儀をすると、敦人の御母さんも丁寧にお辞儀を返してくれた。 「敦人はご迷惑などおかけしてはおりませんでしょうか?」 「いえ、そんな事は全然」 即答すると、安心したように顔を綻ばせてくる。 「敦人はその…どうですか?」 そんな質問に、ちょっと言葉を選んで答える。 「元気ですね。僕も遊んでいてその元気を貰える感じがします」 「そうですね…元気です」 「いつ退院出来るのか、って楽しみにしているみたいですね」 「ええ。本当に…」 「…悪いんですか?敦人」 含む所を感じて。 失礼とは知りながらも、聞く。 「お医者様の話では、後半年保たないだろう、って…」 「そうですか」 「いつ容態が急変してもおかしくないそうです。だから元気な内に、やりたい事をさせてあげたくて…」 「…」 「見た目はあんなに元気なのにねぇ…」 と。 敦人の御母さんが咳き込んだ。 「御母さんも体調を?」 「ええ。家族からは根を詰めすぎだ、って言われるんです。おかしいですよね?最近は二日に一度くらいしか来ませんのに」 「…そうなんですか」 ふと、妙な感覚を感じた。 獣。そう。 野生の獣に狙いをつけられているような、視線。 だが、それは俺に向けられているものではない。 俺の『重ね』を通して、向けられている相手を感じるのだ。 視線は何処かから敦人の御母さんへ。 (御母さんが狙われている?) その出所は、病院の敷地の方向。 振り返ってその正確な出所を探ろうとした時。 「亮にいちゃーん!!まだぁ!?」 ひどく鮮明な、敦人の声が聞こえた。 「んー?ああ、今行くよ」 気配もその一瞬で掻き消されてしまっている。 これでは探りようもない。 では、と頭を下げて去ろうとした俺に、敦人の御母さんは。 「敦人を、よろしくお願いします」 とても丁寧に頭を下げてくれた。 帰り道。 「…正直、見等もつかないわね」 最初に匙を投げたのは鏡花だった。 「このままだと敦人君や美里さんが狙われてしまうかもしれないものね…」 「…そうね」 どうやら鏡花はそれとなく『覚り』の力で患者や医師の思考を探っていたらしい。 だが、収穫はゼロ。 「今日非番だった医師の誰かなのかもしれないわ」 「昨日の当直だった奴とかか?」 話を合わせる。 「ええ」 「暫く通って…、それでも駄目なら泊り込むしかないかもしれないね」 とはいずみさんの談。 「そうねぇ。今あそこの病院神経質になってるから、家族でもおいそれとは泊まらせてくれなさそうだけどね」 溜め息をつく鏡花。 「取り敢えず亮もそれでいいかしら?」 「ああ、それしかないかもな」 俺もその時は神妙な顔で頷いて見せた。 だが。 その二時間ほど後。 俺は一人、病院に舞い戻っていた。 二人と別れ、一度家についてからすぐにとって返したのだ。 病院の、いつも敦人とキャッチボールをする辺りに座りながら、来てほしくない『それ』を待つ。 心当たりはある。 だがそれは可能性としてはとても低く、そして。 「…来ないでくれよ…」 出来れば最も当たって欲しくない予想でもあった。 と。 ふと病院内で増大する気配があった。 同時に、蒼く染まる世界。 「…始まっちまったか」 溜め息混じりに病院の裏口に向かう。 「始まっちまったからには、見過ごせないよな…」 俺は護章を掲げると、病院の鍵を開けた。 仮にいずみさん達が気付いたとしても、ここに現れるのは遅くなる。 それまでに終わらせる。 終わらせなければいけない理由があるからだ。 暗い、いつもとは違う院内を歩き、目当ての階へと上る。 とても、とても気乗りがしない。 だが足は不思議と前へと進むもので。 美里さんの病室の前。 ドアに寄りかかり、ゆっくり近づいてくる気配を待つ。 「…あ、ああ…なんで…?」 ふと、声をかけられ、俺は体をそちらに向けた。 「やっぱりお前が光狩だったか…」 すぅ、と。 護章から一振りの剣を抜き放つ。 「…亮…にいちゃん」 「敦人…」 廊下の先から歩いてくるのは、下半身に獣を生やした敦人。 いやむしろ、敦人の上半身を頭に生やした獣、といった方がしっくりくるか。 あの時、声が異様に鮮明に聞こえたのも、視線と同じ方に注意をやっていたから。 つまり、視線の主は、敦人の奥に潜んでいた、この光狩。 「…お前にも、自覚はなかったのかもしれないな」 「にいちゃん、これ…夢だよね?」 虚ろな顔で、それでいて切実な瞳で、俺に問うてくる敦人。 それには答えてやれない。 「このままお前が命を吸えば、ここの患者さんの多くが死ぬ」 蒼い月が凍った夜を照らしている。 まるで幻想的な、そして本当に幻想であればどれだけ良かったか。 「そして、お前も遠くない将来、人間ではなくなる」 「嘘だ…」 そう呟く敦人に、首を振ってみせる。 「いずみさんは優しすぎる。鏡花はあれで傷つきやすい…。だから俺が…お前を狩る」 廊下には俺達だけ。各々の自宅に居る鏡花やいずみさんは、例え気付いてもここに来るのは遅くなる。 そう告げながらも、俺は今この瞬間にも自問自答している。 俺に敦人を狩れるのだろうか。 ここで狩れば、間違いなく待っているのは死だ。 「にいちゃん…。駄目…なのかな?」 「お前の気持ちも痛いほど判る。だけど…」 これは敦人に向けた言葉じゃない。 むしろ俺への、決意の追い込み。 「生きたいって思っちゃ、僕…駄目なのかな…?」 「たった一人の誰かの為に、自分の全てを賭けた人を俺は知ってる。だから俺は…お前を容認する訳にはいかない」 ふと浮かんだ、いずみさんの兄の姿。 あの日俺達と戦って逝ったのか、それとも何処かで生きているのか。 どちらにしろ、彼は今もどこかから、美里さんを見守っているのだろうか。 「死にたく…ないよ」 「…恨んでくれて構わない。俺を呪うのも当然だ。…俺に斬られて死に近づくか―」 すぅ、と剣を構える。 宗司さんの姿を視界に浮かべたその時から。 「俺を殺して人を捨てるか!ここで選べっ!!」 覚悟は、決まった。 母は、己が意思ならぬまどろみの中で、祈る。 ―嗚呼、若シモ願エルナラバ。 ―神様、アノ子ニ、セメテ安ラカナル夜ヲ…。 母は、己が子供の為に、祈る。 ―嗚呼、神様。私ノ命ナド幾ラデモ差シ上ゲマス。 ―ダカラ、アノ子ヲ助ケテ下サイ…。 今、まさしくその命は子供の身許に吸い取られているのであるが。 だが、仮にそれを知ったとしても、母は己の祈りに後悔などしないだろう。 むしろ、喜んでこの身を捧げるに違いない。 たとえそれが、悪魔の導きだったとしても。 「…ニイチャンヲ…殺シテ…。ソノ命ヲ…奪ウ…」 敦人の体の下にある獣の頭が、そう呟いた。 どうやら俺を敵と、そして獲物と認識したらしい。 獣の突進を避け、敦人に語りかける。 「人は生まれ、そして必ず死ぬ。結局はそれが早いか遅いのかの差で―」 万分の一でもいい。その意味を汲み取ってくれる事を願って。 「その限り有る命を、誰かの為に使えたか。例え短くても悔いの無いように生きられたか―」 自己満足だ。それは判っている。 でも、知って欲しいと思った。 「そして、誇り有る最期を迎えられるかが、大事なんだ」 誇って欲しいと思った。 人として生まれた事の意味を。 だけど。 「お前は今、命を使い切る事から逃げている」 「キシャアアアアアアアアアアアアアッ!!」 爪を避け、牙を避け、 「お前を知る誰かの為に、お前の命を賭ける事を拒否している。…それどころか」 無情と知りながらも、続ける。 「ガアゥ!!ギャウア!!グルォォォッ!!」 獣がいきり立っている。 だが、だからこそ動きは単調で読み易い。 「お前はっ!!お前を生んでくれた母親の命を奪って、自分の命に加えているんだっ!!」 びくん、と。 敦人と獣の動きが止まった。 嗚呼、やはり声は届いていたんだな。 「ちっ…」 心中で己を嘲る。 この瞬間を好機と思ってしまう俺は歪んでいるのだろうか、と。 だが、止まれない。 火者として、覚悟はもう決めたのだ。 一気に間合いを詰め、 「…こんな事言えた義理じゃないが…」 剣を、反応しきれないで居た獣の眉間に突き刺す。 「に…チャン…」 獣の姿が霧散し。 蒼い夜が、消えた。 「お前自身に残された命を、せめて精一杯生きてくれ」 俺は力なく倒れた敦人を背負うと、その病室へと向かった。 残念ながら、敦人という存在の大部分は、光狩と同化してしまっていたようだ。 あの後、容態が急変したらしい。 …いや、もしかしたら誰かの命を吸わなければ最早生きている事も出来なかったのかもしれない。 敦人は集中治療室に入れられ、会う事も出来なくなった。 「大丈夫だよ…亮君」 いずみさんの優しさが、心に痛い。 「…敦人のヤツ、半年保たないだろう、って言われてたんだってね」 「…らしいな」 「知ってたんだ、亮」 「ああ。少し前にな」 鏡花が俺を見詰め…いや、睨んでいる。 だが、俺の様子に何事か気付いたらしい。 「じゃあ、もしかして―」 と、答えを導き出そうとしていた鏡花を、止める。 「それ以上は言うな、鏡花」 「…亮…?」 「それ以上は言っちゃいけない」 「…ええ」 「だけど…な」 この事件もおそらく、この病院で噂される患者急性衰弱事件の一つとして処理されるだろう。 「原因不明の衰弱事件は、きっとこれが最後の…」 「亮君」 今度はいずみさんが俺の言葉を遮った。 「亮君の中には、兄さんが生きているんだね」 「え?」 突然のいずみさんの言。 戸惑っている俺を慈しむように見詰め、 「兄さんの覚悟も、信念も、亮君なりに心に刻んでくれたんだね」 頬を撫でてくれる。 「いずみさん…」 「有難う…」 礼を言って、俺の胸に顔を埋めるいずみさん。 責めないのか、と聞きたかった。 責めてくれ、と請いたかった。 だけど、そのどちらを口にしても、いずみさんはきっと傷つく。 そんな気も、した。 だからだろうか。 心はとても痛いのに、涙は出なかった。 その一週間後。 敦人は旅立った。 「あの、羽村さん」 告別式の折。 あの時よりもずいぶん血色の良くなった敦人の御母さんが、俺に声をかけてきた。 「…何か?」 「敦人の…最期の言葉をお伝えしようと思って」 「敦人の?」 「はい。最後の手術の後、少しだけ目覚めて…」 「俺…に?」 頷く、御母さん。 何だろう。興味と一緒に、罵られたのではないかという畏れも沸く。 「亮君…」 逡巡する俺に、後ろからそっと手を添えてくれるいずみさんが居た。 「聞かせて…下さい」 「貴方に…。亮にいちゃんに、色々有難うと、伝えてくれ…と」 「礼を…?」 「ええ。とても嬉しそうな顔で。羽村さんに遊んでいただけたのが…よっぽど…」 後は、嗚咽。 御母さんからすれば、俺は遊んであげた優しいにいちゃんだろう。 だけど俺は、敦人が俺と戦った時の事を覚えていてくれたのだと思いたい。 「そう…ですか」 「…よかったね、亮君」 いずみさんも同意見だったらしい。御母さんにも聞こえない程度の小声で、そう言ってくれた。 「…それでは、失礼します」 深く礼をして、俺達はそこを離れた。 「ねえ、亮君」 「ん?」 「何、考えていたの?」 「んー、敦人の事をね」 今は自宅。 いずみさんと二人、ベランダに出て夜風を浴びている。 「ねえ、亮君」 「ん?」 「…ううん、何でもない」 「…ああ」 それは俺達の勝手な思い込みなのだろう。 敦人が俺の言う事を最期に理解してくれた、など。 だけどそれだけで色付く心がある。 奪った俺に言える別離などある筈もない。 そう。ただ一言のサヨナラも。 だけど、言わずには居れなかった。 そう。ただ一言だけでいい。 告別式の会場でもない。 いずみさんと二人、静かな夜空を見上げ。 「サヨナラ、敦人」 俺の頬を、一筋の涙が伝った。 終 後書き どうも、滑稽です。 結構久々のシリアスだな…と思ったら、こういう作調は竜園さんに投稿させて頂いている中では最初の「蒼きタダシキ夜を」以来ですね。 こういうのもまた、滑稽の中にある「夜が来る!」の世界だと理解して頂ければ嬉しいです。 それでは次の作品でお会いしましょう。 |
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