これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第二十話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」





  スラップスティック・デイズ
            第二十話。もしくは怒号でも可。


                               
滑稽





「だぁ…やっちまったー…」
朝。
布団から生えている足は四本。
隣にはぐったりと縁が寝ている。
リードしてくれるからてっきりこちらからも攻めてみたら、一気に相手の余裕が崩れてしまい。
結局薬の効果が切れるまで縁は騒ぎっぱなしだった。
取り敢えず床から出て、服を着る。
体が何だか軽すぎる。
昨日のような疲れは全く感じない辺り、嫌な想像が浮かぶ。
「慣れつつあるのか…俺は。なんつぅか…嫌だなぁ」
取り敢えず、ここは石動家の別宅らしい。
妾を囲う為に江戸時代の当主の一人が建てたとか言われたが、
「だからどうしろってんだろうなぁ」
取り敢えずのそのそと表に出る、と。
「よぉ、義弟。昨日は妹とお楽しみだったみたいだな」
木刀を振っている克己の姿が。
「…はい?」
違和感。
かけられた言葉を反芻する。
『よぉ、義弟。昨日は妹とお楽しみだったみたいだな』
確かに昨日は彼の妹御と一晩くんづほぐれづ。
悦ばせるわ啼かせるわ。
自分のケダモノっぷりに少々呆れている現在なのだが。
義弟。
…義弟?
「義弟?」
思わず口に出してみる。
「おう」
義弟。
義理の弟。
…つまりはまあ、そういう事。
…。
シンは頭を抱えて蹲った。
「おいおい義弟。どうした?」
面白がっている風の克己だが、シンはそれに対して何一つ言う事が出来ない。
薬を盛られてこういった事態になってしまった時点で、それはもう決定項に組み込まれていてもおかしくはなかったのだ。
「…まあ、薬を盛ったのは俺達だ。あまり無茶な事は言わんよ」
「う…」
個人的にそういう訳にはいかない。
いかないのだが…。
その様子を見て、
「取り敢えず振っていくか?雑念捨てちまえ」
「…そうします」
豪快に笑う克己に。
シンは素直に従うことにした。


「ああもう…シンの奴っ!!」
怒りのやり場のない真言葉。
殺気を背負って歩く彼女に、誰も声をかけられずに居た。
のしのしと歩道の中央を闊歩する様は、まさに阿修羅。
と。
その視界に、まさに『標的』が姿を見せた。
「…シンッ!!」
凄まじい声量で呼びつける。
が、目の前の少年はのろのろと振り返り、虚ろな笑みを浮かべた。
「…よう真言葉」
「ど、どうしたの!?」
ひどく元気のないシン。
その様子に怒りの波動も一気に収まり、心配そうに駆け寄る。
「いや…、自分に嫌気がさしてなぁ…」
溜め息を吐くシン。
「…ちょっと、部室行きましょう」
心配になった真言葉は、シンを促して別の方向に歩き出した。


「…あの愚か者どもめが」
彼女はいい加減頭にきていた。
自分達が見捨てられたのは蒼い月にある母の所為だ。その一因となったとは言え、シンへそれを向けるのはまるっきりの逆恨みに過ぎない。
「ここに居る限り何も手出しが出来ぬ、と思って居るのだろうが」
シンとアクイの戦いが始まってから、彼女もまた着実に準備を進めていた。
「シンの幸せを奪おうとするのであれば、妾にも考えがあるぞ…」
その怒りは、眼下に広がる大津名の町を震わそうとしていた。


「成る程。自分の自制心の薄さが自分で情けないって訳ね」
「…ああ」
「ばぁか」
「ぐっ…」
突き刺さる言葉。
だが自業自得、と自分に言い聞かせ。
「大体誘われたのはアンタであってアンタが彼女達を誘った訳じゃないでしょうが」
真言葉はそれを察したのか、今度はシンを弁護してくれた。
「それに片方は治療で片方は薬を盛られて、でしょ?アンタが責任感じるのも判るけど、どちらかと言うと向こうの過失よね」
「いや…それはそうなのかも…しれないけどさ」
口ごもるシンに、今度こそ真言葉は怒りを全面に押し出した。
「はっきりしなさい!!」
「う」
「大体そこまでされるほど好かれているなんて誇りこそすれ、悩むなんてお門違いもいいところよ!?」
「あ、ああ」
「…全く。そんなに急く事ないじゃないの」
言われてみれば、その通りだ。今すぐ答えを出してくれ、などとはどちらからも言われていない。
「…有難う真言葉。お陰で少し落ち着いたよ」
こういう時、真言葉みたいな幼馴染は居てくれると助かるな、と再認識する。
感謝を込めて、礼を言う。
と、心なしか真言葉の顔が紅い。
「あのさ、シン」
「?」
「アタシ…」
「どうした?」
「アタシも、アンタが好きだよ」
空白。
絶句するシンに、
「…我ながらずるいタイミングだとは思うけどね。でも今言わなかったら、多分アンタの思考からアタシの事は締め出されちゃうから…」
「真言葉…?」
「ずるいのは判ってる。だ、だから、今答えをくれなくていいわ。でも…アタシだって…あの人達には負けない。…それだけっ!!」
それだけ告げて、シンの前から駆け去る真言葉。
「真言葉っ!!」
思わず、それを追いかける。
「な、何で追ってくるのよぉ!?」
「い、いや…何となく!!」
「何となくじゃないわよぉ!!」
奇妙な追いかけっこが始まる。


「…出てきなさい」
「Hello♪」
時期はずれの厚手のコートを纏ったサカキと、にたにた笑うKid。
二人は今、郊外の廃工場で対峙していた。
「ここ数日、貴方が私を見張って居たのは知っていました。…決着をつけようと言うのでしょう?」
「Yes!!」
二挺拳銃を取り出し、周囲に砲台を召喚する。
「始めましょう。最早貴様を容認出来る程、私は人間が出来ていない」
Kidもまた、笑顔の下に殺気をはりつけてこちらを睨んで居た。
「Ready…Kill!!」


顔が火照る。
シンが追ってきている所為で、立ち止まる訳にもいかず。
真言葉は赤い頬を持て余しながら駆けていた。
「ああもう!!追ってこなくてもいいのにっ!!」
シンの姿を見ながら、すっと横の路地へと入る。
と。
誰かにぶつかって真言葉はバランスを崩した。
「あ、済みません!!」
別段理由があって急いでいた訳ではない。
これは完全に自分が悪い、とそちらを向くが、
「あれ?」
そこには誰も居ない。
きょろきょろと周囲を見回すが、やはり人影はない。
「確かに誰かにぶつかったと思ったんだけどな」
『いえいえ、気のせいじゃありませんよ』
「!」
突然、背後から声が聞こえ。
『周囲には気をつけましょうね?百瀬真言葉さん』
次の瞬間、真言葉の意識はブラックアウトした。


「くそっ…。見失った…」
辺りを見回すが、真言葉の姿はない。
「…もし、誰かをお探しかな?」
「え?」
完全に虚を衝かれた。
(気配を読み損ねた?俺が…)
自分の実力を過信している訳ではない。ないが、気配を読む事に関しては自分に長じた部分もあると信じていた。
「済まないが、貴方に関わっている暇はないんだ」
そう辞して、去ろうとした刹那。
「何、大丈夫だよ羽村シン君。君の友人は私の仲間が保護してくれている筈だ」
ぞっ、と。自分の名前をこの男が知っている事に、シンは本気で戦慄を覚えた。
「アンタは…?」
「ハバキ。そう覚えておいてくれ給え」


第二十一話。もしくは決戦でも可。
                に続く










後書き
ども、滑稽です。
やっと全面対決に入ろうってとこです。
ここから怒涛の戦闘シーンラッシュとなります。
お楽しみにどうぞ。
それでは、次の作品でお会いしましょう。






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