これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第二十三話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」





  スラップスティック・デイズ
            第二十三話。もしくは決着でも可。


                               
滑稽





大津名を一望出来る小高い丘。
サカキはKidと戦った後、誰の応援にも行かずにここに来ていた。
一際強く蒼く輝く真月を見上げてから、ゆっくりと『それ』をそこに置いた。
「…」
暫くの静寂があって。
『それ』が膨れ上がり、瞬く間に十歳ほどの少女の姿になった。
「…むう。少々小さくはないかえ」
「申し訳ありません。Kidの所蔵していた肉塊で使えそうなのはこれくらいしか」
「仕方あるまい。現世に再び降臨できただけでも贅沢というものじゃ。これ以上何かを求めては罰も当たろう」
「は…」
尊大な態度を取る少女であるが、サカキもまたその少女へと礼を尽くす。
「後は服かの」
「取り敢えずは、こちらを」
「うむ」
差し出された少年用の衣服を平然と着込む少女。この辺り恰好にはあまり気を使わないつもりのようだ。
「非常時とはいえ、色気のある恰好ではないのう」
いや、そうでもなかったらしい。
「は、これは申し訳なく…」
「良い。今は非常時であるし、無骨なお主にそれを望んでは居らぬ」
無言で一礼するサカキ。
それを背後に、少女は大津名を見遣った。
「暴れておるな」
「はい」
「…あの馬鹿者どもめ」
「…」
「まあ良い。しばし見物じゃ」


「ふむ。これは凄い」
視界一杯に広がる夜訃羅の群れ。
「我等…」
「個にして…」
「全…」
「人の…」
「恐怖には…」
「限りなく…」
「我等…」
「夜訃羅…」
「即ち…」
「限り無きもの…」
「成る程ね」
つまり、目の前の夜訃羅とは無限増殖型の光狩ということだ。
「だが、意識は統一されているんだな」
「無論…」
「我等は…」
「全てが…」
「細胞の…」
「一つ…」
「貴様に…」
「恐怖…」
「ある限り…」
「我等には…」
「勝てん…」
「我等に…」
「押し包まれて…」
「死…」
と。
「ええい、煩わしい」
呆れ返った亮の一閃が。
夜訃羅の群れ、その大半を消滅せしめていた。
「馬鹿な…」
「いいから喋るのは一匹にしろよ」
「何故…」
驚愕に彩られたその口調。
「恐怖なら乗り越えられる」
「有り得ん…」
「お前達が増えるのと、俺がお前達を斬るのと、どちらがどれだけ早いのだろうな?」
理解しているのだろう、夜訃羅がたじろぐ。
「…恐れたな?」
「!?」
「お前は、俺を、恐れた」
「火群…」
浮かんだのは、憤怒のような。
「残念だったな。貴様は恐怖を吸って増えるだけが能力。確かに人間や並の火者ならその恐怖を吸って畳み込む事も出来たんだろうが…」
にっ、と表に出ている口許だけを歪める。
「俺に恐怖してしまった貴様は―」
一歩踏み出すと、
「最早―」
だが夜訃羅もまた、気付かぬ内に一歩退っていた。
「貴様一人だけだ、本体」
振り抜いた剣閃が、そのだぶだぶの衣を切り裂き。
小柄な老女の姿を顕にさせた。
「火群ぁ…!」
「火群の血など関係ない。お前を殺す程度の事なら、妻だって出来る」
「何を…!!」
「終われ。貴様風情に関わっている暇はないんだ」
亮は無慈悲にそう告げると、ナイト・オブ・ナイトを振り下ろした。


「…ふむ。流石はわらわの血よのう」
惚れ惚れとした風情で、溜め息をつく少女。
「自画自賛ですか」
「五月蝿いぞよ、そこ」
「これは失礼を」
ふと、少女の視線の向きが変わる。
「亮の嫁ではないか。…怪我をしておるの」
目を細め、事情を探る。
「…非才の身でようやるわ。才無きを覚悟と痛みで補うとは、成る程、亮が惚れるのも無理はないな」
言葉自体は傲然と、だがその口調は柔らかく。
「さて。ならば治癒を早めてやるかの…」
少女がす、と手を振るう。
「ふむ、これで良い」
何が良かったのかは判らないが、とにかく何かをしたらしい。
「さてと、それでは―む」
と、少女の視線が再び違う場所へ向けられた。
「あの愚昧が…」
その表情は、先程までのものとは違い、明らかに敵意に満ちたものだった。


「ふふふ。どうなさいました?」
マリオン・メイカーの口許に笑みが浮かぶ。
真言葉の魔王の動きは大体読めるようになった。
だが。
当の真言葉が盾となっている為、縁と美麗は手出し出来ずに居た。
「このまま何もせずに死んでしまいますか?自分よりもお仲間が大事とは、麗しい友情もあったものですねぇ」
「この…!!」
反応する縁の眼前に、突きつけられるのは真言葉の顔。
「っ…」
途端に意気消沈する縁。
と。
思いもかけなかった所から叱咤が飛んだ。
「何…してんのよ…アンタ達…っ」
「こ…」
「真言葉さん!?」
首周りの糸がなくなったからか、真言葉はゆっくりとだが、確実に自分で言葉を紡ぎ出していた。
「私は…!こいつの人形じゃない…!」
血を吐くほど思いのこもった声。
「ち、この―」
マリオン・メイカーの顔色が変わった。
「糸を斬って!そのくらいの覚悟は…あるわっ!!」
こちらを睨み殺そうかという程の眼力で、こちらを見る真言葉に。
縁は―シンと同じく、そういった覚悟を察する事の出来る縁は、敢えて刀を構えた。
「判ったわ真言葉さん。…容赦はしないわよ」
「ちょ、縁さん!?」
「望む…ところよ」
「星川さん。貴女、火者でしょう。一気にお願い」
「で、でも―」
「支配が断ち切られた瞬間に私があの外道を突き殺すわ。…任せました!!」
「…!了解ッ!!イーちゃん!!」
「キュイィーッ!!」
ぶわ、と。
毛を逆立てたイーちゃんが駆け抜ける。
「バレッタ・オブ・ハリケーン!!」
全身を回転させたイーちゃんの全身が、まさに暴風の刃となってマリオン・メイカーと真言葉の間を駆け抜けた。
一本残らず切り裂かれた糸が、炸裂する。
「っああ!!」
真言葉の悲鳴。
だが、その声にもまったく顧みる事無く、縁はマリオン・メイカーへと突撃した。
「この―!!」
「貴様がぁぁぁっ!!」
投げつけられる糸の束を一つ残らず見切り、間合いへと飛び込む。
「一撃では殺さない…」
「火者ぁぁぁぁ!!」
「石動流…月下七段」
少なくとも、見切る事は出来なかった。
誰の目にも一度しか突き入れて居なかったにも関わらず、傷は両腕両脚、胸はおろか顔面まで貫いていた。
「がは…!?」
と、背後でどさりという音。
「真言葉ちゃん!!」
「…無事?」
「酷い傷だけど…なんとか」
「そうか。ならば後は火倉先生を待つのみだな」
が。
「そうは…いくか」
声は足元から。
見ると、全身をぼろ布のようにされたマリオン・メイカーが震える手で何かをしようとしていた。
「!?いかんっ!!」
その瞬間はひどくゆっくりと過ぎた。
マリオン・メイカーの手の先から糸が発射され。
その発射先に美麗と、その腕の中でぐったりしている真言葉を発見し。
縁が反射的にその糸を斬り捨てる。
…が。
「…斬ったな」
にい、と笑うマリオン・メイカー。
その狙いは、即ち―
「しまっ―!?」
後悔したが、最早全ては終わっていた。
風をも貫いた糸の残骸が、真言葉の胸元に突き刺さり。
察知した真言葉が美麗を突き飛ばした瞬間。
先程より強い爆発が起きた。
「真言葉さん!?」
真言葉に駆け寄る縁。
「ヒ…ヒヒ…。一人でなぞ、死ぬもの…か」
「いてまえ!この下衆がっ!!」
マリオン・メイカーに止めを刺したのはキララ。
身動ぎすらしない真言葉の胸元を見て、遠いながらも顔面を蒼白にする。
「あかん…。姉ちゃんたち、はよ来てや…」
取り敢えずアクイは駆逐した。だが。
真言葉の怪我は予断を許さない程酷いものだった。


「ぬう。これはまずいのう」
「どうされますか?」
「あれもシンの嫁候補の一人であろう。…もしも死なせればシンが悲しむ」
「では…?」
「悪いようにはせぬさ。わらわを誰だと思うておるか」
「は…」
「残るはシンのみか」
「左様で」
「…まずは、見させてもらうとするかの」


「…ぜぇ、ぜえ…」
覇芭鬼は万能型のアクイである。
全ての能力のバランスが高く、炎も吹けば雷も起こす。
器用にその全てを避けていたシンだったが、少しずつ霊力を削られて吐く息は荒くなってしまっていた。
「最期だ、羽村シン!!」
振り下ろされる槍。
それをすんでの所で避けながら、シンは小さく息を吐いた。
「一つ、朗報だ」
呼吸を整えながら、シンは覇芭鬼に語りかけた。
覇芭鬼の手は止まらないが、それを避けつつシンは語りを止めない。
「お前は親父より弱い」
これは事実。
力はともかく振りの大きさや鋭さは父、亮の足元にも及ばない。
「同時にお前はお袋よりも弱い」
「何だと…!?」
確かに戦闘技術は極めて高い。
だが、今までずっと感じていた事だ。
アクイは総じて心が弱い。
「お前が盟主とか、そうじゃないとかは関係ない」
そして、彼等の目的を聞いてそれは確信に変わった。
「アクイ如きに、人間が…」
死ぬ事は怖くない。
それが自分を知る誰かの、そして今はまだ見ぬ誰かの。
礎となって散るのであれば、それはそれで価値はあるのだろう。
だが、だがしかし。
「負けて、たまるかぁぁぁっ!!」
目の前に居る、アクイ。
その手にかかるのだけは、自分の矜持が許さない。
自分の中の、何かに火が灯る。
「行くぞぉっ!!」
「青い…火…ホォムラァァァァァッ!!」
眼前に広がる、無数の槍の穂先。
だが鋭敏になった『重ね』が、その全ての軌道を読み取る。
「くらえぇぇぇっ!!」
「しまっ…!!」
刹那の間にハバキの背後に立つシン。
「はああっ!!」
突き出した左手から直上へと吹き荒れる烈風。ハバキの体が浮き上がり、もがくも全く意味を為さない。
「くおおおおお!?」
シンは体の奥底から、際限なく力が湧いて来るのを感じていた。
と、自分の内情とは逆に牙焦刃の炎が絶える。
だが、その熱量は一瞬前の比較にならない。
そして、理解する。
「無辺万象悉く、劫火に呑まれて焼塵に帰せ!」
見えない何かに操られるかのように、口をついて出る口上。
一転、二転。
シンは内から込み上げる衝動に従い、火の絶えた牙焦刃を回転させ始めた。
「三千…」
ふおん…ふおん…と。
乾いた音が少しずつ早くなる。
「大千…」
真紅に染まった刃が、徐々に白熱していく。
「世界!」
いつしか回転音もひゅらららら、と鋭く変わり。
「がっ…があああああ!!」
シンの蓄積した力の程度を察したのだろう。
ハバキが渾身の力を込めて暴れだす。
だがそれでも、中空に固定されてしまったハバキには何も出来ない。
ゆらゆらと、ハバキとシンの境の空気が熱されて陽炎を為す。
「大・焦・熱・獄・土ぉぉっ!!」
かっ…と。
視界、そして全ての音が純白に呑み込まれた。


「力をお貸しになったのですか?」
「なに、一時的にあれの才能をある程度引き出してやっただけよ」
面白そうに笑う少女。
「あ、あれが!?」
「何、驚く事はあるまい。あれの縁故は一時的にではあるが真の月をも斬り裂いた」
「それはまあ…」
一度だけ、男も目の当たりにした事があった。
大地から天空まで一直線に伸びた、光の刃を。
「生涯をかけても今の域に達する事はないやも知れん。ほんの十年で届くやも知れん。何にせよあの程度ならばまだ、火群の血族の極みではないのじゃ」
「…しかし、やはり」
「む?」
天を駆けて行く炎の渦を見上げ、感慨深げな顔をする男。
「火群の奥義とは何故こうも…胸を打つのでしょう」
「…『あすの意味』を知って居るからよな」
少女はふっと整った眉根を寄せ、そう呟いた。
「わらわが千年かけて尚、認めようとせんかったものよ」
その言葉は悲しげでもあり、また誇らしげでもあった。


「…もしもし?部長かい」
『ええ。済まないけどこのまま学校に向かってくれないかしら』
「いいけど…何故だい?」
『真言葉ちゃんが…重傷だって』
「…判った。二人には僕から伝えるよ」
『お願い』
「…新開。学校へ向かってくれ」
「どうした?」
「真言葉ちゃんが重傷らしい」
「な!?」
「…そうか」
「部長はもう向かってくれているんですね…?」
「驚かないんだね?」
「あいつを火者にした時から、覚悟していた事さ」
「…そうだね。僕もその為の覚悟はしている」

「マコト」
「亮…」
「いずみさんと鏡花は?」
「…学校に。キララから電話があって」
「その腕…」
「大丈夫。もう一寸酷い火傷くらいですから…」
「…使ったんだな、アレを」
「…ええ」
「済まない…。お前にもうそれを使わせないと誓ったのに」
「いいんです。シンの為に、自分で決めた事ですから」
「マコト…」
「亮…」

「シンは…大丈夫でしょうか」
「大丈夫やて。あいつをどうにか出来るアクイなんて居らんて」
「…そうですね」
「…しかし嬢の姉ちゃんおっそいな…」
「キララ!!美麗ちゃん!」
「火倉先生!!…真言葉さんが!!」
「…判ってるわ。…取り敢えず場所を移すわよ」
「ホノオ。アンタ保健室から担架持ってきなさい」
「はい!!」
「…大丈夫。必ず助けるわ」

「けふけふ…ああ、くそ」
天を見上げるシン。
何処となく煤けて見える。
「…何処の誰だか知らないが、余計な助力ありがとよ…」
だが、有り難かったのは事実だ。
いざとなれば相討ちするつもりであったから。
「俺もまだまだだなぁ…」
自分の無力を痛感しつつ、
「取り敢えず、帰るか。真言葉の奴が心配だ」
シンは歩き出した。
その足取りは、何故だかとても軽やかで。


第二十四話。もしくは団円でも可。
                に続く










後書き
アクイ殲滅完了です。
やっつけ…と思われるかと思いますが、彼等の戦闘をあれ以上掘り下げるつもりはありませんでした。
これは一応バトルメインの二次小説『ではない』のですから。
…多分誰も信じないでしょうけど(泣)
とまれ、次話にて第一部完となります。
よろしくお付き合い下さいませ。
では、また次回。






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