これから始まるのは、一つの未来。
祝福と御都合に支配された、平和という言葉に最も近い、明日。
平穏と言える日々は存在しない。
ここに在るのは、大津名という名の都市を覆った、とある子供達のドタバタ喜劇。
今宵語るのはその第二十四話。
始まりを告げるのは、ただ常にこの一言。
「それでは、良い夜を」





  スラップスティック・デイズ
            第二十四話。もしくは団円でも可。


                               
滑稽





「そういや、まだ一学期も終わってなかったんだなぁ」
しみじみと机に突っ伏して呟くのは、シン。
ぐったりと。そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「ほんと。えらい濃密な三ヶ月だったわ」
ここは天文部部室。
同じような姿勢で呻く、真言葉。
「…ああ、くそ。でももう直ぐ夏休みだしこんな詰め込み生活とはおさらばだ」
「…その前にテストがあるのを忘れてるんじゃないでしょうね、アンタ」
今は七月。アクイとの戦いが終わって一ヶ月ほどが過ぎたとある放課後だ。
「忘れさせてくれ…頼む」
「…そうはいかないわ」
「大体俺はテスト大丈夫なんだってば…」
「ふっふっふ…一蓮托生ってやつよ…」
「…勘弁してくれ」


アクイとの対決が終わった数日後。
亮達の元にサカキが一人の少女を連れて現れた。
「逢いたかったぞ、亮。いずみ」
「…あんたは…」
「火倶夜。…そなたらの遠き祖と言えばよいかの」
見た目と口調が随分と違う。尊大と言うか、時代錯誤な物言いと言うか。
とまれ、わざわざサカキが連れて来たのだ。
それこそが何より真実だという事を示している。
「初めまして、ご先祖様」
最初に挨拶したのはいずみだった。
「うむ」
「おいそれとは信じられないけど…、つまりあんたは地上に戻ったんだな?」
次いで亮が握手をしながら確かめる。女王は頷きながら、
「千年ぶりの地上じゃ。至らぬ事もあるとは思うが、許せ」
「…どういう事?」
と、それまで黙っていた鏡花が口を開いた。
「ぬ?」
「光狩の女王が…アンタが降りて来るには真夜が必要なんでしょ?」
「ああ、元の体は捨ててきた。これはKidとやらが遺した肉塊の一部を使って作ったものよ」
その所為で力の大半を失ってしまったがな、と続けつつ、鏡花の問いに答える。
「じゃあ、真夜は…」
「わらわが力を取り戻して、そして起こそうと思わねば起きはせぬよ」
「起きるの?」
「…今のところそのつもりはない」
「…判ったわ。信用しとく」
「かたじけない」
覚りの鏡花が折れた事で、他の面々も女王を受け入れる気構えが固まったらしい。一様に雰囲気が柔らかくなる。
そんな折、本題に触れたのはマコトだった。
「それで、ここに来た理由とは?」
何故、今になって降りてきたのか。
その理由を知りたがっていたのは彼等だけではないだろう。
だが、その理由は彼等の予測を大幅にブッチ切るものだった。
「…シンの成長を間近で見たいのじゃよ」
「へぇ」
「で?」
「で、とは?」
「…もしかして理由ってそれだけ?」
「うむ!」
胸を張る女王火倶夜に対し、亮達は。
「…はぁ」
一様に溜め息だけで返した。

「葵 月夜さんだ。暫くうちで預かる事になった」
その日の夜。羽村邸玄関。
その少女を紹介されたシンが最初に発した言葉は、
「…隠し子?」
だった。
「…そういう質問されるとは思っていたけどな」
「…はじめまして。あおいつきよです。シンおにいちゃん、これからよろしく」
年齢は10歳くらいだろうか。
それにしては少々子供っぽ過ぎるか、とも思うが。
「月夜ちゃんだね?よろしく。羽村シンです」
とにかくシンは月夜と名乗る少女と柔らかく握手をした。
「まあ月夜ちゃんの出自に関しては俺も聞かないよ。訳ありなんだろ?」
「…ああ、まあな」
「ならいいさ」
そう断じて、シンは微笑んだ。
「取り敢えず妹が出来たと思っておくよ」
と、月夜の頭を一撫でしてリビングへと引っ込む。
亮が月夜達に先んじて家に上がると、シンは階段を上がって自室へ向かおうとしているところだった。
「どうした?」
「学校の復習。ちょっと休みが増えてたから取り戻さないとね」
「ああ、そうか」
「真言葉の奴に教えてやらないといけないしな」
「…真言葉ちゃんの様子はどうだ?」
「いずみさんのお陰で随分回復が早まってるみたいだけど、痕が残っちゃうかもしれないんだとさ」
シンの声音が憂いを帯びる。
「…護ってやれなくて歯痒い思いをするのは沢山だよ」
美麗の時の反省を活かせなかったのだ。悔しくて堪らない。
「ならばこれからはお前が護ってやれ」
「言われなくてもそうするよ。…取り敢えず今はあいつが留年しないように尽力してやるだけさ」
それだけを言い切ると、シンは部屋に戻った。

「…猫被るのが上手だな」
シンを見送った亮は、いつの間にやらリビングの椅子に座っている月夜―その正体は言わずもがな女王火倶夜である―に声をかけた。
「まあな。あれに『おばあさん』とは呼ばれたくない」
ふむ、と納得し。
暫し静寂。
亮はともかく、マコトも何かを推し量るかのように口を開かない。
「ああ、なんというかこう…」
やっと口を開いた亮に、月夜もまた頷きながら
「距離が掴めんかな?」
と問うた。
「当たり」
「わらわもじゃ。せめて見た目がもう少し老いておれば問題なかったのじゃろうが…」
月夜の外見はどう見ても十代前半かそれ以下だ。
「…座敷童の一種とでも紹介すれば良かったかな」
「ふむ。言いえて妙よの」
再び押し黙る二人。
と、そこにマコトが口を出した。
「亮。この際割り切ってはどうだ?」
「割り切る?」
「うむ。ここに居るのは火倶夜の火女ではなく、一人の葵 月夜だと割り切ってみてはどうだろう」
「…ああ、成る程」
とはいえ、実践出来るかどうかが問題な訳だが。
「追々直していくとよかろう」
「そだな」
取り敢えずこれから先、一緒に生活していくのだ。
「では、よろしく月夜さん」
「うむ。よろしくたのむぞ亮小父さん♪」
「それはやめてくれ…」
齢千歳を超えた人に小父さんと言われると流石にショックだった。


「で、月夜ちゃんの様子はどうなのよ?」
会話しながらも、問題集に向かう手は止まらない。
「ん〜、仲良くやってるぞ」
「そう?ならいいけど」
「お気に入りなんだな?」
「そりゃね。妹達と違って色々警戒しなくていいし」
「警戒?」
疑問符を浮かべるシンに、
「アンタに言ったって判りゃしないってば」
真言葉は呆れたように切って捨てた。


「で、いずみはどう思う?」
『何が?』
「女王さま。…どうかしら」
七荻探偵事務所内、所長室直通電話。この番号を知る人間は亮やいずみをはじめ、ほんの少ししかいない。
電話口でいずみと話している内容は、無論月夜の事だ。
『…聞いていたのとは随分違うのよねぇ…』
「そうなのよ。まあ実害はなさそうだからいいんだけどね」
『どうするつもり?』
「暫くは様子見かしらね。今はシンにご執心みたいだし?」
『シン君も苦労症だねぇ』
「父親の業を受け継いでるんでしょ、きっと」
その業の大部分を占めている事は思いっきり棚上げして、そうのたまう鏡花。
『…大変だなぁ』
そしてそれを否定しないいずみ。
「まあ、もうすぐ真言葉も退院でしょう?それからが楽しみって言えば楽しみよねぇ」
くすくすと笑う鏡花は、とにかく途方もなく楽しそうだった。


夕方。
そろそろ精神的にも疲れきってきたシン達が、それでも問題集に向かっていると、
「こんにちは〜。あ、シン。調子はどう?」
「美麗さん?」
美麗が部室へとやってきた。
「どう?どこか判らないところはある?」
「ああ、今のところは大丈夫だよ」
「どれどれ…?」
と、ここぞとばかりにシンの背後からしな垂れかかる。
「うん、いい感じね」
「だろ?」
美麗はにっこりと笑うと、シンの隣に腰を下ろした。
「それじゃ、二人とも。判らないところがあったら遠慮せずに聞いてね?」
「あら、いいんですよ星川先輩。…シンと二人で頑張る、って約束ですから♪」
「…そうなの?」
「入院中に見舞いに行ったらそういう事に…」
苦笑するシン。
「なら早く終わらせて遊びにでも行きましょう?三人で」
「…四人でしょう?」
と、今度は窓から顔を出す縁。
「そうね、四人で行きましょう」
「ほら、早く終わらせてね?」
「判ってますよ。置いていかれたらたまりませんから?」
交錯した視線が火花を散らした。
どうやらどんな状況にあっても抜け駆けは許されないらしい。
「…仲良くしようぜ、三人とも」
「「「仲いいわよ?」」」
即答。
「…さいですか」
彼女達の仲が悪い理由の中心人物だという自覚が出てからこっち、あまり強く出られないシンである。


そして、もう少し時間が過ぎて。


「よっしゃ、学年九位だ」
「げ…。二十位に下がってる」
「…おかしい!おかしいぞ!俺の名前がないじゃないか!!」
「五月蝿いぞホノオ。廊下で騒ぐな」
「だがな矢垣…」
「…ふむ、『計画』は順調と」
「あ、シン。頑張ったのね」
「美麗さん。…有難う」
「ふふ…。じゃあ今日はお祝いに家でパーティでもやりましょうか」
「も・ち・ろ・ん、私達も招待していただけるんですよね?星川先輩♪」
「あら?貴女順位落としたんでしょ?大丈夫なのかしら、参加してて」
「ええまあ。入学当初と比べたら格段に上がってますから♪」
「へぇ?入学前がどれくらいだったのか興味あるわぁ」
「「うふふふふふふ…」」


「で、どうなのよ」
「やっと少し慣れてきた」
「うむ」
「まあ、アタシ達の予測を数段ブッチ切ってくれたからねぇ、女王様は」
「…でも、これで良かったんじゃないかな?」
「そうだね。実に平和的に終わった感じがするもの」
「これでアクイにまつわる全ての決着がついた、って事だね。…後は」
「な、なんだよ?」
「題して!『羽村シンが選ぶのは誰か選手権』開催って事ですよぅ」
「で、何で俺を睨むんだ?三人とも」
「そりゃもう、アンタの育て方が良すぎた事が恨めしくてならんのだよ、先輩」
「うちのホノオにも春が来ないものかねぇ」
「まあ新さんと同じくらい暑苦しい男だから?需要そのものはあると思うけど」
「それに素直に頷けない俺が居るんだが」
「気にしない気にしない」


「これも幸せなのかのう?」
「ええ、きっと」
「ふむ、自分では判らぬものよな。…じゃがわらわはこの空気の中に在るのはひどく心地良いぞ」
「…ですね」
「うむ。明日も明後日もこの空気に包まれて過ごしたいものじゃのう」




喧騒がやって来る。
騒動が駆けて来る。
混乱が踊り来る。
収拾なんてつくのだろうか。
楽しくて、面白くて、嬉しくて、優しくて。
ドタバタな日々は、まだまだちょっとやそっとじゃ終わらない。
いくつもの前奏と前振りと間奏と悲劇とを恙無く終わらせて。
喜劇の幕が、やっと開く。


スラップスティック・デイズ第二部
                に続く。










後書き
ども、滑稽です。
取り敢えず第一部完、といったところです。
次からはやっと表題どおりの「ドタバタ喜劇な日々」を書ける事かと。
ああ、そして警告です。
次からは完全にギャグじみた話になりますので、ハードな展開を楽しみにしてくださる皆様には、今のうちに申し訳ありませんとお詫びさせていただきます。
では、次回の作品でお会いしましょう。






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