冬休みも近い、ある土曜日。
今日は例外的に部活が休みの日となっている。
一年生は完全に休み。だが、二年生以上の者にとっては、単なる休みとは趣の違う日になっていた。





  或る夜の話
    壮一と真言美のベストカップル談義(表題に嘘有り)


                               
滑稽





天文部室。
「ちゃーっす」
「こんにちは〜」
最初に現れたのは、壮一と真言美の二人だった。
「…ありゃ?」
返答はない。
「鏡花さ〜ん?先輩〜?」
既に授業の殆ど無い三年生二人。
この時期大抵ここに居る筈なのだ、が。
「来た事は来たみたいだなぁ…」
荷物は置いてある。
組み手でもしているのだろうか。
「あ、そうか」
「ん?」
ソファに座って何事かを考えていた真言美が、ふと気付いたように声を上げた。
「迎えに行ってるんだよ、きっと」
「おお!そうかぁ」
今日がどういう日か、というのを考えれば、自ずと答えは出るというものだ。
「久しぶりだよね、皆に会うの」
「だなぁ」
今日は久々に、コウヤと戦った去年のメンバーが集まる日だ。
「みんな変わりないかなぁ」
「あの面子が総簡単に変わり映えするもんかよ」
「ひどいなぁ」
苦笑する真言美に、同じく苦笑で返し、
「ゴリポン相手に成果を試す絶好の機会だぜ」
壮一は真言美の隣に座って亮達を待つことにした。


「に、しても遅いわねヨクの奴」
「言うなよ。電車の時間なんてそうそう読めるもんじゃないだろ?」
むくれる鏡花に、亮が答える。
現在四時。取り敢えず集合予定より30分ほど遅れている。
「アメリカに居た新さんも転々としていたマコトも来てるのよ!?ヨクが遅い言い訳にはならないわよ!!」
ちなみに二人は少し離れた所で待ってくれている。
「荒れてるなぁ…鏡花」
「仕方ないよ。鏡花ちゃんは結構楽しみにしてたからねぇ」
と。
「あ、来た」
帰宅途中の学生やらサラリーマンやらに雑じり、歩いてくる特徴的な青年。
彼等の記憶にあるとおり、爽やかな笑顔を浮かべ、
「やあみんな、グドアフタヌー…」
「チロ!」
「ン…ってぎゃあああああああああ!?」
挨拶の途中で首筋にチロを生やせた。
「遅い!!」
「痛い痛い痛い痛い!!」
チロが遠慮なく牙を立てているのだから、それは痛い。
それからたっぷり十分間、チロの牙は翼に食い込んでいた。
「やっぱり久しぶりだと加減がわからないわねぇ」
「これだけやっといて、言う台詞がそれかい」
「気の所為よ、気の所為」
「そう言い切れる君が素敵だよ」
「あら、お褒め頂き嬉しいですわ♪」
「くっ…」
翼の嫌味すら、満喫した鏡花には届かない。
「じゃ、行こうか」
薄情にも鏡花が落ち着くまで視線を逸らしていた亮は、事が落ち着いたのを確認してそう切り出した。
「うむ」
腰を上げる健人とマコト。
と、同じく立ち上がったキララが、違う方向に歩き出した。
「さて。せやったらウチは先に家の方に行っとくで?」
「ん?家?」
「ああ。今度正式に大津名付きの火者になってな」
「…という事は…」
「またよろしく頼む」
「ああ、勿論。心強いよ」
笑う亮に、少しだけ赤みを帯びた顔ですっと視線を逸らすマコト。
その様子に思わず髪を逆立てるいずみと、にやりと口許を歪める鏡花。
そしてキララは微笑んで、
「お姉ちゃん、楽しんできぃや〜」
何とも含みの籠った言葉とともに去って行った。
「…?」
なにやら判っていない亮に、
「…ほんと、得してるよね、彼」
「全くだ。火倉だけでは足りんのかね」
愚痴る二人の男性だった。


話しながら、今年を振り返る面々。
相応に華が咲いて足どりも遅くなり、部室に着いたのはそろそろ暗くなってきた五時半近く。
「そう言えば壮一とマナちゃん二人っきりなのよね」
「ああ、あの二人付き合ってるんだっけ」
「…ちょっとどんな話しているのか聞いてみない?」
「悪趣味だよ?鏡花ちゃん」
「いいじゃないのいずみ。固い事言いっこなしよ」
にやにやと笑いながらドアの前で止まる鏡花。
興味がないのか一歩離れてマコトと亮、そしていずみ。
何だかんだでノリのいい健人と翼は鏡花と一緒にドアに張り付いて聞き耳を立てた。


そんな事とは露知らず、部室の二人。
「ね…壮一君」
「ん〜?」
「センパイと火倉部長って付き合ってるじゃない?」
「ん〜」
「…センパイが他の人と付き合ったとしたらどうかな?」
「ん…?」
生返事を返していた壮一が、興味を引かれたように顔をそちらに向けた。
「例えば七荻のねーちゃんとかと、か?」
「そう。逆に火倉部長と他の人が付き合ったとしたらどんな感じかな、って」
「…ふむぅ」
タイミングがいいのか悪いのかはともかく、賽は投げられた。
「まずは火倉部長かな」
「基本はセンパイがベストだろ?包容力、強さ、優しさ。どれも一級だぜ?」
「…でもそれだと後の誰でも先輩がベストじゃない?」
「それもそだな」
途端に頓挫する会話。
だが、彼等は無意味に不屈だった。
「な、なら先輩を除いてみましょう」
「…そうだな」
「じゃあ、部長と壮一君かな?」
仮定だという事を強調する為か、のっけから危険球を投じる真言美。
「…いや、それは俺には何も言えねえんだけど」
冗談、と言うか過ぎた事だからこそ、掘り返されたくない過去もあって。
「ゴ、ゴリポンといずみさんはどうだ?」
これも危険球。さながらメジャーの報復合戦というか。
だが、その甲斐あってその前の話に関しての追求は始まらなかった。
「んー、物理的な包容力はありそうだけどぉ…」
「あいつの場合は圧搾力じゃねぇか?」
「あはは!そ、そんなこと言っちゃ失礼だよ!!」
そう笑いながらも否定はしない真言美。
「俺もゴリポンもいずみさんの筋金入りの天然に敗れたクチだからな…」
「ん〜、じゃあホッシーさんはどうかな?」
「ああ、そこそこ強いし優しい奴だし、まあプチセンパイって感じか?」
「言いえて妙だね」
「…あー、でもそういうビジョンが全く思い浮かばねぇぞ?」
「そうだね。こうホッシーさんの愛情表現の殆どが火倉部長には理解出来なさそう」
「有り得る。いずみさんはニブさも筋金入りだからなぁ」
「やっぱり火倉部長には先輩しか合わないのかしら」


部室前。
「新さん!抑えて、抑えてッ!」
「HAHAHAHAHA。何を言っているんだ七荻?俺は落ち着いているぞ?」
「そ、そう?」
「ああそうとも。ほら、鉄アレイがこんなに柔らかい」
「全然大丈夫じゃないっ!?」
軽々と鉄アレイを折り曲げる健人を押し止める鏡花。
「マコトもヨクも手伝って!亮!何してんのっ…」
亮にも助けを求めようとするが、彼は既に青筋を浮かべるいずみを羽交い絞めにして抑えていた。
「…すまん、鏡花。こっちはこれで手一杯だ」
「え、ええ。判ったわ。いずみの方はお願い」
「ねぇ亮君?私、あそこまで言い倒されるほど天然でニブいかな?」
「い、いや…、そんな事はないと思うけどな?」
そう宥めすかしながら、亮は明日の黄色い朝日を覚悟した。


興が乗っているのか、バカップル故の無防備か。
表の様子など気にもかけずに会話は続く。
「次は祁答院さんかな」
「あの姐さんも特殊だからなぁ」
「じゃ、新開さんとはどうかしら」
「…修行馬鹿二人。カップルとして成り立つ要素すらなさそうだぜ?」
「普段のデートは庭でスクワット、休みの日は組み手して、長い休みは山篭りって感じかなぁ」
「まあ、なあ…」
頷けるどころか、リアルにその情景が浮かぶ。
「じゃあ壮一君は?」
「ああ、駄目。ああいうお堅いの俺無理」
即答。
「ああいうのを陥とすのはホッシーあたりが嬉々としてやりそうじゃねぇか?」
「…ありうる」
「御難くて融通の利かない女をこう…屈服させて自分好みに調教するんだよ」
「うひゃあ!ホッシーさん過激ぃ」
別に翼は一言もそんな事を言ったことはないのだが。
「俺も興味ない訳じゃないけどな、そういうの」
「あ…壮一君やらしー」
「ほ、本当にする訳じゃねぇよ!そんなのはセンパイに任せるって!」
「えぇ!?先輩ってそうなの!?」
「おう。これは噂なんだけどな?縛ったり屋外ったりと随分お盛んらしいぜ?」
「へぇぇ…」


「あんにゃろ、ある事ない事言いやがって」
「屈服させる、か。面白い、やってもらおうではないか」
「はっはっは。僕はそんなにジゴロいのかなぁ」
反応は三者三様だが、取り敢えず怒っている。
ドアを開けようとする三人。健人もいずみも止めなかった、が。
「落ち着きなさいって」
鏡花だけがそんな三人を止めた。
「止めるな鏡花」
「いいえ、止めるわ」
「何故だい?」
「…まだアタシの寸評がまだなのよ。それまで待ってくれない?」
「…分かった」
自分がどう評されるのか。
興味半分、前倒しの怒り半分と言ったところらしい。
とまれ亮達にもそんな考えは分かったので、暫く静観する事にした。


「で、七荻のねーちゃんはどうよ?」
「…誰相手でも同じ様子しか思い浮かばないんだけれど」
「どんな?」
そう言う壮一も壮一で似た様な結論のようだが、自分と真言美の齟齬を気にしているらしい。
「…私の口からは言えないよぅ」
ひどく悲しげに恐ろしげに言う真言美。
「女帝降臨。尻に敷いてムチで引っ叩いて言う事聞かせる感じか?」
「あは、あはは…」
乾いた笑い。
だがやっぱり否定しない辺り、同罪な訳だが。
少なくとも、ドアの向こうの蛇女帝…いや、鏡花には。


「壮一、死刑」
「しゃー」
さっくりとそう断じた鏡花とチロが、部室に踏み込もうと反転する。
と。
彼女がドアノブを持った瞬間、世にもおぞましい仮定の話が―


「ところでよ、あの三人の中でチビとくっつくとしたら誰だと思う?」
「チビ?…って、キララちゃん?」
「そ。ゴリポン、ホッシー、んでセンパイ。あの三人の中でチビとカップルになるとしたら…ってな」
「壮一君、ロリコン?」
ひどく疑わしげな視線を向ける真言美に、まさかと慌てて首を振りながら、
「そーじゃなくて!何となく浮かんだだけだってば」
「本当?」
「おう」
それを聞いて、暫し黙考する真言美。
「一人だけ、思い浮かんだわ」
「…俺も」
奇しくも確信があった。
同一人物だと。
「新開さん」「ゴリポン」
何とも言えぬ間。先輩の一人を性犯罪者認定したような心苦しさとでも言うか。
「だって、なぁ?」
「ねぇ?」
表では殺意すら纏った健人がそれでも聞き耳を立てている訳だが、知らない二人は気楽なものだ。
「…色々とズレてる人だし…」
「その中にロリでぺドな趣味があつ、とか言われても何一つ不思議じゃねえよな」
うんうん、と静かに頷きあう。
「次点はホッシーさんかな?」
「あいつの場合は人形遊びの延長みたいなイメージかな?」
「あ、そんな感じ」
それだ!とばかりに手を叩く真言美。
「でもやっぱりゴリポンだよなぁ」
これは二人、何故か捨て難いらしい。
「何でだろう…?」
「鼻息を吹き荒らしながら『ふんぬーっ!』って抱き締めて落としてから各種悪戯?」
「おぉ!圧搾力だね?」
どうやら『新開健人=圧搾力>包容力』説は彼等の中でグローバルスタンダードであるらしい。
「そうそう、圧搾力!」
と、二人の会話が最高潮になった瞬間。
ガチャバキッ!!
異音が思いっきりそれに冷や水を浴びせかけた。
「…」
「…」
信じたくはない。シンジタクハナイガ…。
「気のせい…だよな?」
「うん、気のせいだよきっと!!」
ガチャガチャガチャボキッ!!!
「…逃げるか」
「そうだね」
現実逃避する暇すら与えてくれないらしい。
蒼白になった二人が立ち上がった瞬間。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅッ!!」
ドアが鼻息荒く突進してきた。
…もとい。
ドアをぶち破った誰か―最早誰かと言うのも馬鹿馬鹿しいが―がドアごと突進してきたのだ。
「あぶなぐぇっ!!」
それでも真言美を押し退けたのは彼氏の面目躍如と言えるか。
「もーもーせーっ!!きーさーまぁぁぁぁっ!!」
ドアごと壮一を吹き飛ばす健人。
「ふっはあああああああああ!?」
「壮一君っ!?」
悲鳴を上げて真言美が駆け寄ろうとするのを、背後から誰かが優しく抱き留めた。
「ね、マナちゃん?だ・れ・が・だ・れ・を、ムチで引っ叩くのかなぁ〜?」
「ひ―!?」
まさに蛇(女)に睨まれた蛙。
カチカチと歯を鳴らす彼女に、死刑宣告が。
「壮一の後は貴女だからね♪楽しみに…待ってなさいよ?」
ドスが利いた猫撫で声など初めて聞いた真言美である。
真っ青な顔で直立したまま微動だにしない。
そんな折。
腰を強打してうずくまっていた壮一が、やっとの事で口を開いた。
「な…何しやがる、このロリポン」
「ロリポンじゃねぇぇぇぇぇっ!!ロリコンですらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
新開健人ことロリポン(非公認)、暴走。
「あーあ、ドアがひどいことになってるな…。新開さんもモノに当たっちゃ駄目だよ」
ノブが握りつぶされ、真ん中からくの字に折れ曲がっているドアを見て、
「ふんぬ!ふんが!ふんはっ!!」
「…聞こえてないか、これは」
溜め息をつく亮。
「へぶっ!ぐえっ!たずっ!だずげっ!!」
文字通り圧搾されている壮一の前に、颯爽と現れたのは翼だ。
優しく手を差し伸べる彼に、壮一は一縷の希望を見出したらしい、が。
「さて。誰がジゴロなのかな?」
「…へ?」
圧搾の手が止まり、息を荒げながら疑問符を浮かべる壮一。
「私を屈服させたいそうだな?やってみせてくれないか」
そこに顔を見せるマコト。
さあ、と。壮一の顔から血の気と一緒に生気が抜けていく。
「…あ、あれは例えばなぐぇぇぇぇ」
言い訳をしようとして彼の腹を絞めつける万力・ザ・ロリポン。
「ね、説明してくれないかい?」
「だぎゃら!!ぞればっ!!ぐぇおごおがっ!!」
何を言わんとしているのやら。
と、彼にかかる力が突然抜けた。
「感謝する、新開」
「え?い、一体…」
「さて、今度は私だ」
説明すらせず、唐突に構えるマコト。
「ぐぇばぶはっ!」
マコトの拳や脚から繰り出される乱打が、へろへろの壮一を襲う。
「おいおい、それくらいにしてやれよ。死んじまうぞ?」
「む…」
たまらずダウンした壮一に追撃を見舞おうとするマコトを、止めたのは亮。
「…セ、センパイ…」
涙ぐむ壮一の肩を優しく叩き、
「いずみさん!怪我を―」
「うん、判ったよ」
よく考えればリンチまがいの真似を止めないいずみや、口調がいやに平坦な今の会話にも気付けただろうが、今の壮一にそれを求めるのは酷だっただろう。
「ありがとう、センパイ…うっうぅ…」
「ほら、泣くなよ、モモ」
優しく微笑みながら、亮は、
「誰が誰を調教しているのか、とかじっくり教えてもらわないといけないからな」
「は……?」
「そうだね。私もどれくらい天然で鈍いのか、じっ………くり教えてもらわなきゃ♪」
「あう…あう…」
「あ、安心して?いくら怪我したって完璧に治してあげるからね♪」
そう、何度でもね?と。
いずみの言葉に底知れぬ恐怖を抱いた壮一は、誰か助けてくれそうな相手を探して視線を彷徨わせた。
と。
その目に最悪の相手が映ってしまった。
「…な、七荻の…ねーちゃん…?」
最早視覚ですら捉えられる殺気…というか妖気。
「ねぇ、壮一?アンタ素手がいい?チロがいい?それともさっき言ってたけど…このムチがいいかしらぁ?」
この短時間でどこから調達したのか―もしかして普段から持ち歩いているのか…考えたくはないけど―ムチを持つ鏡花がその中心には居た。
「…あら、どれも嫌?そう…それじゃあ…」
鏡花は笑った。
そう、笑ったのだ。
「全部、ね♪」
ニタリ、と。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


翌日。
驚いた事に、壮一にも真言美にも、全く何の外傷もなかった。
しかし彼等はこの後三日間部屋に閉じこもったまま出て来ようとはせず。
「ごめんなさいもうしませんだからゆるしていやぁたたかないでいぢめないでおねがいおねがいおねがいしますぅ…」
「ウワサこわいロリポンこわいセンパイこわいいずみさんこわい…」
精神にはばっちり傷が残ってしまったようだった。


合掌…あるいは自業自得。










後書き
ども、滑稽です。
電波です。ええ、電波ですとも。
…これ以上は何も言えませぬ…。
では、次回の作品でまたお会いしましょう。






[Central]