「さて、んじゃ行ってくるぜ」
「はいはい。頑張りなさいよ?」
「勿論。俺達の健全な結婚生活の為にも、な」
「そうそう。名実ともに通い妻な生活からはいい加減脱却したいのよね」





  五年目の月末に

                               
滑稽





「…あー、終わった終わった」
「お疲れ様、亮」
帰宅した亮を迎えてくれたのは、鏡花。
流石に結婚して何年も経つから、彼女の両親も今更五月蝿く言ってはこない。
むしろ今もって熱を増していく二人の熱々っぷりに引き摺られるようにあちらの夫婦生活も甘くなっているらしい。
「で、結果はどうだったのよ?」
「ま、それなりかなぁ」
試験自体は問題なく終わった。
しっかりと面接も済ませ、明日からは連絡待ちの状態だ。
取り敢えずそれなりに公算はある。
桜水台学園最高齢の体育教師が今年で定年らしいからだ。
「まあ、アタシの旦那が無職なんてありえないしね♪」
「つくづくどっから出てくるんだよ、その自信…」
結果待ちというのは少なからずナーバスな気分になるものだが、鏡花を見ているとそんな自分を忘れてしまいそうだ。
「…結局心配するだけ馬鹿らしいって事かなぁ」
「そういう事よ。ほら、ご飯出来たわよ?」
「おう」
同棲紛いの生活を続ける間に、料理のスキルも上達した鏡花だ。
曰く、
「アタシに欠点があるなんておかしいでしょ?」
だそうだが。
「まあ、気長に待つかぁ」
「そうしなさいって」
「おう」
横柄なようで、その実気をつかっている。
こういう所も鏡花なのだ。


連絡が来たのは、一週間後だった。
「ねえ亮?学園の先生から電話よ」
「おう」
逸る気持ちを抑えつつ、電話口へ。
『羽村さんですね?』
くぐもった男の声。何か変な気もするが。
「ええ」
『今日の夜11時に学園の体育館へ来て下さい』
「は?」
『最後のテストをします』
「最後の?」
『ええ。では必ず来てくださいね』
それだけ言い捨てて、電話は切れた。
「亮?何なのかしら、今の」
「んー…。何なんだろうな?」
その日の深夜。
桜水台学園高校体育館。
結局亮はそこに現れた。
取り敢えず行かない事には不当に落とされたりしそうだったからだが。
「失礼します」
「ああ、来たか」
しわがれた声。
暗黒の中、姿は見えないが居るのは判る。
「…お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。…と言っても特に関わりがあった訳でもないが」
「お名前は。顧問をしていただけたそうで」
授業のローテーションの関係で、この教師には受け持ってもらった事のない亮だ。
「名前を貸しただけだよ。これでも元火者なのでね」
「…そうだったんですか」
「10年も前に引退したからな。コウヤの時には力にもなれそうになかった」
「そうですか」
今更だ。許すも許さないもない。
自分達は自分達の力と団結であの事件を終わらせたのだから。
「…責めないのか?」
「責めてあの時の何かが変わるのであれば、いくらでも責めますが」
むしろあの時の事を詫びられた方が迷惑だ。
その時の苦労や悲しみを馬鹿にされたような気がして。
「謝罪とかのつもりだったら帰ります。俺はそんなものに全く興味はないので」
「いや…違う」
と、眼前から鋭いものが飛来する感覚を覚えた。
「くっ…!」
「電話で言ったとおり、テストだよ羽村君。私が天文部の顧問として在ったように、君が次の顧問として、そして彼等を正統に鍛え、導く権利のある者として、それだけの力があるのかどうか」
「…判りました」
何が飛んで来たのかは判らないが、避けられる以上、自分に勝ち得るものではない。
後は―
「そこっ!!」
飛んでくる何かの先、かすかに感じる気配を思いっきり蹴り飛ばす。
「がふ!」
「…これでいいですか?」
「う、うむ。やはり年寄りの冷や水だったかな?」
「さあ?」
用は済んだ、とばかりに気配に背を向ける。
「では失礼します。結果は改めてご連絡ください」
「あ、ああ…」
亮は一度も振り返らずにそのまま帰宅した。
何故だか苛立って仕方なかった。


「ふ、ん。そんな事があったんだ」
自宅。
話を聞いた鏡花は、面白そうに喉を鳴らした。
「なんだよ?」
「要するに亮は心配なのよ」
「心配?」
「自分がそういう臆病な老人にならないか、って事」
「…ああ」
成る程。
自分があの教師のようになるのが嫌なのだと。
鏡花を護るという誓いから逃げるような男になるのが嫌なのだと。
まるで最も駄目な進み方をしている自分を見るようで。
それが苛立ちの原因ならば。
「有難な、鏡花」
「な、何よいきなり」
「いや。初心忘るべからず、ってやつさ」
「?」


その三日後。
「おめでとー!!」
クラッカーが鳴る。
羽村亮桜水台学園高校体育教諭就職内定記念宴会。
ここまで漢字を続けるのもどうか、と思うがまあそれはそれ。
「有難う!」
祝ってくれるいつもの面子に、笑顔で答える亮。
「さあ!今日は大家さんから許可も出たし、徹底的に騒ぐわよぉ!?」
大家=つまり会場は鏡花の自宅だ。
「うむ。これで目出度く鏡花をしっかり亮君に預けられるな」
これは義父。
「まあまあ。どうせ最近はそれほど細かく言っていた訳でもないですし」
「言うな母さん。これはけじめだよ」
「あら」
くすくすと笑う鏡花の両親。何だかんだで心配してくれていたらしいのが、嬉しい。
「羽村」
「ん?どうした祁答院」
と、そこに小声で割り込んできたのが、マコトだった。
「…あの教師の事だが」
「…ああ」
少し鏡花の両親から離れる。
二人は丁度壮一達に狙いを定めた所らしく、二人に話しかけてけらけらと笑っていた。
「十年前に里を捨てた火者だという事が判った。能力は―」
「いや、いいよ祁答院」
言を遮る。
「ふむ?」
「俺はああはならない。あの時にもう決めた覚悟さ」
「…妬けるな」
「言うなよ」
酒を注がれ、こちらも注ぐ。
「亮ー!いずみ来たわよー!」
「おう、鏡花。こっちだ」
「あらマコト。今日はありがとね」
「何。礼は要らないさ」
「あ、亮君。就職おめでとー」
「有難ういずみさん」
途端に談笑を始める鏡花とその友人。
その様を見て。
捨てるものか、と思う。
仲間も、妻も、火者としての自分も。
その全てが誇りであり、恐怖に負けない力になるのだから。


六年目の…
     に続く










後書き
ども、滑稽です。
少々とりとめのない内容になってしまいましたが、自分では実は結構満足した出来だったりします。
天文部。部という体裁があるならば一応顧問は居るはずだ、というのが今回の一本を作る動機でした。
老人にしたのはともかく、この設定は気に入っています。むしろ老人にした所為で哀れっぷりが増したような気もしますが。
では、次の作品でお会いしましょう。






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