「ふ…うふふ…」
笑い声。
こらえようとしているのか、含んだような笑いが喧騒の中に溶けていく。
「永かった…永かったわ…」
ぐぐっ、と拳を握り込む、彼女。
ぎゃあぎゃあと。
鳴き喚くのは動物の群れ。人間はここに彼女一人だ。
「さあ、行くわよ!」
ばっ、と彼女が手を振ると。
「しゃーっ!!」
群れは突然びしりと姿勢を正した。
鳴き声すら上げず、その全てが彼女を見上げて微動だにしない。
満足そうに微笑んで部屋を出る彼女に、群れは一糸乱れぬ行進でついていくのだった。





  鏡花戦線異状あり

                               
滑稽





「あ、いずみ」
「あら?鏡花ちゃん」
夜。
スーパーへの道を歩いていたいずみは、籠を持った鏡花と出くわした。
「買物してたんだ?」
「うん。今日の晩御飯とかをね」
「ふふ…。亮君もいい奥さんを捕まえたよねぇ」
「お、奥さん…」
かぁ、っと真っ赤になる鏡花に、苦笑するいずみ。
「同棲してれば似たようなものでしょ?」
「ま、まだ同棲じゃないわよ!?」
「どっちかがどっちかの家に朝な夕な入り浸ってたら立派に同棲って言うと思うよ」
「うう…」
もじもじする鏡花に、呆れたような溜め息を吐くいずみ。
「ま、いいわ。からかい過ぎると亮君に怒られちゃいそうだしね」
「いずみったらもう…」
と。
周囲が蒼く染まった。
「凍夜ッ…」
「ふふん、来たわね」
にやりと笑う鏡花。
「行こう、鏡花ちゃん」
「ま、今日は私に任せて、いずみ」
「え?」
「取り敢えず行きましょう。そこで見せてあげるわ」
「ええ…?」

五分後。
「あ、あは、あはは…」
「どうかしら?」
「す、凄いわね、鏡花ちゃん」
「そうでしょ?んっふっふ」
悦に浸る鏡花と、その足元の光景に顔色を青ざめさせるいずみが居た。


二日後。
狭間の中。
亮は鏡花と二人で歩いていた。
今日の亮のパートナーは鏡花一人なのだ。
その鏡花は、昨夜に限って家に泊まらず、今日に限ってバスケットを持ってきた。
普段なら休日前は大抵自分の部屋に泊まっていくのだが。
何が入っているのか問うた亮だったが、鏡花は笑うだけで答えようとせず。
諦めて狭間に来た次第だ。
「なあ、鏡花」
「なあに?」
「ここ何日か、妙にご機嫌だな?」
「そうね、判る?」
「そりゃ、な」
普段ならいずみも一緒なのだが、彼女は一昨日からどうも調子が悪そうで。
今日は部員が気を利かせて彼女を休ませたのだ。
「一昨日からどうも変なんだよな、いずみさん」
「そうねぇ」
唇を尖らせる鏡花。
「んー。何かあったのか?確か二人で光狩と戦ったんだよな?」
「そうよ」
「で、何か…」
「別段普通だったと思うんだけどなぁ」
「そうか…」
となると、何があったのだろうか。
単なる疲れから、最悪の想像まで色々と頭の中で渦巻いてしまう。
「ま、心配する事はないわよ。単なる気疲れでしょ」
「そうかな」
鏡花が考えを読んだのか、ぽんぽんと肩を叩いてくれる。
「むう」
「それにね。彼氏が他の女を心配する様子って、見ていて気持ちのいいもんじゃないわよ?」
「や、それは判るんだが…」
何しろさっきから背中をかなりの勢いで抓られている。
痛い。
「冗談よ」
「いや、冗談にしては痛い…」
「あら、ごめんね?」
手を放す鏡花。
だが、その額に青筋が浮いていたのを亮は見逃していなかった。
「ほら、今はこっちに集中しなさいよ」
「ああ」
とまれ、今は鍛錬に集中しなければならない。
そう自分に言い聞かせる亮。
す、っと剣を構え、近くに浮いていた光狩の群れに特攻する。
一閃が群れのおよそ半分を消滅させる。
刀を返そうとした瞬間、飛び込んできた塊が残りを吹き飛ばした。
「なんだぁ!?」
「戻りなさい!」
「にぃ」
と、向こうからのそのそとやってきたのは一匹の猫。
「…猫?」
「ええ、そうよ」
鏡花がバスケット―片側が空いている―を持って微笑んでいる。
半分固まった意識で、記憶をさらう。
思い出したのは、ちょうど去年の夏頃。
「返してもらったんだな?」
「え?」
「バルバロッサ…だったっけか?」
ああ、と首を振る鏡花。
「違うわよ亮。これはいずみにお願いして里で作り変えてもらった光狩よ」
「…ああ、チロみたいなやつか」
何時の間に。
「そ。ロード・オブ・マリニャン!テスタロッサよっ!!」
「にぃ」
挨拶するように鳴く猫。
「…また大仰な」
しかもマリニャン。
あの厭らしくて疎ましくて強い光狩だ。ある意味キリングよりも飛金剣よりも厄介極まりない。
「どうでもいいけど、どこで捕まえてきたんだよ」
「タイマンよ!」
「…さよか」
いや、もうツッコむまい。
「バルバロッサの時に学んだわ。光狩との戦いに力ない愛玩動物では巻き込んでしまうわ」
「そだな」
「ならば、どうしたらいいか!…私は悩みに悩んだわ」
「ふむ」
苦悩に首を振る鏡花。
「その時!チロを見て気付いたの!!」
「…ほう」
「それだったら光狩をペットにすればいいのよーッ!!てね」
何と言うか本末転倒な気がするのだが、気のせいだろうか。
「で、それがその…テス…テスト連鎖?」
「テスタロッサ」
「ああ、そのロッサか」
と、亮はふとある事に気付いた。
「なぁ。こういう事すると、チロがまた不満を漏らすんじゃないのか?」
「あら、大丈夫よ。だって…」
ばっ、と手をかざす鏡花。
すると、どこかから飛んできたのは当のチロだった。
「チロ!M−バタリオン『猫懸りの陣』!!」
「しゃ、しゃ、しゃーッ!!」
「えむばたりおん…?」
亮のその疑問はすぐに氷解した。
そこらじゅうから鳴き声が聞こえてきたのだ。
「な、なんだ?」
「テスタロッサの手下よ」
「手下?」
「そ」
と、びしりとチロの前に整列する猫の群れ。
「もしかして…これ」
「全部マリニャンよ。言ったでしょ、『ロード・オブ・マリニャン』って」
「…何をどうしたんだ、お前」
「ないしょ♪」
屈託ない鏡花の笑顔に、背筋が薄ら寒くなった亮だった。
「しかし、これって一体…」
一糸乱れぬ統率だ。
「チロはコマンダーだからね」
「軍隊かよ…」
「そう。マリニャン一個大隊、略してM−バタリオン。これで本当の意味で貴方の助けになれるわ。頼りにしてね、亮♪」
「あ、ああ…」
何となく得心した。
こんな様子を見れば、そりゃいずみも寝込むだろう。
むしろ今日来ることが出来たその精神力に拍手を送りたい。
「さ、行くわよ!」
「にぃ!」
「鏡花…」
これが全部自分の為だと言うのならば、それはそれで―
「重過ぎるなぁ、おい」
亮は大きな溜め息をついた。


以後、『女帝』七荻鏡花には新たな通り名がつくようになる。
即ち。
『総司令』である。


完…?










後書き
ども、滑稽です。
禁書目録さんのリクSSとして考えたネタではあるのです…が。
すみません目録さん。
滑稽にはこの程度のデムパが限界です。
御容赦ください。
では、また次の作品で。






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