「だ・か・ら!そういう問題じゃねぇっつってんだろうがよ!?」 「あ・の・ねぇ!折角の大型連休くらい二人で湯治行こうって言ったのアンタでしょうが!?」 「俺は教師としてだなッ!」 「ンなこた判ってんのよッ!!」 「じゃあ何なんだ!?」 「だからぁッ!!」 六年目の連休に 滑稽 久々に鏡花と盛大な喧嘩をした。 原因は担当している生徒。 どうやら万引きがばれて捕まってしまったらしい。 普通なら担任がそこに行くべきだったのだが、折悪しく…というよりはすれ違いで既に家族旅行に行ってしまい。 一応連絡をつけた時、彼が白羽の矢を立てたのが副担任の亮だった、という次第だ。 「で…だな、板谷。なーんでこんな事した訳よ?」 「いや、つい出来心ってやつで…ってぇかセンセ、アンタなんでそんなボロボロなんだよ?」 店の方とは昨日のうちにカタがついていたらしく、学校は今日の内に呼び出して話をする、という事にしたらしい。 「…今日からな、夫婦水入らずで温泉に行くつもりだったんだよ」 「はぁ?」 「で、だ。誰かさんが妙なタイミングで妙な事件なんぞ起こしてくれやがるから、カミさんと喧嘩になったんだよ」 「そ、そりゃすんません」 じろりと睨みつけると、板谷は存外素直に頭を下げた。 何故か亮はこういうプチ不良と言ったような生徒に人気がある。 着任早々そういった生徒ににそこそこ親身にしてやったのが発端なのだが。 どうやら壮一にしろ板谷にしろ、この手の生徒への対応は古来から大体同じらしい。 「で、でもさセンセ」 「あんだよ」 「ふ、普通こういうの担任が来ないか?俺としては助かった感じだけどさ」 「…内野先生は昨日から家族旅行なのだとさ」 「…あぁ、一歩遅かったのかぁ」 同情交じりのその言葉に、亮は堪らず板谷の頬を捻り上げた。 「繰り返すがな。誰かさんが妙なタイミングで妙な事件なんぞ起こしてくれやがらなかったら俺も今頃電車の中で甘い旅行を楽しめたんだよ!」 「い、いてててて!悪かった!悪かったよセンセ!!」 手を離してやると、板谷は本気で痛かったのか暫く蹲った後、こっちを恨めしそうにすまなそうに見上げてきた。 「で…俺の処分は?」 「無期停学。ざっと二週間てとこだろうな。しっかり自宅で反省しとけよ」 妥当な処分だろう。行き成り退学にするよりは、特に。 「そ、そっか」 板谷もほっとしたらしい。が。 「次何か問題起こしたら一週間剣道部で俺が直々にしごくからな」 「いっ!?」 今度は板谷の表情が真っ青になる。 たった一ヶ月で『新任羽村の不良更正教室』と異名を取る程になった亮の名物授業。 体育の教諭である彼の担当は剣道。 真面目にやっている生徒に対しては懇切丁寧な対応をするのだが、サボっていた生徒に対しての扱いは180度違う。 サボっていた生徒をどこからともなく連れて来ては、一時間休み無くみっちりとしごくのだ。 その凄まじさは授業終了と同時にその生徒が自分から「もうしません」と言い出す程のもので、授業が本格的に始まったたった半月で出席率がほぼ100%に上るようになった。 これ以降、剣道部の顧問から猛烈に掛け持ちを請われて困ってしまったのは愛嬌の類なのだろうか。 とまれ、板谷はしっかりと頭を下げてこちらを見てきた。 「勘弁してください…」 「ま、次からな」 「はいぃ…」 「さて、後は校長室に行ってご両親に…」 と。 進路指導室の扉が勢い良く開け放たれ。 「羽村君!!」 「内野先生?」 件の内野教諭が入って来た。 が、二人の予想とは全く逆に、内野は何故かずかずかと亮の方に近寄り、彼の手を取った。 「済まなかったぁ!!」 「「…はい?」」 「担任である私が!生徒よりも家庭を優先しようなどとっ!!それがどれほど罪深い事なのか、よぉく判った!!!」 何か悪いものでも食べたのだろうか。 そう勘繰ってしまうほど、普段の内野とは違うその態度に、二人は当惑を隠せない。 「いや、まあ…後は報告だけですし」 「そうか!!!!いや、本当に手を煩わせてしまった!!!!!では板谷!!!!!!ここからは羽村先生に代わって私が校長室へ同行しようっ!!!!!!!」 普段の内野は良く言えば放任主義、悪く言えば事なかれ主義の所謂『影の薄い』教師である。 少なくとも、旅行先から戻って来た事も考えれば、何かあったのは確かなのだろうが。 「まあ、ここまで話したの俺ですし、校長室には俺も行きますよ」 「そうか!!!!!!!!では行こうか羽村君!!!!!!!!!」 毒気を抜かれたというか、何と言うか。 二人はゆっくりと立ち上がった。 「…羽村君」 と、歩きかけた亮に向かってひどく暗い口調で内野が口を開いた。 「はい?」 「…君の細君は素晴らしい女性だね」 何となく、その言葉で色々得心した亮は、 「…ご愁傷さまです」 「うん…」 「いや、羽村君!済まなかったね!!」 こっちもか。 そんな言葉を危うく飲み込んだ亮の冷えた視線の先には、またえらくハイテンションな校長。 「こんなに早く内野君が戻って来れるんだったら君に来てもらう必要はなかったんだがなぁ!!!はっはっは!!!!」 「本当ですねえ校長!済みませんでした!!」 「うむ!!!!!取り敢えず羽村君!!!!!!今回の長期休暇、君の休みをお詫びに三日ほど延ばす事にした!!!!!!!奥さんと二人で休暇を楽しんでくれ給え!!!!!!!!」 「はぁ。それは有難う御座います。で、それよりも…」 と、書類を机に置く。 「本人も反省しているようですし、取り敢えず再犯はしないと約束もしてくれました。今日はこれでもう良いかと」 「うむ!!!重畳だったな羽村君!!!!それでは後は私が引き継ごう!!!!!」 「はい。宜しくお願いします」 「では板谷も帰ってよいぞ!!!!!!」 「は、はぁ…」 既に事態から取り残された『当事者』は、どうやら話題の中央に置き換えられた教師と共に、華麗な『そそくさ』っぷりを発揮して校長室を後にしたのである。 「じゃ、俺は職員室で少し仕事して行くから」 「あ、はい」 亮と下駄箱前で別れた板谷が校門に差し掛かった時、そこに居る一人の美女を目に留めた。 (おお!) と、こちらを見たその美女が、唐突に口を開いた。 「亮はまだ?」 「え?」 「亮よ。羽村亮。アンタがあいつの手を煩わせたって生徒でしょ?」 「え、ああ…もしかして」 「羽村鏡花。よろしくね」 「あ、はい…」 にっこりと微笑む副担任の妻に、思わず赤くなる板谷だった、が。 「さて。それで、亮の妻であるアタシからアンタに話があります」 「あ、今回はすいませんでした」 「ま、ここじゃなんだから、ちょっと裏に行きましょう」 「う、裏!?」 美女のお誘い(板谷主観)に乗らない彼ではない。 全くの脈絡ない妄想も頭の中を駆け巡るが、それは年齢を考えれば無理のないところだろうか。 「は、はい!!」 直立して応じる彼に笑みを湛えたまま頷くと、鏡花は彼の手を取って歩き出した。 五分後。 「みぎゃああああああああああああッ!?」 何があったのかは、推して知るべし。 「あれ?鏡花」 「お疲れ、亮」 連休後に回そうと思っていた仕事を殆ど終え、帰る準備をしていた亮の所に、ジュースを持った鏡花が現れた。 「…休暇が三日延びたよ」 「あら、良かったじゃない?」 白々しくそう告げる鏡花と、視線を応酬する。 「…そうだな」 白旗を上げたのは、やはり亮である。 今回特に彼は何も迷惑していないのだから。 むしろ喝采を送りたい気分だ。 「でしょう?」 「ま、明日から少し予定を延ばしてゆっくりしようか」 「あら、しっぽりの間違いじゃないの?」 「嫌か?」 「まさか♪」 きゅ、と場所も弁えず抱きついてくる鏡花。頬をすり寄せ、甘えてくる彼女の頭を撫でながら、 「取り敢えず明日は寝かさないからな」 「ここでは?」 「駄目だ。公私はきっちりしないとな」 「けち」 翌日、旅館家族風呂。 「あぁ、極楽だなぁ…」 「そうねぇ…」 ゆったりと湯に浸かりながら、のんびりと夜空を見上げてみる。 「そういや、校長と内野先生に何をしたんだ?」 「んー?」 鏡花が口許を緩めた。 「誰にだって触れられたくない秘密ってのがあるものだからねぇ」 「あー…そうか」 覚りの彼女に隠し事は効かない。 だから彼女には全く何にも隠し事をしないし、彼女もこちらに隠し事はしない。 そんな生活が長かった所為か、鏡花の能力がどれほど恐ろしいものなのかすっきりと忘れていた亮である。 「…あんまりやるなよ?」 「わーかってるわよ。…単に自分達の都合を優先した連中にムカついただけだもの。…もーしないって」 「ん、そうしてくれ」 「はいはい…って、ちょっと」 す、と鏡花を抱き寄せる亮。 「んっ!」 右手が彼女の乳房を捉え、左手は湯の中へ。 「もう、堪え性のない人ねぇ」 「…人の事言えるのか、お前」 「あん!…それを言われると辛いんだけどねぇ」 ざぷ、と少し腰を上げ、背中を亮に預ける。 「んん!」 「ま、さっきも言ったとおり」 繋がったまま立ち上がり、 「今夜は寝かさないぜ」 「期待してるわ…あん♪」 亮は鏡花を揺するようにして動き出した。 本当に二人が夜明けまで頑張ったのかどうか。 それは彼等二人の秘密である。 七年目の… に続く 後書き ども、滑稽です。 六年目は難産でした。 微エロなのもその所為です(断言) ちなみに学校での事件に関しては、滑稽が高校一年の時の体験を元にしてたりします。 一応進学校(気取り)の学校だったので、結構こういった事件があったと聞いた時にはショックでした。 では、次の作品でお会いしましょう。 |
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