「今日もいい天気ですねぇ、美里さん」
「そうですね…」
「あ、あのですね、美里さん」
「はい」
「本当はこういうのって良くないんですけど…」
「はい?」
「…いや、でも、うん。あの、美里さん」
「はい。なんでしょうか?先生」
「私と結婚してくれませんか?」
「はい」
「大事にしますから…え?」
「やっと言って下さったんですね?」
取り敢えず、彼と彼女の結婚は、こうして決まった。





  七年目の大安に

                               
滑稽





「こちらがお相手の…」
「いや、もう知ってるから」
十一月某日、羽村邸。
男性陣二人は、女性陣二人の醸し出す微妙な空気に胃を痛くさせながら状況を見守っているしかなく。
「…で、鹿島センセ」
鹿島達行、医師。
研修医時代からの、七荻美里の担当であり、晴れて医師となってからは正式に彼女の主治医となった。
肉体、精神の両面から彼女のケアに勤め、七荻一家からの信頼も篤い。
美里が彼と公私に亘って付き合うに至ったのも、当然と言えば当然の帰結だったと言える。
知り合ってから七年、付き合ってからは三年になる。
この男性が、亮と鏡花から『義兄』と呼ばれる事となったのだ。
「な、何かな?亮君」
いや、笑顔で睨み合う、という器用な真似をする姉妹から地味に距離を置きつつ、こそこそと会話などしている。
…現実逃避と言ってもいいが。
「鏡花を許してやってくれないかな?」
「ん?」
「アイツもさ、複雑なんだよ」
「…ああ、うん。何となく…判るよ」
言ってみればシスコンの一種だ。
鏡花個人、それは判っている。
判っているのだが、それでも理性と心理は別物だということで。
「ま、色々あったからね…」
本当に色々あった。
目の前の美里の結婚相手には、決して話せない事が、山ほど。
「取り敢えず、センセ。暫くは義兄さんとは呼べないだろうけどよろしく」
「…君もキツいよね、鏡花君とタメ張るくらい」
「そう?」
茶を啜りながら、亮は注意を義兄(仮)―既に入籍は済んでいるから、何憚る事はないのだが―から愛妻と義姉へと向ける。
「…おめでと、姉さん」
「ありがとう、鏡花」
それだけ言うのに随分かかったものだが、やっと本題を言い切った鏡花だ。
「おめでとうございます、義姉さん」
「ありがとう、亮君」
こちらも告げる。
「さて、それじゃささやかだけど、宴会でもしようかぁ」
「お、いいねぇ」
重めの空気を払拭するかのように、高いテンションになる男二人。
「さて、鏡花。準備すっぞ」
「はいはい」
ちなみに、今日の料理は下ごしらえ以外、全て亮が作った。
彼女の名誉の為に言うならば、鏡花も料理のスキルは充分高い。単に今日が亮の担当だった、というだけの事だ。


夜。
美里達が帰った後、二人は並んで炬燵でぬくまっていた。
「そっか、結婚かぁ…そろそろかとは思ってたけど、な」
「うん。…幸せになって欲しいな。姉さんには」
「…そうだな」
口数は、少ない。
きっと、思っている事は、同じ筈だ。
火倉宗司。
いずみの兄。
鏡花の初恋。
美里の恋人。
かつての…宿敵。
「…素直に、喜べないのよ」
「判る」
「宗司さんは…姉さんの幸せを願ってた」
「ああ」
「その為に、全てを捨てたくらい、姉さんを愛してた」
「…そうだな」
「でも、姉さんは、宗司さんの事を何も覚えてない」
「…」
「それが…悲しくて」
いや、覚えていない訳じゃないだろう。
事実、名前も顔も思い出せなくても、それでも美里はその『誰か』の幸せを願っていたしその記憶も残していた。
ただ、そこから『火倉宗司』という要素だけが抜け落ちている。
それだけのこと。
「だけど、それこそが宗司さんの願いだった」
「…そうね」
「だから、義姉さんには笑っていてもらわなきゃならない」
「うん…」
「鹿島センセは…そりゃ、宗司さんと比べりゃ物凄く見劣りするのはよく判る」
彼は、宗司ほど強くはない。
宗司と違って、自らの在り様を物理的に押し通せる程の力はない。
美里か世界か、と問われて美里を迷いなく選ぶ事も出来ないだろう。
「だけど、センセが義姉さんに向ける想いが本物だ、っていうのはお前だって判ってるだろう?」
「それは…勿論よ」
鏡花には覚りがある分、それは自分よりよく判っている筈だ。
「納得できないのは判る。容認したくないのも、判るさ。だけど」
「そうね。…姉さんに笑顔で居てもらう為に、私も笑顔で居なきゃいけないわよ、ね」
「そうさ。…それにな」
「それに?」
「鏡花は笑顔の方が美人だからな?」
「っ…!」
顔が熱くなっている。
だが、それは鏡花の方も同じのようで。
「ば、馬鹿ね…」
語尾が少しだけ甘ったるい。
亮は徐に鏡花を抱き寄せた。


一方、こちらは鹿島邸。
「美里さん」
「なあに?」
「僕、鏡花ちゃんに嫌われてしまったかな…」
「あら、そんな事ないと思うわよ?何故?」
大きめのベッドの上で、鹿島と美里が寄り添って寝ていた。
「ん、何か結婚に不満そうだったから、さ」
病み上がりの美里に無理をさせる訳にはいかない為、二人とも寝間着である。
「まあ、私に嫉妬して、って事はないと思うけど…」
「それはそうだね。彼女には素晴らしい伴侶が居るし」
包容力はあるし、料理も上手い。ルックスも並以上であるし、何より鏡花と深く深く愛し合っているのが判る。
「私には達行さんが一番だけど、ね?」
「それは嬉しいな」
くすくすと、微笑み合う二人。
「何で不満なのか、理由は判らないけど…。でも私は、きっと鏡花が笑って祝福してくれると信じているわ」
「そうだね。僕もそう信じてるよ」




一週間ほど後、羽村邸に鹿島から電話がかかって来た。
用件は言わずもがな。
挙式の日程は、二週間後、十二月の大安吉日。
神前と、決まった。


続く










後書き(?)
どうも、滑稽です。
八年目の記念日シリーズも、この七年目をもって完結となります。
七年目には後編がありますので、それを以って、となりますが。
前後編と分けた割には分量は少ないです。
ただ、ネタそのものが鏡花の結婚話である『八年目』と被る上、主役が亮と鏡花である事から、この話はそもそもあまり長い文章にするつもりはありませんでした。
ですが、八年目の記念日に、に続く話として、シリーズの最後を飾る作品として。
手抜きに見えないよう、最大限の努力をするつもりですので、どうか御期待くださいませ。
では、次回の作品で。






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