作者注:この作品は『或る夜の話』シリーズです。くれぐれも肩の力を抜いて読んで下さい。





「大変です大変です大変ですようー!」
「きゃ!?」
「どうしたんだ?真言美」
慌てた調子で入ってきた真言美ちゃんに、天文部の面々が視線を向けた。
元々騒がしい質の子だが、今日のは一味違う。
あまりに唐突で、覚りの鏡花でさえ悲鳴を上げた程だ。
「落ち着いて、真言美ちゃん。…どうしたのさ?」
「この街に、新しく『火者』がやってきたんですよう!」





  或る夜の話
    対決!火者VS火者


                               
滑稽





「…んー、私、そんな話聞いてないんだけどね…」
真っ先に否定したのは、いずみさん。
当然だ。里の委嘱を受けてこの街に住む大津名担当の火者が彼女だ。
新しい火者の情報なら、彼女の耳に先ず入るのが筋だし、事実そうなっている。
「…また、コウヤの時のような光狩の策略かしら」
「どうかな。…うちらをライバル視している火者かもしれないし」
「ふむ…三輪坂先輩。ところで、何故火者が来たと判ったんです?」
「それです!」
真言美ちゃんがばっ、と手を開いた。
「アーケードに出来た、新しいお店なんですよう」
「…お店?」
「食べ物屋だってことなんですけど、一体どんな店だかわからないんですよ」
んー、と呻くモモ。
「それだけじゃピンとこねえな。何か関わりがありそうな理由とか、あったのか?」
「うん!店の名前がなんと『火者』!狙いすぎだと思いませんか?」
「…確かに、ね」
「どっちの推論もありそうだな、これは」
少なくとも、コウヤを倒して真夜を止めた俺達の名を知らない火者は居ないという話だから、火者であればこれ以上ないくらいの挑戦状だし、逆に光狩でこれほど知恵が回るクチと言うと、つまりは結構な高位の光狩だということだ。
「準備だけはしっかりしていかないといけないね」


「本当に…『火者』なんだね」
俺もいずみさんも半信半疑だったが、実際に見てしまっては何とも言えない。
建物自体にはこれといって不信だったり不穏だったりする様子はない。
「…妙な気配もしないわね。…火者の方かしら」
「わからねえぞ…入ってみたら狭間だった、って事もあったろ」
「とにかく、入ってみよう。鏡花…頼むぜ?」
「任せて」
先頭は俺。鏡花のサポートがあれば、不意打ちだけは決して受けないからだ。
「いらっしゃいませー」
エスニック風の衣装。
店員は店長さんも含めて日本人のようだが―
「ねえ、いずみ。…火者ってインド支部もあるの?」
「…ある…とは思うんだけどねぇ…」
鏡花が疑問符を浮かべるのも当然だし、いずみさんの歯切れが悪いのも当然だ。
それくらい、ここは本当に『普通』なのだ。
「七名様ですか?」
「あ、はい」
他の客が居る様子は、ない。
「それでは、こちらへ」
案内されたのは、テーブル席。
すぐに店員が水とメニューを手に現れ、
「こちら、メニューになります。決まりましたらお呼びください」
それらを置いて引っ込んだ。
「…普通ね」
「普通…だよな?」
「普通だねえ」
視線は、一斉に真言美ちゃんへ。
「な、何ですか皆さん?」
「…マナちゃん。…ここ、どう考えても普通の店みたいなんだけど」
「ですねえ」
「ですねえ、じゃなくてねー?」
にっこりと微笑む鏡花の、その額には不穏な証が。
「ちゃーんと、リサーチしてから報告したのかなー?」
にゅ、と鎌首をもたげるチロ。出番を察したのか…偉いぞ。だが、まだ出てこなくてもいいんじゃないか…?
「そ、そんな事言われても!?」
悲鳴じみた声を上げる真言美ちゃん。
…鏡花のお仕置きは、心の傷が残るらしいからなー…。
「ま、待ってください鏡花さん!?」
あまりに真言美ちゃんが狼狽するので、店員さん達がこちらを驚いた目で見ている。
「んふふ…壮一も同罪ってことで♪」
「わ…判ったよ姐御。だけど、真言美の代わりに俺がお仕置きされるってことで…勘弁してくれないか…?」
「壮一君…」
じーん、と心を打たれた様子の真言美ちゃん。鏡花は当然のように微笑んで―
「駄目♪」
当然だが、そう宣告した。…甘いって。
「お客様、何か問題でも―」
と、メニューも決めずに騒いでいた俺達に疑惑を持ったのだろう。店長さんらしき人がこちらに歩いてきた。
「ああ、いや何でも―」
ありません、ごめんなさいという言葉は、真言美ちゃんの声に遮られた。
「だって、火者って書いてあったら普通そう思うじゃないですかぁ!?」
「かしゃ?」
「ああ、騒いでしまって申し訳ないです。…ほら、オーダー決めないと」
「そうだね。すいませんご迷惑をおかけして」
俺といずみさんが何とか何でもない事をアピールするも、
「大体皆だって疑わなかったじゃないですかここはそうですよ私だけが悪いんじゃなくてああだからって壮一君も同罪とかそういう意味じゃなくて同罪ってことなら鏡花さんも先輩も火倉元部長だって浅見君だって小澤君だって同罪って言えば同罪でしょうそれなのになんで私と壮一君だけがお仕置きされなきゃいけないんですか私と壮一君は断固そう断固です断固抗議しますよそこのところどうなんですか鏡花さん!?」
「ま、真言美ちょっと声が大きい大きいほら一息で言い切ったのはすげえけど―」
「…オマエラチョットダマレ」
「「ひぃっ!?」」
…真言美ちゃん、後で覚えておくように。
……壮一。監督不行き届きで同罪。お前まで一緒に騒ぎ立てようとしてどうする。
微笑む俺に、二人の顔色が青を通り越して白くなる。
取り敢えず、黙った。問題ない。
店長さんの方に、振り返る。
「かしゃ…ねえ…ひ…か…もの…しゃ…」
こちらの騒ぎも気にせず、かしゃ、かしゃ…とぶつぶつ繰り返していた店長さんが、ふと得心したかのように顔を上げる。
「もしかして…店の名前?」
「あ、はい…。かしゃ、って読むのかと思って」
素直に―というか、事此処に至ってごまかしようがないだろう―いずみさんが答える。と。
ひく、と口許を歪め、店長さんは何故か怒りも露に声を上げてきた。
「あのね、うちの店の名前は『ひもの』です!かしゃなんて店じゃありませんよ!!」
「ひ…」
「ひもの?」
「そう!大いなる辛さの使徒、トーガ・カラーミー様の提唱する偉大なる『辛味幸福論』を体現する為に!この店は大津名に開かれた『火者十七号店』なのですよっ!かしゃとか変な読み方はしないでいただきたい!」
「とーがらし・からみ?」
真言美ちゃんの疑問符に、物凄まじい形相でまくしたてる店長さん。
「トーガ・カラーミー様です!インドの大料理家で、料理研究の第一人者!知らないとは言わせませんよ!?」
「「「「「「いや、しらね」」」」」」
俺達の声が綺麗に被る。大体なんだその胡散臭い名前。
「な、なんと罪深い…」
「てか、インドの人がこの店のオーナーなのか」
「そうです!この店は―」
「じゃあ『かしゃ』って読みでもいいんじゃん」
「…うっ」
俺のツッコミは、彼の何かこう色々致命的なポイントを穿ったみたいだ。
「…どこかで聞いた言葉だとは思っていたんですよ…」
「う…?」
突如どんよりとした気配を撒き散らし始めた店長さんに、俺達はおろか店員でさえ引く。
「…大体最初は上層部では『かしゃ』にしようって話だったんですようー。だけど、その名前は既に登録されてるから駄目ー、って特許庁に言われたーって上の人が言うんだもんさー」
膝を抱えて隅っこに座り、それでもわざわざこちらに聞こえる声で愚痴り始める。
言ってはなんだが、いい年をしたオッサンがそうするのは、ちょっとどころじゃなく…不気味だ。
「…特許登録?」
「そーだよー。だけどどこで何やってる誰が使ったどんな商品かさえも判ってないっつーのにさー」
特許登録されてたのか、火者って。
…というか、類似品と思われるから禁止しとけよ、特許庁。
思っちゃったじゃねえか。
「つまり、…完全に俺達とは無関係な一般市民ってことか」
仲間に聞こえる程度の小声で呟く。
取り敢えず、安心した。危険な事はないほうがいい。
「そ、そうね…」
流石に関わりたくないのか、鏡花も既に『逃げ』の姿勢に入りつつある。
「じゃ、じゃあ今日の所はこれで―」
「そ、そうですね。ほら、壮一君―」
「おう、んじゃ行くぞ一年―」
そう言いながら腰を浮かせる鏡花達の眼前に、店長さんが立っていた。
「ちょっと待ってもらいましょうか…」
「ひ!?」」
目の光は空ろ、視線は明後日の方向。と言うか、俺でさえ知覚できなかったその動き…本当に俺達とは無関係だろうな?
「うちの店を散々こき下ろした挙句、そのまま何も食わずに帰るのはどうかと思うんですがぁぁ…」
「べ、別に扱き下ろしてなんか…」
「問答無用!」
突然背後に炎を湛えて、店長さんは咆哮した。
「うちのメニュー全品!全員で協力して一つ残らず完食していただきましょう!全部食べられたら御代は不要!ですが、食べ切れなかったら全額払ってもらいます!」
「な、何で私たちがそんな―」
反論しようとした鏡花だが、
「…営業妨害って学校に訴え出ましょ―」
「わ、判ったわよ!何でも持ってきなさいったら!!」
敢え無く撃沈する。失意のうちに深く椅子へと体を凭れさせながら、殺意すら篭もった視線を真言美と壮一に注ぐ。
…冥福を祈っとくぞ、二人とも。
……ソシテ、鏡花ガオワッタラ俺ダ。
「ね、亮君」
…あ、いずみさん?
先刻から一言も発してなかったから失念していた。
すまん、と心の中で謝りながら、聞く。
「ん、どうしたんだい?」
「…何か、大変な事になっちゃったね…!」
「あ、ああ…そうだな。果たしてどんな味なんだろうな…」
他に客も居ないし、そもそも入ってくる様子すらないし。
「大丈夫、すっごく美味しいから!」
「…え?」
「だって『あの』トーガ・カラーミーさん直伝の味付けなんだよ…!?」
知ってるのかその胡散臭い名前を。
と言うか、なんでそんなに嬉しそうですか。
「…うん、知ってるよ。実はね、その人の料理本を読んだ事があるんだ」
「…へぇ?」
「なら、大丈夫かしら…」
微かな希望に縋ろうとする様子の鏡花。
…俺が言うのも何だが、多分に甘いと思うぞ。


そして、三十分後。
五つの屍が口から湯気らしきものを立てて轟沈しているテーブルで。
「ね、亮君。これがカラーミーさんが新しく発明したスパイス『ガラワスコラシ』だよ。美味しいねえ♪」
「へぇ、これが。…ん、なかなか辛いね」
俺といずみさんだけが平然と料理を平らげていた。
というか…何だろうな、その『唐辛子と山葵とタバスコと芥子を適当に混ぜた』ような名前のスパイス。
「…なはなは辛ひ?」
突っ伏したまま、壮一が聞いてくる。
「ま、この程度なら、余裕」
「ひょ…冗談れひょ?」
「ほ…ほへれ余裕?」
ろれつが回っていない口調の鏡花と真言美ちゃん。…だから、甘いって。
いずみさんだけが知っている料理情報って時点で、疑わないと。
「どうしたの?亮君。…あ、辛いかな?」
食べるのを止めていた俺が心配なのか、眉根を寄せてこちらを見つめている。
「大丈夫。本気の時のいずみさんの料理ほどには辛くないし」
「もう、亮君ったら…♪」
こちらの返答に満足したのか、照れながらも更に食べるペースを上げるいずみさん。
「ほ、ほいふら…」
「…撃沈しへいる俺達への心配はなひれふかぁ…」
「口は辛ひほに…この空気の甘はひゃ…」
撃沈している連中の恨みがましい視線やら気配やらを感じるが、無視。
程なく料理は殆どが俺といずみさんの腹の中に納まった。
「…み、見事です…。感服しました」
「いやいや」
見ると、店長さんが呆然とした中にも、嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「お二人こそ、トーガ様の提唱なさった『辛味幸福論』を達成するに足る人材に相違ありません!…如何でしょう、お二人とも。私達と共に、『辛味幸福論』を世に遍く広めませんか!?」
…なんか一気に胡散臭くなったが。
「ああ、えっと…」
どう答えたものだか、と俺が言いよどんで居ると。
「…申し訳ありませんけど、私たちには先に果たさなきゃならない使命があるんです。…それを果たすまでは、どうしても皆さんのお手伝いは出来ません」
きっぱりと、いずみさんがそれを断ってくれた。
「判りました…。お二人ともにかなりの逸材と見受けましたが、そういう事なら仕方ありません。…いや、これもまた、辛味の神のお導きか…」
「…カラーミーの次は辛味の神かい」
俺のツッコミは、空気以上に誰の耳にも届かなかった。
「…とろいれるわよー」
「…会話に参加ふる糸口ぎゃ見えにゃいらけれふ…」
重ね重ね言うが、俺のツッコミは、空気以上に誰の耳にも届かなかった。
と言うか、途中でリタイアした連中なぞを状況に割り込ませて堪るか。
「火倉さんと…羽村さんですか。辛味に愛された貴方がたお二人に、これを差し上げましょう」
と、店長さんは店員の一人に、大体40センチくらいの壷を持って来させた。
「カラーミー様が手ずから調合された、ガラワスコラシが詰まっています。お使いください」
「い、いいんですか!?」
「聞けばお二人はカップルだということ。でしたらこれで辛味の道を更に究めて行って下さい」
「は、はい!」
涙も流さん程に感激しているいずみさん。
ああ、これは暫くうちでの食事の『辛度』が上がるなあ…。
「御代は、本当に要らないんですか…?」
「ええ。今日の好き日に、二人の同胞に出会えた。その幸福に比べたら、これくらいの出費は」
…俺も同胞か。
「…店長さん。私達、また来ます」
「「「「「ええっ!?」」」」」
撃沈している連中が悲鳴を上げたが、全員無視。
何となく理解した。
…ここでは、辛い料理に耐えられる人だけに、人権があるんだ。
つまり、リタイアした鏡花達は、既に路傍の石以下ということなのだろう。
「それだけじゃありません。友達や…先生とか、色々な人に、ここの事、宣伝します」
「おお…同胞・火倉」
「…俺も、やりますよ。タダで飯食ってお終い、じゃ夢見が悪いから」
「同胞・羽村…。本当に、今日は好き日です」
感極まったらしく、店長さんは俺達に背を向けた。
「…行きなさい、同胞よ。私達は辛味を愛する兄弟です。いつでもおいでなさい、歓迎しますよ」
「はい!」
店長と店員の和やかな雰囲気に包まれながら、連れ立って店を出る。
「…いい店だったね」
「…そ、そうだ…ね?」
随分と特殊な感じだったけど。
まあ、いずみさんの嬉しそうな様子を見られただけ、きっといい店だったのだろうと思う。
「また、行こうね」
「そうだね。その為にはあそこを潰さないように、いっぱい宣伝をしておこう」
店には俺達以外誰も居なかったしな。このままじゃ再度行く前に潰れるぞ、あそこ。
「うん」
きゅ、と腕を絡めてくるいずみさんに微笑みを返しながら、俺達は帰り道をイチャイチャしながら―
「あ」
「…どうしたの、亮君?」
「ああ、いや。何でもないよ」
店に轟沈したままの、仲間を見捨てた。


二日後。
あの後、店長さんから『辛味幸福論』を実践つきで体験させられた鏡花達が復帰してきた。
「「「「「…」」」」」
…どうやら、辛さに耐性のない彼等では、その全ては我慢しきれなかったようだが。
取り敢えず、彼等から突き刺さる冷たい視線が、痛い痛い痛い。



…ちなみに。
辛味料理店『火者(ひもの)十七号店』はこの半年後、大津名でも知らない者は居ないほどの客入りを発揮する人気の店になった。
「これも、火者の名前の隠蔽に役立つかもね」
「…いや、どうだろ」


続く?











後書き
ども、滑稽です。
久々に電波を受信しました。
取り敢えず、お惚気でもちらっと書きましたが、今回は『辛』に特化した作品となりました。
いや、滑稽のPCでは『火者』と打つのに一番早いのが『ひ・もの』で変換する時だというのは無関係デスヨ。
…たぶん。
では、次回の作品でまたお会いしましょう。






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