屋久島 宮之浦岳                               2004.7.8〜12

月 日    7月8日(木)〜12日(月)

天 候   曇り

メンバー  星野、小野塚、田沼、畦地、濱田

屋久島は、大隈諸島の一つで九州本島最南端佐多岬から60km離れた島で日本で6番目に大きな島です。周囲132km、円形に近い島に、1800m以上の山が7峰、1000m以上だと45峰もある島です。 海から一気に盛り上がった花崗岩の山のイメージは、「洋上アルプス」と呼ばれ、屋久島から18kmしか離れていない種子島が全島平坦な台地状の島であるのに比べて好対照です。この島の最高峰の宮之浦岳(1936m)は、九州の最高峰でもあります。また、同じ円形の島でも北海道の利尻島が利尻富士に代表される単体の山の島なのに対し、この屋久島は宮之浦岳の頂上に立って見ると重畳たる山並みの本当に洋上アルプスで、これがひとつの島なのかと利尻島との違いにびっくりします。

では、世界遺産に登録された屋久島の旅をご案内します。羽田空港から1時間40分で鹿児島空エァコミュータに乗り換えて40分で屋久島空港に降り立つ方法と、鹿児島本港北埠頭から鹿児島商船の高速船ジェットフォイル「トッピー」に乗り2時間05分の洋上の旅で宮之浦港へ行く方法があります。我々は後者の「トッピー」で行くことにした。


 7/8 今回は午前の飛行機が取れず初めて午後便になってしまい羽田を17時出発、鹿児島空港へは18時40分と遅くなってしまった。空港には私の友人の畦地さんが出迎えてくれました。鹿児島市内の甲突川河畔に湧く天保山温泉で温泉に浸かり汗を流して豚シャブの有名な「一二三」で濱田さんと合流。鹿児島在住のこの2名は、文京時代にいつも一緒に北アルプスや南アルプスを一緒に歩いた山仲間である。久しぶりの再会にお酒も進み、この夜は畦地さんのお宅にお世話になりました。

/9 畦地さんの奥様に北埠頭のトッピー乗り場まで送っていただき、濱田さんと再合流。8時発のトッピーに乗船。朝の桜島は8合目から上は雲の中でした。指宿港で団体客を乗せ一路宮之浦港を目指します。船中は飛行機と同じくシートベルト着用です。途中から雨模様になり宮之浦港下船時にはスコールの様な大粒の雨と風。1ケ月に35日雨が降るという屋久島の猛烈な出迎えである。桟橋を渡り出迎えのレンタカー会社の車へ行くまでにずぶ濡れである。港の外れにあるレンタカー会社の営業所で手続きを済ませ島内観光へ出発。


宮之浦岳
 7/10華の屋を4時40分ご主人に見送られて出発。途中、早朝弁当の朝日屋で朝食とお昼用の弁当を受け取り、淀川登山口を目指す。途中、風気味の畦地さんと運転を変わり愛子岳を見ながら進み狭いカーブで大型バスと出くわす、すれ違いができないのでバックした際、ガードレールに右前輪の上を擦ってしまった。「アチャーやっちゃったよ!」と意気消沈。畦地さんが再度運転を交代する。途中雨も降り出してきた。淀川登山口駐車場には既に5・6台の車が止まっていた。

淀川登山口 淀川小屋(1,380m)

ここで朝食を食べて淀川登山口を5時50分雨の中を出発、途中、巨杉の門を通ったりしながら40分で淀川小屋に着く。小屋の周りの杉はサルオガセがビッシリと下がっている。小屋の裏側になる淀川にかかる橋を渡ると急な登りとなる。途中、花之江河までの間は、急坂、荒れた根っ子道、露岩のほか、急傾斜の木道・木段も多く、歩きにくい登山道です。
 標高1600m附近に位置する小花之江河・花之江河は、自然に出来た日本庭園ともいわれる高層湿原です。雨杉/ガスという天候が晴れた時とは違った幽玄な雰囲気をかもし出している。今日もまさしく1か月に35日雨が降ると表現されるこの島そのものの状態でした。黒味岳分岐から投石平までが最悪でスコール状の強雨で、薄暗い樹林の中をいったん下り、滝のある左斜面をロープで登ると沢状の中を進む。
沢状を抜け出すと森林限界となり花崗岩の大きな露岩がある投石平に着く。ここで休憩とするが、風強く寒い。翁岳の鞍部辺りで雨も上がり日差しが戻ってきた。山頂までは、群生のヤクザサや屋久島石楠花が多くなり、また露出した花崗岩の岩が点々と突出していて、「ゲンコツ岩」と呼ばれる大きな奇岩や安房岳・翁岳・栗生岳頂上の岩塔が目につきました。

花之江河

三岳のひとつ栗生岳頂上を越え、九州の最高峰、日本百名山のひとつ宮之浦岳の頂上に10時50分着。快晴とは言えないが、まさに360度の絶景です。 島の集落からは見ることの出来ない宮之浦岳であるだけに、頂上から見える風景は、周囲の個性的な山、真っ青な空と海、このスケールの大きさは、さすがに洋上アルプスと呼ばれる所以である。永田岳(1886m)は、九州第2の高峰で、男性的な山容が印象的です。だが風が強く寒くてたまらない。

栗生岳から宮之浦岳(1,936m) 宮之浦岳山頂

下山はまた来た道を下ります。途中、藤林さん達のガイドの日高さんがこの岩にはヤクシマリンドウ、ヤクシマツルリンドウ、イッスンキンカがあるとか説明してくれた。そして、濱田さんが筋肉痛で足が痛いといったらすぐ「これは効くよ」と塗り薬を出してくれた。

花之江河あたりに来るとヤクシマガンビ、ヤマボウシ、があるとか、枯木のオブジェや高盤山のトーフ岩の説明や、秘密の展望台に案内してくれたりで、どっちのガイドをして貰っているのか分からなくなってきた。

淀川小屋手前20分くらいの所に差し掛かると私の靴の底が突如ベロッと剥がれてしまった。まだ、5年位しか履いていないのに!これが山渓や岳人に良く載っている現象か、ハイキングシューズの問題点を痛感させられた。でも、下山途中で良かった。タオルを破いて靴底をグルグル巻きにして下った。淀川小屋で最後の休憩をとり出発点の淀川登山口に着いたのは、16時丁度、所要時間10時間10分、屋久島の天候を十分享受し恵まれた山行の一日でした。

登山口から帰る途中、紀元杉の前にきた。何の撮影をしているのか分からなかったが、誘導員もいて紀元杉は車中から見物した。ここを過ぎると屋久シカが一頭道路にいて餌をあさっていた。車で近づいても逃げない。縄文ランドから今夜の宿安房の民宿『水明荘』に向かう。『水明荘』はフィリピンパブ等ある細い路地を入って行くがどん詰まりにあるので不安になる。宿の下は安房川で屋形船があり、弁当や酒を積み込んで納涼船仕立てのサービスをしている。今日は宿泊客が多く、我々が通された部屋は食堂(宴会場)をアコーデォンカーテンで仕切られた部屋だったので一人800円値引きしてくれた。風呂に入ってから宴会で、亀の手という珍味が美味しい。トビウオのカラアゲやキビナゴも美味しいかった。


縄文杉
 7/11今日、所用で帰る畦地さんを残して水明荘4時30分濱田さんの運転で出発。昨日と同じく屋久杉ランド近くまで行き、荒川別れで屋久杉ランド・宮之浦登山口を左に見送り町道荒川を線を4.3キロ走ると荒川口の駐車場に着きますが過日の大雨で駐車場手前が崖崩れため通行止めで駐車場まで入れません。路肩には既に6台ほどの車が止まっていた。

ここで、昨日の宮之浦登山で筋肉痛になってしまった濱田さんに2時に迎えに来るよう頼んで、小野塚・田沼さんと3名で出発。

人が近づくと照明が点灯するトンネル H16.3に完成した小杉谷橋


縄文杉のスタート地点は、荒川登山口です。 旧林野庁のかっての原木搬出用軌道を歩くことから始まり、このトロッコ軌道を2時間30分かけて歩きます。歩いてすぐの欄干のない橋を渡ります。下の河原には大きな岩がごろごろしている。人が近づくと明かりが点灯するトンネルを潜り廃車になった朽ちかけたトロッコを見ながら旧石塚歩道(安房川南沢)へ延びる線路の分岐を右に折れ平成16年3月完成したばかりの真新しい小杉谷橋を渡ります。この橋は欄干が付きました。

 コースタイム通り40分ほど歩くと「小杉谷事業所跡」の小杉谷小中学校跡地と休憩舎があります。ここはかつて屋久島国有林経営の前進基地だった所。森林軌道開通の翌年、大正13年に集落として誕生し、最盛期(昭和35年)には540人が暮らしていたと言う。のちに伐採地を荒川地区へ移動、又トラック運送がさかんになり始めた為、昭和45年、事業所の閉鎖と共に集落もたった半世紀で幕を閉じたという歴史がある。現在は当時の面影もない空き地になっている。ここで今朝、水明荘で受け取った弁当の朝食を取る。
途中、最初の大杉三代杉」樹高38.4m,周囲4.4m樹齢500年の倒木更新、切り株更新を重ねた三代目。
1代目が約2,000年で倒れ、倒木更新した2代目が約1,000年で伐採されたといわれている。その上に切り株更新した3代目は樹齢数百年、三千数百年の間に三代に渡って更新していることになる。次時代を担う優良木として精英樹に指定されている。

 屋久鹿や屋久サル
の出迎えを受けながら、黙々と、ただ黙々と歩き、距離と標高を稼ぐ。先頭の小野塚さんは後ろを振り向かずドンドン先きに行ってしまう。天気は無風快晴、気温もガンガン高くなり、汗びっしょり!さすがに1時間も歩くとだるくなってくる。たまに谷から吹き上げてくる風が心地よい。途中、軌道の真ん中に板が置いてあって歩きやすいところもあるが、枕木の間隔が歩幅に合わないので、非常に歩きにくく、また、板が硬いので足の裏が痛くなる。滝の音が聞こえ下を覗くと2本の滝とゴルジュが見える。ここまで来る間にも滝の音がたくさん聞こえていたのでその近辺のヤブを伐採してくれたらこの退屈な時間を過ごせるのにと思いながら歩を進める。 勾配が小さいとはいえ、このトロッコ軌道の2時間30分は、結構疲れます。約2時間で大杉歩道入口に到着。


ここから巨木との対面

 トロッコ軌道と別れて、大株歩道入口から、根っ子がむき出しの急坂を登ること20分、一番最初に出てきたのが着生植物や苔に覆われ、どっしりとした風貌の翁杉」樹高23.7m ,周囲12.6m 樹齢2000年です。
 さらに10分でウィルソン株と呼ばれる周囲13.8m樹齢3000年以上の巨大な切り株との出会いです。さすがにでっかい!


翁杉 ウイルソン株


大正3年、アメリカのウィルソン博士によって、世界に紹介され、有名になった切株です。 内部は、10畳程の広さの空洞となっていて、木魂神社が祀ってあり、泉が湧いている、そして見上げると空が見えるという今までに味わった事のない景色。少しだけ差し込む日差しが更に雰囲気を増している。なんか不思議な気分になった。木にもこういう風格が有るんだなと感じました。「この切り株は400年前に伐採されたと伝えられており、一番古い切り株といわれている。周囲は伐採によってできた大きな空間に再生したとみられる小杉群が育っていることなど、屋久杉林の更新の仕組みをよくあらわしている。また、天正14年(1586年)、秀吉が京都方広寺大仏殿建立のため、各大名に材木の拠出を命じ、そのため島津藩が、この屋久杉を切り倒したと伝えられていますとネイチャーガイドさんが説明していました。そして、これからが本当の登りで胸突き八丁の急坂になりますと話していた。

 ウィルソン株から、さらに尾根を登ることになり、傾斜のきつい木段、木道の多い登山道となります。 「がまん坂」とよばれる10分程の急な階段の登り坂。ただひたすら登ること20分で美味しい水場に着く、ここは明るく巨杉も多く休憩するのには最高の場所でたくさんの登山者が休んでいた。
ここからまた登りとなって大王杉 樹高24.7m ,周囲11.1m  樹齢3000年で縄文杉が見つかるまでは最大の屋久杉といわれた。ここにも定点観測の測定器が設置されていた。ここはうっかりすると見過ごしてしまうかも知れない。そして名前のない巨杉を見送って10分で夫婦杉だ。(夫)樹高22.9m 周囲10.9m 樹齢2000年(妻)樹高25.5m周囲5.8m 樹齢1500年の枝でつながった合体木で、2本の杉から伸びた枝が完全に癒着したもの。仲睦まじく手をつないでいるカップルのように見えます。

縄文杉 縄文杉の前で

さらに水平な道からいったん下って上り返すとようやく縄文杉展望デッキと言うか櫓に到着、階段を登るとデデーンと縄文杉が立ちはだかっています。樹高25.3m、胸高胸囲16.4m樹齢2000年代〜7200年の屋久島最大の巨杉です。縄文時代の7200年説から、2170年の合体木説まで、諸説があるようですが、木肌に刻まれた深いシワやコブに年月の重みを感じます。いずれにしても気の遠くなるような太古の昔から生き続けてきた老杉だが、廻りを伐採されスッポンポンにされてしまい、ましてかぶりつきよろしく花道で見ているようで、まるでストリップ小屋の踊り子を見ているようで荘厳さは感じられません。縄文杉は11種類の植物が着生しているそうです。

 この櫓で昼食とししばしの休憩とします。櫓の上には沢山の登山客やカメラマンがいて縄文杉をバックに記念写真をとるのに順番待ちです。ツアー客やガイド登山の人が多くガイドさんが色々説明をししながらお客さんのためにコーヒーを入れたりスープを作ったりしていました。


 下山は同じルートを下りました。大王杉付近で先頭を歩いていた小野塚さんが大きな声で「あっ」叫んだ。何があったのかと前を見ると赤羽時代に一緒だった鈴木さん達のグループが登って来たのだ。そしてもう一人藤沼さんも居たのだ。
「何でここにいるのよー」と鈴木さん。久しぶりの再会と、この時期にまた、離島で出会うなんて何という偶然なんだろうといいながら鈴木さんの連れが「写真・写真」と叫んで記念写真に納まりました。

そして、登りの時に休憩した水場に来ると屋久サルが数頭登山道から樹木に飛び移った、休んでいたみんな一斉にシャッターを押しまくっていた。後半のトロッコ道はきつかったー。行きで充分満足してしまうこの平坦な道のりは確かに楽だけど、展望が利かずつまらないので疲労感が募るばかり・・小野塚さんはどんどん先に行ってしまうし、ただひたすらゴールに向かって歩いてました。出発点の荒川登山口に戻ったのは午後1時50分、所要時間9時間の山歩きでした。

既に迎えの濱田さんが来ていて、数人のタクシーの運転手さんとあれこれと話をしながら待っていたと言う。今朝止めた所は既に満杯で少し登った所に車は止めてあった。車に乗り込み今夜の宿泊地の宮之浦を目指す。途中、このルートはサル街道かと思うほどサルが道端にたむろをしていた。
安房から屋久島空港を見て楠川温泉に立ち寄ることにした。



楠川温泉
楠川温泉
 この楠川温泉はひなびた温泉といった感じ。管理人さんもいたってのんびりしている。楠川手前の海沿いの県道から看板に従って急坂を登り一下りすると、クワズイモが繁る駐車場ある。ブロック造りの様な小さな建物が楠川温泉だ。何となく山の中の一軒宿と行った雰囲気。湯船の外には中之川がゆっくり流れている。

 男女別の湯船は小さいけれど、岩風呂風でのんびりできる。ただし、時間によっては地元の民宿の小父さんの愚痴を聴かされるかも知れないよ。風呂から上がったところにある畳敷きの部屋は休憩室。「時が止まっている感じ」で扇風機がゆっくり回り、上半身は裸だけれども許される湯治場みたいで古いマンガ本なんかがあったりしてゆっくりくつろげる。でも、女の子の中には「何となく薄暗くて落ち着かない・・」なんていうのもいるかも知れないね。そんなやつはここに連れてこないように。でもお客さんは結構入ってくるよ。

宮之浦荘
 宮之浦大橋を渡ってすぐに今夜の宿「宮之浦荘」がある。窓からは海も見える。宿のおかみさんが風呂にはすぐ入れるからねと声をかけてくれたが我が面々は取り合えず一杯ということで風呂は後回しとしビールで乾杯だ。そして、階段を降りたとき突如「星野さ〜ん、何しているの!」と声にビックリ仰天!心臓が止まるかと思った。声の主は何と私の飲み友達の奥さんではないか!「何をしているって今着いたばかりで一杯やっているところだよ」「まさか、ここで会うなんて、何て偶然なの!父ちゃん部屋にいるよ」ということで部屋に行ってみると何と我々の部屋の隣ではないか、何もかも偶然で怖いくらいだ。7月始めに屋久島に行くと5月のキャンプの時に聞いていたが、まさか同じ時期とは思わなかった。この夫妻は、新婚旅行に来た時は雨で何も見えなかったのでリベンジに来ていたのだ。この友達とは数年前に小川さん京子ちゃんと一緒に北アの北穂高の頂上でも偶然出会ったことがある宮沢氏だ。

 一杯飲んだ後は夕食までの時間、海岸を散策する。それにしてもこんな小さな島にも安房同様フィリピンパブがあるのにはこれまた驚いた。


最終日
 7/12屋久島の美味しいお酒、芋焼酎の『三岳』は出荷調整のため酒屋には置いていないと言う。徳州会病院の前、ワイワイランドのスーパーにあり、明日入荷するが午前中に完売になってしまうと昨日確認しておいたので、オープン前に出かけた。あるにはあったがお土産用の4合瓶なく一升瓶だけであった。取り合えず1本買って車をレンタカーの営業所に返却し、港まで店員さんに送ってもらった。

 トッピーの待合室でまたまた偶然が重なった。これも神の思し召しか?宮之浦岳で出会った仲良しグループの藤林さんたちに出会ったのだ。席も同じ列の5列前。
トッピー2号は種子島西之表港に寄り鹿児島港へ向かう。佐多岬を右手に見てしばらくして左に開門岳が現れたが五合目から上はやはり雲の中だった。智林ケ島を過ぎるとわずかで鹿児島港北埠頭です。

 埠頭には畦地さんが既に待っていてくれた。タクシーで市内に行く藤林さん達と別れ、畦地さんの車で空港に向かう。城山・磯庭園を窓越しに見てヤシやフェニックスの並木と桜島を見るためシーサイドラインを走って貰う。これも大崎の鼻の岬を過ぎてしまうと櫻島ともお別れです。途中の重富の吹上庵で美味しい天ぷら板そばを食べて姶良ICから九州自動車道に入り龍門の滝を窓越しに見て空港に着いた。ここで畦地さん・濱田さんともお別れです。大変お世話になり有難うございました。

 そして、時間があるのでレストランで一杯飲んでから16時発ANA628便に搭乗した。ここでまたビックリ、偶然がこう続くと本当に怖いですね。なんと、藤林さんたちが私のすぐ後ろの席に乗っていました。

写真小野塚、星野文:星野