下界と縁を切られているこの沢で、魚達はどこまで、大きくなれるのだろう?去年、うようよ岩魚が溜まってた支沢の滝壺に足を運んだが、魚影は無かった。ここは種沢として機能してるのだろうか?秋には、またイワナ達がたむろするのだろうか?
本筋もまだまだ先のある沢だ。しかし、多くの滝に阻まれ、なかなか奥へ進むことができない。去年、必死の思いでヘツッて越えた通らずに辿りついた。
腕時計を見ると、1時を回っていた。頭上を見上げると、さんさんと降り注ぐ太陽の光が痛いほどだ。今の時期なら、まだ、2時間ほど遊んでも大丈夫だ。ヘツろうか?それとも、暑いくらだから、泳いでみるか?
その時、誰かが囁いた。
「止めとけ、止めとけ、今日は止めとけ・・・」
思わず、アタリを見回した。もちろん、誰もいない。しかし、確かにそう聞こえた。カエルの声だったのかもしれない、或いは、鳥の声だったのかもしれない。オレのかすかな恐怖心が、動物に憑依して警告したのだろうか?
いや、渓神様のお告げだろう。そんな、馬鹿なと思いつつ、そう信じる事にした。今日は、ここで止めておこう。後ろ髪をひかれる想いを断ち切って、踵を返した。
いつか、泊まりで探ってやろうか。そんな事を考えつつ、テン場になりそうな所を探しながらのんびり退渓していた時だった。まだ、3時前だというのに、あれほど明るかった渓が、突然夕刻のように、暗くなり始めた。そして、雷鳴が!急いで戻らねば!ここはV字の渓で頭のてっぺんに流木が引っかかっているところだ。
普段なら、途中で一服の休憩を取るのだが、その余裕は無い。万が一の待避場所を探しながら、駆けるように退渓する。やっと、開けた場所まで戻り、今度は苦手な樹海の踏み分け道を息を切らせながら登る。なんとか車に辿り着き、慌てて渓を後にした。舗装された林道まで出て、ほっとし、暫くするとフロントガラスが濡れてきた。車を止め、後にした渓に目をやると、黒い雲に覆われていた。お告げは正しかったのだ。
(完) |