暦と記憶
■2008年4月■

どうして。どうして。どうして。 2008,4,21
これ。
こんなの。
あれ。
ああ あれ?
ゴキブリみたいだよね。
(カラスとも言われたがそれは褒め言葉だよと内心突っ込んだ中学時代)

一切喋ることを放棄していた時期。
今の私を知る人からすると想像の及ばない世界。
会話は悪でしかない。
ひたすらプラネタリウムで
毎日繰り返し同じ映像を観た。
横に座る男が何をしようとも 大声で発した奇声は
悲鳴ではなく 自分へのあてつけ
駆けつけた係員に連行される男の発した罵声。
膝まで落ちた下着。暗い世界。星の散りばめられた世界。
エンドロール。
下着を戻して帰路につく。

これは何かが違うと会話に意味を作ったのが十代前半
それじゃ足りないと会話に言語を取り入れたのが十代半ば
単語を暗記して意味を知る事は 楽しかった。

あれ とは 私か
ゴキブリ とは 虫であり 私への比喩だったのか。
カラスも同等。
こんなの とは 私の行動を示す言葉か。
すると その時彼女達が動いていた(蠢くに近い)行動は
私を模倣したものだったのか。

ふむ。面白い。



病だからと 自分を貶めた発言をする人を見ると
悲しくなるのが 今の自分
嘗て通った道。
これが苦しい あれが苦しい
なにもかも苦しい
生きていれば 誰だって苦しい
理解されるわけもない内容を吐き出して
実際に嘔吐し 血も出て 空になり
そろそろ潮時かと地獄を目指した。

きっと 今の私は輝いている。

そう信じるしかない。

久方ぶりに人前で症状が出た
苦痛だ
Nを抜くと沈黙は薬になる。

マカレナを踊りたい。

世界中が光に包まれてしまえばいいのに。
昨日絶えた命を想像し数えて眠る


やりたいならもう勝手にやってくれ。
つけは自分に返る。

病を模倣した挙句その自分を罵倒するっていうのは詰まり私自身が否定されているという証に他ならないわけで。そこに生じる摩擦から逃げるには私が全てを断ち切るしかない気がする。そういうのって傲慢だと解ってはいるけれど(感じる事時点で)あからさますぎて何も言えない。勝手にやってくれ。



あぁ…スイカ食べたい。黄色いやつ。
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