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遠い昔 人になった人魚
大切なものが この街に あったから
だけど 過ぎる時は 命を運んで
二人で植えた リンゴの樹が
数百の実を 落とした頃
彼のとなりには ただ一つ
白い十字架が 残るだけだった

「僕を 抱いて」 はるかかなた
海は砂漠 泣いたとしても
もう 戻れはしないよ
知りながら―――――
やがて 彼は 足を切り落とした。


声を殺し 名前で呼んでも
あたたかい暖炉が 体を包んでも
君の手は冷たい。
時間を止めよう。
月夜のキスでも 奇跡は起きず
出逢った日のままの 僕だけが
積もる塵の 鏡にゆれて
セピア色の絵画みたいだった。

「僕も 連れて」 閉じた瞼
月に天使 降りたとしても
独り夜は 明けていく
知っていて―――――
だから 彼は 足を切り落とした。


呼び覚ます声
だけど そうじゃない
海に 戻りたかったんじゃない
何もかも 失くしたわけじゃないし
だけど 時は見せる
波は告げる 望みもしない
本当の 居場所を…

「僕を 還して」
足を 無くし
家を 無くし
心を 傷め
彼を 抱いた はるかかなた
海は砂漠 微笑みながら
また 繰り返さないに、と
言い聞かせ
彼はそっと 足を切り落とした

遠い昔 人になった人魚
大切なものが この街に あったから

だから 僕は 足を切り落とした

海じゃなく
あの空へ 還るために…。


20001127詞のノートより。作品NO71
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童話みたいな話を 描きたかったのです。

私の中では 全然悲劇じゃなくて
同じ場所へ 還れるなら 幸せかなって思います。


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