源氏 40歳。当時40歳といえば、今の還暦くらいにあたり、長寿のお祝いをする年代です。
準太上天皇という地位も得、息子も結婚、明石の姫も入内して、すべてが思い通りにかない、もう昔のような軽々しい色恋沙汰はもう立場上出来ないだろう・・・紫の上としては、ようやくこれから 二人の静かなくらしがくるものと、期待していました。
しかし、それではこの物語は、ハッピーエンドとなってしまいます。

第二部の源氏の晩年は、第一部での栄華を極めた生活が突然様相一変して、暗い霧がただよいはじめます。
それは、源氏が若き「女三の宮」を六条院へ迎えることから始まります。・・・・・
源氏の、冷徹で残酷な一面があらわれます。

「若菜 上・下」の巻は、源氏物語のなかでも、傑作中の傑作と言われている長編です。

「若菜 上」源氏と朱雀帝の娘「女三の宮」との結婚から、物語は新たな展開をはじめます。源氏物語54帖のひとつの転換点です。
「若菜 下」今上帝の即位、紫の上の病臥、柏木と女三の宮との密会露見、柏木の病臥・・・と加速していきます。
「柏木」女三の宮が、柏木との不義の子(薫)出産。そして源氏を恐れ出家。柏木の死。我が子ならぬ我が子を抱いてあわれと涙する源氏・・・・。
「横笛」柏木の一周忌。源氏の息子夕霧が秘密のすべてを察知しはじめる・・・。
「鈴虫」柏木・女三の宮物語のエピローグ。出家した女三の宮への執着を捨て切れない源氏の揺れ動く心・・・。


「 系図 」・・・下の画像クリックで全画面表示








わかな じょう


源氏の兄 朱雀院は、今では帝位を源氏と藤壷との間にうまれた不義の子 冷泉帝にゆずり、悠々自適のくらしを送っていますが、もともと病弱で、このところ重く病むようになり、かねがね考えていた出家の準備をはじめていました。
それにつけても気がかりなのは、母も亡くなって有力な後見もない最愛の娘「女三の宮」の行末です。
彼女の有力な求婚者には、柏木や蛍兵部卿宮など、たくさんいますが、朱雀院にとってはいずれも帯に短したすきに長しで、迷い続けます。
女三の宮は、十四歳ですが、年より幼く頼りないので、しっかりした後見者をと考えていたのです。
苦慮のすえ、源氏に白羽の矢をあてることにしました。
源氏は、これを聞いてはじめは、はなはだ気乗り薄でした。「今さら」ということと、六条院には、紫の上と明石の君がいて、ようやく明石の姫君が橋渡しとなって、この育ての母と産みの母とのこころが通いあう仲となってうまくいっていたところです。
そこにまた、女どおしの葛藤の原因をつくるのはうんざりです。
一応固辞しますが、あの故藤壷の妹が女三の宮の母であるということから、恋しい藤壷のおもかげを伝えているかも知れないと、心が動きます。

源氏の動揺をよそに、朱雀院は病気のまま出家してしまいます。
見舞いに参上した源氏は、そこで出家姿の朱雀院に直接泣き付かれ、拒みきれずに女三の宮の降嫁を承諾してしまいます。・・・とはいうものの、本来の色好みがよみがえり、若き女三の宮に無関心ではいられなくなったのでした。

紫の上は、女三の宮のことをほのかに聞いていましたが、噂にすぎないと大して気にかけないようにしていました。
しかし、ある日源氏からその話しを打ち明けられ、気も動転しながら表面冷静な表情で承知しますが、心の傷は深く残ります。
これまで、源氏の正妻の立場をずっと維持してきた紫の上ですが、女三の宮の内親王という身分は、女としては最高で、当然正妻の座は奪われることになります。
あらためて自分のおかれた立場のはかなさをかみしめます。
二月十日すぎ、いよいよ女三の宮が、六条院に移ってきました。盛大な婚礼の宴が連日続きますが、紫の上は心の動揺を他人に知られ、なまじ同情などされては一層みじめだと、表面はあくまで平静を装い、源氏を助け婚儀にもこまごまと手伝います。
そんな紫の上に、源氏はあらためて強く愛着を覚えます。

一方、女三の宮は妻と呼ぶにはあまりにあどけなく、幼く、源氏はがっかりします。しかし事態はもうどうすることも出来ません。
源氏は、女三の宮への期待はずれと、紫の上への申し訳なさに責め立てられ、後悔から苦悩へと進んでいきます。
朱雀院は、この月西山の寺へこもりました。
源氏は、紫の上と女三の宮との板挟みから逃れるかのように、今は朱雀院の出家で自由の身になっているあの朧月夜の君と忍んで会い、昔の恋がまた再燃します。
紫の上は、もう源氏を信じられなくなっていました。表面穏やかに振る舞っているものの、彼女の心は彼からどんどん離れていきます。
女三の宮の源氏のもとへの降嫁は、世の貴公子たちをがっかりさせました。相手が源氏ではどうにもなりません。
ところが、いまだに彼女をあきらめきれずにいる男がいました。
以前玉鬘に思いを寄せたこともある太政大臣(もとの頭の中将)の長男「柏木」です。

ある日、柏木は夕霧たちと六条院の庭で、蹴鞠を楽しんでいました。その近くの御殿には恋しい女三の宮がいます。
その御殿の階段で一休みしていた時のことです。
正面の御簾のなかで、女三の宮がかわいがっている「ねこ」に、どらねこがとびかかり、追い回す騒ぎになりました。
そのうち、ねこの首につけたひもが、すだれにひっかかって正面の御簾がぱっとまくれあがりました。
そのとたん、御簾のむこうに女の人影がみえました。身体は、きらびやかな衣裳が重たそうな、きゃしゃで小さく、横顔の愛らしい、女三の宮その人です。
柏木は、偶然にもその女三の宮の姿を見てしまいます。そして一目で心を奪われてしまいます。

当時、高貴の女は、けっして夫以外の男に顔などは見せません。夕霧でさえ、義母紫の上を、野分の巻で、野分の見舞いで六条院を訪れた時に一度見ただけなのです。
顔を見られるということは、寝たと同じような意味をもって考えられていました。
この女三の宮の不用意さに、夕霧はあきれますが、一方その女三の宮の姿を見て、魂を抜かれたようになっている柏木の姿に不安を感じます。

この時の一瞬が、柏木と女三の宮の運命を決定的に変えていきます。

  • 源氏は、好き心とはいえ、なんで自ら墓穴を掘るような女三の宮との結婚を承諾してしまったのか・・・。
    ちょと理解に苦しむ展開ですが、作者はそれを現実的にするために、女三の宮が故藤壷の姪であるという系図をあらかじめ設定してあります。
    今なお藤壷に見果てぬ夢を追う、源氏の好き心が招いた悲劇・・・というわけです。
    このことにより、源氏は最も失いたくなかった紫の上の心を失ってしまうのでした。


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わかな げ


柏木の、女三の宮への恋心は、大それたこととおびえつつも、狂おしいまでにつのっていきます。
彼女がかっていた猫を、東宮を介して借り受け、それを愛撫してせめてもの慰めとするほどです。

それから4年の歳月がながれました。
冷泉帝が退位し、朱雀院の皇子である今上帝が即位しました。そして明石の女御の第一皇子が春宮になりました。

その年の10月、源氏は紫の上、明石の女御、明石の君らを伴い、住吉神社に参詣します。
明石の女御の皇子が春宮になれたのも、明石入道の長年の住吉信仰のおかげと、その願ほどきの参詣でした。

源氏の、紫の上への愛は、年とともに深くなりますが、彼女はすでに彼の心から離れ、女三の宮や明石の君に比べて不安な境遇にあることを思い、出家を考えるようになっていました。しかし、源氏は許すはずもありません。

源氏47歳の春の宵、源氏は朱雀院の五十の賀を計画し、六条院の女君たちを集めて女楽を催しました。
紫の上は和琴を、女三の宮は琴を、明石の君は琵琶を、明石の女御は筝を奏で、それぞれに華麗を極め、源氏も満足でした。

その夜、紫の上が発病します。
源氏はとるものもとりあえず、女三の宮のもとより帰り、つきっきりであらゆる祈祷をさせますが、はかばかしくなく、三月には彼女を二条院に移し、そこでもつきっきりで看病します。

一方、柏木は、その後真木柱の縁談にも耳をかさず、ひとり、猫で女三の宮への思いを慰めていましたが、今や中納言に昇進し地位も高まって、いつまでも独り身というわけにもいかず、女三の宮の姉の「女二宮(落葉の宮)」を妻に迎えます。
しかし女三の宮のことが、どうしても忘れられません。

そんな折、紫の上の病気で人の少なくなった六条院で、その不祥事は起こってしまいます。
柏木が、小侍従の手引きで女三の宮のもとに忍び入り、通じてしまうのです。
二人にとっては、大それたあやまち以外のなにものでもなく、それぞれに源氏を恐れ、破滅の道へと踏み出してゆくのでした。

女三の宮が健康がすぐれないというので、源氏は六条院に見舞いに駆けつけますが、反対に紫の上が危篤になったという知らせを受けて、驚いて再び二条院に戻ります。
そこで六条御息所の死霊が出現し、慄然とします。いまだに成仏できずにいる亡き六条御息所の物の怪が、紫の上にとりついていたのです。

懸命の祈祷のかいあって。紫の上は次第に快方に向い、かろうじて危機を脱します。

紫の上が小康を得た夏の末、源氏は久しぶりに女三の宮を訪れ、そこで彼女の懐妊を知って不審に思います。
明石の姫が生まれてもう20年近くたっているし、紫の上との間には子供が出来ませんでした。それが今になって自分の子供が出来たということに納得がいかなかったのです。
それを質すまでもないまま、翌朝、はからずも柏木と女三の宮への手紙を発見し、一切を知ることとなります。

それにしても、こんな重大な手紙を簡単にみられてしまうようなところにおくなんて、源氏は女三の宮のおろかさに今更ながらあきれがっかりします。もし他の人に見られていたら、源氏自身の大変な恥になるところでした。

やがて柏木も秘密のもれたことを知り、罪の深さに身も冷える思いで恐れおののくのです。
源氏は若い頃の自らの過ちの応報かとうちのめされ、柏木は源氏への背信のむなしさをかみしめ、女三の宮はただ源氏を恐れて泣くだけ・・・と、三者三様の苦しみを抱きます。


ことしは朱雀院の五十の賀が行われる予定で源氏も計画していましたが、紫の上の大病や女三の宮の懐妊の苦しみなどで、のびのびになっていました。
しかしそういつまでも延ばすわけにもいかず、12月25日がその日と定められ、12月すぎにその試楽(予行演習)が行われました。

柏木は、源氏への恐れからやはり健康がすぐれなかったのですが、源氏のたっての希望で病をおしてその試楽のために六条院にやってきました。
その宴席で、源氏からはげしい皮肉のことばを浴びせられ、さらに飲めない酒を何杯も飲まされ、恐怖と絶望のあまり、そのまま床についてしまいます。

暮れもおしせまった12月25日、朱雀院の五十の賀は、柏木の重病による不参加ではなやかさに欠ける中、おごそかに行われました。


・ 柏木が女三の宮の寝所に忍び込んできた・・

宮は、何心もなく大殿籠りにけるを、近く男のけはひのすれば、院のおはすると思したるに、うちかしこまりたる気色見せて、床の下に抱きおろしたてまつるに、物におそはるるかと、せめて見あけたまへれば、あらぬ人なり。

宮は何心もなくおやすみになっていらっしゃったが、身近に男の気配がするので、院がお越しになったものとお思いになっていると、かしこまった態度で御帳台の下にお抱きおろし申したので、何かにおそわれているのではないかと、やっとの思いでお目をあけてごらんになると、なんと別人ではないか。

日本古典文学全集「源氏物語」(小学館)より



  • 夫婦生活をもう7年も続けていて、夫が帰ってきたのか、別の男か、顔をみるまでわからないとは、なんとおっとりした、歯がゆくなるほどのお姫さま。
    不用意に柏木に顔を見られてしまったり、柏木からの恋文を、敷物の下につっこんでそのまま忘れてしまい、源氏に見つかってしまったり・・・と、女三の宮は、ことほどさように幼稚でおっとりした性格の持ち主なのです。
    それだけに、父の朱雀院にとっては、彼女の行末が人一倍心配だったのでしょう。



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かしわぎ


柏木の病気は、回復の兆しのないまま新年を迎えました。
父母の悲嘆をよそに、いつか自分の前途は死しかないと思うようになり、病床から女三の宮へ文をおくり、宮への思いを訴えます。

やがて女三の宮は、柏木との不義の子「薫」を出産し、六条院では盛大な祝宴が催されました。
女三の宮はただひたすら源氏を恐れ、源氏から逃れるため出家を願うようになります。
心配した父の朱雀院は、夜ひそかに下山して六条院を訪れ、彼女の願いを入れて、我が手で得度させます。
そのあと源氏は、女三の宮を出家に追いやったのも、六条御息所の死霊の仕業であったことを知り、その執念に戦慄します。

女三の宮の出家を知った柏木は、見舞いに訪れた夕霧に、源氏へのとりなしと正妻落葉の宮(女二の宮)への力添えを依頼して、まもなく泡の消え入るように亡くなってしまいました。
女三の宮にすべてをささげ、むくわれることの何もない、空しい恋でした。

三月、薫の五十日の祝いの日。あまりにも柏木に生き写しの、我が子ならぬ我が子を抱いて、あわれと涙する源氏。
柏木への憎しみの一方で、その悲運に涙を禁じえません。

四十九日の忌がすぎて、夕霧は未亡人となった落葉の宮を見舞います。その母から、女三の宮と柏木との浅かった縁(えにし)を聞いた夕霧は、柏木があわれでなりません。
それにもまして、この落葉の宮はどんな思いでいるのだろうか。夕霧の心はいつしか落葉の宮に傾いています。

その後もしばしば落葉の宮を訪れ、女房たちも夕霧の来訪を喜び、彼女の再婚を願っています。

秋がきました。柏木の形見の薫は、もう這うようになり、その成長につけても、源氏の思いは複雑です。


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よこぶえ


柏木の一周忌が丁重に催されました。
源氏は、苦い記憶を拭い去ることは出来ないものの、法要に際しては、格別の志をします。
真相を知らない柏木の父(致仕の大臣)は、源氏の志や夕霧の落葉の宮に示す心づかいに対し、この上ないありがたいものと感謝します。

朱雀院は、娘の女二の宮(落葉の宮)、女三の宮とつづく不幸に嘆きながらも、今は同じ仏道にいそしむ女三の宮に絶えず便りを寄せています。

その朱雀院から山の筍などが送られてきた日、女三の宮を訪れた源氏は、まだ若く美しい尼姿を見るにつけ、二人の犯した過ちを無念に思い、心がいたむのをどうすることも出来ません。
そして、薫がよちよち歩きをはじめ、生えかけた歯で筍を無心でかじる姿にも、許し難いくやしさがつのります。

一方夕霧は、柏木の遺言が気になってなりません。およその見当はついてはいるものの、真相を知るのが恐ろしくもあり、源氏に切り出しかねています。

柏木の未亡人落葉の宮は、思いがけない夫の死にあって、今は母とさびしい日を過ごしていました。
秋の夕暮れ、夕霧はその落葉の宮母子を再び見舞いました。
故人を語り合い、琵琶をひいたりと、柏木をしのびます。
柏木は横笛の名手でした。帰りがけ、夕霧は落葉の宮の母から、故人の形見の品として、柏木遺愛の笛を贈られます。
柏木と落葉の宮との間には、子供が出来ませんでした。したがってその形見の品を贈るべき人がいなかったのです。

ところが、その夜、夕霧の夢のなかに柏木が現れ、横笛を伝えたい人は他にいる・・・と告げます。
夕霧は、柏木の執念を思い、ねんごろに供養し、笛の処理について源氏に相談しようと、六条院を訪れます。
そこで夕霧は、柏木のおもかげをそのまま宿した薫を見て驚きます。

夕霧の話しを聞いた源氏は、笛はわけあって自分が預かろうと言って、夕霧から笛を預かりますが、遺言に対する夕霧の問いには、心当たりないと、さりげなく受け流します。
源氏は、夕霧がすべてを察知しはじめていることを知ったのでした。

この夕霧と落葉の宮との関わり合いが、また物語の新しい局面を開いていきます。


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すずむし


源氏50歳の夏。
蓮の花が盛りのころ、女三の宮の持仏開眼供養が盛大に催されました。
源氏は、彼女のために心をこめて仏具一式を整え、現世での薄かった縁を来世につなごうと、彼女の出家生活を手厚く後援します。
盛大をきわめた法会でしたが、女三の宮の尼姿は、消え入りそうに、はかなげに見えるのでした。

秋になって源氏は、女三の宮の住む前庭を、秋の風情に造り変え、虫を放ちます。
女三の宮は、日夜仏事にいそしみ、源氏から離れて心静かな日々を送りたいと願っていますが、今になってもまだ若い彼女の尼姿に執着を断ち切れないでいる源氏は、時々彼女への執心を口にして、女三の宮を困らせています。

八月十五日の夜、女三の宮を訪れた源氏が、鈴虫の声をめでながら琴を弾いていると、夕霧や蛍兵部卿らが訪れてきて宴になります。
そこに冷泉院から誘いの使いがあり、源氏は一同をひきつれて参上し、夜を徹しての宴となりました。
その宴のあと、源氏は秋好中宮を訪問します。
その折中宮は、亡き母六条御息所が、いまなお成仏できずにいるという噂を聞いて、出家の意思を源氏にほのめかしますが、源氏は御息所の追善供養をすることを勧めるのでした。




  • 柏木・女三の宮の物語は、柏木の病死と女三の宮の出家という、当事者が犠牲になるたいへん気の毒な形で終わりました。
    柏木と女三の宮との密通事件に対する、源氏のとった処置は、なんとも残酷ともいえる厳しい内容でした。
    柏木に対しては、明らかに計画的、精神的に苦しめ、追いつめて、死に追いやっています。
    女三の宮に対しては、決して本人には、そのことはおくびにも出さず、形式的に前にもまして大事に扱い、執着します。
    当人にとってはまさに針のむしろ。そういうつめたい仕打ちに耐え切れなくなって出家に逃れていったのでした。

    源氏のこれまでにないきびしい、残酷ともいえる一面。
    これまで、見境もなく女に手を出す一方で一度関わった女にはあとあとまで面倒を見る、優しい面を見てきましたが、実は冷徹で、したたかで、かつ並大抵な男ではないということが、分かりました。


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