昨秋完成した六条院に、はじめての新春がめぐってきました。
作者は、この巻から「行幸」の巻までの七巻を費やして、六条院における源氏の栄華をきわめた生活を、一年間の年中行事にからませながら、絵巻物のように描き出しています。
源氏36歳の一年間です。

  • 「初音」・・・正月。六条院のはじめての正月を、女君たちと祝う。
  • 「胡蝶」・・・三月、四月。春爛漫の六条院。源氏の玉鬘への恋慕。
  • 「蛍」・・・五月。蛍火の薄明かりで玉鬘の美貌を際立たせるにくい演出。
  • 「常夏」・・・六月。「近江の君」をからかう源氏と内大臣の意地のはりあい。
  • 「篝火」・・・七月。篝火に託して訴える玉鬘への恋情。
  • 「野分」・・・八月。夕霧のゆれる心。源氏の若い頃を思い出させる。
  • 「行幸」・・・十二月。玉鬘の真相を知った内大臣の驚き。


はつね

六条院が完成してはじめての初春。そのめでたさは、筆舌に尽くし難く、さながらこの世の極楽のよう。
年賀の人々がたてこんだその日も暮れ、源氏は装いをこらして女君たちのもとを訪れます。
まず紫の上と祝言をかわしたあと、明石の姫君にあい、そして花散里、玉鬘を訪れ、その夜は明石の君とともに過ごし、翌早朝紫の上のもとに戻ります。
その日は朝から正月客多く、そのさわぎをよいことに紫の上への気まずさをまぎらわします。
客の若い者たちは、玉鬘の存在が気になって気もそぞろです。
源氏は、この賑わいをよそに二条院に末摘花や空蝉を訪れます。
久しぶりに会う尼姿の空蝉は、昔よりもいっそう奥ゆかしく見え、源氏は一抹の未練を拭い切れません。

このように、たくさんの女君たちが、源氏の庇護のもとに安らかな生活をおくっているのです。

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こちょう

晩春の三月。六条院のすばらしい庭園が舞台です。
源氏は、ゆく春を惜しんで池に船を浮かべ、雅やかな船楽の遊びを行いました。
折りから秋好中宮が里帰りしていたので、その女房たちも船に乗って春の町を訪れ、これを見物し、夜を徹して遊びは華やかにつづけられました。
集まってきた若者たちのなかには、玉鬘に想いをよせる人々も多く、源氏は期待どおりのなりゆきに満足です。
その中には、源氏の弟の蛍兵部卿宮や、玉鬘が実の姉とも知らぬ、内大臣の長男(柏木)もいます。
初夏になると、玉鬘に多くの懸想文(けそうぶみ=今でいうラブレター)が届くようになります。
源氏は玉鬘のところを訪れて、親らしく返事の心得を教えたりします。
源氏の選んだ相手は、蛍兵部卿宮、髭黒大将、柏木の三人ですが、源氏自身しだいに手放すには余りにも惜しい想いにかられるようになります。
右近の目からは、若い源氏と玉鬘がお似合いの取り合わせに見えもしますが、玉鬘本人は、源氏を親として頼りながら一方では、まだ見ぬ実の父内大臣に早く会いたいとそればかり思っています。
玉鬘に心を奪われる源氏の姿は、紫の上に感づかれることとなり、紫の上は思い悩みます。
源氏は、いつか玉鬘に亡き夕顔の面影を重ね合わせ、ついその手をとらえて想いを打ち明けます。
玉鬘は、意外な成り行きに源氏をうとましく思い、悩む日々が続きます。

こうしたことを知るよしもない若者たちは、それぞれ何とかして玉鬘へ想いを伝えたいと、心をくだいています。


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ほたる

玉鬘は、源氏の振る舞いに苦しみ悩む日が続き、源氏から逃れたい一心から、蛍兵部卿宮を憎からず思うようになっていました。
初夏のある日、玉鬘を訪ねる蛍兵部卿宮を待ち受けていた源氏は、一計を案じて玉鬘の身辺に蛍を放ち、そのほのかな光で彼女の姿を写し出させます。
蛍火の薄明かりで、玉鬘の美貌を際立たせるというにくい演出です。 宮はその美しさに驚き、いよいよ執着を深めます。
五月五日、花散里の住む夏の町の御殿の馬場で、端午の節句の行事が行われ、源氏は花散里のもとに泊まります。
やがて長雨の季節。六条院の女君たちは、それぞれに絵や物語に余念がありません。
源氏は玉鬘を訪れ、彼女を相手に、物語の虚構にこそ真実が語りこめられている・・・などと物語の本質論を語り、ついでに切実な恋の想いを訴えかけます。
そして紫の上を相手には、姫の教育について論じます。これが名高い「物語論」といわれている部分です。
夕霧は、源氏自らの経験から、紫の上から遠ざけられていますが、明石の姫君とは親しくその遊び相手になっていました。
それにつけても、幼い雲居の雁と過ごした日々が思い出され、早く昇進して見直させたいと、それだけが念頭からはなれません。
内大臣家では、源氏の娘としての玉鬘が、評判高いのにひきかえ、自分の娘たちの思うにならない有様を嘆き、若い日に別れたあの夕顔との間に生まれた娘の行方を捜しはじめます。

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とこなつ

内大臣(頭の中将)が昔ある女性に生ませた娘「近江の君」(おうみのきみ)が内大臣のもとに引取られていました。
教養もなく、早口で礼儀作法も心得ず、周囲からばか者扱いにされています。
暑い夏の日のこと。源氏は釣殿で涼をとりながら、夕霧や内大臣家の若い者たちを相手に、その近江の君のことを話題にして皮肉っていました。
その近江の君の非常識ぶりには父内大臣もほとほと手を焼いています。
源氏は、内大臣が夕霧と雲居の雁との結婚を許さないことへの腹いせもあるのです。
夕刻、源氏が玉鬘を訪れます。
玉鬘は、源氏の口振りから父内大臣と源氏の不和を悟り、父との対面の困難さを予想して嘆かずにはいられません。
源氏の玉鬘への想いはつのる一方。しかし紫の上と同じ扱いは出来ないという分別は一応もっており、いっそ蛍兵部卿宮か髭黒大将に許すのが本人の幸せかと、思いながらも玉鬘への未練を絶つことが出来ません。
源氏の心は、未練とあきらめの間をゆれています。
一方内大臣は、玉鬘の評判を聞いて快く思ってはいません。しかしわが娘雲居の雁のことには苦慮せずにはいられません。
今となっては夕霧に許してもよいと思ったりもしますが、夕霧も源氏も今は何も言い出さず、お互い意地の張り合い状態になっているのです。

内大臣は、引取ってはみたものの、たしなみのない近江の君の処置にも困りはてています。

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かがりび

源氏物語で最も短い巻です。
近江の君が世の笑い者になっているこの頃、玉鬘はわが身におきかえて、源氏の心の深さ、ゆきとどいた心づかいをありがたく思うようになり、これまで持っていたうとましさは薄れ、だんだん源氏を慕うように変ってきていました。
初秋の夕月夜、源氏は玉鬘のもとを訪れ、彼女への抑えがたい恋情を、庭前の遣り水のほとりにともさせた篝火の煙に託して訴えます。
折りから夕霧のところにきていた柏木(内大臣の長男)たちを呼んで、笛や琴の奏楽をさせますが、玉鬘は、名乗りあえぬ弟(柏木)の姿に、まだ見ぬ父の姿を重ね、胸せまる思いでそれを聞きます。
それと知らぬ柏木の琴を弾く手も心なしか緊張気味です。

源氏の思い、玉鬘の思い、そしてなにも知らぬ柏木の心・・・篝火は、もろもろを秘めてあかあかと燃えています。


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のわき

仲秋の八月。六条院の秋好中宮の御殿では、見事に秋の花々が咲き競い、人々の目を奪っていました。
そこに例年にないはげしい野分(台風)が吹き荒れ、一夜にしてしおれ伏してしまいました。
野分の翌朝、六条院に見舞いにきた夕霧は、南の御殿の妻戸のあいている所から、はからずも紫の上を垣間見て、その美しさに魅せられてしまいます。
父源氏が、自分を紫の上から遠ざけているのももっともなことだと、その美しい面影を脳裏にきざみます。
その夜、祖母大宮のもとに見舞いにいき、そこでも紫の上の面影が忘れられず、いつもは恋しく思う雲居の雁のことさえも薄らぐほどです。
源氏は、夕霧の表情から、紫の上が垣間見られたことを察します。
次の朝。源氏が女君たちの風見舞いに出掛けるのに、夕霧は従います。
まず秋好中宮、ついで明石の君、花散里、そして玉鬘。玉鬘のもとでは、源氏と彼女が、父娘とは思われない睦みあいを垣間見て驚きます。
それにしても、何という玉鬘の美しさ・・・・。
最後に明石の姫を訪れた夕霧は、いままで会った女君たちに対し、紫の上は樺桜に、玉鬘は八重山吹に、明石の姫は藤にたとえ、その美しさに恋心をかりたてられ、雲居の雁に心をこめて恋文を書きます。

すべては、野分ゆえの出来事でした。

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みゆき

源氏は、玉鬘の扱いに苦慮しています。
一応表向き親らしく振る舞っているものの、玉鬘への想いはますますつのり、かといって妻とするわけにはいかない。
源氏は、この苦渋から逃れるために彼女を尚侍(ないしのかみ)として出仕させようと心に決めます。尚侍は、帝に仕える女官の最高位です。
十二月。冷泉帝の大野原への行幸がありました。
世をあげてのこの盛儀に、女房たちにまじって見物に出掛けた玉鬘は、父内大臣の姿をはじめて目にしますが、冷泉帝の比類なき美しさに惹かれ、源氏の薦めていた内侍の件に心を動かします。
源氏は、玉鬘の心が動いたことを見て、早速入内実現にむけて準備をはじめます。
まず裳着の儀を行おうとしますが、こうなると玉鬘の素性をあきらかにせねばなりません。源氏は、父娘の対面を考えてこの裳着の儀の腰結の役を内大臣に依頼します。しかし内大臣の母大宮の病を口実に断られてしまいます。
なんとかその大宮の仲介で、源氏と内大臣が対面し、親しく語り合ううちに年来のわだかまりも解け、腰結いの役も引き受けてもらうことになりました。玉鬘のことをうちあけられて、驚きとともに喜びでもありました。尚侍として入内させたいということも、実父としてただありがたく思うばかりでした。
翌年二月。玉鬘の裳着の儀が盛大に行われ、かくて父娘の対面もとどこおりなくすみ、玉鬘の宮仕えの準備がととのいました。
すべては源氏の心のままにはこばれ、内大臣は源氏にしてやられたような気にもなり、玉鬘を慕う若者たちも複雑な気持ちです。


  • 「初音」の巻でスタートした六条院栄華の一年は、この十二月の行幸で終わります。
  • それにしても、六条院の同じ邸に何人もの美しい女君を住まわせ、その部屋を順々に訪ねていく源氏。なんともうらやましい限りです。

    源氏の栄華の頂点ともいえる一年の出来事でした。

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