物語は、源氏復権後の栄華を極める生活の中に、また新たな物語が展開されます。
それは「玉鬘」と呼ばれる一少女の出現から始まります。
あの夕顔の忘れ形見は、筑紫(北九州)で美しく成人していました。
幼いとき生母と別れ、数奇な運命をたどって源氏に引取られ、最後は太政大臣の北の方にまで出世する、という明石の君以上のシンデレラ物語です。
玉鬘の物語は、「玉鬘」の巻から「真木柱」の巻までの十帖にわたって「玉鬘十帖」といわれるくらい長い物語です。


たまかずら

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玉鬘
たまかずら
当時の頭の中将(今の内大臣)の娘。母は夕顔。源氏が養女として引取り、六条院の住人となる。


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源氏は、いまだにあの急死した夕顔のことが忘れられません。せめてその残した姫を探し出して引取りたいと考えていました。
その夕顔の遺児「玉鬘」は、4歳のころ乳母一家に伴われて、筑紫(北九州)に下り、いまはそこで立派に成人して20歳ほどになっていました。
その美貌と、卑しくない素性を伝え聞いて、求婚者が殺到し、なかでもその地方の有力者の豪族が強引に言い寄ってきていました。権力にまかせて彼女を強奪しかねないありさまです。
乳母とその家族たちは、玉鬘を上京させて父の内大臣や母に巡り合わせたいという望みをすてず、ついに都へ上る決心をして、恐ろしい豪族の目をのがれて、早船を仕立てて脱出します。
やっと京に着いたものの、母の夕顔を探すのは、あてもなく雲をつかむような話です。
父親の方は、はっきりしているものの、今は内大臣となっていて、いきなり名のって出るわけにはいきません。
仕方なく神仏に願をかけ、ともかく長谷寺の御利益を頼みに、参詣の旅にでます。
その旅の宿で乳母の一行は、はからずもかつての夕顔の女房右近とめぐりあいます。
右近は夕顔亡き後、源氏に仕えるようになってからも、夕顔の忘れ形見になんとかめぐりあいたいと、折に長谷寺に詣でて祈願をしていたのです。
まさに、長谷寺の引き合わせといえるでしょう。
この感動的な巡り合いをお互いに喜び、右近は夕顔の亡くなったことを、乳母は玉鬘の無事成人したことを語り合います。
右近は、みすぼらしい身なりをしているものの、玉鬘の美しさに驚き、早速京に戻って源氏に報告します。
源氏の驚きと喜びは大きく、早速玉鬘に文を送ります。
その返事の内容に玉鬘の聡明さを感じ、紫の上に昔の夕顔とのすべてを打ち明け、玉鬘を六条院に引取り、花散里のもとに預けられます。
はじめて見る玉鬘は、はかなく消えてしまったあの夕顔の面影をそのままうつしており、源氏は満足です。
夕霧は、玉鬘を姉と信じ、玉鬘を守って筑紫から上ってきた乳母の子も家司に迎えられ、思いがけない幸せの中に年の暮れを迎えました。


  • 右近から玉鬘のことを聞いた源氏は、大喜びしますが、なぜかいつものようにすぐには行動をおこさず、いったん文を送って彼女の素性を確認します。
    かつての末摘花のことがよほど懲りたのでしょうか。田舎育ちの彼女の教養が気がかりとなったのです。
    源氏は、年も重ねだんだん慎重になってきたようです。
  • 玉鬘は源氏に引取られ、思いがけない幸せをつかむこととなりますが、彼女の本心はどうだったのでしょうか。
    やっとのおもいで、京に上る決心をしたのは、実父と母夕顔に巡り合うためだったはずです。
    それが母に逢う願望はたちまちくずれ、父の内大臣のもとに引取られるということにはならず、運命は意思とはかかわりなく展開していくのです。


・・・・・ほんの少し、雰囲気を。

・ 冒頭の部分

年月隔たりぬれど、飽かざりし夕顔を、つゆ忘れたまはず、心々なる人のありさまどもを、見たまひ重ぬるにつけても、あらましかばとあはれに口惜しくのみ思し出づ。

あれから長い年月が過ぎ去ってしまったけれども、どこまでも愛着の思いの尽きることとてなかった夕顔を、いささかもお忘れになることなく、それぞれに性格の違う人々の有様を数多くごらんになるにつけても、もしもこの世に生きているのであったならと、お思い出しになるたびに、ほんとにいとしく残念なお気持ちである。

日本古典文学全集「源氏物語」(小学館)より



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