源氏の良きライバルで親しい間柄でもある内大臣(頭の中将)とのあいだに、思わぬみぞができていました。
その対立の発端は「絵合」の巻での勝敗でした。
そして、その対立がいっそう深刻化したのは、ふたりの子供たちの恋愛でした。
源氏の長男「夕霧」と、内大臣の娘「雲居の雁」との清純な恋愛です。大人たちに引き裂かれ若い夕霧の恋心はいっそう燃えます。


おとめ

大人のドロドロした恋物語の中に挟まれて、一点灯がともったような清純なページです。
源氏の長男「夕霧」と、頭の中将(現内大臣)の娘「雲居の雁」の清純な恋物語が展開され、源氏物語が、またひとまわり華麗に広がっていきます。
夕霧は、生母葵の上に生まれてすぐ死別し、その後はずっと母葵の上の生家で、祖母大宮(故桐壷帝)のもとで育てられていました。
その大宮に、もう一人の孫が預けられていました。かつての頭の中将(今の内大臣)の娘「雲居の雁」です。
頭の中将は、葵の上と兄妹で、雲居の雁が生まれてまもなく、その生母と別れて別の人と再婚しますが、彼女を引取って大宮に預けていたのです。
夕霧と雲居の雁は、いとこ同士です。なんと源氏と葵の上もいとこ同士です。
こんなわけで、二人は幼くして母を知らずに、同じ祖母のもとで一緒に育てられていました。 雲居の雁は、夕霧より二つ年上なのですが、二人はとても仲がよく自然の成り行きでいつの間にか幼い恋を育んでいました。

しかしこの恋も、大人の意地で引き裂かれてしまいます。がんばれ「夕霧」・・・。



夕霧
ゆうぎり
源氏の長男。母は葵の上。誕生とともに母に死別。母の実家で祖母大宮(故桐壷帝の妹)に育てられる。祖父は当時の左大臣。
雲居の雁
くもいのかり
かつての頭の中将(今は内大臣)の娘。夕霧とはいとこ。夕霧との幼い恋を実らせます。純真無垢な少女から、いろいろな喜憂を味わいながら、平凡な主婦へと変貌していきます。


ここクリックで 系図




年が改まって、藤壷の宮の一周忌もすぎた4月の衣更えの頃には、世の中は喪服から普通の服装に変って、華やいだ雰囲気が戻ってきました。
相変わらず源氏の朝顔の姫君への思いはさめず、折々に歌を贈り、叔母の五の宮も二人の結婚をなおも望んでいますが、姫の心は変りません。
源氏の長男「夕霧」は、この年12歳となり、元服することになりました。
源氏には考えがあって、夕霧の官位を低い位置(六位)にとどめます。その考えとは、まだ幼い夕霧が、今からおもいのまま官位が上がり、世の栄華をほしいままにすると、学問など苦しいことはしなくなり、遊びばかりを好むようになってしまうという、夕霧を思う親心です。
自分のことは棚にあげての、今で言う「教育パパ」ぶりです。
祖母の大宮は不満でしたが、源氏は夕霧を大学に学ばせるため、大宮のもとから二条院に引取り、学問に専念させます。
夕霧は、この試練から早くのがれたいと、刻苦精励し、異例の速さで及第します。
そのころ、斎宮の女御(亡き六条御息所の娘で、源氏が養女として引取り冷泉帝に入内させていた)が中宮(秋好中宮)になります。
内大臣(もとの頭の中将)は、我が娘の弘徽殿女御がこえられたことを非常に残念に思い、それならばと、祖母大宮に預けている次女の「雲居の雁」を東宮妃にと望みをかけます。
夕霧と雲居の雁は、いとこ同士で、一つところで同じ祖母大宮に育てられている幼なじみです。この二人がいつのまにか幼い恋を育んでいたのです。
あるとき、女房たちのふとした噂話から、それが内大臣の耳に入ることとなり、愕然とします。
内大臣は、母大宮の監督不行き届きを責め、彼女を内大臣の邸へ引取ります。 夕霧と雲居の雁の、幼い初恋は、大人の意地で引き裂かれてしまいました。
源氏は、「薄雲」の巻で構想していた六条院の造営にとりかかります。
六条御息所の旧邸を修理して、四町におよぶ壮大な邸宅を造営したもので、春夏秋冬の四季にふさわしい庭園をしつらえた、四つの邸からなる大邸宅です。
8月の落成とともに、その「春の町」に紫の上を、「夏の町」に花散里、「秋の町」に秋好中宮を移り住まわせ、少し遅れて10月に、明石の君が「冬の町」に移り住みました。

翌年には、紫の上の父、式部卿宮の五十賀が予定されており、源氏と紫の上は、その準備に余念がありません。

  • 先日亡くなった、映画監督、木下恵介監督(平成10年12月逝去。86歳)の代表作の一つに、「野菊の如き君なりき」があります。
    旧家の次男の15歳の少年と、二つ年上の親類の娘との淡くほろ苦い初恋を描いた作品ですが、ちょうどこの「少女」の巻を読み返しまとめていた時で、偶然にもこの二つの作品が重なってきました。
    ともに同じような年頃、女性が2歳年上、親類同士、大人の意地で引き裂かれる・・・・。結末は異なるものの、恋の出発点はよく似ています。
    原作は、伊藤左千夫の「野菊の墓」ですが、まさか源氏物語が下敷きにあったのでしょうか。
  • 初恋は、とかく破れるものですが、夕霧と雲居の雁は、すったもんだのあげくに、この幼い恋を実らせています。
    そして、その後の雲居の雁の人生は、まさに「喜びも悲しみも幾年月」。あの純真無垢な少女が、人生の喜憂を味わいながら、姉さん女房ぶりを発揮し、したたかな主婦へと変貌していきます。
    女性は強い。


・・・・・ほんの少し、雰囲気を。

・ 内大臣、夕霧と雲居の雁との仲を知る部分

大臣出でたまひぬるやうにて、忍びて人にもののたまふとて立ちたまへりけるを、やをらかい細りて出でたまふ道に、かかるささめき言をするに、あやしうなりたまひて、御耳とどめたまへば、わが御上をぞ言ふ。
「かしこがりたまへど、人の親よ。おのづからおれたる事こそ出で来べかめれ。子を知るはといふは、そらごとなめり」などぞつきしろふ。「あさましくもあるかな。さればよ。思ひ寄らぬことにはあらねど、いはけなきほどにうちたゆみて。世はうきものにもありけるかな」と、けしきをつぶつぶと心えたまへど、音もせで出でたまひぬ。

内大臣は、お邸をでられたようなふうをよそおい、こっそりとある女房にお逢いになろうとして、お立ちになっていらっしゃったのだが、そっと身を細めるようにしてお出になる途中でこんなひそひそ話をしているので、不審にお思いになって、お耳をすませてお聞きになると、まさしくご自分の噂なのである。
「いかにも賢いつもりでおいでですが、やはり親馬鹿というものですね。そのうちおかしなことがきっと起こりましょうよ。子を知るは親にしかずなんて、どうも信用なりませんね」などと、こそこそ陰口をたたいている。「まったく驚いたことではないか。やはりそうだったのか。疑わしいと感づかぬわけではなかったのだが、まだ子供だとばかり思って油断してしまって。この世はなんといやなものなのだろう」と、事の次第をつぶさにお悟りになったが、そのまま音もたてずに邸をお出ましになった。

日本古典文学全集「源氏物語」(小学館)より



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