最愛の人、紫の上を喪った源氏の悲しい、さびしい一年を語ります。
そして、源氏を中心とした物語の終焉を迎えます。

「 春の光を見たまふにつけても、いとどくれまどひたるやうにのみ、御心ひとつは悲しさの改まるべくもあらぬに・・・」
と語りはじめられ、庭先の木草や季節の移り変わり、年中行事など一年にわたるうつろいの中で、亡き紫の上の思い、悲しみを語り、書き綴った巻です。

源氏物語は、この「幻」の巻で、ぷつんと糸がきれたように、源氏を主人公とした物語が終わっています。
その後の出家についても、その死についても、一言も記述されていません。
のちの宇治の物語で、源氏が嵯峨に隠れ住んで仏門に入り、やがて崩じたと回想されるにすぎません。



まぼろし

新年を迎えました。源氏にとっては、さびしい、悲しいお正月です。
悲しみはいっこうに晴れることなく、いつまでも喪にこもっています。
心の中に大きな穴がぽっかりあいてしまったような気持ちです。
これまで何不自由なく、女性遍歴を重ね、自由にふるまってきた源氏ですが、さすが人の命だけは自由にすることは出来ませんでした。
見舞いに訪れた蛍兵部卿宮と、思い出の紅梅に亡き人の姿をしのび、かつての女房たちとも、故人をしのぶ日々を送っています。
春になりました。
とりわけ春の季節が好きな紫の上でしたが、その人はもういないのだと、思いはまずそこにいってしまいます。
季節の移り変わりにつけ、自然の営みさえうとましく思うのです。
女三の宮を訪れますが、悲しみを分かちあえる人ではなく、明石の君との語らいに、わずかに慰められますが、夜も更かさずに帰ってきます。
夏になりました。
賀茂の祭りにも、今年は、はなやかに物見車を仕立てて祭り見物に出掛けるということもありません。
五月雨の晴れ間の月明かりに、夕霧が訪れ、一周忌の近づいたことを語り合います。
七夕もむなしく過ぎ、8月、紫の上の一周忌がきました。
今までよく生きてこられたものと、源氏は回想します。
一周忌には、紫の上が生前書かせた、極楽曼荼羅や経を供養しました。
重陽の節句や五節も過ぎて、年の暮れがせまると、源氏の出家の決心は、いよいよ動かないものとなっていました。
身の回りを片づけ、紫の上と取り交わした消息などを、涙ながらに焼き捨てます。
それらの手紙は、いざとなってみると、さすがにどれもこれも焼き捨てるには惜しいものばかりです。
読み返すと、なつかしい思いが次から次へと去来します。
しかし、源氏は思い切ってそのすべてを焼き尽くすのでした。
やがて大晦日となりました。
いよいよ今年も尽きようとしています。源氏は、わが一生も尽きようとしていることを思い、感慨にふけります。

「 もの思ふと 過ぐる月日も 知らぬ間に
年もわが世も けふや尽きぬる 」

源氏物語の中で、源氏の詠んだ最後の歌です。

(物思いをしていて、過ぎていく月日も知らずにいるうちに、気がついてみると、この一年も、わが人生も、今日で尽きてしまうのか )

華麗を極めた源氏を中心とした物語は、余韻をのこして終わります。






くもがくれ

「幻」の巻のあと、「雲隠」という巻名だけの巻があり、次の「匂宮」巻までの間には、8年間の歳月が経過しています。
この間に源氏は出家し、他界しているというのが通説のようです。

本来は、「雲隠」の巻で、源氏の死を書くはずだったのが、言語に絶することで、とてもことばで描きがたいこととして、巻名のみを掲げて本文を書かなかった・・・ということかも知れません。


1.最愛の妻を亡くした源氏の悲嘆の物語で、源氏を中心とした物語は終わりましたが、
源氏物語の冒頭の「桐壷」の巻でも、同じように源氏の父桐壷帝が、最愛の妻「桐壷の更衣」(源氏の生母)を亡くし悲嘆にくれています。
このように、源氏の一生を語った物語が、ともに最愛の妻を亡くす、父桐壷帝の悲嘆の物語で始まり、源氏の悲嘆の物語で終わる、という構成になっています。
作者が、最初からそのように意図していていたものなのか、偶然なのか・・・。
いづれにしても、源氏物語は、最愛の妻を亡くした夫の話しで物語が始まり、物語が終わるという、「愛と死」の物語なのです。

2.源氏の50年にわたる一生を振り返って、源氏という人間について考えてみました。
はじめのうちは、女性から女性へと渡り歩く、「色好み」「プレーボーイ」「女たらし」・・・といったイメージが強くありました。
たしかに女性関係が源氏の一生を彩っていることは確かですが、源氏は、ただそれだけの人物ではありませんでした。
はなやかな恋の反面、人間としてのあやまちや失敗を繰り返し、悩みや挫折も味わいました。
そういうあやまちや失敗を重ねていくうちに、しだいに人間としてみがかれていきました。
もともと生まれながらにしてそなわった、美男子で頭の良い性格に、いろいろな経験がプラスされ、地位や身分が上がるにつれ、大きな人物となっていきました。

しかし、源氏は、必ずしも「善人」の面ばかりではありません。
自分のあやまち(藤壷との密通)は隠し通しながら、自分にふりかかった柏木の密通事件については、当事者を許さず、冷厳な処理をしています。
相手の柏木に対しては、さんざんいやがらせをした上で、むりやり酒を飲ませ、それがもとで柏木は死んでしまいます。
刃物を用いない殺人ともいえる仕打ちです。
一方妻の女三の宮に対しては、秘密を知っていながら、それをおくびにも出さず、ただ形式的な関係を持ち続けます。
彼女はそれに耐え切れず、若い身空で出家してしまいます。源氏がそのように仕向けたのです。

このような、ときに「悪」の面を行使する冷酷な一面を持っています。
ただ、源氏の築きあげた人間の大きさが、その「悪」をも正当化してしまいます。
それは、源氏が一生をかけ、自分自身で築きあげてきたものです。

温和で、やさしく、心豊かな反面、しぶとく、陰影に富んだ、力強い男・・・・光源氏の一生でした。


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