紫の上の最期を語る巻です
「若菜 下」巻での発病以来、一時はもうだめかという噂がとんだものの、持ち直し、それから5年目になります。

霧の消えるように、なんの苦しみもなく、静かに息をひきとります。
荼毘にふされる前の、白く輝く死顔の美しさ。それにまじまじと見入る夕霧。そばで茫然自失の源氏・・・。

源氏51歳の秋。八月十四日の暁のこと。紫の上は四十歳をすぎたばかりでした。



みのり

大病以来、一時の危篤状態を脱したものの、その後も良くなる様子もなく、このところ日増しに弱るばかりでした。
出家を願っていますが、源氏は許しません。女三の宮の出家には同意し、自らも出家を志している源氏ですが、紫の上と離れることは、どうしても決心がつかないのです。
紫の上は、長年にわたって書かせておいた法華経千部の供養を思い立ち、三月十日二条院に、帝、夕霧、東宮、后の宮たち(秋好、明石)や花散里、明石の君なでが参集して、盛大に供養が行われました。
死期の近いことを予感する紫の上は、それとなくみんなに別れをつげるのでした。
夏になると、紫の上の病はますます進みます。見舞いに訪れた明石の中宮に対し、それとなく後事を託し、ことに思い出多い二条院は、最愛の匂宮に譲ることを遺言します。

秋になればと、人々ははかない望みをつないでいましたが、病勢は思わしくなく、仲秋八月、明石中宮が病床を見舞った夕べ、源氏に見守られ、中宮に手をとられ、ついにその生涯を閉じます。
露の消えるように、はかなく美しい命の終わりでした。

放心したように紫の上を見つめる源氏のそばで、夕霧も一目もはばからずあふれる涙で紫の上を見つめ、その死顔の美しさに目もくらむ思いがします。
夕霧は、あの野分の朝の垣間見以来、紫の上を見ることはありませんでした。
源氏が、夕霧に美しい紫の上を見せまいと、極端なほどに用心していたのです。
以来ひそかに慕い続けてきた夕霧が、やっと近くで見ることが出来たのは、もはや空しく命絶えた姿でしかありませんでした。
近くでじっと死顔を見つめる夕霧を、たしなめる力は、もはや源氏にはありません。
翌十五日、葬儀が行われました。
おりしも仲秋の名月の夜でしたが、源氏には、月も日もありません。
帝以下、致仕の大臣、中宮はじめ人々は紫の上の死を悼み、ねんごろに弔問しました。
故人を偲び、出家する女房たちも少なくありません。源氏も、しばらくこの悲しみに堪えたのち、出家を果たそうと思うのでした。

・ 当時は、妻がいつまでもその座にどっしりすわっていることは、宗教的にもきらわれ、時機をみて出家するのが普通だったようです。
紫の上は、女三の宮の一件以来ずっと出家の望みをもっており、とくに病気になってからはその願望は強くなっていました。
しかし源氏はそれを許しません。紫の上と別れたくなかったのです。それほどに紫の上を愛し、たよりにしていたのです。

紫の上は、源氏によって育てられ、作られた女性ですが、次第に大きくなり、やがて源氏を超える存在となります。
源氏は、いつか彼女を他のどの女性よりも愛し大切にします。それだけに、紫の上の死は、源氏にはもう二度と起てない大きな打撃となりました。

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