あかし

この巻は、神霊力のなせる業が、物語を新たな局面へと導いていきます。
桐壷院の霊力と住吉の神。この2つの神霊が、源氏を明石の地へと導き、明石の姫君と結びつけ、都での凶事をひきおこして朱雀帝を動揺させ、ついには源氏免還へと展開させます。
この神懸かりのドロドロとした物語の中に、彩りを添えるように、「明石の君」という女性が、シンデレラ的要素をもって登場し、源氏と運命的な出会いをして結ばれます。



明石入道
あかしにゅうどう
ある大臣の子息。桐壷更衣の従兄弟にあたる。一人娘を都の高貴な人に差し上げるのが夢の変わり者。源氏の須磨退去を自分の娘を結び付けるために、住吉の神が導いたものと信じて強引に結びつけます。
明石の君
あかしのきみ
明石入道と明石の尼君の一人娘。父入道の思わくから源氏と結ばれます。上品で聡明、教養もあるが、どこか気位の高い女性。



暴風雨なおやまず。怪しい夢を見続ける源氏は、生きた心地もないまま数日がすぎました。
二条院(都の源氏の邸。紫の上の居所)から使いがきて、京都でも暴風雨が吹き荒れ、奇怪な何かのお告げだとして、政(まつりごと)も途切れている・・とのこと。
そのうち、源氏の屋敷にまで落雷してその一部が炎上してしまい、この世が尽きてしまうのではないかと、ただひたすら住吉の神を祈りつづけます。
つかれきった源氏が、ふとまどろんだ夢に、故桐壷院が現れ、住吉の神のお導きに従って、早くこの地を去れという。
これに呼応するかのように、翌朝明石の入道の一行が住吉の神のお告げと称して、源氏を迎えにきます。
源氏は、昨夜の夢の桐壷院のお告げを思いだし、入道の申し出を受けて明石に移ることにします。
明石入道の住まいは、須磨にくらべ人けも多く、都の住まいにも劣らない凝ったたたずまいでした。
藤壷宮や紫の上に、明石に移った一部始終を知らせ、ようやく身も落ち着きを取り戻します。
明石入道は、源氏を厚遇し、しきりに自分の娘(明石の君)のことを話します。源氏も入道の人柄と、その娘にだんだん興味をもち始めます。
ある夜、源氏がひさしぶりに琴を弾いていると、入道も自ら琴を弾き、娘も琴が上手だと、自分の意思をほのめかしながら、心をこめて育ててきた娘の話しをします。
源氏はそれを聞いて、自分が都からこの地にやってきたのは、その娘に逢う運命であったのかも知れないと悟り、入道の望みを入れて、その娘に手紙を送ります。
しかし、娘はなかなか気位が高く、そうやすやすとはなびきません。それがかえって刺激となり、源氏は次第にこの明石の君にのめりこんでいきます。
一方、京都でも三月の暴風雨の夜、朱雀帝の夢枕におなじように故桐壷院が立ち、夢の中で院と帝が目を合わせたせいで、帝は眼病を患い、耐え難いほどに苦しみます。
その後も、太政大臣がなくなり、皇太后まで病床に臥すなど、凶事が続き、弱気になった帝は、源氏が無実の罪で逆境にいるその報いではないかと思うようになります。
しかし、皇太后の反対で遠慮をしているうちに月日も重なり、皇太后の病も重くなる一方でした。
明石の源氏は、ひとり寝もわびしく、ときどき入道に娘と合わせるようにけしかけます。
入道は、こっそりと吉日を見計らって、ひとり勝手に事をはこび、八月十三夜の月明かりの夜、源氏は明石の君と結ばれます。
しかし、その後、都にいる紫の上のことを思うと明石の君とも疎遠がちとなり、明石の君は、それを嘆きます。
年が明けて、宮中では朱雀帝が退位をも考え、次代の帝の後見として、皇太后の反対を押し切って源氏を免還することにします。
源氏は、喜びながらも明石の君との別れに苦しみます。
入道一家は、悲喜こもごもの思い。おりから身ごもった明石の君に、源氏は琴を残して別れを惜しみ、帰京します。
帰京した源氏には、華々しい復権と栄華の路が待ち受けていました。
まずなにはさておき、故桐壷院の冥福を祈って、追善供養の八講を催す準備に入るなど、しばらくは私事をかえりみるいとまもない忙しく充実した日々を過ごします。

  • 源氏物語には、二人の女性のシンデレラ的物語が登場します。その一人が、この巻から登場する「明石の君」です。
    父入道の強引な計らいで、しぶしぶ源氏と結ばれますが、不釣り合いな身分さを苦慮しながらも、持ち前の聡明さから、父入道の夢をかなえ、紫の上に次ぐ源氏の大切な女として、幸運な晩年を送ります。

    紫式部は、紫の上を理想的な女性としながらも、なぜか子供を産ませていません。これは、明石の君の出世物語を成立させる、周到な計算によるものだったのでしょうか。


・・・・・ほんの少し、雰囲気を。

・ 冒頭の部分

なほ雨風やまず、雷鳴りしずまらで、日ごろになりぬ。いとどものわびしきこと数知らず、来し方行く先悲しき御ありさまに、心強うしもえ思しなさず、「いかにせまし、かかりとて都に帰らんことも、まだ世に赦されもなくては、人笑はれなることこそまさらめ。なほこれより深き山をもとめてや跡絶えなまし」と思しにも、「浪風に騒がれてなど、人の言ひ伝へんこと、後の世まで、いと軽々しき名をや流しはてん」と思し乱る。

依然として風雨がやまず、雷の静まらぬままに幾日にもなった。ますますやりきれないことが数限りなく起こってきて、来しかた行くすえ悲しい御身の上なので、もうこのうえ強気でいらっしゃることもおできにならず、「どうしたらよういのであろう、こんなことがあったからとて、それもまだ世間で許されていないのであってみれば、いっそうもの笑いになるであろう。さらにここを出て、深山を求めて姿をくらましてしまおうか」とお思いになるが、それにつけても、「浪風に騒がれてあの始末だなどと、人が言い伝え噂を流すことであろうし、後世までまことに軽はずみだという評判を残すことになるのだろう」と思い悩まれる。

日本古典文学全集「源氏物語」(小学館)より




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