・「花宴」と、この「葵」の巻の間に、2年近い空白があります。 この間に、桐壷帝が譲位し、朱雀帝の即位が行われました。これによって、物語はひとつの転機を迎えます。
・源氏の正妻は「葵の上」です。左大臣の娘で、身分では最高の女性です。
「上」というのは、その家の女主人公を指します。よほど身分の高い人でないと上という敬称はつけません。
・この葵の上に対し、第二の妻というべき存在が、「六条御息所」です。
まえの皇太子のお后だった人で葵の上に匹敵する身分の高い女性です。
葵の上の急死で、正妻の位置にすわるはずが、彼女の生霊がわざわいして、自ら去っていきます。
御息所(みやすどころ)とは、帝や皇太子の御子を生んだ方をいいます。
・ふたりの妻の去ったあとに、若紫といわれた少女時代をすぎた女性が、「紫の上」として登場します。源氏の名実ともに真の妻として、そして物語のヒロインとしての「紫の上」です。

  • 「葵」・・・。


あおい
この巻には、次の三つの山場があります。
  • 「葵祭り」での、「葵の上」と「六条御息所」の車争い
  • 葵の上の、男児「夕霧」の出産と、急逝。
  • 源氏、若紫と新枕をかわし、「紫の上」の誕生。

    「六条御息所」の存在が、ひときわ目立つ巻でもあります。


六条御息所の
一人娘

伊勢神宮に奉仕する斎宮に決まり、母とともに伊勢に下る。のちに冷泉帝に入内して、秋好中宮となる。



世の中変りて後・・・。桐壷帝が位を去って、朱雀帝の治世となりました。
位を退いた帝は、前にも増して藤壷中宮とつきっきりの日々を送り、源氏は藤壷と逢うてだてもなく、悶々とした日々を過ごしていました。いつもの人目を忍んでのお出掛けも、元気がありません。

一方、かねてから源氏の冷淡な態度を嘆いていた「六条御息所」は、一人娘が、伊勢神宮に奉仕する斎宮に決まったのを機に、自分も一緒に伊勢に下ろうかと思い悩んでいました。
4月、賀茂神社の葵祭りが行われ、源氏がその行列に加わるというので、懐妊中の葵の上は、女房たちにせがまれて見物にでかけます。
一方、御息所も、源氏の姿をひと目見ておこうと、人目を避けて網代車で出掛けました。
一条大路の雑踏の中で、おくれてやってきた葵の上の一行は、権勢をたのんで、他の車を強引に押しのけさせますが、その中に御息所の車があったのです。
衆人注目のなかでうけたこの辱めに、御息所は悔し涙にかきくれます。これが名高い「葵祭りの車争い」の場面です。
源氏は、後で事の顛末を知り、御息所に同情します。
御息所は、車争いの一件以来、物思いがつのり、一方、懐妊中の葵の上は、物の怪に悩まされて命をあやぶまれるほどになります。 その後源氏は、その物の怪が、御息所の生霊であることを知って、愕然とします。

やがて葵の上は、男児(夕霧)を出産しますが、御息所の物の怪が再びあらわれ、ついには、息を引き取ってしまいます。
やっと葵の上とも心もとけあいはじめていた源氏は、突然の妻の死を悲しむとともに、女の怨念のすさまじさに愕然たる思いとなり、一時は出家をさえ考えるほどでした。それでも亡骸を鳥辺野に送り、49日間のしめやかな喪に服します。
喪が明けて源氏は二条院に戻り、しばらく見ぬ間にすっかり成人した若紫の姿を見て驚きます。あの藤壷のおもかげをそのまま美しくひきついでいたのです。

まもなく源氏は、若紫と新枕をかわします。そしてその日から若紫は、「紫の上」と呼ばれるようになります。

  • 御息所が、深い物思いの果てに、物の怪となって葵の上にとりつくという話は凄絶です。
    それにしても、「六条御息所」という人の、思うにまかせない人生に、同情します。
    東宮妃として入内し、将来皇后になるはずだったのが、早くに父にも、夫の東宮にも死別し、一人娘を抱えて若い未亡人となってしまいます。
    そして、7才年下の源氏の誘惑に負けた瞬間から、深い悩みと苦しさを味わっていくことになります。
    物事をつきつめて考えすぎるという性格が、災いしたのでしょうか。

    この「六条御息所」の存在は、源氏物語の登場人物のなかでも、きわだって大きいものを感じます。

  • 余談ですが・・・。
    ゴルフで、「ハザードは、ゴルフを劇的にする」 という格言があります。
    ハザードとは、ゴルフコースのところどころに配されている、池や砂場(バンカー)のことです。
    バンカーがひとつあるだけで、ゴルフの面白さや怖さが倍加します。そこをさけようとすればするほど、ゴルフは難しくなる。気持ちが動揺して、体の動きが悪くなり、気持ちと体と感覚の「三位一体」のバランスが崩れるのです。
    テレビのゴルフ中継を見ながら、ふと、このハザードと、六条御息所が、重なってきました。
    「六条御息所は、源氏物語を劇的にしている・・・」


・・・・・ほんの少し、雰囲気を。

・御息所の車が乱暴される

斎宮の御母御息所、もの思し乱るる慰めにもやと、忍びて出でたまへるなりけり。つれなしづくれど、おのづから見知りぬ。「さばかりにては、さな言はせそ。大将殿を豪家には思ひきこゆらむ。」 など言うを、その御方の人もまじれれば、いとほしと見ながら、用意せむもわづらはしければ、知らず顔をつくる。つひに御車ども立てつづけつれば、副車の奥に押しやられてものも見えず。心やましきをばさるものにて、かかるやつれをそれと知られぬるが、いみじうねたきこと限りなし。

斎宮の母君の御息所が、もの思いに乱れていらっしゃるお気持の慰めにもなろうかと、人目につかぬように、お出掛けになった車だったのでした。 それとは気づかれぬようにしていたが、しぜんに御息所とわかってしまった。「それくらいの車には、そんな口をたたかせるな。大将殿を御大家と頼み申しているのだろう」などとののしるのを、大将家の者もお供の中にいるので、御息所にお気の毒なと思いながらも、引き止めようとするのも厄介と思うから、知らぬ顔をしている。 とうとう車の列を乗り入れてしまったので、御息所は、お供の車の後に押しやられて何も見えない。憤懣の思いはいうまでもないとして、こうして人目を忍んで出てきたことをはっきり気づかれてしまったことが、ひどく無念でたまらないのである。

日本古典文学全集「源氏物語」(小学館)より



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