須磨でのまる2年と4か月のわびしい生活に終止符がうたれ、源氏や昔の左大臣家の人々に再び明るい春が訪れてきました。
源氏の弟宮(本当は実の子)「冷泉帝」が即位し、源氏も内大臣となります。
その喜びの中で、これまで出会った数々の女君たちのその後が語られます。
出産、死、そしてまた新たな恋・・・・・・。

  • 「澪標」・・・「明石の君」の出産。愛人「六条御息所」の死。
  • 「蓬生」・・・末摘花と花散里の出会い。
  • 「関屋」・・・「空蝉」との再会。空蝉の後日談。
  • 「絵合」・・・亡き六条御息所の娘(秋好中宮)と頭の中将の娘の絵合わせの競技。
  • 「松風」・・・明石の母と娘が上京。その娘を子供の出来ない紫の上の養女に。
  • 「薄雲」・・・藤壷の死。
  • 「朝顔」・・・従姉の「朝顔の姫君」への恋慕。拒否される。


みおつくし

源氏28才冬〜29才冬。朱雀帝から、冷泉帝への政権交代がおこなわれます。
「桐壷」巻以来続いてきた左・右大臣家の対立という構図が崩壊し、旧左大臣勢力が復権、源氏方の人々が政界の主流にすわるようになります。

この巻は、このような政治的色彩の極めて濃い巻ですが、物語は、明石の姫君の誕生、紫の上への告白と嫉妬、明石の君との再会、六条御息所の死・・・等源氏個人の女性関係を表面に浮かび上げ物語性を高めています。



夢にあらわれた故桐壷院の姿を見た源氏は、早速追善供養のための法会(法華八講)を催します。これで名実共に政界における主導権を握ったことになります。
朱雀帝は、源氏の帰還に心やすらぎ、病も癒えるものの、長からぬ余命を心細く思い、退位を決断しますが、
それにつけても、今なお源氏へ思いを寄せる朧月夜尚侍をいとおしくもうらめしくも思うのでした。
翌年2月。東宮が元服し、冷泉帝となります。それを機に、朱雀帝は譲位し、源氏は内大臣となり、前左大臣も太政大臣に復帰して、かくて源氏方の人々が政界の主流にすわるようになります。
源氏は、これまでにかかわりを持った女君たちのために、二条院の東院造営を思い立ちます。
三月、明石の君に姫君が誕生しました。源氏は、やがては后となるべき姫のために乳母を選び明石へ送ります。
明石入道は、源氏の配慮をありがたく思い、源氏と別れて物思いに沈んでいた明石の君も、源氏の心配りに慰められていきます。
源氏は、姫の将来のことをほのめかしつつ、はじめて明石の君との一部始終を紫の上に打ち明けます。
さすがに心おだやかでない紫の上ですが、その嫉妬の姿に、源氏はかえって魅力を感じるのでした。
姫の五十日の祝いには、明石に立派な使いを送り、入道は感激し、明石の君の心も相通い合いますが、紫の上の心はやすらかではありません。
藤壷が、我が子冷泉帝の即位により、異例の女院となり、権中納言(もとの頭の中将)の娘が、冷泉帝に入内して弘機殿女御となります。
その秋、源氏は数々の願いがかなえられた願ほどきのために、住吉詣でをしました。
その地で、偶然に参詣に来合わせた明石の君は、源氏一行の栄えばえしい盛儀を目の当たりにして、あまりの身分差に、己が身の悲しみをおぼえ、そのまま逢わずに引き返してしまうのです。
源氏はこのことを供人から聞いて悲しみ、明石の君を都へ迎えようと文を届けますが、明石の君は決心がつかず、また物思いを重ねる日がつづいてしまいます。
六条御息所が伊勢から帰京しますが、間もなく病に臥し、驚いた源氏は見舞いに訪れます。
死の床で御息所は、源氏に娘の斎宮の行末を、後見として世話してほしいと頼みます。源氏はこれまでの御息所との関係の償いのためにも、斎宮のために力を尽くすことを誓います。
朱雀院は、かねてからこの娘にご執心でしたが、源氏は藤壷女院とも相談の上、斎宮を養女にした上で、冷泉帝に入内させることにします。
  • 源氏の旧友であり、良きライバルの頭の中将(現権中納言)の娘が冷泉帝の後宮に入内して女御となりますが、これにより頭の中将が政界の重鎮になる道が開けてきます。
    源氏はこれに対抗し、六条御息所の遺児斎宮を送り込むことを考えます。
    斎宮には、源氏自身ほのかな思いをよせていましたが、とくに朱雀院がご執心でした。これを藤壷女院と手を組んで強引に入内させることにするのです。

  • 源氏物語は、まさしく一種の政治小説です。
    恋物語のうらには、必ず政治的陰謀がはりめぐらされ、女性たちのかげには、男の権力の確執がみえかくれします。
    源氏と頭の中将とは、宿敵として、ことごとく張り合い、ぬきつぬかれつの政争を繰り返します。
    そして、晩年には、頭の中将の最愛の長男「柏木」の出現で、物語は政争から運命的なものへ大きく変換していきます。



・・・・・ほんの少し、雰囲気を。

・ 明石の君に女子誕生

まことや、かの明石に心苦しげなりしことはいかに、と思し忘るる時なければ、公私いそがしき紛れに、え思すままにもとぶらひたまはざりけるを、三月朔日のほど、このころやと思しやるに、人知れずあはれにて、御使ありけり。とく帰り参りて「十六日になむ。女にてたひらかにものしたまふ」と告げきこゆ。

そうそう、あの明石の浦で見るからに苦しそうにしていたあの人の件は、その後どうなったであろうかと、お忘れになる時もないので、公私ともに多忙なのに紛れてお思いどおりにもお尋ねになれなかったのだが、三月の初めごろ、お産もこのころかしらとはるかに思いやられると、人知れず胸せまるお気持ちになられて、お使いをお出しになった。すぐに帰参して、「十六日でございまして。女の御子でご安産でいらっしゃいます。」と報告申し上げる。

日本古典文学全集「源氏物語」(小学館)より



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