せきや

かつて源氏と一夜の契りをかわした「空蝉」の後日譚です。
逢坂の関で、源氏と偶然に再会し、その後出家して尼となります。
のちに末摘花と同じように二条院に迎えられ、平穏な余生をおくります。



昔、紀伊守の邸で、はかない一夜の逢瀬をもった空蝉は、心ならずも拒みつづけた源氏への思いを胸に、夫伊予の介(その後常陸宮となる)に伴われて、任地常陸国へ下っていましたが、 源氏帰京の翌年、任期を終えて都にもどってくることになりました。
その一行が、逢坂の関を越えて都に入ろうとしたとき、たまたま願ほどきのために石山詣でをする源氏の行列と行き会わせたのです。
常陸介の一行は、車からおりて木陰に隠れるように、華やかな行列を見送りますが、源氏も空蝉も、それぞれに感慨はつきません。
源氏は、昔の小君(空蝉の弟、今は衛門の佐)を介して、この行き会わせは偶然でなく宿世であると、空蝉に消息を送り、また女心を揺さぶります。
その後、夫の常陸介は、空蝉の行末を案じつつ、亡くなり、空蝉は、継子の河内守(昔の紀伊の守)に好色な下心で言い寄られ、頼る人もなくなって、出家して尼になってしまいます。
  • 末摘花と空蝉の後日譚が2つ続きました。
    見境もなく女に手を出す源氏をなぜか許せるのは、このようにあとあとまで面倒を見る真剣さにあるのではないでしょうか。



・・・・・ほんの少し、雰囲気を。

・ 冒頭の部分

伊予介といひしは、故院崩れさせたまひてまたの年、常陸になりて下りしかば、かの帚木もいざなはれにけり。須磨の御旅居もはるかに聞きて、人知れず思ひやり聞こえぬにしもあらざりしかど、伝へきこゆべきよすがだになくて、筑波嶺の山を吹き越す風も浮きたる心地して、いささかの伝へだになくて年月重なりにけり。限れることもなかりし御旅居なれど、京に帰り住みたまひて、またの年の秋ぞ常陸は上りける。

伊予介といった人は、故院がおかくれあそばしたそのあくる年、常陸介になって任地に下ったので、あの帚木も伴われてその国に去って行ったのであった。須磨のご謫居のこともはるかの遠国で耳にし、人知れずおしのび申し上げないわけではなかったけれども、その思いをお伝えするつてさえなくて、筑波嶺からはるかに嶺嶺を吹き越えてくる風もたよりない有様で、都からのいささかの音信さえないままに年月が重なってしまったのであった。いつまでと時期が定まった源氏の君のご退去ではなかったのであるが、京に帰り住まわれることになって、そのあくる年の秋、常陸介は帰京したのであった。
日本古典文学全集「源氏物語」(小学館)より



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