かげろう


一夜明けて、浮舟の失踪に宇治の邸は動揺するばかりです。
書き置きから、入水を知った女房の右近は、匂宮との秘事が漏れないかと、そればかり心配しています。
不吉な予感から、母中将の君からも、匂宮からも使いがきます。
そして、かけつけて泣きまどう中将の君に右近は事実を打ち明け、今はせめて世間体だけでも取り繕うべきと、薫の配下の反対を押し切って、亡骸のないまま、あわてて葬儀を済ませてしまいます。

そのころ薫は、母女三の宮の病見舞いのため石山寺にいて、遅れて事態を知り、浮舟を放置したことを反省しながら、軽率な葬儀をたしなめる使いをよこします。
一方匂宮は、悲嘆のあまり病に臥してしまいます。
匂宮を見舞った薫は、表面世間話のように浮舟の話しをしますが、互いに相手の気持ちを探りあいます。
もし浮舟がこのまま生きていたら、きっと匂宮に奪われて、自分はどんなに恥じをかくことになったか・・・・・。
やがて匂宮は、宇治から侍従を呼んで悲しみを紛らわし、薫は宇治を訪れ、浮舟入水の真相を聞きます。
浮舟の四十九日。
薫はこの供養を葬儀とはうってかわって盛大に行いました。
母中将の君をねんごろに見舞い、弟たちの世話をすることにします。
帝も明石の中宮も、薫の秘めた恋をいとおしく思います。
蓮の花の盛りのころ、明石の中宮は、今は亡き源氏と紫の上のために、御華八講を催しますが、そこで薫は、女一の宮を垣間見て、その美しさに動かされます。
女一の宮は、明石の中宮と今上帝の娘で、薫の正妻、女二の宮とは異母姉にあたります。
薫の心のうちには、昔から女一の宮への憧れがひそんでいたのです。妻の女二の宮に、女一の宮と同じ装いをさせたりもしますが、心は晴れず、しきりに中宮や女一の宮の身辺に出入りします。
八の宮の姫君たちを次々と失わねばならぬ己が宿世、物思いの果ては、また大君へそしてその形代を求めて、中の君へ、浮舟へと、宇治の姫君たちのうえをさまようことになります。

「 ありとみて 手にはとられず みればまた ゆくえも知れず 消えしかげろう 」
  • 浮舟の死を、母中将の君・薫・匂宮とが、それぞれ三者三様の受け止め方をする点が注目されます。
    意外と冷静なのは薫で、もしも彼女が存命だったら、自分がどんなにか恥じをかいていたことか・・・。とまで思うのです。
    このことからも、彼にとっての浮舟は しょせん大君の形代でしかなかった、ということになります。


<手習へ>




てならい


浮舟は死んではいませんでした。

比叡山の横川というところに、大変徳の高い僧都が住んでいました。その母が妹の尼と初瀬詣でをした帰途、宇治のあたりで病のため動けなくなってしまったため、山ごもりしていた僧都は驚いて下山し、知人の宇治院で休ませることにしました。
たまたまその宇治院の裏手で、正気もなく泣いている若い女を、供につれてきた法師が発見したのです。
狐がばけたものかも知れないと、法師たちは恐れますが、妹尼はもともと娘を亡くした悲しみで出家したこともあり、娘の身代わりとして長谷観音から授かったものに違いないと、手厚く看護して小野の里に連れ帰ります。
この女こそ、宇治で失踪した浮舟です。
小野の尼君たちの住まいに移されてからも、なかなか正気に戻らず、尼の親身も及ばぬ手当てが続きます。
二ヶ月ほどたった夏の終わりごろ、僧都が下山し加持をしてようやく意識を取り戻しますが、見知らぬ人ばかりの中で、自分が誰であったかすらはっきりしません。
おぼろげな記憶をたどって、自分が死にそこなったことを知った浮舟は、こうして見知らぬところに生きている悲しさ、恥ずかしさから、せめて出家をと、尼に頼みます。
妹尼は、亡き娘の身代わりと思って心をつくして思い止めようとしますが、浮舟は何も思い出せないと泣くばかりで、わが身の上もいっさい語ろうとしません。
尼たちは、竹取物語のような不思議な心地で、浮舟がいつか消えてしまうのではないかと、落ち着きません。
秋になって、尼君たちは月をめでて琴をひいたり、歌を詠みあったりしていますが、浮舟はそれに加わろうとせず、憂いさをひとり歌に託して手習いをしています。
そんな浮舟の心にも、時の経過とともに少しずつ落ち着きが戻ってきつつあるようです。
ある日、妹尼の亡娘の婿の中将が小野に立ち寄りました。
浮舟を垣間見て心を動かし、熱心に求愛します。尼君たちもこの縁の実ることを願いますが、浮舟は全く耳をかそうとしません。そして、出家だけを願う気持ちから、現世的なかかわりを一切拒み続けます。
その後、尼の留守中訪れた中将にも母尼の部屋に隠れ、これまでの数奇な半生に思いをめぐらします。

父八の宮の顔も知らず、母と共に地方の国をさすらい、やっと会えた妹中の君とも離れ、薫に京へ迎えられるはずになっていたのに、あさましくも匂宮と間違いを犯し、こうして定めなき身になってしまった・・・・・。

一体どうしてこういうことになってしまったのか。浮舟の心は、出家への思いが一層強まっていきます。
翌日、女一の宮の病の祈祷に下山した僧都が、この邸に立ち寄ります。
浮舟は、絶好のチャンスとばかり、僧都に懇願して自ら鋏をとって剃髪し、涙にむせびながら出家をはたしてしまいます。

出家してからの浮舟は、心の余裕も生じてむしろ晴れ晴れと仏道にいそしんでいます。
上京した僧都は、明石の中宮の御前で、世間話のついでに、宇治院で出家した女のことを話題にします。それを聞いて中宮らは、浮舟のことではないかと直感します。

浮舟の一周忌も終わり、中宮の御所に参上した薫は、そこで僧都の話しを聞き、浮舟が生きていることを知ります。
薫は驚きながらも、匂宮の心をはかりかねてためらいますが、ともかく、僧都にあってみようと、浮舟の弟の小君を連れて、横川へ上っていきました。


<夢浮橋へ>




ゆめのうきはし


薫は、横川に僧都を訪れました。
ときめく右大将の突然の来訪に驚き、恐縮している僧都から、事のあらましをすべて聞きます。
平静をよそおっているものの、あまりの意外な話しに唖然として涙ぐむ薫の様子に、僧都は浮舟を出家させたことを後悔し、自分が過ちを犯したような気にさえなるのでした。

薫は僧都に、一緒に山を下りて小野に行き、浮舟との仲介をしてほしいと頼みますが、今は尼となった浮舟の心を悩ますことは僧として出来ないと、後日を約して薫の供をしてきた浮舟の弟小君に、浮舟あての手紙をことずけます。
薫は、人目をはばかってそのまま小野を過ぎ、京へ帰っていき、翌日小君を小野に遣わします。
僧都からの手紙には、薫の愛執の罪が消えるようにしてさしあげなさい、とあります。
浮舟は、自分の過去がすべて僧都に知られてしまったことを知ります。
訪れたなつかしい弟の姿に、母中将の君の姿を思い起こし、薫の文は昔のままに移り香にしみていました。

浮舟は、涙にむせびながらも、すべては人違いと、小君にも対面しようとせず、薫の手紙も受け取りません。
妹尼は、懸命に小君と浮舟との間をとりなしますが、小君は空しく帰るよりほかありません。

空しく帰京した小君から話しを聞いた薫は、浮舟の心をはかりかね、あらぬ疑いをもちます。
もしかすると、だれかが彼女を隠し住まわせているのかも知れない・・・・と。

自ら決意した一筋の道を、孤独に堪えて一人懸命に生きていこうとする浮舟の心は、今の薫には無縁なものになってしまったのか・・・・。

  • 薫と匂宮という当代きっての二人の貴公子から愛されながら、そのいずれをも選びとれずに入水する薄幸の「浮舟」。
    物静かで思慮深く夫にするには申し分ない薫ですが、一方で匂宮に会うとその情熱に負けてしまう、という、女性が持つ本性みたいなものを、浮舟に感じます。
    結末は、どこか将来を暗示させるように、余韻を残して終わります。続編を期待させるかのように・・・・。


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