てならい


浮舟は死んではいませんでした。

比叡山の横川というところに、大変徳の高い僧都が住んでいました。その母が妹の尼と初瀬詣でをした帰途、宇治のあたりで病のため動けなくなってしまったため、山ごもりしていた僧都は驚いて下山し、知人の宇治院で休ませることにしました。
たまたまその宇治院の裏手で、正気もなく泣いている若い女を、供につれてきた法師が発見したのです。
狐がばけたものかも知れないと、法師たちは恐れますが、妹尼はもともと娘を亡くした悲しみで出家したこともあり、娘の身代わりとして長谷観音から授かったものに違いないと、手厚く看護して小野の里に連れ帰ります。
この女こそ、宇治で失踪した浮舟です。
小野の尼君たちの住まいに移されてからも、なかなか正気に戻らず、尼の親身も及ばぬ手当てが続きます。
二ヶ月ほどたった夏の終わりごろ、僧都が下山し加持をしてようやく意識を取り戻しますが、見知らぬ人ばかりの中で、自分が誰であったかすらはっきりしません。
おぼろげな記憶をたどって、自分が死にそこなったことを知った浮舟は、こうして見知らぬところに生きている悲しさ、恥ずかしさから、せめて出家をと、尼に頼みます。
妹尼は、亡き娘の身代わりと思って心をつくして思い止めようとしますが、浮舟は何も思い出せないと泣くばかりで、わが身の上もいっさい語ろうとしません。
尼たちは、竹取物語のような不思議な心地で、浮舟がいつか消えてしまうのではないかと、落ち着きません。
秋になって、尼君たちは月をめでて琴をひいたり、歌を詠みあったりしていますが、浮舟はそれに加わろうとせず、憂いさをひとり歌に託して手習いをしています。
そんな浮舟の心にも、時の経過とともに少しずつ落ち着きが戻ってきつつあるようです。
ある日、妹尼の亡娘の婿の中将が小野に立ち寄りました。
浮舟を垣間見て心を動かし、熱心に求愛します。尼君たちもこの縁の実ることを願いますが、浮舟は全く耳をかそうとしません。そして、出家だけを願う気持ちから、現世的なかかわりを一切拒み続けます。
その後、尼の留守中訪れた中将にも母尼の部屋に隠れ、これまでの数奇な半生に思いをめぐらします。

父八の宮の顔も知らず、母と共に地方の国をさすらい、やっと会えた妹中の君とも離れ、薫に京へ迎えられるはずになっていたのに、あさましくも匂宮と間違いを犯し、こうして定めなき身になってしまった・・・・・。

一体どうしてこういうことになってしまったのか。浮舟の心は、出家への思いが一層強まっていきます。
翌日、女一の宮の病の祈祷に下山した僧都が、この邸に立ち寄ります。
浮舟は、絶好のチャンスとばかり、僧都に懇願して自ら鋏をとって剃髪し、涙にむせびながら出家をはたしてしまいます。

出家してからの浮舟は、心の余裕も生じてむしろ晴れ晴れと仏道にいそしんでいます。
上京した僧都は、明石の中宮の御前で、世間話のついでに、宇治院で出家した女のことを話題にします。それを聞いて中宮らは、浮舟のことではないかと直感します。

浮舟の一周忌も終わり、中宮の御所に参上した薫は、そこで僧都の話しを聞き、浮舟が生きていることを知ります。
薫は驚きながらも、匂宮の心をはかりかねてためらいますが、ともかく、僧都にあってみようと、浮舟の弟の小君を連れて、横川へ上っていきました。


<夢浮橋へ>





ゆめのうきはし


薫は、横川に僧都を訪れました。
ときめく右大将の突然の来訪に驚き、恐縮している僧都から、事のあらましをすべて聞きます。
平静をよそおっているものの、あまりの意外な話しに唖然として涙ぐむ薫の様子に、僧都は浮舟を出家させたことを後悔し、自分が過ちを犯したような気にさえなるのでした。

薫は僧都に、一緒に山を下りて小野に行き、浮舟との仲介をしてほしいと頼みますが、今は尼となった浮舟の心を悩ますことは僧として出来ないと、後日を約して薫の供をしてきた浮舟の弟小君に、浮舟あての手紙をことずけます。
薫は、人目をはばかってそのまま小野を過ぎ、京へ帰っていき、翌日小君を小野に遣わします。
僧都からの手紙には、薫の愛執の罪が消えるようにしてさしあげなさい、とあります。
浮舟は、自分の過去がすべて僧都に知られてしまったことを知ります。
訪れたなつかしい弟の姿に、母中将の君の姿を思い起こし、薫の文は昔のままに移り香にしみていました。

浮舟は、涙にむせびながらも、すべては人違いと、小君にも対面しようとせず、薫の手紙も受け取りません。
妹尼は、懸命に小君と浮舟との間をとりなしますが、小君は空しく帰るよりほかありません。

空しく帰京した小君から話しを聞いた薫は、浮舟の心をはかりかね、あらぬ疑いをもちます。
もしかすると、だれかが彼女を隠し住まわせているのかも知れない・・・・と。

自ら決意した一筋の道を、孤独に堪えて一人懸命に生きていこうとする浮舟の心は、今の薫には無縁なものになってしまったのか・・・・。

  • 薫と匂宮という当代きっての二人の貴公子から愛されながら、そのいずれをも選びとれずに入水する薄幸の「浮舟」。
    物静かで思慮深く夫にするには申し分ない薫ですが、一方で匂宮に会うとその情熱に負けてしまう、という、女性が持つ本性みたいなものを、浮舟に感じます。
    結末は、どこか将来を暗示させるように、余韻を残して終わります。続編を期待させるかのように・・・・。


<もとにもどる>