うすぐも

大堰の邸で逡巡する明石の君・・・・・。
結局、姫君を二条院の紫の上に渡し、自らは大堰の邸に留まる道を選びます。
生木を裂くような、明石の君と姫君の子別れ・・・・・・。
物語はこのあと、最愛の人「藤壷宮」と、源氏の舅であり最良の庇護者でもあった左大臣(時の太政大臣)が相次いで亡くなり、一転して激変の様相を呈します。
そして、冷泉帝が、出生の秘密を知ることとなり、物語はおもしろくなっていきます。

【 この巻の登場人物の年齢 】
源氏(31〜32歳)。 藤壷(36〜37歳)。 冷泉帝(13〜14歳)。 明石の君(22〜23歳) 紫の上(23〜24歳)。 明石の姫君 ( 3〜 4歳)。 斎宮女御(22〜23歳)。



冬になり、大堰川のほとりの住まいは、心細さがつのり、明石の君は浮き雲のようにたよりない気持ちで日々を過ごしていました。
そんな彼女に源氏は、再三二条院へ移り住むようにすすめますが、応じません。
そこで源氏は、それならば姫君を引取って立派に育てようと、切り出します。明石の君は、予想していたものの、身を裂かれるような悲しみの中で、迷いぬきます。
しかし母尼君の助言により、姫君のためならばと、ついに決心します。
12月の雪やあられのちらつく日、姫君は源氏にともなわれて京の二条院へと移っていきました。
まもなく姫は紫の上にもなつき、紫の上も、我が子のように可愛がり、二条院の初春はうららかに明けていきます。
一方、大堰では、姫恋しい日々が続き、京で大切にされているという便りがせめてものなぐさめです。
年明けて、源氏は久しぶりに大堰を訪ねますが、この頃には、紫の上の明石の君への嫉妬心も、姫の可愛さに免じて静まっていました。
その頃世の中では、凶兆と見られる天変地異が続き、その中で太政大臣(左大臣、源氏の正妻葵の上の父)が亡くなり、引き続いて最愛の藤壷女院も、まだ37歳の若さで亡くなります。
藤壷は、源氏のすべて。若い日の夢もあこがれも、人知れぬ悲しみも苦しみも、藤壷ゆえでした。源氏の悲しみは言うに及ばず。ひとり深い悲嘆にくれます。世の中の人々も、彼女の仁徳をしのび、喪の色に染まります。
そうした折、藤壷の近くに仕えていた僧が、冷泉帝に、実は帝が源氏の実子であるという出生の秘密をもらします。帝は心乱れ、実父の源氏が臣下にいることが心苦しく、源氏に譲位しようとします。
帝の態度の微妙な変化に、源氏は、秘密が帝にもれたことを直感し、愕然とします。
秋のころ、源氏は、二条院にもどっていた斎宮の女御(のちの秋好中宮。亡き六条御息所の娘で、源氏が養女として帝に入内)を相手に、六条御息所との思い出を語りながら、それとなく女御への恋情をもらします。(源氏は以前彼女に好色心を抱いていました)
しかし、女御の不興を感じて自制し、「春秋優劣論」に話題を変えます。
紫の上が「春」を好むのに対して、女御は「秋」を好むことを知り、四季の美の粋を満喫できる豪壮な邸宅を造営する構想が、源氏の胸裏に具体化します。これがのちの六条院となります。

それにつけても、源氏は、自らの青春が遠く去ったことを、しみじみと感じるのでした。

  • 明石の君の厳しい忍従は、ピークに達しますが、これがのちの幸運な晩年につながっていきます。
    そして紫の上も、嫉妬という苦悩に耐えて、自らの道を開いていきます。女性は強い。
    それにしても、「源氏」「紫の上」「明石の君」の三人の関係は、今では考えられない、なんとも美しい関係です。

  • 紫式部は、なぜか紫の上に子供を産ませていません。紫の上に子供があれば、明石の姫のストーリーは成立しません。作者の周到な計算なのでしょう。


・・・・・ほんの少し、雰囲気を。

・ 明石の君と姫君の子別れの部分

姫君は、何心もなく、御車に乗らむことを急ぎたまふ。寄せたる所に、母君みづから抱きて出でたまへり。片言の、声はいとうつくしうて、袖をとらへて、乗りたまへと引くも、いみじうおぼえて、
(明石)「末遠きふたばの松にひきわかれいつか木だかきかげを見るべき」
えも言ひやらずいみじう泣けば、さりや、あな苦しと思して、
(源氏)「生ひそめし根もふかければたけくまの松にこまつの千代をならべん のどかにを」
と慰めたまふ。さることとは思ひ静むれど、えなむたへざりける。

姫君は無邪気に御車に乗ろうとお急きになる。車を寄せてある所に、母君がご自分で抱いて出ていらっしゃる。片言で、ほんとにかわいい声をして、袖をつかんで「お乗りなさい」と引っ張るのも、たいそう悲しくて、
<明石>「行末遠い二葉の松ー幼いこの子と別れて、いつまたりっぱに成人した姿を見ることが出来るのでしょう」
おしまいまで言いきれないでひどく泣くので、源氏の君も「無理もない。ああつらいことよ」とお思いになって
<源氏>「生い初めた根も深いのだから、武隅の相生の松に千歳を祝う小松の陰をならべよう。ー生まれてきた因縁も深いのだから、私たち二人と子供と三人末長くいっしょに住むことになるでしょう。くよくよせずに」
とお慰めになる。そのとおりなのだ、と気持ちを落ち着けるけれども、とてもこらえきれないのであった。
日本古典文学全集「源氏物語」(小学館)より



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