「週刊朝日」書評
新潮社刊
なかにし礼著『赤い月』」上・下
各巻1500円(税別)
評者 石井信平
昭和天皇が、自分の名前において戦争を始めた場所で、生前「行けなかった」ところは東南アジア、南洋諸島、沖縄、韓国、中国など、「大東亜共栄圏」のほぼ全域にわたる。
陛下は戦後、欧米には何度も出向き、ロスのディズニーランドで微笑するユトリもおありになった。毎年、八月十五日は、ハンで押したように、皇居に隣接する武道館にクルマで行き、「お言葉」を読んだ。それはあまりにもお手軽な習慣であった。かつての大元帥陛下は戦地での慰霊をお忘れになったのだろうか?
小説「赤い月」を読んで、痛切に思う。陛下は、戦後何をおいても満州国の「とむらい」をすませるべきだった。百数十万の同胞が飢餓、略奪、暴行の危機に瀕し、六十万の兵士がシベリアに連行された現場である。
一体、満州国とは何か。なかにし礼氏は、小説の方法で母の生き方を、父の野望を、一家の数奇な歩みを描いた。また小説だからこそ作り出せた魅力的な人物を配した。ロシアの女スパイ、関東軍に暗躍する将校や将軍たち。同時に、氏が挑んだのは満州国の実態解明である。戦後歌謡界のキングメーカーだった彼の脳髄は、時代や物語のイメージ作りはコトもなく出来た。しかし、巻末の膨大な資料一覧を見ると、作家に変貌した彼は終始こだわった、「事実はどうだったのか」。
小樽の町から「大陸雄飛」した森田一家は、北満の牡丹江で造り酒屋として大成功を収める。本書から引用すれば「日本は世界に先駆けて恐慌を脱出し、満州景気といわれる好況が現出する。それを日本の新聞はこぞって歓迎した。それがすなわち国民感情だった」。当時の雰囲気をよく伝える一節だ。
しかし、実態は文中のセリフの通り、「そんな、よその国のものが、よその土地で国家建設の構想を立てたり、理想を唱えたりすること自体がおかしいんです」。上り調子の日本人社会の背後にあったのは、およそ近代とか法治国家を逸脱した関東軍の謀略支配だった。
満州経営とは、次のような特殊用語で辛うじて支えられていた。たとえば「特殊会社」。森田酒造の成功の裏には、得意先としての関東軍があり、その媒介を果たしたのが特殊会社・協和物産だった。これは民間を装った会社で、軍需資源の確保や阿片の横領で関東軍の謀略資金を捻出していた。
特殊会社の社員は、実は関東軍の「保安局員」であり、怪しいと見た中国人や白系ロシア人を捕まえ、自在に拷問を加え、「臨陣格殺」した。これは、容疑者を現場判断で銃殺又は斬首すること。命長らえた者も「特移扱い」として特務機関から七三一部隊に送られ、生体実験のモルモットにされた。
このような強大な権力が官僚機構の末端に与えられ、日本人はそれに守られ、利益を得ていた。神社や軍用機を国家に献上する森田酒造の絵空事のような繁栄を描きつつ、本書は満州経営の実態をノンフィクションの冷たい筆致で描いてゆく。
昭和二十年八月、この空洞国家は崩壊した。ソ連軍の武力と、中国人の敵意の中で、森田一家はどのような数奇な偶然の中を生き延びたか、実は在満邦人の家族が蒙った膨大なドラマの一例である。私もまた、引揚者・遺族である。
日本国政府が天皇ひとりの保身に汲々とし、現地の日本総領事館が公的活動を放棄していた時、同胞の引き揚げに尽力したのは「ハルビン日本難民会」という民間組織だった。これも本書の貴重な事実提示である。
当時も今も、国家は自ら起こした戦争実態を世界に向かって開示できない。事を「東京裁判」の判決に委ね、誰が、どのような責任で国策を誤ったのかを今なお言えないまま、真相を知る作家の手で、このような小説が書かれた。
戦争の清算を何もしていない象徴が満州だ。八月十五日は満州国が「消滅」した記念日である。その日、小泉首相は、官邸からクルマで数分の靖国神社に参拝し「誠を捧げたい」という。お手軽なことである。