「現代」 書評
吉村昭著 「アメリカ彦蔵」
読売新聞社 定価(本体1800円+税)
世紀末の今を何と呼ぶべきだろう? ある人は「グローバル・スタンダードの時代」、または「デジタル革命の時代」と呼ぶだろう。私は本書を読んで、しみじみ実感した。今は「漂流の時代」であり、自分は「漂流民」ではないか?
江戸時代の頃、周囲を海に囲まれた日本の物流を支えたのは海路だった。鎖国政策は外洋航海を禁じた。しかし自然の猛威は沿岸も外洋も問わず、あらゆる船に襲いかかり、沢山の船が難破した。
播磨の国の船「永力丸」は熊野沖で遭難、船乗り十七名の中に十三歳の炊事係、彦太郎がいた。彼は、悲惨な漂流の末に米国船に救われ、のちに彦蔵と名を改めて成人し、三代のアメリカ大統領とも接見するほどの実力を身につけ、米国領事館の正式スタッフとなって開国日本に赴任してくる。彦蔵はジョン万次郎とともに幕末漂流民の「エリート」と言えるだろう。
私が驚き、感銘を受けたのは、主人公の波瀾万丈よりも、なんと多くの無名の水夫達が、漂流の果てに「はかなく」「あっけなく」命を落としていったことかという事実だ。本書の価値は、吉村氏の地道な取材によってアメリカ彦蔵の生涯に迫ったことにあるのではない。歴史の闇に全く放置されていた多くの漂流民の名前を発見し、一人一人に、かけがえのない物語があったことを読者に想像させたことである。
天保三年(一八三二年)尾張藩の米を積んで江戸に向かった「宝順丸」の場合。船頭以下十四名が遠州灘で大暴風雨に遭遇した。舵が破壊され、波が船内に打ち込み、転覆の危険から帆柱を切り倒し、坊主船となって漂流を始めた。水夫達は積み荷の米を粥にして飢えをしのぎ、乾きに耐えて十四ヶ月の漂流(!)の末に米国フラッタリ岬に漂着。その間十一名が餓死した。
生き残った岩吉、久吉、乙吉の三名はインデイアンに奴隷として酷使されたのちイギリスの船会社に引き渡され、ロンドンに送られた。多くの場合、漂流民は救われたのではなく、日本との通商を画策する政治的道具として利用された。このように漂流民たちが、自然の猛威にだけではなく、時代や政治に翻弄された事実が胸を打つ。
三人はロンドンから清国のマカオに送られ、ここで「永力丸」の船乗り達と合流してアメリカ船モリソン号で日本に向かう。遭難後五年が経過していた。しかし祖国は彼らを受け入れなかった。江戸湾でも薩摩湾でも、同船は「異国船打ち払い令」によって砲撃され、泣く泣くマカオに引き返す。たとえ上陸を果たしても、鎖国令に違反した重罪人として、白州に引き立てられ、厳しい「吟味」と懲罰が待っていた頃のことである。宝順丸の三人のうち、乙吉、久吉は上海で残りの人生を過ごす。岩吉は清国の女を妻としたが、その女が不倫に走り、あわれ岩吉は相手の男に殺されてしまう。
沢山の漂流民があとを絶たなかった背景には何があったか? 「自然の猛威」だけでは説明にならない。お粗末な船と、理不尽な政治の犠牲と言うべきだろうか。改めて「日本って何だろう」と考えさせる本である。
まず、日米の圧倒的なテクノロジーの差を見せつけられる。当時の日本の船は大型船といえども一本の帆柱、帆掛け船である。遭難の際は、船の安定のために、まず帆柱を切り倒して「ねぎぼうず」になる。あとは風任せの漂流が始まり、外洋に流されれば、同胞の船による救出は絶対にありえない時代である。沿岸航海だけを許した政治は、船の技術発展を禁じた政治でもあった。
一方アメリカは、通商相手とクジラを求めて、縦横無尽に太平洋を駆け回っていた。それが黒船であり、三本帆柱であり、外輪エンジンに象徴される。しかも、ようやく間宮林蔵が徒歩で樺太に向かっていた頃、敵サンは国家プロジェクトとして東アジア全域の沿岸測量と海底調査に着手している。
アメリカ側は漂流民の彦蔵を、その調査団の正式書記に任命して日本に送り返そうと考えた。なんだか、懐の深さを見せつけられる思いである。後年、このような国に日本は戦争を挑んだ。
漂流民を生んだ国は、のちに中国残留孤児を生んだ。そして、今、空前の不況とリストラから無数の漂流予備軍が生まれていないだろうか? かつての船乗りたちが、木切れにつかまって海を漂い、力つきて海の藻屑と消えていったように、ヘルプレスな、むきだしの個人として、私たちは時代の大海を漂っているのではないだろうか?
自治体や、企業や、国家など、頼りになりそうもないことを知ってしまった時代は、なんだか幕藩体制の崩れにも似ている。
漂流は、この国自身の実態でもある。インターネットの「技術開国」はなお途上にあって呻吟し、官吏も、御用商人NTTも、実態を把握しているとは思えない。金融においてしかり、ビッグバンの黒船に右往左往し、合併に走る銀行頭取達は手を取り合い、自自公、また相寄ってともに変化に怯える。一体この国はどこに漂着するのだ?
いくつもの難破船を紹介する中で、船乗り達に共通の行動パターンがある。暴風雨にさらされ、沈没の危険が迫ると髷を切って神仏の加護を祈る。次に帆柱を切り倒して漂流を開始する。米を食い尽くして、切断した帆柱で作った臼で小麦を粉にひく、そしてさらなる飢えと闘う…その果てには何があるだろう? 陸に漂着するか、外国船に出会う幸運以外、「策」のなさは目に見えている。積み荷を食い尽くす、というのはとめどない赤字国債と公的資金の投入に 似ている。神仏に祈るは、まさに「景気回復を祈る」の図である。
彦蔵は、日本に帰るて手だてとして米国市民となり、キリスト教の洗礼を受け、アメリカ官吏として日本「帰国」を果たす。しかし時代は攘夷の嵐が吹き荒れる頃、外国に通じた人間は次々に暗殺された。危険を察知した彦蔵は一時アメリカに避難する。これもまた「帰国」と呼べばいいのか…。彼は明治新政府のもと大蔵省に迎えられ、日本初の新聞の発行人となり、やがて故郷の姫路に小さい家を建てて余生を送る。洋服を排して和服を通し、正座して書道に励む彦蔵は「日本には、外国にはない美しい伝統があり、日本人として自分もそれに従わねばならぬ、と心から思った」。
繰り返し問いたくなる本である。一体、日本って何だ?
本書は十月七日発売で、私が買ったのは十一月九日付けで既に第三刷り。四五〇ページのボリュームながら異例のテンポで売れているらしい。