「週刊朝日」2000/6/16書評

丸山健二著  新潮社刊 
『安曇野の白い庭』


 
 慚愧の思いで本を読むことは珍しい。草ぼうぼうのわが庭の惨状にたまりかねて、植木屋に手入れをしてもらい、ほっと一息ついた時に、ぶらり入った本屋で、私は本書に出会った。
 ガーデニングとは格闘技だ。自分で汗をかくことが何より大切だ、ということがよくわかった。「四五〇坪の敷地の隅から隅までを全部私ひとりで治め、何から何まで独力でやり、プロの力を借りたことは一度もない」と著者は書く。そして、そのような人にだけ許される快楽が、怒濤のようにやってくる。「風のない宵口に、自分で造った庭に佇むときの気分といったらない。これこそが至福ではないか…深い充実感をどう表現したらいいのだろうか」。作家としての資質を問われそうな、この表現不能は忘我のエクスタシーだ。造園とはセックスではないか。

 信州安曇野に定住し、孤高の作風で小説を書き続ける丸山健二氏の芥川賞受賞は一九六六年。同期の直木賞は五木寛之氏だった。二人は対照的な作家だ。ベストセラーの連打と高額所得番付の常連作家は「風に吹かれて」、決して地べたに這う造園をエッセーに書くことはないだろう。
 丸山氏は都市の何もかもが体質に合わない。文壇の序列や社交とも無縁だ。酒、女、ギャンブルの匂いが、作風にも生き方からも漂ってこない。小説に
打ち込んだ果てに頭に血が上り、普通の作家なら強めのジンをバーであおるところ、彼が没頭したのはオフロードバイク、四駆のジープ、そして釣りだった。これらは、もはや趣味というより覚醒剤に近い。とことん究めた果てに出会ったのは「走ることの虚しさ」だった。釣りは、所詮「弱い者いじめ」だと悟った。

 趣味の遍歴というより、ストイックな作家が、ついに造園に「救済」を求めた。ヘミングウェイの「老人と海」の庭園版だ。作家は救済を求める。谷崎潤一郎は女の脚に、遠藤周作はカトリックに、五木寛之は「他力」に、村上龍はインターネットに…。
 庭園の快楽へ! そのプロセスのすさまじさ。厳しい信州の自然に立ち向かう覚悟。樹木や草花や害虫の知識。水撒き、草むしり、毛虫退治、一つ一つが造園の快楽に欠かせない。
 
浮世離れとも取れる造園だが、世俗の事件も書き込まれている。「松本サリン事件」の犯人とされた河野さんが、危険な薬品を多く所持していた。テレビを見ていた丸山氏は、彼が事件とは関係ないことを瞬時に見抜いた。自分はもっと凄い農薬を大量に持っている。思うにあの冤罪事件は、新聞記者がほんの少し周辺の農家を取材したら、起こらなくて済んだのだ。
 作家は書き続ける。ひたすら、誰も書いたことのない小説に向かって。そして、「小説と共に創作意欲が増してゆくような未完成な庭」に労働を投じる。ブナを基調とした樹木が天に向かい、草は深い緑で萌え立ち、白い花が庭園の秩序を支配する。地上の天国のような「凄い庭」を作るのだ。丸山氏の意志が貫徹した庭園の写真が幾枚もカラーで見せられる。
 
庭園とは「自然を装った不自然」。しかし、ここに投じられた丸山氏の誠実な労働と、この庭に漂う清冽な美しさ。この庭と、この本を支配する気分は、ふと「もののあはれ」であることに私は気付く。筆が滑ったように彼は書く「小説が何だ、人生が何だ」「どうせこの世は仮の宿…」。創造の意欲と、その裏に貼り付いた虚無感、そのアンビバレントな両足歩行が、彼の小説であり庭園ではないか。湿度を嫌い、砂漠を憧憬する氏もまた、日本文学の伝統につながる作家だ。
 
 造園はセックスだ。子供のいない氏は、これに励み、これを残そうとしている。驚くべきディテールで、その快楽が書き込まれた書だ。一方私は、わが家の十坪に満たない庭の手入れに、職人を頼んでしまった。私はセックスの機会を逸し、玄人に快楽を独り占めにされた上に、日当三万円まで持たせてしまった。わが救済は遠しである。