月刊「現代」2001年12月号書評


若槻泰雄著 「外務省が消した日本人」

副題・南米移民の半世紀


毎日新聞社 定価 1800円+税



本書を読んで、私は「嘔吐感」に見舞われた。ここに書かれた外務省の役人たちに対してである。

日本から南米へ、本書は戦後半世紀の移民事業を、事実とデータで丹念に追いかけた。問われているのは、この事業を推進した外務省の犯罪性である。「外務官僚の無能と腐敗により、万をこえる日本移民が、文字通り塗炭の苦しみを味わわされるのを直接体験」して書かれた。

著者は外務省の外郭団体「海協連」に十年間勤務して、その実態を見た。「日本海外協会連合会」とは、国が決めた移民政策を円滑に実施する前線部隊だ。

移民とは当事者にとっては生涯の大事業である。全財産を処分し、一家で五十万円の船賃を払い、五十日間の船旅をして、着いた先で「募集要領」がウソだと分かったらどうだろう。 

昭和29年、著者は南米移民八百人とともに「ぶらじる丸」に乗船した。「輸送助監督」という立場だった。彼らはブラジル政府直営のゴム試験農場に「雇用労働者」として移住した。到着したベレンで、賃金は募集要領で約束された金額の三分の二しか払われないことが判明する。

怒った移住者たちは下船を拒否したが、抵抗はムダだった。怒る相手は遥かな「霞ヶ関」である。別の船でアマゾン川を遡ること6日間、彼らが着いたゴム園で、さらに悪い事態が待っていた。ブラジル政府はアマゾン開拓の「自営農」を受け入れたのであり、「雇用労働者は要らない」ことが分かった。結局、彼らはアマゾン奥地の開拓地に分散移住させられた。

外務省の事前調査のズサンさ犯罪的だ。しかも、これは一例に過ぎない。ボリビアでドミニカで、さらにひどい話が続く。移民が国策であり、外務省・欧米局・移民課が移住局に格上げされ、予算が右肩上がりになっても、そのほとんどが日本国内で使われていた怪に驚く。著者の試算では、七二年度、移民一家族を日本の港まで動員するのに五一〇万円の「募集費用」を使っている。

移住者がいる限り、割り当てられる予算は増え、海協連はJICA(国際協力事業団)に発展した。外務省と、官僚の天下り先は栄える一方、雨季のアマゾンに「消された」開拓民たちは一体どうなったか。開拓地とは、飲み水も道も電気もない所だ。ある者はそこで、発狂か自殺するしかないはずだ。後に著者が訪ねた一人は「ウエッ、ウエッ」としか声を発しなかった、という描写は悲惨だ。

「移住は自由意志」と答える外務省の役人に、まともな言葉は通じそうもない。ただ「ウエッ」と吐き気がするだけである。

本書を読んで思った。こんな大問題をかかえた官庁で、記者クラブの「ジャーナリスト」たちは一体何をしているのだろう。